日本共産党資料館

日本共産党第十四回大会決議

一九七七年十月二十二日採択


第一章 世界と日本の情勢
第二章 国政革新の諸課題と各分野の闘争
第三章 党建設の諸任務

  第一章 世界と日本の情勢

  一、四年間の世界情勢の変化

 (1) この四年間に国際情勢におこったもっとも重大なできごとの一つは、ベトナム、ラオス、カンボジアのインドシナ三国人民が反帝、民族の解放と統一の闘争で全面的な勝利をおさめ、民族的発展のあらたな道にふみだしたことである。なかでも、ベトナム人民が世界最大の帝国主義――アメリカ帝国主義の総力をあげた侵略をうちやぶり、南北を統一して全土に自主独立の社会主義ベトナムをうちたてたことは、一九四九年の中国革命、一九五九年のキューバ革命の勝利につづく社会主義の偉大な勝利となった。それは、アジアと世界の力関係の転換に大きく貢献するとともに、世界の反帝勢力を力づよくはげまし、社会主義の道こそが民族自決と社会進歩を保障する大道であることを、あらためて実証した。
 発達した資本主義国でも、戦後の国家独占資本主義体制の諸矛盾の激化を根底に、政治、経済、文化の全般にわたる危機が、それぞれの度合いと特徴をもちながら進行し、国政の進歩的変革をめざす労働者階級と人民の闘争が前進している。とくにヨーロッパでは、フランス、イタリアで、共産党の政権参加が三十年ぶりに現実の政治問題となりつつあり、ポルトガルにつづいて、スペインでは戦前戦後四十年余にわたるファシズム支配が崩壊し、スペイン共産党が合法性を回復して国会に参加するという、画期的な前進がかちとられた。
 反帝勢力の注目すべき国際的前進の一つに非同盟中立の運動の発展がある。一九六一年に一部の社会主義国をふくめ二十五ヵ国で出発した非同盟諸国首脳会議は、一九七六年の第五回会議では、発展途上国を中心に、参加国八十六ヵ国、総人口十四億へと増大し、国際政治のうえできわめて有力な潮流に成長した。参加国の一部には、帝国主義勢力と緊密な反動政府もふくまれており、個々の国ぐにでは、内部に進歩と反動、独立と従属の闘争がそれぞれ展開されているが、非同盟会議は、全体として、軍事ブロック反対とともに、反帝、民族自決、新旧植民地主義反対の旗印を鮮明にし、国連その他の国際舞台でも、しばしば帝国主義勢力の支配に反対する積極的な役割を果たしている。
 世界の労働者階級と人民、反帝勢力の闘争のこれらの前進は、資本主義世界経済の危機の深まりと結びついて、世界資本主義の全般的危機を、第二次世界大戦の戦後期以来の、重大で深刻なものとしている。
 資本主義世界経済は、一九七一年のドル危機と七三年の〝石油危機〟を契機に、不況とインフレの同時進行を特徴とする戦後最大の経済危機におちこんでいる。それは、経済循環上の恐慌、不況局面というにとどまらず、その根底に、ドル中心の国際通貨=信用体制や新植民地主義の資源独占体制の危機の進行があるだけに、事態はいっそう深刻である。先進資本主義諸国は、一九七五年のランブイエ会議以来、首脳会談を三たびにわたって開いてきたが、有効な危機打開策をまだ見出しえないでいる。

 (2) アメリカ帝国主義のインドシナでの敗北や世界資本主義の危機の進行の一歩一歩は、国際的な力関係を反帝勢力、革命勢力に有利に変え、大局的には、平和と民族自決、民主主義と社会主義の事業を前進させる条件をつくりだしているが、それは、帝国主義の戦争と侵略の政策の後退や〝穏健〟を自動的にもたらすものではけっしてない。インドシナやチリの経験がしめすように、それは、反対に、かれらの側からの新しい侵略と反動の挑戦、ファッショ化の危険をもつよめることを重視しなければならない。
 アメリカのカーター政権は、アメリカを盟主とする世界資本主義の体制的な危機のなかで、とくにベトナムでの敗北やウォーターゲート事件により低下したアメリカ帝国主義の威信の回復と世界支配戦略のたて直しを、最大の使命として登場した。カーター政権は、米地上軍を投入して失敗したベトナム戦争の教訓から、アジアの米軍を海空軍中心に再編成するとか、一連の外交問題でより柔軟な対応をするとか、部分的にはいくつかの〝新政策〟をとりつつあるが、その対外政策の基調は依然として帝国主義的な「力の政策」におかれている。そのことは、「核兵器廃絶」を口にしながらも、残虐中性子爆弾の開発をふくめ核軍拡に拍車をかけ、〝核先制攻撃〟の方針を公言するという、核政策一つをみても明白である。アメリカ、西ヨーロッパ、日本の「三極同盟」を重視するカーター政権の方針も、独占資本主義の同盟国をアメリカの戦略に同調させ、帝国主義ブロックの共同の力で内外の反帝反独占の勢力や社会主義に対抗しようという、危険な政策である。とくにアジアで、ベトナム以後の重点を朝鮮半島にむけ、カーター戦略の具体化として、一方で在韓米地上軍の漸次的撤退をはかりながら、その補完策として、日米韓軍事一体化の計画を強引におしすすめようとしていることは、日本とアジアの人民にとって、きわめて重大である。
 アメリカ帝国主義の戦争と侵略の政策、とくにこの十数年来の各個撃破政策についてのわが党の分析と評価の正しさは、ベトナム戦争や核軍拡競争などの全経過によっても実証された。今後ともカーター政権のもとでのアメリカ帝国主義の対外政策の展開を十分な警戒心をもって注視し、戦争準備と新植民地主義、軍事同盟と内政干渉など、その世界支配戦略の危険なあらわれにたいして断固として反対し、平和と民族自決の闘争を発展させることは、ひきつづき日本と世界の反帝勢力の国際的な任務である。

 (3) 世界情勢の評価には、国際共産主義運動の内部でも、〝米ソ協調〟最優先の立場や、あるいは、〝ソ連主敵〟論の立場からのアメリカ帝国主義美化論、さらには、帝国主義勢力と反帝勢力の対立を忘れさった〝三つの世界〟論など、国際的な闘争の方向を誤らせる各種の議論がなお根づよくあるが、アメリカ帝国主義を先頭とする帝国主義と反動の陣営にたいして、三大革命勢力――社会主義諸国、資本主義諸国の革命運動、民族解放運動の正しい前進と連帯をはかるという、世界史にためされた原則的見地を堅持することが重要である。
 三大革命勢力の先頭にたつべき世界の社会主義とその運動――社会主義諸国と国際共産主義運動についていえば、ソ連と中国の国家的対立、一部の大国主義的潮流の害悪と民主主義の侵犯、国際的な不団結など、社会主義の事業への世界の人民の信頼や期待を傷つける否定的傾向は、依然として根づよく存在している。しかし、社会主義の事業が、十月革命以来のその半世紀をこえる歴史を通じて、搾取と貧困を一掃する経済建設の分野でも、社会・政治生活への人民大衆の積極的な参加という政治建設の分野でも、帝国主義の侵略から民族の独立と平和を擁護する活動の分野でも、ファシズムと反動に反対して世界の民主主義をまもる闘争の分野でも、大局的には偉大な歴史的成果をおさめ、全体として、世界史を前進させる偉大な推進力の一つとしてはたらいてきたことは、明白な事実である。各種の否定的傾向についても、科学的社会主義の運動と事業の歴史的な発展は、やがてはそれを克服してゆくであろう。
 とくに、発達した資本主義国の共産主義運動のなかで、過去のあれこれの革命をモデルとせず、自由と民主主義を保障した新しい社会主義をめざす自主的潮流が大きく前進していることは、社会主義諸国における自主独立の潮流の発展とならんで、社会主義の国際的な運動に、あらたな活力と展望を開く一つの重要な力となっている。いわゆる「ユーロ・コミュニズム」という言葉は、ヨーロッパという地理的限定をつけるなど正確な表現ではないが、日本とヨーロッパの一連の諸国の共産党が追求している路線が、社会主義への道の多様性についての科学的社会主義の理論と実践の新しい現代的発腰の一つとして、国際的にも重要な意義をもつことは疑いない。
 今日の世界情勢の発展は、多くの複雑な側面をもちながらも、世界資本主義の危機の深まり、社会主義の勢力と運動の曲折にみちた前進、非同盟中立の潮流の国際的発展などを通じて、全体として、帝国主義の滅亡と反帝、民族解放、社会主義の勝利という現代における世界史の発展方向の新たな確証となっている。われわれは、このことをしっかりとらえなければならない。

  二、深まる支配体制の矛盾と国民への圧迫

 国内でも、対米従属的な独占資本主義の体制的危機は、政治、経済、文化・教育の全分野にわたって、いちだんと深まりをみせた。

 (1) 日本経済も、石油ショック以来、狂乱物価にくわえて戦後最大の不況におそわれ、四年たった今日でも、工業生産の長期のおちこみ、中小企業の戦後最高の倒産、数百万人の失業者の存在、ひきつづく物価高という危機状態からぬけだせないでいる。わが国のこの経済危機は、それが、十数年にわたる「高度成長」政策の結果と結びついているために、また日本経済の対米従属・依存という軌道のうえに起こっているために、世界資本主義の危機のなかでもひときわ深刻な構造的危機――とくに、エネルギーや食糧など経済の自主性の基盤の破壊、公害・災害の激化など環境危機の進行、国、地方にわたる財政危機のひろがりなども重なった〝複合危機〟として現れているのが、最大の特徴である。
 日本独占資本はこれまで国際的にも例をみないほどの急成長をとげ、国民諸階層の収奪と日本経済への支配力をつよめつつ、対外的にも、アメリカ独占資本への依存と緊密な連携のもとに、資本の輸出を推進して海外に子会社の網の目をもつ多国籍企業化への道を進んできたが、そのために国民生活は重大な打撃をうけている。賃金や社会保障と福祉の低水準、高物価と重税、住宅難、中小・零細企業、農・漁業の経営難、公害と災害などに、失業と倒産、農漁業危機などの圧迫が鋭くくわわって、独占資本中心の体制と国民生活との矛盾は、いちだんと激しさを増している。

 (2) 日米安保条約は、戦後三十二年たった今日なお、日本の国土と国民をアメリカ帝国主義のアジアでの軍事干渉計画にしばりつけている。日本は朝鮮戦争のときにもベトナム戦争のときにも、侵略戦争の直接の作戦・補給基地とされた。世界の発達した資本主義国のなかで、第二次大戦後、アメリカの〝熱い戦争〟の基地として使われた国は、日本以外には一国もない。ベトナム戦争の終結後も、アメリカ帝国主義が、朝鮮半島につぎの照準をあわせた日米軍事同盟の再編成にただちにとりかかり、とくにカーター政権のもとで、沖縄基地をはじめ在日米軍基地の自由出撃態勢や米日韓軍事連動態勢の強化、自衛隊の増強と日米共同作戦態勢の推進などが強力にすすめられていることは、日本の国民の安全にとってきわめて重大である。
 福田首相のASEAN各国訪問など、自民党政府が東南アジアで日本独占資本の経済的対外膨張の要求を代表しつつ、アメリカ帝国主義の支配の補完的役割をすすんでになおうとしていることも、カーター政権の〝肩代わり〟計画にそった危険な具体化の一つである。
 さらに重大なことは日米軍事同盟が、軍事面にとどまらず、日本の外交政策を制約し、農業・資源・エネルギー・原子力などにおける極端な対外依存の根源となり、ロッキード、日韓ゆ着など海をこえた政治腐敗の温床になるなど、日本の国民の利益を多面的に侵害していることである。

 (3) 三十年前に、不徹底さを残しながらも主権在民と基本的人権の保障、議会制民主主義をうたった憲法が制定されたとはいえ、戦後の日本が民主主義革命を経験せず、政治、社会の各分野に広範な戦犯勢力を温存させたことは、民主主義と自由の危機を、ヨーロッパ諸国にはみられない重大で深刻なものとしている。自民党が、小選挙区制や憲法改悪など、議会制民主主義への挑戦を執拗にくりかえす根底には、歴代首相が公然と表明してきた、侵略戦争や治安維持法――戦前の暗黒政治を肯定する立場がある。ロッキード、日韓汚職などは、政・財・官のゆ着という独占資本主義体制の暗黒面とともに、戦犯右翼や韓国の朴独裁政権と結託した日本の反共勢力の極反動的性格もあかるみにだした。また、鬼頭事件は、わが国の反動勢力の危険な陰謀性を露呈した。さらに大企業などにおける労働者の人権抑圧のファッショ体制は、自民党や財界のいう「自由社会」の実態を、もっとも雄弁に暴露したものである。

 (4) 自民党政治と大企業による商業主義的な文化支配のもとで、文化の退廃と民族的な文化財や伝統文化の破壊と荒廃がすすみ、国民の生活環境を精神面から悪化させ、青少年の非行化と自殺の増大、売春その他の青少年犯罪の増加と低年齢化などの深刻な社会問題を生みだしていることも、重大な国民的問題である。それだけに、次の世代をになう教育の使命は大きいが、学歴社会を前提に受験本位にくみたてられた教育の現状は、これにこたえることができず、「教育勅語」の復活や「君が代」の国歌化など、自民党による教育反動化の新たなくわだては、教育の危機をいっそう激しいものとしている。

 このように、支配体制の諸矛盾の深まりは、国民各層の生活をいよいよ困難にし、権利と民主主義をおかし、日本の真の独立と安全、平和に逆行する国民的な危機をひきおこしており、現状の打開――国政の民主的転換は、圧倒的多数の国民的利益をまもるための緊急切実の必要事となっている。

  三、反動勢力の反攻と政治情勢の特徴

 各分野にわたる矛盾の進行を背景に、六〇年代から七〇年代初頭にかけて、自民党の退潮と日本共産党の躍進、地方での革新連合政治の成長などが大きくすすんだが、一九七二年末の総選挙での日本共産党の躍進以後、そこに反動的支配体制の危機を読みとった自民党と日米支配層が、日本共産党にたいして集中的な反攻を開始したことによって、日本の政局は、〝自共対決〟を軸に、あらゆる分野での激烈な政治戦を特徴とする新しい段階を迎えた。こうして、この四年間は、一方で、田中金脈、ロッキード事件、日韓ゆ着など自民党政治の年来の不正、腐敗がつぎつぎと明るみにだされ、これを糾弾する闘争のなかで、自民党政治の危機がさらに深まり、田中、三木、福田と政権交代があいついだ時期であったと同時に、その危機から反動支配をたて直すための、自民党・財界など反動勢力の反共・反革新の大がかりな反攻が展開された時期となった。
 四年前の第十二回党大会は、政治情勢のこうした新しい特徴を分析し、七〇年代初頭の党の躍進が、民主連合政府による国政革新への条件を前進させたことを指摘する一方、革命は「結束した強力な反革命」を生みだしそれとの闘争で成長するという階級闘争の弁証法に目を向けて、自民党と日米支配層のあらたな反動的挑戦との闘争の重大性を強調し、国政革新への道はけっして一直線にすすむものではなく、今日の政治勢力の複雑な関係のもとでは、「いくつかの屈折や後退」も予想されうる二つの道の激しい政治対決に直面していることを、あきらかにした。
 実際、自民党と財界によって展開された反共反攻作戦は、田中内閣のもとで開始された「自由社会をまもれ」というキャンペーンを基調に、経営内での〝企業破壊者〟攻撃、国会の議場を利用して反共野党を前面にたてた反共包囲作戦、革新自治体にたいする攻撃と分断工作、右翼マスコミを利用しての世論づくり、警察機構の反共手兵化、さらには選挙法を改悪して言論戦の制限や党略的な選挙区分割までおこない、選挙中も警察官が戸別訪問して、共産党への支持票つぶしに警察機構が直接あたるなど、日本共産党と国民の結びつきを断ちきるためにあらゆる手段と術策を動員した。この集中攻撃の規模と謀略性は、まさに米軍占領時の反共攻撃以来のもので、とくに、戦前の特高警察のでっちあげと治安維持法裁判のむしかえしにみられるように、戦前の暗黒政治につながる反共主義まで総動員したことは、そのきわだった反動性をむきだしにしめした。
 自民党・財界が反共野党との共同戦線、すなわちその〝新与党化〟を当初から方針として追求し、民社、公明両党や社会党内の反共右派がこれに呼応して日本共産党攻撃に全面的にのりだしたことも、この反共攻勢の重要な政治的特徴だった。
 日本共産党が、国民の要望にこたえて国民的危機を打開する諸政策をもっとも先進的にかかげ、国民の先頭にたって奮闘しながら、最近の二つの国政選挙で敗北を重ねた最大の理由は、自民党と日米支配層のこの反共反攻作戦にたいし、これを国民的規模でうちやぶりえなかったところにある。
 政治戦線では、自・社両党から新自由クラブや社会市民連合が分かれるなど、表面的には〝多党化〟現象が強まったが、本質的内容としては、反共攻勢およびこれとの闘争を通じて、革新三目標を中心に日本の民主的再生をめざす革新的潮流と、現体制擁護の反革新的潮流との、二つの潮流、二つの陣営への分岐がいよいよ明確になってきた。
 〝新保守主義〟をとなえる新自由クラブの親自民的性格はもちろんだが、公明、民社のいわゆる反共「中道」諸党も、治安維持法裁判問題や名古屋市長選挙などで自民党と反共・反革新の共同作戦をとったばかりか、戦後の日本の政治史で革新と反革新の重大な争点となってきた日米安保条約問題で、反共野党の共同の旗印として、その存続、堅持の方針をうちだした。これは、革新三目標に反対する体制擁護派としての保守的性格を政策路線上もさらに浮きぼりにしたものである。
 激しい反共攻勢のなかでおこなわれた昨年来の衆参両院選挙は、革新と反革新の二つの潮流をめぐる闘争のなかで、現在の支配体制をささえる保守的地盤の根強さをあらためてしめした。自民党自体は、四年間の全力をあげたまきかえしにもかかわらず、得票率を衆院選(七六年)で四一・八%、参院選全国区(七七年)で三五・八%まで低下させ、長期低落の傾向をいっそう加速しさえしたが、その反面、反共野党が得票と議席を伸張させた。いわゆる「中道」諸党の伸張なるものも、公明、民社両党をあわせた得票率では、まだ六〇年代末の水準を完全に回復していないが、自民党から離れた支持票の多くが、まだ革新の潮流に結びつかず、反共「中道」や新保守主義の路線への支持として現れる根底には、わが国における保守勢力全体の地盤の根強さがあることを、深くとらえる必要がある。わが国の支配勢力は、戦前からの反共風土をも温存させた日本の政治的後進性とも結びつきつつ、大企業の経済的支配の力に依拠し、商工業者や農民など中間層の間にも、各種の組織や団体、さらには金脈、人脈を結びつけた網の目をはりめぐらし、こうして都市でも農村でも根深い保守的地盤をつくりあげている。反共攻勢の政治的影響力の大きさも、ここにその条件があるのであり、日本の政治情勢を革新的に打開してゆくためには、政治戦線の上での正確な闘争とともに、都市や農村で、この地盤を根本から掘りくずしてゆく本格的な闘争にとりくむことは、いよいよ重要である。
 革新勢力の側では、自民党政治の危機と退潮のなかで後退を余儀なくされた最大の問題点が、革新統一戦線がいまだに結成されず、自民党政治に批判や不満をもつ広範な人びとに、革新的未来への現実的な見通しをしめしえなかったところにあることは明白である。共社両党は革新三目標では一致しており、統一戦線をもとめる革新的世論の要望は大きく、わが党の一貫したよびかけと努力のなかで、両党委員長が「統一戦線結集」への努力を確認し、参院選共闘のための政策協定も成立したが、国政レベルでの革新統一戦線はいまだに結成されないでいる。社会党のこうした不決断の根底には、同党が「共産主義の克服」という反共規定をもった党綱領にいまなお固執していること、労働組合など大衆諸組織を社会党の支配領域として維持しつづけるために、共産党に不当な対決姿勢をとる反共セクト主義など反共主義のさまざまな要因があるが、とくに最近活発になっているのは、反共諸党の外からの圧力と相呼応して、社会党全体を「共産党との絶縁」の方向にひきいれようとする反共右派の連合した動きである。参院選後はげしくなった社会党内の論争は、表向きは「社会主義協会」の性格をめぐる組織問題として議論されているが、その内実が、基本路線をめぐる対立にあることはかくれもない事実である。日本における国政革新の共同の事業の利益は、社会党がこの状態を革新的方向でのりきり、さらに革新統一戦線結成の大道に前進することを求めている。

  四、国政革新の大局的展望と任務

 わが党は、一九七〇年の第十一回党大会以来、「七〇年代のおそくない時期に民主連合政府を樹立する」という展望をかかげてきた。各分野の危機の進行は、民主連合政府による国政革新をいよいよ切実な国民的課題としており、われわれは、危機を打開し、日本の民主的再生を実現できるただ一つの道として、革新統一戦線と民主連合政府の旗を、いっそうの抱負と確信をもって高くかかげなければならない。七〇年代をあと二年残すだけという今日の時点でなお革新統一戦線が未結成のままであり、自民党・財界の反攻の前に革新勢力が国政選挙での後退を経験してきた現状のもとでは、民主連合政府樹立をめざすとの闘争を、より長期的な視野で展望することが、必要となってきている。そこに到達する過程があれこれの複雑な局面をたどるとしても、革新勢力の統一にもとづく民主連合政府の樹立は、国民的な闘争によっておそかれ早かれかならず実現することのできる目標であり、反革新の諸勢力のどんな抵抗や妨害もこれをはばむわけにゆかない歴史の発展方向である。
 日本の進路をめぐる二つの道の政治的対決は、政治戦線では、自民党やいわゆる反共「中道」諸党、新保守派などの体制擁護勢力と、革新三目標を追求する革新勢力との対決を軸として、七〇年代から八〇年代にかけて展開されるだろう。
 すでに現在の政局には、小選挙区制強行で自民党の単独多数支配を復活させようとする日本型ファシズムへの底流とともに、反共野党の〝新与党化〟による新たな多数派形成の動きが、具体的な姿であらわれており、今後この二つの流れが、たがいに補完しあいながら革新の潮流と対決し、自民党政治にて直しの力としてはたらくことは疑いない。事態の推移によっては、その過程で、自民党と反共野党の連合政権が生まれることも予想しうるが、それは革新の政権どころか〝よりまし〟の政権にもなりえず、自民党政治を新しい多数派によって継続する〝保補連合〟政権でしかないだろうことは、西ヨーロッパの反共中道政権の歴史や、さきの国会で自民・民社連合が果たした反動的役割をみても明瞭である。
 こういう情勢のもとで、各種の体制擁護勢力の危険な役割と動向を、具体的な事実にもとづいて国民の前にたえず解明し、国政革新の真の道すじをあきらかにしてゆくこと、そして革新三目標にもとづく革新勢力の統一と前進のために奮闘することは、真に国政革新をねがうすべての政治勢力の大きな責務である。
 自民党・財界の反攻を背景にした一時の逆流にもかかわらず、国政革新の大道こそ真に未来ある道であることは、日本の国民諸階層がおかれている現状によっても、裏づけられている。
 「高度成長」期を通じて、日本国民の階級構成と社会構造には、大きな変化がすすんだが、その変化は、国民の中産階級化や現在の反動的支配体制の安定化ではなく、民主的、人民的な変革の条件を強める方向にはたらいている。

 (1) 労働者階級は、労働力人口での比重を二十年間に一九五五年の四三・六から一九七五年の六五〇に増大させ、文字どおり人口の三分の二を占める主要な階級となった。いわゆるサラリーマン層が労働者の三分の一にふえるなど、構成の若干の変化はあるが、鉱工業・運輸・通信の労働者は依然として全体の四割以上をしめる最大の主力部隊であり、労働者の三分の二は、とくに賃金・労働条件の劣悪な中小企業労働者である。労働者階級は、全体として、その客観的地位が、国政の革新と社会の進歩的変革をもっとも強くもとめている階級である。

 (2) 都市・農村の中間層の中心をなす自営業者(一部の中小企業家をふくむ)の比重は、五三・二%(五五年)から二九・四%(七五年)へ、かなり大幅に減少した。そのなかで、「高度成長」期以前には三七・七%(五五年)だった農漁民が、一二・七%(七五年)と比重を三分の一に急減させたのにたいし、都市型の自営業者(非農林漁業)が五・五%(五五年)から一六・七%(七五年)に増勢をつづけ、量的に農漁民を上まわる勢力となったことが、注目される。これらの階層は、対米従属的な国家独占資本主義の圧迫を、多面的にうけており、その経営と生活の困難は、七〇年代の経済危機と農漁業危機のなかで、いっそう重大化している。

 (3) 労働者階級と都市・農村の自営業者だけで、日本の労働力人口の九四以上をしめているが、労働者、農民、漁民、勤労市民、知識人、婦人、青年、学生、中小企業家をふくむより広い階級・階層が、現在の反動的支配体制の抑圧と攻撃の対象となっており、危機を打開し日本の民主的再生をめざす闘争で、日本共産党と革新勢力が、国民の圧倒的多数の合意をかちとりうる客観的条件は、明確に存在している。

 これらの国民諸階層を現実に革新の事業に結集してゆく過程が、多くの曲折をふくむ長期の複雑な過程となることはもちろんであるが、国政革新の事業、より根本的には日本の民主的変革の事業が、どんな逆流や反攻をものりこえて、最後にはかならず勝利をおさめる最大の基礎は、この事業が文字どおり国民の圧倒的多数の利益を代表しているという事実にある。
 全党は、国政革新の事業の前進への確固とした展望を身につけ、みずからの活動によって情勢を変革する革命的気概をもって反動勢力の反攻とたたかい、国民的危機を打開する諸政策をかかげて国民諸階層の闘争の前進に献身すると同時に、どんな嵐にもたえて任務を果たしうる強大な党の建設に全力をあげ、革新統一戦線と民主連合政府樹立への道をきりひらくうえで、科学的社会主義の党にもとめられている先進的役割を、全面的に果たしてゆかなければならない。

  第二章 国政革新の諸課題と各分野の闘争

  五、三つの分野での活動の総括

 わが党は、日本の進路をめぐる二つの道の激しい対決のなかで、この四年間、日本の革新勢力と国民の先頭にたって奮闘してきたが、運動の前進と後退を正確にとらえるためには、この間の活動の展開を、理論・政策活動、経済闘争、政治闘争など、エンゲルスが指摘した運動の「三つの側面」の全体にわたって総括することが大切である。

 (1) 理論・政策活動の面では、党は、第十二回党大会決定の民主連合政府綱領提案が国政革新の政策的展望を総合的にあきらかにしたのにつづいて、『日本経済への提言』「教育改革への提言」をはじめ、当面の危機的な事態を打開する国民的解決策を各分野で提起し、科学的社会主義の党の政策的先見性と優位性を積極的に発揮してきた。
 とくに、今日の構造的危機を打開し、国民生活の防衛と向上、つりあいのとれた産業発展をはかる経済再建の提案「日本経済への提言―危機に挑戦する再建計画』は、経済民主主義の立場にたった日本経済の再建と発展の見取り図を具体的にしめしたものであり、日本の革新勢力の政権担当能力の充実をしめす提案として、広い反響をよんだ。政府・自民党は、経済の民主的改革がさしせまった必要となっていること「自由経済」か「計画経済」かという議論でごまかそうとしているが、『提言』自体が詳細に分析しているように、今日の国家独占資本主義の経済は、独占資本に資本力にものをいわせた横暴な搾取と収奪の「自由」を保障する、大資本本位の「自由経済」であると同時に、国家の力を経済に広範囲に介入させることで、国民の犠牲のうえに大企業の利益をはかる経済だという意味では、大資本本位の「計画経済」である。わが党が『提言』で提案している経済の民主的計画化や大企業への民主的規制は、国家の介入の方向を現在の大資本本位から国民本位への民主的方向へ転換させることにほかならない。それは社会主義的改革を意味するものではなく、資本主義のわく内でも実行可能な、そして国民の生活と経営をまもるためにはどうしても必要な、経済民主主義の改革である。それは、外交路線の日米軍事同盟から非同盟中立路線への転換とともに、日本の政治、経済の発展の唯一の民主的な方向をしめした提案である。
 わが党の政策的提唱のなかには、これまでにも、大企業本位の「高度成長」政策反対、国民本位の経済計画の提案、国の基幹産業としての農業の再建、住民奉仕の効率的な自治体行政、市民道徳の教育、〝ポルノ文化〟から子どもをまもる問題、公正・民主の同和行政など、提唱した当初は共産党の独自の主張だったが、時日の経過とともに、広範な世論が支持する国民の〝共有財産〟に転化したという事例が少なくない。大衆運動の方針と関連して提唱した民主的教師論や自治体労働者論も、一部の批判者との論争はあったが、多くの支持と共感をえて運動を前にすすめる現実の力となっている。戦前、政党では日本共産党だけがかかげた主権在民や侵略戦争反対の主張が、戦後、憲法にも明記された国民的立場に転化したことは、重要な歴史の教訓であり、真理と正義にたった主張は、かならず少数から多数に発展して、国を動かす力に成長するものである。
 日本の進路をめぐる政治闘争の経過と結果は、どの党が大局的に危機を打開しうる現実的政策をしめし、これらの国民的課題に真にこたえうる能力をもっているかということと深くかかわっている。党はさらに、これまでの成果に安住することなく、国の進路と国民的諸課題の解決策を提起する政策活動を各分野で強化し、この面でも、日本の前途を積極的にきりひらく党の指導的役割をいっそう全面的に発揮するよう、努力しなければならない。
 反動支配勢力は、日本共産党の姿を〝こわい、冷たい、暗い〟ものにねじまげるために、ソ連、中国の諸事件から、戦前の治安維持法裁判、自由や財産の問題でのいい古されたデマ宣伝など、あらゆる材料を総動員してきたが、これらの反共攻撃を打破する思想闘争はこの時期の党の理論・政策活動の重要な内容となった。事実と道理、党の路線と科学的社会主義の理論にもとづいて日本共産党の真の姿をあきらかにし、反共宣伝を根本からうちやぶる活動は、今後さらに、党にたいするさまざまの偏見をあらゆる国民の意識からとりのぞいていく意気ごみと規模で強化してゆく必要がある。
 党は、この間、当面の国政革新の諸問題と同時に、発達し資本主義国における革命の問題や日本の社会主義的未来の問題についても、重要な理論的研究と展開をおこなってき一九七四年に宮本委員長が発表した「三つの自由」と「憲法五原則」についての見解は、国民の自由と民主主義を、今日のあらゆる侵害から断固擁護するとともに、将来の社会主義日本でも発展的にまもりぬくというわが党の原則的立場を、簡潔に定式化したものであった。この立場は、昨年の第十三回臨時党大会で採択された「自由と民主主義の宣言」で全面的に展開され、仕上げられた。この「宣言」は、党綱領の路線をさらに具体化し発展させて、日本の社会主義への道の日本的特徴を深く解明した綱領的文書の一つである。さらに臨時党大会での綱領・規約の改定に結実した執権問題その他の理論的、歴史的な研究は、科学的社会主義の立場から、党の綱領路線の理論的な基礎を掘り下げてあきらかにしたものであった。わが党のこれらの理論的展開は、国際的にも多くの注目と反響をよんでいる。

 (2) 国民諸階層の経済的その他の要求にもとづく諸闘争の面では、党はこの間、大衆運動と大衆諸組織の発展、政治革新の諸課題との結合に力をそそぎ、運動の大衆的で民主的な前進のための政策や方針も積極的に提案してきた。
 これらの活動によって、労働組合運動で、統一戦線支持組合の組織的発展とともに、「特定政党支持」義務づけ体制を克服した組合が増大したこと(五十九単産百万人から六十九単産百二十三万人へ)、職場の自由をまもる闘争が全国的にひろがり一定の成功をおさめつつあること、労働組合運動の国民的指導性や国民との連帯行動を重視したわが党の方針が、ある程度運動に浸透してきたこと、全日農民主化の活動が一定の前進をかちとってきたこと、全商連が会員三十万をこえるという発展をとげたことをはじめ、勤労市民の諸組織がそれぞれ組織を拡大、共同行動と共闘組織が前進したこと、「明るい革新日本をめざす青年学生連絡会議」が三十一団体、百万をこえる青年を結集して結成され(一九七七年一月)、全学連が半数近い学生と過半数の学生自治会を結集する組織として発展していること、「国際婦人」において広範な婦人団体の共同行動が前進したこと、全国部落解放運動連合会が結成され、戦前からの伝統をうけついだ部落解放運動の本流として、全国的な発展をとげてきたこと、公害反対、環境保全、災害防止などの多様な要求にもとづく各種の住民運動が、財界のまきかえしや保守的な障害とたたかいながら、ひきつづき前進してきたことなど、少なからぬ前進的成果が記録された。とくに「職場に自由と民主主義を」のわが党のよびかけを契機に、〝会社監獄〟ともいわれる大企業の非人間的な労働者抑圧に反対する闘争が全国的に発展し、「中央連絡会議」も結成され、日立武蔵の〝ガラスの檻〟の撤廃や裁判闘争の勝利などいくつかの現実の成果をおさめたことは、まだ端緒的な成果とはいえ、大企業の専制支配の一角をついた闘争として、重要な前進であった。
 しかし、大衆運動全体としては、まだ多くの歴史的な弱点が解決されないでいることを重視する必要がある。大企業は独占資本主義の牙城であるだけに、そこでは、〝労資一体〟のファッショ的職場支配がなお支配的であり、それを背景に、労働戦線でも、同盟系大企業労組を中心として、労働者の利益に反する労資協調主義と結びついた反共労働戦線形成の動きがつよまっている。労働戦線の全体でも、総評、同盟など大多数の組合が「特定政党支持」義務づけの反民主的な体制に固執しており、労働組合運動が、革新統一戦線結成に積極的な役割を果たすことを妨げている。さらに憲法で団結権が保障されて三十年たちながら、労働者の組織率が戦争直後の時期より低下し、約二千五百万、三分の二をしめる労働者が未組織状態のまま劣悪な労働条件や不安定な雇用に苦しめられていることも、社会民主主義的指導の弱点と結びつい労働組合運動の重大なたちおくれである。全日農のなかで民主的潮流が相対的に前進したとはいえ、農民組合運動全体の規模が小さく、農業人口のごく一部しか組織していない。勤労市民も大部分は民主的大衆組織とのつながりをもたず、あれこれの団体や組織を通じて都市における保守の政治的地盤をなしている場合が多い。人口の過半数をしめる婦人の間に、革新への志向につながる民主的エネルギーが、大きく蓄積されていながら、政治的には、その大きな部分がまだ潜在的なものにとどまっていることも重要な問題である。青年運動の新たな発展の問題も、国政革新の展望からいって、最近いよいよ重要性を増してきた。各分野の大衆運動がこれらの歴史的弱点をのりこえ、いっそう強大な発展をとげるように、ひきつづき意欲的なとりくみをすすめることは、党と統一戦線勢力の大きな任務である。
 わが党は、各分野の運動と組織の発展に貢献するために、この数年来、農村での活動、未組織労働者の組織化、基地対学生、低所得者層の間での活動などに党の宣伝・組織者を配置し、この面から運動の系統的な前進を保障する努力をはらってきた。この努力は各分野ですでに貴重な成果をあげている。
 大衆運動と国政革新の闘争を結びつける点では、国会内外の闘争の正しい結合が重要である。石油危機のさいに、党が国民生活防衛の緊急対策本部などを党中央と国会議員団に設け、物価集中審議など国会の舞台での政治闘争と、全国各地域での大衆闘争とが、連携しながら発展したことは、重要な経験であった。

 (3) 政治闘争の一つの要をなす選挙戦は、この四年間に、衆議院選挙と二度の参議院選挙、いっせい地方選挙、さらに数多くの中間選挙などがたたかわれたが、わが党は、国政選挙で、党綱領路線の確立以来、はじめての全国的な後退を経験し、党の国会勢力は、革新共同の議員をふくめ第十二回党大会当時の五十一議席が三十五議席に減少した。地方選挙では、第十二回党大会から党大会時点までに、党の地方議員総数は二千七百二十六名から三千二百二十三名に増え、議案提案権をもつ党議員団も百十四から百七十九に増えるなど、全体として前進の成果をおさめた。しかしこの間に四百三十六名の現職議員が落選し、都道府県議を百三十四議席か百十二議席にへらすなどの後退があったことが、きびしく反省されなくてはならない。わが党が与党の革新自治体も、百四十八自治体(六都府県、七十三市、三特別区、六十六町村、口三千六百四十五万人)から二百十自治体(九都府県、百三市、四特別区、九十四町村、人口四千八百万人)に拡大した。とくに自民党と反共野党が力をあわせた激しい反共攻撃をうちゃぶって、京都、東京、大阪、沖縄、名古屋などの革新自治体を防衛したこと、「解同」朝田・松井派による地方行財政の私物化に反対して、羽曳野民主市政の再選をかちとり、大阪、京都、兵庫に革新共同の一連の市政、町政を確立したことは、この間の選挙戦の特筆すべき成果である。
 革新統一戦線のための運動では、七五年七月に、党は「救国と革新の国民的合意」の運動をよびかけ、今日の危機を打開する諸問題について各界各層の広範な団体と個人との対話や懇談をすすめた。これは、七四年以来の「開かれた「懇談会」の運動とともに、革新統一戦線結成への国民的な前提をひろげ発展させる運動として、重要な意義をもっていた。
 とくに、世界観のちがいをこえた「地上の問題での相互理解と協力」を基調に、共産党と宗教者との対話が広くおこなわれたことは、わが党の国民的合意と統一戦線の運動が、真に国民的なひろがりと展望をもっていることをあきらかにした。党は、七五年十二月の七中総で宗教問題についての特別の決議を採択し、将来にわたって信教の自由を保障し、宗教者との共同を重視する日本共産党の態度の一貫性を理論的にも明確にした。
 一九七四年十二月に調印された「創価学会と日本共産党との合意についての協定」は、わが党の側からいえば、この国民的合意の基本精神にたって結んだものであり、科学的社会主義の党と宗教者・宗教団体との進歩的な協調の可能性をしめしたものとして、これを歓迎する多くの共感と反響をよんだ。残念ながら、公明党指導部などの反共主義のまきかえしにあって、十年間有効と約束された合意協定は、発表後日ならずしてその実効力を失うという事態にたちいたった。しかし、協定に明記された科学的社会主義の党と宗教者との日本と世界の進歩のための協調という精神は、その正当性と生命力を失うものではなく、両者の歴史的責任はうやむやに葬りさることのできない性質のものである。わが党はこの精神で国民的な合意の運動がさらに発展することを希望するものである。
 わが党は、この四年間、田中、三木、福田と政権交代がつづくなかで、自民党の金権・戦犯・売国の三悪政治をきびしく追及し、革新三目標にもとづく革新統一戦線の結成によって革新連合政権への道をひらくための努力をつくしてきた。同時に、革新統一戦線がいまだ結成されず、革新三目標の支持勢力が国会で多数を占めていない段階でも、現在の自民党政府を退陣においこむ現実的な可能性が現れた場合には、自民党に反動的な政権たらいまわしを許さないために、一九七四年の田中内閣の危機のさいの選挙管理内閣の提唱、一九七六年の総選挙のさいの暫定政府の提唱などをおこなってきた。これは、そういう特殊の情勢のもとでの緊急提案であり、党綱領の規定でいえば「かれらの支配を打破していくのに役立つ政府」の一形態にあたるものである。選挙管理内閣などの問題は、理論的には、革新統一戦線が結成され国会の多数をしめる過程において今後もおこりうる問題であるが、公明、民社の反共野党は、選挙管理内閣についても共産党との共同を拒否する態度共産党をふくめた〝反自民〟の政府ができるよりも、自民党の政権たらいまわしを選ぶという態度を、公然と表明した。このことは、わが国の政治戦線における政党の基本的な配置をあらためてあきらかにし、いわゆる〝与野党逆転〟が自民党政治の転換につながるものでないことを証明する結果となった。
 以上、三つの側面にわたって、この四年間の党と国民の闘争の推移を概括してきたが、全体としてのその到達点をふまえ、その前進と後退から教訓をくみとりながら新しい前進をめざすことが重要である。

  六、国政革新の諸課題

 第十二回党大会決定は、真の独立と平和・中立化、国民生活擁護、民主主義の擁護と拡大という三つの闘争課題を中心に、国民的な闘争の今後の方向をあきらかにした。四年間の闘争の到達点にたって、ひきつづきこの三つの闘争課題あるいは革新三目標を軸に、諸闘争の大衆的な発展のために奮闘し、政治戦線でも大衆運動の諸分野でも革新勢力の統一を推進する活動を精力的におしすすめることは、国政革新の力量をつくりあげる重大な任務である。
 国民生活の防衛と経済民主主義労働者階級をはじめ勤労国民諸階層の経済的諸要求実現の闘争は、経済危機のもとで生活と経営をまもる緊急切実の課題であると同時に、政治革新の闘争を真に大衆的に発展させる見地からも、一貫して重視する必要がある。
 党は、一九七五年の七中総で「戦後最大の経済危機に、最大の国民運動で挑戦しよう」というスローガンをかかげた。経済危機と国民生活への圧迫がいよいよ深刻の度をくわえている今日、生活と経営をまもる一大国民運動を組織して、広範な勤労者大衆の生活改善をはかることは、大衆運動の分野での中心的任務の一つであり、あらゆる可能性をとらえて、その発展に努めなければならない。
 そのため党は、日常の身近な生活相談から、職場、地域での独占資本との闘争、政府や自治体への要求運動など、各階層の要求と運動に多面的にとりくみ、国民生活のあらゆる分野で、人民の利益のまもり手としての役割を発揮しなければならない。
 労働者階級の前衛党としての歴史的使命からいっても、党がとくに重視し、力をそそぐ必要があるのは、労働組合運動の階級的民主的強化の課題である。労働組合運動の動向は、革新統一戦線結成、国政革新の事業の前進をふくめ日本の情勢全体に重大な影響をおよぼすものである。それだけに、政府・独占資本と反共勢力は、労働組合運動の階級的発展をおしとどめ、労資協調路線の育成と反共右傾化をいっそうおしすすめるために、重化学工業の基幹産業部門を中心にあらゆる努力を集中している。党は日本の労働組合運動が、これらの抑圧と攻撃をうちやぶり、「特定政党支持」義務づけなどの制約も克服して、階級的民主的な発展をとげ、労働者の生活と権利をまもる強力なとりでとして、また国民とともに政治革新をすすめる中心部隊として前進するように、全国的にも、また地域や職場でも、前衛党のイニシアチブを発揮して奮闘しなければならない。
 生活をまもる諸闘争の発展にあたっては、労働組合、農民組合、新婦人、民商、民医連、生活と健康を守る会など既存の大衆組織と可能なかぎり協力し運動の発展につくすとともに、未組織の中小企業労働者や低所得者層など、経済的抑圧をもっとも激しくうけている大衆のあいだでの生活防衛・改善の活動に努力をそそぐことが大切である。労働者の闘争でも、大経営のなかでの活動を困難にめげず不屈につよめることはもちろん、中小零細企業労働者、未組織労働者の間での活動を重視し、これまでの宣伝・組織者を中心とした活動や、統一戦線支持労組と協力しての活動も抜本的に強化していく必要がある。農村でも農民の七割以上が賃労働を兼業している今日では、労働者は事実上農村地域での多数者になりつつあり、農民組合の強化、農協の民主的発展のための活動とともに、労働者の組織化の活動を本格的にすすめることが、農村の政治的力関係を変えていくうえでもいよいよ重要になっている。
 また、国民生活の問題で婦人の要求は、もっとも切実であり、民主的婦人運動が、国際婦人年の運動であらためて浮きぼりにされた婦人の社会的地位の向上の問題をはじめ、多様な要求をとりあげて各層婦人の民主的エネルギーを生きいきとくみあげていけるよう努力することは、きわめて重要である。日本共産党は、党創立以来、婦人参政権など男女平等の旗をかかげ、今日、中央・地方の議会活動でも婦人の解放と向上の先頭にたってきた政党であり、この分野の運動の発展にいっそう力をつくさなければならない。
 生活と経営をまもる闘争を国政革新の闘争に正しく結びつけていくうえで、経済の民主的改革をめざすわが党の諸政策を大衆的に宣伝する活動は、きわめて重要である。経済危機打開の問題での中小企業家や中小商工業者との交流や共同、農業再建諸政策を中心にした農民や農協など各種農業団体との対話や討論、二百野政策や、漁業再建計画にもとづく中小漁民、漁業団体との交流の経験は、党の経済政策を前面にかかげた活動が従来党とあまり接触のなかった人びとのあいだにも、非常に大きな関心と共感をよびおこしうることを教えており、こうした活動をより広い階層の人びとのあいだで大胆に展開する必要がある。
 各階層ごとの運動の発展については、党はとくに今年にはいって、経営、農村、青年・学生の各分野で活動者会議を開いた。これらは、今後の運動の発展にそれぞれ重要な方針と展望をしめした会議であり、全党がその到達点を十分に身につけ、大衆運動の先進的な推進力の役割を自覚的に果たしてゆくよう、この諸方針の徹底にいっそう力をつくさなければならない。

 安保条約廃棄と非同盟中立 日米安保条約と日米軍事同盟の廃棄か存続か、そのどちらの側にたつかは、依然として、革新と反革新の二つの陣営をわかつ決定的な分岐点の一つである。新自由クラブや民社党はもちろん、一時は〝即時廃棄〟論をとなえた公明党も、最近では、安保存続論にふたたび逆もどりし、社会党内の反共右派的潮流も、これに呼応するなど、反共主義と安保存続論との結合が、反革新の分裂主義の目立った共通の特徴となってきている。〝革新〟を名のりながら安保存続をとく最近のこれらの動きの背景に、中国の外交路線の日米安保条約肯定論への転換があることは、見のがせない問題である。われわれは日本の国民の主権と安全、真の国民的利益を擁護し、アジアの平和をまもる立場にたって、日米安保条約廃棄と平和・中立化の旗を、日本の新しい進路を開く国政革新の中心問題として、確固として高くかかげなければならない。
 自民党政府とカーター政権が、朝鮮半島にほこ先を向けて日米軍事同盟の再編強化をすすめている今日、沖縄をはじめとする米軍基地反対の闘争とともに、日米韓軍事一体化の策謀を暴露しこれに反対する闘争が重要になっている。さらに、日米安保条約廃棄の運動を国民的規模で発展させるためには、その危険で有害な実態を多面的にあきらかにし、安保肯定論の誤りを暴露する宣伝活動とともに、非同盟中立路線への転換の意義、とくにこの転換こそが、日本の主権と民族の自由を回復し、自主平和の外交の展開や日本経済の繁栄という面でも、希望にみちた前途をひらくということを、政策的にもいっそう積極的に解明し宣伝してゆく必要がある。安保廃棄が日米関係を破壊する暴挙だという自民党や反共諸党の非難にたいしても、これを軽視せず、安保条約第十条にもとづく廃棄手続きの正当性と有効性、安保廃棄後の日米不可侵条約と対等・平等の日米関係確立の展望などを、ひきつづき精力的にあきらかにし、国民的な理解をひろげてゆかなければならない。また、日米軍事同盟を軸とした自民党政府の外交政策の展開の一つひとつにたいして、これを批判すると同時に、その具体的な問題で国のとるべき外交政策を具体的に提起してゆく活動も、いっそう強化することが重要である。
 運動面でも、これまで安保破棄中央実行委員会をセンターとしてすすめられてきたこの運動が、今日の情勢にふさわしい全国的、地域的発展を期せるように、新しい創意性を発揮することが求められている。
 千島問題についても、その全面返還の道は、この問題の正しい歴史的理論的究明とともに、サンフランシスコ体制打破の闘争と結びついている。自分自身はサンフランシスコ条約の千島放棄条項の堅持を主張しながら、この問題を日本共産党攻撃の道具に利用する自民党などの反動宣伝とたたかいつつ、千島全面返還を日本国民全体の正義の世論にする大衆運動の展開に、新たな努力がそそがれなければならない。
 核軍拡競争の果てしない進展、軍縮国連特別総会の来年開など、核兵器全面禁止のための闘争が、国際的にも特別の重要性をおびてきたなかで、原水爆禁止運動は、今年、被爆問題国際シンポジウムの開催、十四年ぶりの統一世界大会の開催という二つの歴史的な成果をかちとった。これは、運動の統一的発展をめざす、わが党をふくめた年来の努力の貴重な結実であるが、統一世界大会の最大の教訓は、核兵器全面禁止、被爆者援護の原点での大同団結という、統一の原則をつらぬいたところにある。
 十四年前の分裂は、総評・社会党など一部の団体や人びとが、この統一の原則に背を向けて、社会主義国の核実験にたいする抗議や部分核停条約の礼賛など、自分たちの特定の立場を、原水禁運動全体におしつけようとしたために、おこったものであった。しかしこれらの分裂の争点にたいする歴史の審判は、すでに明白である。部分核停条約の問題についても、それ以来、今日までの核軍拡の歴史は、こうした〝部分的措置〟が世界を核兵器禁止の目標に近づけるどころか、平和運動を目標からそらせ、核軍拡競争を合法化するものでしかなかったことを、事実で証明した。最近、核兵器も原子力平和利用も同列において〝核絶対否定〟一般を原水禁運動の目標にしようとする傾向があらわれているが、これも、核兵器禁止、核戦争阻止の根本目標をあいまいにするものである。
 統一世界大会のよびかけにこたえて、核兵器全面禁止の国際条約の締結を求める運動を国際的にも国内的にも推進することに、大きな努力をかたむけなければならない。運動の統一の問題では、統一世界大会の開催にもかかわらず、あくまで組織上の分裂に固執し、統一を世界大会だけの一時的なものに限定しようとする分裂継続の根強い動きがある。合意された原水禁運動の全面統一をなしとげるためには、これらの抵抗やまきかえしとの的確な闘争が、いよいよ重要になってきている。
 自由と民主主義の確立第十三回臨時党大会が採択した「自由と民主主義の宣言」は、今日の日本で、国民の三つの自由(生存の自由、市民的政治的自由、民族の自由)への重大な抑圧と侵害がおしすすめられていることを指摘した。反共諸勢力は、自由と民主主義をよく口にするが、かれらがこれをとりあげるのは、もっぱら日本共産党への中傷的攻撃の手段としてだけである。もしわが国における自由と民主主義の確立を真剣に願うなら、日米反動勢力による国民の自由抑圧の現実を告発し、その一掃のために奮闘することこそ、基本的な闘争課題とすべきであり、ここにこそ、自由と民主主義をめぐる各政治勢力の真の態度をはかる試金石がある。
わが国の政治には、戦犯政治家が保守政界でいまなお重きをなし、戦前の治安維持法など暗黒政治肯定論が横行するなど、発達した資本主義国としてはまれな後進性が深くきざみこまれている。憲法は主権在民と議会制民主主義を宣言し、戦後三十余年を通じて民主主義的な志向は国民のあいだに根をおろしてはきたが、これをなしくずしに侵害、破壊する日本型ファシズムの危険は特別に根深いものがあり、これを阻止する課題は、国民にとって痛切な重要課題である。自民党の憲法改悪のたくらみを正面から告発すること、これと結びついた小選挙区制導入のくわだてをきびしく監視することを強調しなければならない。選挙制度をめぐる闘争は、議会制民主主義擁護の要をなす問題であり、一九七三年の田中内閣の暴挙の失敗にもこりずくりかえされている小選挙区制などのファッショ的計画のたくらみを断固粉砕することはもちろん、その違憲性、違法性が法廷でもつよく指摘された衆参両院の定数の不均衡を早期に是正させることなど、国民の意思をより正確に反映しうる民主的な改革を、積極的にたたかいとる必要がある。
 金大中事件や日韓ゆ着をめぐる問題も、政治腐敗を日本から一掃する闘争であると同時に、日本の政治、経済に黒い影響を与えているファッショ的独裁政治に反対し、民主主義をまもる闘争としても重視しなければならない。
 憲法の平和的民主的条項の完全実施をめざすたたかいは、自民党政府の反民主的志向からみて、緊急性をましている。「戦時立法」の制定のくわだて、文部省学習指導要領における「君が代」の国歌化、刑法改悪の策謀、司法反動化のつよまりなどは、軍国主義的風潮の拡大と暗黒支配体制への先ぶれとして、きわめて危険な動きである。
 大企業の経営内での憲法じゅうりんの状況をひきつづき摘発し、職場に自由を、労働者に基本的人権を保障させなければならない。

 教育・文化の民主的発展 教育のゆがみと荒廃、退廃文化のはんらんなど、教育・文化の危機的状況を打開することは、次代の国民の健全な成長のためにも、今日わが国が直面している最大の問題の一つである。
 わが党は、これを日本の民主的再生の基本課題として重視し、教育問題でも、第十一回党大会で教育についての党の基本的観点を明確にした。第十二回党大会後も、民主的教師論、おくれをださない教育の重視、市民道徳の教育、いっさいの偏向教育反対の見地、学歴社会と受験地獄解消の方策などをつぎつぎと提起し、今年の六月末には、教育危機打開の総括的提案として「国民の期待にこたえる教育改革への提言」を発表した。
 政府・自民党は、教育改革への国民の切実な願いを、教育の反動的再編に逆用し、憲法・教育基本法にもとづく民主教育の理念と伝統に挑戦しようとしている。いま重要なことは、これらの反動的なくわだてに反対しながら、民主的な教育改革をめざす討論と運動を広範な国民のあいだに発展させていくことである。党は、「教育改革への提言」の宣伝や討論を積極的におこしつつ、教師も父母も参加する国民的な教育運動の推進に力をいっそうそそいでゆかなければならない。
 わが党は、文化問題でも、民主的文化の発展と民族の伝統文化の保存継承に努力する一方、退廃文化との闘争を重視し、とくに一九七五年七月の「救国と革新の国民的合意」のよびかけのなかで、「国民道徳・市民道徳の確立をめざし、健全な文化と教育を発展させる」国民運動を提唱した。このよびかけは、広範な人びとから共感をもってうけとめられ、これを契機に文化環境改善の市民運動なども広まったが、この運動のさらに広範な発展に努める必要がある。
大企業による商業主義的な文化支配のなかで文化の退廃と破壊は深刻であり、日本文化の現状をうえる広範な関係者のあいだで、文化的危機の打開のための共同の努力を組織し発展させること、民主的文化・芸術の創造と普及の活動を、各分野にわたって抜本的に強化すること、各種のサークル活動をはじめ、大衆の健康な文化要求をくみあげ実現する大衆的文化運動の発展に特別の努力をそそぐことが、いよいよ重要になってきている。
 政府・自民党による学術への官僚統制の強化と対米従属、大企業奉仕の学術・科学行政のもとで、多くの知識人が、大学研究所や日本学術会議などの公的組織を場として、また日本科学者会議などの自主的組織に結集し、研究、創造の前進と研究体制の民主化、劣悪な研究、創造、生活条件の改善のために活動しているが、これらの運動は日本の学術・文化の未来のためにきわめて重要である。
 今日、国民的な運動のなかで民主的知識人の活動の意義はますます重要になっている。春日違憲質問にたいする機敏な抗議、ロッキード問題や日韓ゆ着の糾弾、自由と人権問題への積極的な関心と運動、大衆運動の各分野での専門を生かした活動など、多数の知識人がしめした先進的な行動は、国民を大きくはげました。
 政府・自民党は、言論・文化界への干渉と統制をつよめつつ反動的学者文化人の組織化を意識的にすすめており、これグループの右翼マスコミを舞台にした活動は、数年来の反共反攻作戦の重要な一翼となってきた。政府・自民党の代弁者として反動的世論の形成に努める、かれらの反共・反革新宣伝との闘争は、党員知識人はもちろん、すべての民主的知識人の前に提起されている共通の課題である。
 統一戦線推進の運動でも、各地の革新自治体や国政での革新共同の経験は、民主的知識人の積極的な活動の重要性をしめしている。最近、自民党政治への批判から、知識人・文化人の一部に、独自の政党組織化などの傾向が表面化したが、無党派性を絶対化する〝既成政党オール否定論〟や、革新の潮流を分散させる政治運動の独自化などは、この人たちが当初に声明した政治革新の意図にも結果的には逆行するものであり、知識人が真に革新をめざすなら、統一戦線促進の運動を推進することこそが望まれている。

  七、革新統一戦線をめざす対話と運動

 第十二回党大会決議は、革新統一戦線の結集のよびかけをおこない、「わが党は、革新三基準で一致できる諸政党が、あれこれの人為的な障害をつくることなく、国政レベルでの革新統一戦線結成にふみきり、共同政府綱領についての協議をふくめて、革新連合政権への道を積極的に共同で探究する立場にたつことを、第十二回党大会の名においてあらためて提唱する」とのべた。
 今日、革新統一戦線の結成をおくらせている革新陣営側の主体的原因が、社会党の不決断にあることはあきらかであるが、それだけに今日のこの状況を決定的に変え、革新統一戦線結成の国民への公約を果たすうえで、日本共産党と統一戦勢力の拡大強化の重大性は明白である。
 党は、国政革新を現実のものとする目的意識にそって、質量両面にわたる党の拡大強化を積極的にすすめつつ、革新統一戦線結成に向けてのねばりづよい活動を広範にすすめなければならない。

 (1)多面的な統一戦線運動……日本共産党は「救国・革新の国民的合意」の運動や統一戦線問題についての「開かれた懇談会」、さらに「革新統一戦線――政権共闘問題の懇談会」(仮称)やその〝地域版〟の提唱など多面的な運動をすすめてきた。こうした統一戦線運動を中央段階だけでなく地域的な、もしくは国民各層ごとなどの努力をふくめてすすめること、とくに労働組合運動のなかで統一戦線支持促進の勢力を強化することは、統一戦線の国民的基盤を準備する意義をもっている。この運動の前進のためにも、革新統一戦線の最大の障害である反共分裂主義への大衆的批判をつよめ、これを打破する大衆的エネルギーを強化、発展させることが重要である。
 (2)各分野での統一行動の強化……ロッキード闘争では、国民的世論の高まりにもかかわらず、大衆的な統一行動は安保闘争にくらべてはるかに弱く、ごく部分的にしかおこなわれなかった。これは、共産党との共闘を拒否する公明党などの反共主義に、社会党、総評などがひきずられた結果であった。各分野の統一行動を発展させることは、革新統一戦線が結成される以前にも重要である。生活問題、民主主義や教育、外交の問題など国民の切実な要求と革新的な諸課題にもとづく統一行動を、中央でも地方でも、妨害とたたかって前進させ、いろいろな共闘組織を拡大強化するためにひきつづき奮闘しなければならない。
 (3)革新自治体をささえる地域的統一戦線の発展……この十年間に革新自治体の数は五十から二百余にふえ、そこに住む人口は五百万から四千八百万となったが、これらの革新自治体が真に住民に責任を負う住民本位の施策をすすめようとすれば自民党政府による地方自治圧迫、住民無視の悪政とたたかい国政の民主的転換を真剣に追求せざるをえない。現に革新自治体をささえる勢力の多くは、国政革新実現を求め、国政規模の革新統一戦線促進を切実に要望している。地域的統一戦線が、地域での革新政治推進の母体となるだけでなく、国政の民主的転換を志向する母体の一つともなるなら、今日の状況を大きく変える積極的な力となるだろう。
 全国革新市長会の最近の総会で、一部会員から「社会党」の奮起をうながす決議案」が提出され、討論によって、「社会党」の字句を全面削除し革新政党一般を激励する決議として採択されるという経過があったが、革新自治体を特定政党の支持団体扱いするような誤った傾向は、今後とも厳にいましめなければならない。
 (4)国政革新の方向についての国民的規模での解明・革新統一戦線の実現、革新ブロックの結集によってのみ、国政の民主的転換をきりひらきうること、ここに国民の期待する国政革新の大道があることを、いっそう積極的に広範な世論に訴えることが大切である。こうした革新統一への機運と世論をつよめるうえで重要なことは、反共「中道」勢力の保守支配体制補強の役割を大衆的にあきらかにする活動である。
 (5)革新勢力の政策能力、とくに政権担当能力の充実、強化日本共産党が第十二回党大会で採択し発表した「民主連合政府綱領提案」や、今年六月に発表した『日本経済への提言』は、各方面から積極的に評価されたが、革新自治体における施政も、革新勢力の政権担当能力をためすテスト・ケースとしての意味をもっている。今後さらに、党が政策面を中心に積極的、意欲的に政権担当能力の充実強化をはかることは、革新連合政権樹立を具体的程にのぼらせるうえでも不可欠の課題である。

  八、選挙闘争での抜本的な前進のために

 最近の二つの国政選挙での後退は、自民党などの反動攻勢や各種の反共逆流のつよまりのもとで起こったものであるが、そうした客観的要因とともに、情勢のきびしさを打ちやぶりえなかった党の主体的な力量と活動の弱点や欠陥、とく選挙戦の問題点について正しく解明し、その改善をふくめ、選挙戦へのとりくみを抜本的に強化することは、全党の急務である。
 政治革新と社会変革のどんな段階でも、国政の方向は、主権者である国民の選択選挙で表明される国民多数の意思によって決定されるというのは、わが党の人民的議会主義の不動の原則的立場である。各党派がその綱領・政策をもって国民の支持を争う選挙戦は、日常の諸活動をふくめた各党派の政治組織活動の諸結果とともに、そのときの国民の政治意識の現状がいろいろな複雑な屈折をへながら反映される「バロメーター」であり、政治闘争の一つの重要な結節点をなすものである。全党は、これまでの選挙戦の成果と失敗の教訓を今後の活動に徹底的に生かし、どんなきびしい情勢のもとでも確実な前進をたたかいとることのできる選挙戦の態勢と方針を確立し、失地回復と新たな躍進をめざす活動に、労働者階級の前衛党、民族と国民の党にふさわしい大志と気概をもって、とりくまなければならない。
 選挙戦は、当面の三年間をとっても、一九七九年四月のいっせい地方選挙、一九八〇年夏の参議院選挙とともに、より近い時期の解散総選挙が予想されている。党は、この期間に後退した陣地の回復に近づき、さらにこれを突破して新た前進をかちとるという大局的見地にたって、とくに当面、総選挙といっせい地方選挙の準備を重視しつつ、つぎの目標をかかげて選挙戦をたたかうものとする。

 (1)衆院選では、現職十九議席(革新共同を含む)の再選保障を重視しつつ、前回現職を落選させた選挙区や次点選挙区をふくめ、失った議席の回復を目標としてたたかう。参院選では、地方区では、現職五選挙区の確保を重点に新議席にも挑戦し、全国区では、最近二回の参院選の教訓を生かして、候補者数を決定し、確実な勝利をめざすたたかいをくむ。
 (2)地方選では、議席をもっている自治体では、さらに大きな発言権をもつ議員団の確立を目標とするが、現有議席の確実な防衛をまず重点とし、議席増加をめざすさいにも、とくに複数選挙では、力関係の冷静な評価にもとづいて立候補者をきめることが重要である。
 もちろん、県・市町村議会の空白克服は優先的な任務であり、とくに県議会空白の七県(栃木、愛知、石川、香川、徳島、佐賀、長崎)、複数選挙の失敗で空白となった重要都市(宇都宮、横須賀、福井、山口など)では、かならずその任務を果たさなければならない。
 (3)首長選挙では、自民党その他反革新の逆流をうちやぶって革新自治体の現有の陣地を断固防衛しつつ、さらに、革新統一首長、革新共同首長をふやし、革新自治体を人口の過半数の地域にひろげるという、第十二回党大会以来の目標をひきつづき追求する。

 わが党は、一九六〇年代以降、選挙戦においても、政策と政治宣伝を前面にだし、選挙活動と日常活動を結合するなど、多くの先進的な活動形態を生みだし、その優位性は党躍進の積極的要因の一つとなってきた。いま直視する必要があるのは、一九七二年総選挙以後、この状況に大きな変化がおこり、一方で、自民党をはじめとする反共諸党派が、共産党をおさえこもうとする反革新の力と知恵を総動員して、政治宣伝や組織活動などへのとりくみを大規模で綿密なものに発展させたのに、他方、わが党の側では、従来の活動を習慣的にくりかえす安易な経験主義や現状安住の惰性的傾向が根づよく、かつて優位をしめしていた部面でも反共諸党派にくらべてたちおくれをきたすといった状態が、つくりだされたことである。  党中央は、こうした状況が表面化してきた最初のときから、とくに四中総、六中総、十三中総の選挙総括と方針のなかで、現状安住のマンネリズムの一掃を強調し、新しい情勢のもとで選挙闘争を発展させる方針を提起してきた。これらの諸方針はまだ全党的に徹底していない。そこには現在も全党が身につける必要のある積極的内容がふくまれているが、党の選挙活動の水準を、今日の情勢が必要とするところまで引き上げ、選挙戦での新たな前進に道をひらくためには、とくにつぎの諸点を活動の基本にすえることが、大切である。

 (1)選挙の三つの前提の確認と長期にわたる日常の選挙準備……日常不断につぎの選挙のために活動するという「通年」選挙運動は、いまでは各党派であたりまえのことになっており、選挙の日時が切迫してから選挙闘争にとりかかるというこれまでの欠陥を大胆にあらため、長期にわたる日常不断の基本的活動で選挙戦の前進を準備するという見地を、選挙活動の全部面に一貫させる必要がある。選挙闘争の日常化の方針をさらに徹底させ、一つの選挙が終わったら、ただちに次期選挙の候補者もきめ、候補者も党組織も、六中総で「三つの前提」と規定した諸任務(大衆の要求にこたえる日常活動、不断の大衆宣伝、党勢拡大)を中心に、次期の選挙をめざす活動を目的意識的に系統性と計画性をもってすすめるようにしなければならない。とくに、さきの参院選で、第七回党大会以来、はじめて機関紙を減らしたまま選挙戦にのぞみ、後退に終わったことは、今後二度とくりかえしてはならない重要な教訓である。
 選挙戦の日常的な準備という点で、もっとも重要な問題が、党員と機関紙の拡大、空白の克服、協力関係にある民主的大衆組織の拡大強化など、その地域での党の基礎的な力量の強化にあることは、いうまでもない。
 当選した現職議員の再選を保障するためにも、長期の日常活動という見地は決定的に重要である。従来、当選後の活動は議員にまかされがちだったが、今後は党組織と議員が緊密に協力し、それぞれの選挙区の有権者との日常的な結びつきをひろげ深める活動に、本格的にあたることとする。
 全国の党組織は、国会議員、地方議員をつうじて住民の要求を国政・地方政治に直接反映しうる条件を全面的に活用して、有権者との結びつきを着実に前進させ、ひとたび確保した地歩を絶対に失わないために奮闘しなければならない。この場合、現職議員と予定候補者の効果的な連携をはかることに努力することも、とくに重要である。
 (2)政策活動、政治宣伝の重視……政策で支持を争う政治戦の重視は、わが党の選挙活動の先進的特徴の一つであるが、この面でも、ビラの全戸配布や「知りたい」シリーズ、各種のパンフレットや、定期刊行物、書籍の積極的普及など大量政治宣伝の日常化、地域や職場の身近な要求にこたえる地区や支部の政策・宣伝活動の充実、反共攻撃にたいする全有権者規模での反撃など、新しい前進を積極的にはかる必要がある。また、候補者についての宣伝を大いに創意を発揮して強化してゆく。
 反共攻撃との闘争では、個々の中傷非難への反撃にとどまらず、戦前からの反共宣伝の影響のもとで党に偏見をもっている人びとをもふくめ、幾千万の国民の間に日本共産党の真の姿をひろめるような、それだけの規模と内容をもった宣伝活動を展開しなければならない。それには、大量宣伝や演説会などの系統化とともに、大衆と日常不断に接触し、ともに生活している党員や支持者の一人ひとりが、その接触や交流のなかで党を理解させる日常の口頭宣伝をつよめることが、とくに重要な意義をもっている。そういう意味で、すべての党員、後援会員、党支持者が党の政策や理念の大衆的な宣伝家として活動できるよう、日常の学習活動をいろいろな形で強化することが大切である。
 (3)日常不断の大衆的な後援会活動……党だけでなく、広範な支持者大衆とともに選挙戦をたたかうことは、選挙活動の基本であるが、そのための基本的な組織として、すべての党組織が、後援会活動を重視する必要がある。とくに努力すべきことは、後援会を、選挙の時期だけの一時的な組織とせず、日常不断に党を支持しともに活動する恒常的な組織として発展させることである。
 それには、①後援会を党のたんなる補助組織のように扱わないで、後援会の人びとの意見を尊重しつつ、民主的な体制と運営を確立し、会としての会員名簿や連絡体制も日常よく整備すること、②会員の拡大、選挙活動への協力だけでなく、各種のレクリエーション活動や議員や候補者と連携した要求解決の活動、党をよく知る学習など、多面的な活動で、党と会員、会員相互間の結びつきを日常的にはかっていくこと、③会の名称は多様であっても、内容的には、特定の候補者だけの支持活動でなく、各種の選挙で共産党の議員候補を支持して連続的にたたかえる、共産党後援会的な機動性をもった組織に発展させていくことが重要である。
 大衆団体の線にそったタテ線後援会についても、活動の日常化は特別に重要である。これは、他党派の、大衆組織や労働組合の線にそった選挙活動と切り結ぶ重大な任務をもっており、選挙の時だけでなく、日常からその関係する分野での政策宣伝活動や独自の要求を議員や候補者に結びつける活動を展開していなければ、この力を有効に発揮することはできない。党機関の側も、大衆運動に責任をもつ部門が選対部門と協力しつつ、後援会活動を指導する態勢をとることとする。
 (4)科学的な選挙戦の徹底組織活動の他党にくらべてのおくれを克服するために、党は、科学的なやり方で組織活動を改善することを重視し、すべての党組織が支持者名簿をもち、政治地図をつくって活動に生かすこと、支持拡大運動の「広くあたって正確に判断する」方針の徹底などに、大きな力を注いできた。多くの党組織は最近の選挙のなかでこの方向に足をふみだしたが、党の力を集中しやすい中間選挙ではすでに科学的な選挙戦の積極的な成果がかなりえられたものの、国政選挙のように大きな規模の選挙戦では、まだその力はあらわれていない。これは、この新しい方針が全党的には具体化の過程にあることの反映であり、全党は、これらの方針に確信をもち、緒につきはじめた科学的な選挙戦の方針台帳にもとづく組織活動や、支持拡大活動の科学的な方式をすべての党組織や後援会が早く身につけ、選挙活動に徹底させ定着させるように、ひきつづき集中的な努力をはらわなければならない。
 とくに、台帳にもとづく活動は、支持者を台帳に記録すれば終わりというものではけっしてなく、支持者と党組織および党員との結びつきを日常不断の系統的なものとしてゆくことに主眼の一つがある。このことを銘記し、支持者台帳を武器としてたえず整備し、党と読者や後援会員をはじめ、まわりの広範な支持者のあいだの結びつきを強固で多面的に発展させていく活動を大いにおしすすめることが大切である。支持者台帳をもたず、あるいは不備な支部はただちに完成させなければならない。

  九、国会闘争と自治体闘争

 人民的議会主義にもとづくわが党の国会活動は、宴会政治となれあいの横行する国会運営にメスを入れ、審議を中心とする国会への前進という点でも、国会外のたたかいと結んで、自民党の悪政、日米軍事同盟や大企業支配の実態を追及した点でも、国民の要求にこたえる改良を要求してその実現をはかってきた点でも、多くの〝タブー〟をうちやぶって正義と真実をつらぬいた点でも、国会に革新の新風を吹きこんだ。この四年間に、党は反動攻撃によって国会勢力の後退を余儀なくされたが、活動のなかでその正しさが検証された人民的議会主義の路線を堅持し、議席の後退から生まれる諸困難をより精力的な活動で克服して、国政革新の闘争での先進的役割を発揮しなければならない。
 国会活動の任務の第一は、すでにその先進性と優位性を実証した党の諸政策を国政の諸問題に積極的に具体化しつつ、政府・自民党や親自民勢力の反国民的諸政策に反対し、国民の現実的利益をまもる改良の実現をはじめ、国民の要求を国政に反映させる活動を、さらに発展させることである。政策などの一致にもとづく他党との共同の努力は状況に応じて必要であるが、真に国政革新の立場にたった党独自の主張と行動を〝共闘〟一般に解消する傾向はつよくいましめなければならない。
 第二に、主権在民の原則的見地からも、国会活動と国会外の闘争との結合を意識的に追求することが重要である。この点では、予算、重要法案や制度要求をめぐる全国的な闘争の時だけでなく、国民の利益をまもる日常の活動としてとりくむことを重視すべきであり、それには、国会議員団の努力とあわせて、各地の党組織が、現行の法律や行政のしくみもよく理解し、地域や職場の要求を国会活動と結合させることに習熟するよう努めねばならない。国会における党議員団の活動を、全国および選挙区の有権者に報告する活動も、国会活動の基本的な課題の一つである。
 第三に、現議員の再選を保障する活動を、国会議員団自体も中心的任務の一つとして確立し、そのために必要な諸活動を、選挙区の党組織と協力して、常時自覚的にすすめなければならない。
 自治体活動でも、党議員団の奮闘は、この四年間に、各地で多くの成果をあげてきたが、地方政治をめぐる情勢は重大である。自民党政治の圧迫のもとで地方行財政の危機は一段と深まり、革新自治体をふくむ多くの自治体が財政の赤字になやみ、この状況を逆用した自民党その他の革新自治体攻撃もつよめられている。こうした状況のもとで、地方政治の革新、自治体の民主的刷新の事業を推進するためには、第十一回、第十二回党大会決議で強調されてきたように、各級地方党機関の自治体活動へのとりくみを根本的に強化することが、なによりも重要である。各党機関は、中間機関の主要な任務の一つとして自治体活動への指導にあたる態勢を確立し、地方政治や議員団の活動の重要な問題は、機関の定例の会議でかならず検討するようにしなければならない。
 革新自治体は、地方行政を住民本位に切りかえるよう努力しながら、福祉の充実、教育施設の改善、公害対策の強化などで、日本の政治に先駆的な役割を果たしてきた。しかし自民党政府のもとでの地方自治体だけの改革には限界があり、とくに地方財政危機の今日、住民と自治体が一体となった対政府交渉、革新自治体をまもり発展させるための効率的な行政の確立など、地方政治革新の新しい前進をひらく努力がますます重要となっている。また現在の政治状況のもとでは、一部の同和行政などにみられたように、革新自治体の行政に、革新の立場と合致しない方向がもちこまれる場合もあった。こういうなかで革新政治を正しく発展させるために、党をふくむ選挙母体および与党としての党議員団が果たすべき役割は重大である。党議員団は、革新自治体がとる積極的な諸施策を、与党として支持し、防衛するにとどまらず、困難を打開し、新しい前進をかちとる立場から、政策面でも住民運動の面でも全国的な闘争の展開の面でも、真に革新与党としての力量を発揮するよう努めなければならない。とくに自治体にむけられた正当な住民要求実現のための大衆運動を積極的に発展させることは、革新自治体のもとでもきわめて重要であり、党と議員団は大いにその推進にあたる必要がある。
 党の地方議員の議会内外での活動水準を今日の情勢が求めるところまで高めることは、住民要求の実現によりよく奉仕し、党と地域住民とのむすびつきをひろげ深めるために、決定的に重要となっている。このことは、現議員が次期再選を確保するための保障でもある。そのために、(1)すべての党議員が地方政治や住民の生活にかかわる党の諸政策をよく学習し、これを条件に応じて駆使して活動できる理論的・政策的力量を身につけること、(2)党議員が住民要求にこたえる活動をおう盛にすすめること。(3)議員として個々に要求の解決をひきうけるにとどまらず、議員団として、個人の分担をのりこえた共同連携活動をさかんにし、また党機関や支部と協力し生活相談所の活動をひろげるなど、住民要求実現の活動の先頭にたつこと、6党議員が党組織と一体になって、これらの活動にあたるよういっそう努力するとともに、党機関の側でも、任務の配置や給与問題もふくめ、議員の活動の保障に十分配慮すること、などに努力しなければならない。
 さらにすべての党議員が、住民の期待と党の要請に立派にこたえる議員となるよう、住民奉仕と任務遂行での献身性、悪政や反共攻撃と不屈にたたかう戦闘性、どんな誘惑や圧迫にもまけない党派性などの点で、不断の自己修養に努力すべきことは、いうまでもない。この四年間に、個人的な誤りや事故を起こして党に損害をあたえた事例が少なくなかっただけに、このことはいっそう重大である。

  第三章 党建設の諸任務

  十四年間の党建設と今後の任務

 わが党は、一九五〇年代の分裂を克服して新しい出発を開始した一九五八年の第七回党大会以後、党建設の面でも、量質ともに飛躍的な発展をとげてきたが、第十二回党大会以来の四年間は、反動の逆風に抗して党建設の任務をすすめる、重大な試練の時期を経験した。
 この間、党は、情勢にこたえ、現実政治をになう責任政党にふさわしい理論政策活動のうえでの前進とともに、四本柱の党活動の日常化、大衆的前衛党の思想と規律の確立など、情勢と党の新しい発展段階に対応する組織路線の発展につとめ、党員と機関紙読者の拡大を追求すると同時に、いかなる情勢のもとでも確固として前進できる力をもった党の建設――党の質的な強化に、大きな力をそそいできた。こうした努力の結果、党の隊列は、党員四十万という第十二回党大会が決定した目標に近づいたが、機関紙読者の拡大はこの四年間一進一退をつづけ、参院選の時期には、全国的に前大会以下の水準にさがり、党活動のもっともおくれた分野の一つとなった。しかし、七月の十五中総は、党勢拡大の新しい波をつくりだし、情勢を戦闘的に打開する第一歩とする意気ごみで、全党の力を集中して「党勢拡大特別月間」を組織することを決定し、全党によびかけた。そして、県・地区委員長会議や十六中総で、消極思想との闘争を重視して具体的指導をつとめた。全国の党組織は、この党中央の方針にこたえて奮闘した結果、七十万をこえる読者をふやして、全国的にはこの分野での陣地の後退を完全に回復し、日刊紙においても日曜版においても文字どおり史上最高の新しい峰をきずくことに成功した。わが党が、この困難のなかで、党の団結と統一と戦闘力を発揮し、短期間に党勢の新しい峰をきずきえたことは、半世紀にわたる不屈の革命的伝統をひきつぐ日本共産党の資質を実証したものであった。また、全党の力を全国的な目標に集中する月間活動の役割と意義を全党の奮闘によってあらためて実証したことも、重大な教訓であり、この教訓を、今後の党活動全体に積極的に生かしてゆく必要がある。
 この間に直面した国政選挙での後退についても、客観情勢における主要な原因は、自民党と日米支配層の反共攻勢にあるが、主体的には、わが党自身が、どんなきびしい情勢をも打開して前進をたたかいとるだけの力をつくりあげ発揮したかどうかに、最大の問題がある。すでに一九七五年の六中総決定は、今日、党と革新の事業を前進させることは、激しい攻撃や困難にたちむかい、これをみずからの力で打開しながら、一歩一歩をたたかいとるべきものであることを明確に指摘して、党建設の新しい発展段階を強調したが、この情勢にこたえるために提起した党建設の組織路線の徹底と具体化は、まだきわめて不十分である。
 日本共産党は、今年、党創立五十五周年を迎えた。戦前戦後、あらゆる困難をのりこえて日本の人民解放の事業を前進させてきた党創立以来の革命的伝統をひきつぎ、最近四年間の経験から教訓を全面的にくみとりながら、激動をのりきる力をもった、量的にも質的にも強大な党を建設することは、文字どおり党と政治革新の事業の前途のかかった、決定的に重大な任務である。第十四回党大会は、こういう見地から、全党の前に、党建設の当面の基本目標を、つぎのように提起する。

 (1)すべての党支部が「支部活動の手引き」などを活動の指針とし、その地域や職場を変革する党の政治単位として、政策と計画をもって四本柱の党活動を日常的にすすめ、広範な大衆と結びついて、組織と活動を発展させる。
 (2)中間機関、とくに地区委員会を質量ともに充実させ、党の理論と政策、組織路線を深く身につけ、科学的で戦闘的な指導を実行すると同時に、その地方、地域で日本共産党の代表としての政治活動ができる機関態勢を確立する。地区委員会の規模も、党員数や地域の実情にあうよう、必要に応じて適正化する。
 (3)大衆との結合は、党の活力の最大の源泉の一つである。すべての党機関・支部は、党と大衆の結びつきをひろめ、強化することに、つねに一貫して努力する。
 (4)大衆的前衛党の思想、民主集中制の精神と規律を全党に徹底する。党員の自発性と自覚的活動を高める民主主義的気風を大いに発展させるとともに、各種の日和見主義とたたかい、困難に面しても活動力、戦闘力を発揮して任務をやりぬく革命党の規律を確立してゆく。仕事を中途半端に終わらせず、やるべきことは必ず一〇〇%やりとげる党風をつくりあげる。
 (5)「知を力に」をスローガンとして、党の路線と方針、政策、科学的社会主義の理論の学習に力をいれる。革命的気概の理論的な源泉として、社会主義、共産主義の世界史的必然性や日本における革命運動の基本路線と綱領的展望の学習を重視する。
 (6)新しい社会の建設者の党として、すべての党員が、社会的・階級的道義をまもることは、党員の当然の責務である。真のプロレタリア・ヒューマニズムにたった党風を党生活と党活動の全分野にわたって確立し、党機関や党員の大衆にたいする日常の接し方をはじめ市民道徳と民主的常識をきちんと身につけた活動を徹底し、政治的信頼と同時に、道義的にも人間的にも国民のひろい信頼をえるよう努力する。
 (7)党大会で決定する目標にもとづき、年間計画をたてながら、党員と機関紙の拡大を計画的にすすめ、幾百千万大衆の間に深くひろい根をはった、量的にも強大な党を建設する。
 (8)大都市での政治的後退を挽回し、新たな前進をはかるために、大都市における党建設の発展、党活動の改善の強化に特別の努力をそそぐ。

 現在の情勢のもとでの大衆的前衛党の建設にあたっては、とくに民主集中制の徹底の問題を重視しなければならない。党員と党組織の積極性、創意性を高め、党内の豊かな意見と経験を党の方針、政策、活動に積極的に反映させる党内民主主義と、全党が全国的な方針にもとづいて団結し、強力な実践力を発揮することを保障する中央集権制との正しい統一――この民主集中制こそは、派閥や分派の弊害とは無縁な統政党としての、わが党のすぐれた特質であり、党があらゆる曲折を通じてわが国の革命運動で先進的役割を果たしうる組織上の保障である。わが党は、党建設においても、今日の日本にふさわしい、大衆的前衛党建設の組織路線を創造的に探究してきたが、民主集中制の思想と規律は、現在の日本のような発達した資本主義国における革命運動の勝利のためにも、欠くことのできないものであり、民主集中制を弱めたり否定したりする組織上の日和見主義は、結局は前衛党の解体に導く危険な理論である。
 党は、幾百千万の人民諸階層に深く根をおろし、真に国民の利益をまもる大衆的前衛党として、党の綱領と規約を承認し、党の一員として活動する意思をもち、その資格のあるすべての人びとを広範に党に迎えいれるし、党員の活動も、個々の条件と自覚に応じてさまざまな水準や形態の活動がある。党のこうした大衆性と、民主集中制の思想や規律を弱めることとを混同してはならない。党の大衆性とは、党員と非党員との境界をなくすものでもないし、党の規律や活動を、ひきさげることを意味するものでもない。たとえ党員の任務や部署が、条件に応じてどんなに多様であろうと、党の方針を実行するためにその部署で全力をつくすこと、どんな困難情勢のもとでも気概をもって党の旗をまもること、党の規律をやぶったり、社会的・階級的道義にはずれた行為をつよくいましめることなどは、すべての党員が、革命的な前衛党の一員として、つねに堅持しなければならない原則的な立場である。やる気になれば当然やりきる条件のある課題や任務を、ある程度のところですませてしまうような活動のやり方も、前衛党やその党員の活動といえるものではなく、こうし面でも、規律と節度のある、大衆的前衛党にふさわしい活動態度を確立してゆかなければならない。
 党が、党員数十万の党に発展し、党機関が中央、地方ともにかなりの規模をもってくると、党が小さかった時期とはちがった形で、安易な官僚主義や保守主義の傾向がつよまりがちなことにたいしても、たえず警戒をはらう必要がある。党は、これまでにも、一つの部署を長期間担当するなかで、そこを自分の〝領地〟のように考えて「私物視」するようになる傾向や、情勢や運動の新しい問題に敏感に対応せず、従来の活動のくりかえしに安住する消極的な傾向、方針をきめただけでその実行状況や結果を実践に即して点検しようとしない無責任な傾向などを厳にいましめ、必要な場合にはきびしい措置もとってきた。また党の各級の幹部がたえず支部に出かけてよく実情をつかみ、党の活動や方針に反映させることを強調してきたが、こうした一貫した努力はいっそう重要である。
 党は、闘争がきびしく困難な局面を迎える時にはしばしばあらわれがちな、各種の日和見主義との思想闘争をつよめ、党の隊列を思想的にもさらに強じんなものとしなければならない。とくに最近の国政選挙での後退などから、この二十年近い活動のなかで国内的にも国際的にもその基本的な正確さをためされたわが党の路線への確信を失って党活動への活力を弱めたり、あれこれの問題で日和見主義的な転換を主張したりする敗北主義、反動派の反共宣伝の影響のもとに無責任な党攻撃をおこない、党の規律と指導を弱める無原則的な自由主義や分散主義との闘争は重要である。党は、その隊列の一部にこの種の日和見主義的な傾向があらわれたとき、それを放置することなく、道理をつくした思想闘争によって克服し、党が強固な政治的、思想的統一のもとに諸任務にあたれるよう、特別の努力をする必要がある。
 新しい社会の建設者として社会的・階級的道義をまもり、民主的な道徳を尊重することは、日本革命と人民解放のためにたたかう共産党員の資質の基本条件に属する問題であり、正しい党風を確立する努力の中心点として重視し、党が国民運動として提唱している民主的な道徳の確立を率先実践することで、道義的な面でも国民の信頼をえるようつとめなければならない。反動勢力は、一人ひとりの党員のどんな個人的失敗や不道義も、党そのものへの攻撃の材料として最大限に利用してくる。党員の一部には、少数ではあれ、資本主義社会の退廃的風潮やブルジョア自由主義的風潮の影響をうけて、泥酔して事故をおこしたり、恋愛や結婚の問題で無軌道な態度をとったりするものが、間々みられるが、こうした問題を個人の〝私生活〟の問題としてけっして見すごすことなく、党生活、党規律の問題として対処することが大切である。また、党外の大衆に接する態度は、民主的常識の初歩的な尺度であり、各級党機関は、党事務所への電話や訪問客への対応をふくめ、この面でも民主的党風を実践する先頭にたつよう、率先してこころがけなければならない。

  十一、四本柱の党活動

 一九七四年の四中総は、第十二回党大会の方針を発展させて、大衆運動、選挙、党建設、党防衛の「四本柱の活動」を、すべての党組織が日常の党活動の基本としてつらぬくことを決定した。この方針をあらためて党活動の基本として確認し、その全党的な定着と徹底を一貫して追求しなければならない。

 大衆活動と大衆宣伝 わが党は創立以来、党の存在意義そのものを、なによりも、その時期の国民のもっとも切実な利益と安全に奉仕するところにおいてきた。すべての党機関と党支部はこの見地にたち、不断に大衆の利益擁護の先頭にたち、視野をひろげて、大衆のいる社会生活のあらゆる分野や組織のなかで活動することを党の基本的政治姿勢にしっかりすえ、支部会議でも、党機関の諸会議でも、地域や職場の大衆の要求と運動について、つねにかならず討議するようにしなければならない。
 大衆闘争へのとりくみにあたっては、統一戦線への発展をめざして、要求の獲得、大衆の自覚の成長と組織の強化、党勢拡大、社会的・階級的道義の尊重という四つの観点を、ひきつづき堅持することが重要である。
 十三中総決定にもとづいてとりくまれてきた「生活相談所」活動は、「相談所」と「連絡所」をあわせて、すでに全国で設置数九千ヵ所をこえ、報告されただけでも二十万件近い問題がもちこまれ、七割以上が解決されている。「相談所」活動は、党と大衆のつながり、大衆要求実現の窓口として重要な意義をもつ活動であり、議員と党支部、党機関の有機的な協力のもとに、党の組織と活動のあるところかならず「相談所」ありというように、さらに積極的に前進させなければならない。県、地区や衆議院選挙区単位、行政区単位などに、専従者と専門家の協力者をもつ生活相談所センターをつくって、これらの「相談所」が、あらゆる相談に応じられるようにしている先進的経験も各所にうまれているが、これをいっそう普及してゆく必要がある。
 各分野の大衆組織の活動にくわわり、その民主的発展と拡大強化に努力することが大衆活動の重要な任務であることはいうまでもない。さらに党機関と党支部は、後援会、読者会など、党の支持者、協力者を結集した組織の活動に、特別の努力をそそぐ必要がある。後援会や読者会については、従来、選挙戦や機関紙拡大運動のときにだけとりくむといった傾向がつよかったが、党にもっとも近い支持者、協力者からなるこれらの組織は、党が党外のより広範な大衆と結びつくうえで、もっとも大きな援助となる組織である。党は後援会や読者会の活動が系統的にすすめられるよう不断に努力し、それぞれの組織の性格や条件をよく考えながら、選挙戦や機関紙活動だけでなく、あらゆる大衆活動において、後援会、読者会に依拠し、その力を積極的にひきだしつつ、広範な支持者大衆とともにたたかうことを基本としなければならない。もちろん、後援会や読者会にまだ入っていない党支持者の協力をえることの重要性もいうまでもない。
 大衆宣伝も、その日常化が重要である。定期的に発行される全戸ビラを、むだにあますことは貴重な党財政の浪費ともつながることで厳にいましめ、確実にこれを配布すること、街頭宣伝を恒常化して党機関の幹部もかならず大衆に直接よびかけること、日常の小集会や大衆的接触のなかでの口頭宣伝、大衆の身近な問題をとりあげた地域・職場新聞の発行、掲示板、パンフレットその他出版物を効果的に活用することなど、党活動の日常の重要な課題として、よく検討し、組織全体でとりくんでゆく必要がある。

 選挙闘争とその準備 この点では、すべての党機関と支部が、議員ならびに予定候補者を先頭にした日常的な大衆活動世話役活動、後援会活動の日常化、支持者台帳の整備など、選挙準備の独自活動を日常不断にすすめてゆくことが、もちろん第一に重要である。同時に、大衆運動から党勢拡大にいたる党活動のあらゆる分野を、とくにそこでの大衆とのつながりのひろがりを、日常不断に選挙準備の課題と結びつけてゆく、一貫した目的意識性が強調されなければならない。

 党建設 活力にみちた党をつくり前進させてゆくことは、四本柱の党活動全体の前進を保障する中心的な課題である。そのためには、党建設の諸課題を、全国的な運動がおこなわれるときだけの一時的な課題にとどめることなく、日常の課題としてたえず注意と努力をそそぎ、党組織が、つねに新鮮な活力をもち、党勢をたえず前進させながら成長発展するように、党建設の日常的推進にあたらなければならない。

 党と大衆運動の防衛 右翼暴力集団やトロツキストその他の暴力やテロの攻撃、反動勢力のスパイ工作などから党を防衛する活動は、この四年間、かなりの成果をあげて前進したが、かれらの攻撃は情勢の進展とともに、いちだんとはげしいものとなっており、大衆運動の分野でも、朝来、八鹿事件や動労札幌地本の問題、日教組大会などでみられるように、無法な暴力を打破する闘争が、しばしば切実な課題として提起されている。これまでの防衛活動の経験は、暴力的攻撃にたいしてはただちに断固反撃して党と大衆運動を防衛できるよう、その態勢を日常からととのえておくことはもちろん、さまざまな暴力集団やスパイ勢力の動向につねに注意をはらうこと、スパイの潜入を許さない規律ある党生活を確立することの重要性を教えている。
 これらの教訓をいかし、すべての党員を対象にした党内教育をつとめ、すべての支部に防衛係をおき、防衛活動の日常化のために努力しなければならない。

  十二、党勢拡大と党の質的強化

 党建設の任務は、党員を拡大し、機関紙読者を拡大する量的な側面と、党の水準と活力を高める学習教育、党生活確立の質的な側面と、両面をつねに重視しておしすすめなければならない。

 党員の拡大 党員の拡大は党建設の根幹であり、この四年間に新たに七万五千の同志を党の隊列に迎えたこと(八月末党建設の貴重な成果である。しかし、この十数年来の党の発展を歴史的にみた場合、党員拡大は、党の影響力のひろがりとくらべても、党の活動全体の多面的な前進にくらべても、まだ相対的におくれている。たとえば、第十回党大会以来の約十年間をとってみると、国政選挙での得票は、最近若干後退したとはいえ二・六倍(参院全国区)ないし二・九倍(衆議院)にふえているのにたいし、党員数は二十数万から三十数万に、約三六ふえただけだし、また機関紙読者とくらべても、読者数は、党員数の拡大の割合をはるかにこえている。今日、情勢と党建設の新たな段階を迎えて党がになうべき任務はますます大きく多面的になっており、党員拡大の相対的なおくれを放置することは、党活動上でさまざまの矛盾を生む一つの重要な要因となっている。
 とくに、逆風にたちむかい、党の新たな前進をきりひらく上で、党員拡大は特別に重要な意義をもっている。党は、日本の革命運動における歴史的役割を果たすためにも「百万の党」の実現を大きな目標とし、当面、五十万以上の党の建設をめざし、党の周囲の先進的な人びとを広範に党に迎えいれる本格的な運動にとりくむ必要がある。その可能性は、この十年間の党の政治的影響力の拡大によっても証明されている。そのさい、とくに労働者と青年のあいだでの党員の拡大を、一貫して系統的に追求することが大切である。
 入党した同志たちにたいしては、新入党者教育をかならずおこなうことはもちろん、党員として任務を分担して立派な活動ができるように、十分な指導と援助をおこなわなければならない。これまで、新入党者を教育もしないまま放置し、いったん党と革命の事業に参加する決意をかためた同志が、失望して党から離れるといった事態が一部にみられたが、これは絶対にくりかえしてはならない誤りである。
 もちろん、党の成長と発展の過程では、党活動に参加しない無活動部分が生まれることは、多かれ少なかれありうることである。これらの同志たちにたいしては一律の対処をせず、よくその事情を調べ、党活動に参加する意思をもちながら、活動上の困難やあるいは党組織の側の弱点から、活動をはなれているような場合には、障害となっている問題を解決し、部署や活動の内容にも十分配慮をして、すべての党員を活動に参加させる努力が重要である。同時に、党活動に参加する意思を失ったり、党員としての実態が事実上なくなっている人たちについては、その離党を認め、可能な場合には、党外の協力者として力をかしてもらうようにすることが必要である。これらの無活動部分にたいして、適切な措置をとらずに、いつまでも放置しておくことは、規律ある生きいきとした党生活をむしばむ要因を残すことであり、党機関と党支部が協力して、この原則的な解決を早くすすめなければならない。
 若い世代の力を真の政治革新の側に結集するために、都市と農村の広範な青年のあいだでの党活動を大いに強化するとともに、民青同盟にたいする党の指導と援助を画期的につよめることが、わが国の革命運動の後継者を養成してゆく見地からも重要となっている。敵の反攻と関連して生じた、大都市における民青同盟組織の後退を重視し、四中総、七中総の決定および青年・学生活動者会議の報告を指針に、民青同盟の組織拡大と教育学習への援助に、全党組織があらためて本格的にとりくまねばならない。また民青への援助だけでなく、党支部がまわりの青年を直接組織して青年サークルをつくるという方針も、ひきつづき実行してゆく。

 読者拡大と機関紙活動 党と大衆をきりはなそうとする反攻撃がはげしければはげしいほど、党と大衆を結ぶ生きたきずなである機関紙「赤旗」の読者拡大活動は、いっそう重要になってくる。とくに日本は、発達した資本主義諸国のなかでもマスコミがとりわけ高度に発達した国の一つであるだけに、「赤旗」は、国の進路を正しく見定め、政治、経済の仕組みをわかりやすく解明し、日本共産党とともにたたかう思想と生き方をひろめ、党と大衆を結んでいく、もっとも強力な宣伝と組織の武器である。「赤旗」はまた、党中央と全党員を結ぶ血管であり、党の路線にもとづいて党活動全体を統一的に結びつける動脈である。機関紙中心の活動でわが党がたえず前進をかちとり、真の革新の陣地を拡大することは、選挙戦や大衆運動をふくめて、党活動の発展のための不可欠の条件となっている。
 わが党は第七回党大会以来、機関紙読者の計画的な拡大を党建設の独自の重大な任務として位置づけ、各種の困難を理由にこれを回避しようとする日和見主義とたえずたたかいながら、必要に応じて全党的な機関紙拡大特別月間を組織し、全党の奮闘によって、国際的にも最前線にたつ今日の機関紙活動の発展をきずきあげてきた。現在、第七回党大会当時からみれば比較にならないほどに発展した段階で、機関紙活動はいくつかの新たな困難にも直面しているが、読者の飛躍的な拡大が綱領路線にもとづくこの二十年来の党の政治的前進のもっとも中心的な土台となったことは明白である。この四年間は、その後半期に、解散総選挙の動きが切迫する状況が、相当長期にわたってつづいたために、機関紙が減紙しても、この課題に集中した全党的拡大月間を思いきって腰をすえて組織し、減紙を回復、新しい峰を成功的にきずくということができなかった。全党は、党の政治的躍進の展望をきりひらく大きな意気ごみをもって、当面の困難を打開し、読者拡大の面で機関紙活動の新たな発展をかちとるために奮闘しなければならない。
 機関紙読者の拡大は、党の意識的なとりくみによって前進できる党独自の任務であるだけに、〝サイの河原の石積みでやっても無駄だ〟とか〝大衆行動など十分やってから〟という段階論など、党勢拡大運動へのとりくみに消極的になる各種の議論や気分が生まれがちである。とくに七〇年代に入党した同志たちのあいだには最近の活動の経験だけで、第七回党大会以来の党発展の教訓を知らない同志が多い。またこうした歴史的教訓を無視して、党建設を自然成長にまかせ、党の停滞や後退に甘んじようとする日和見主義の議論もある。読者拡大運動へのとりくみにあたっては、党機関が先頭にたって革命運動において政治新聞のもつ重大な役割とともに機関紙活動の歴史的教訓をひろく知らせ、また党建設上の日和見主義を徹底的に克服し、党組織の確固とした政治的、思想的な意思統一をかちとることが、何よりも重要である。この政治的指導と思想闘争をぬきにして、実務的に目標を追求するだけの指導は、運動の成功を保障することはできない。
 党は、第十二回党大会でかかげた四百万以上の読者という目標を、この四年間に実現することができなかった。これをできるだけ早くやりとげ、さらにこれを突破して前進するために、読者拡大の活動に日常的持続的に、また、必要な場合は思い切って重点的に集中的にとりくまなければならない。「赤旗」読者の多くは党にとってもっとも親しい支持者であり、困難ななかでもわが党に可能な協力を惜しまない人たちである。この読者に依拠した活動を思いきってつよめる必要がある。そのためにも、さまざまな形態での読者会を幅ひろく、数多くおこない、読者との結びつきを深いものにしていく必要がある。
 また配達、集金活動では、アルバイト専任の配置、適正な常任分局の設置などによる、配達、集金体制の専門化をはかるとともに、とくに「日曜版」を中心に可能なすべての党員の参加による集団的体制をつとめ、安定した実務体制をさらに確立していかねばならない。
 これらの活動を系統的に推進し、保障するために、中央ではあらためて機関紙局を設置したが、各級機関と党支部も、機関紙部(または係)をかならずおいて、独立の体制を確立、強化しなければならない。
 またこの間に新たに発行した「赤旗」学習・党活動版、「赤旗」評論特集版や、「学生新聞」、『前衛』、『月刊学習』など定期紙誌と書籍の普及に力を入れていくことが必要である。

 党勢拡大の計画 独自の目的意識的追求による党勢の計画的拡大は、わが党が第七回党大会以来確立をかちとってきた党発展の法則である。
 党は、第九回党大会以来、学習教育など党建設の多面的な課題をふくむ「総合計画」をたててその達成にあたってきたが、学習教育や党機関の確立などは、本来的にいって、何年がかりで目標を達成するということではなく、時を移さずその徹底を追求すべき課題であり、年々の成果の積み重ねによって発展する党勢の量的拡大とは、性格を異にしている。このことを考慮して、党建設の活動が総合的に課題を追求するのは当然であるが、計画をたてての活動としては、この党大会では、党勢拡大を中心とした計画をたてて、目標の達成にあたることとする。
 また、これまでの経験の分析のうえにたって、長期的な目標をめざすと同時に、各一年を単位として年間計画とその目標達成の活動を重視し、すべての党組織が、毎年の年末に一年間の活動を総括し、その到達点をふまえてつぎの年の年間の拡大目標を決定し、年間を通じてそれを追求するという、党勢拡大の年間活動のサイクルを確立することを、新たに提起するものである。

 (1)各党機関党支部、グループは、大会記念の「特別月間」の成果にたって、それぞれの党組織が一九七八年末までに実現すべき党員と読者の年間拡大計画を自主的に討議して決定する。そして、その具体的な実現のための段どりなどを決めて、ただちにとりかかる。
 (2)都道府県党組織と地区党組織は、党綱領にもとづく歴史的任務を実現していく見地から、どこにどう党を建設していくかの計画をたて、とくに基幹産業の大経営をふくめ、労働者階級のあいだでの党建設を重視する。また、一般的な拡大目標と同時に、空白の地域や職場に党を建設していく特別の計画をたてなければならない。全国平均よりもとくに党勢の小さい党組織は、そのおくれをできるだけ早急にとりもどすように、積極的な姿勢で目標をたてる必要がある。
 (3)その後は、毎年十二月に、一年間の活動を総括し、その到達点をふまえて、つぎの年の年間拡大目標を決定し、その実現にあたる。
 (4)この党勢拡大計画の実行は、持続的拡大を基本とするが、必要に応じて党中央のよびかけで全党的な特別月間を組織し、全党の力を集中した拡大運動にもとりくみ、かならず月間目標を達成するよう全力をつくさなければならない。

 学習教育活動 学習教育活動では、まず、新入党者教育や初級教育など、新しく入党した同志たちへの教育がきめられたとおりおこなわれず、相当数の党員が未教育で残されている現状を、抜本的に改善する必要がある。新入党者教育と初級教育を一〇〇やりきることは、未結集の党員をださず、党の活力を高めるうえで、最重要の課題の一つである。この見地から学習・教育の問題をあらためて全面的にとりあげ、従来の教育制度の必要な改定をふくめ、つぎのように学習・教育の新しい方針と計画を決定し、全党的に、その実行のための集中的な活動をおこなう。

 (1)すべての党員が、独習の計画をたて、党支部や党機関でも、組織的にその時間を保障し、相互の点検もおこないながら、日常的な学習を持続的なものとする。
 (2)新入党者教育は、『日本共産党紹介』を教科書として、党の目的、性格、組織と歴史など、党についてのごく基礎的知識を教育する。これは、新入党者の入党後二週間以内、特別の事情でおくれた場合でも入党後一ヵ月以内にはもれなく完了する。
 (3)初級教育は、新入党者教育を終えた党員が、ひきつづいて、党についてのより深い知識を身につけることを目的とし、(イ)綱領、(ロ)規約と「支部活動の手引き」、(ハ)党史、(ニ)資本主義から社会主義への発展の必然性についての基礎的な学習の四項目を内容として、確実な実行をはかる。
 (4)中級段階の教育制度を改定し、従来の地区党学校、県党学校のかわりに、中級の党教育講座を、常設の教育機関として全国的に設ける。講座の課目は、(イ)綱領、(ロ)社会主義の理論、(ハ)規約、(ニ)同党史、(ホ)哲学、(ヘ)経済学、(ト)党の政策、方針と活動の七課目とし、幹部、一般党員を問わず、初級教育を終えた党員で、受講を希望するものは、だれでも受講できるように、全国のすべての都道府県委員会と一定数以上の党勢をもつ主要な地区委員会に、常設することを方針とする。
 都道府県委員や地区委員など指導機関の幹部のための幹部教育については、この講座とは別個に、都道府県単位に幹部学校をもうけ、かならず定期的に開催する。この幹部学校は、綱領、規約、大会方針、党史などをより深めて学ぶとともに、幹部として必要な党指導の問題や職業革命家の任務などの問題を中心に教育課程を編成し、専門的な幹部教育をおこなうことを任務とする。
 (5)中央委員会および地方党組織の必要な幹部を教育することを任務とする中央党学校についても、これを定期的に開催し、いっそうの改善の努力をおこなう。

 学習教育活動の全般的な方針としては、日本における科学的社会主義の理論的、実践的達成としてのわが党の路線と政策を学習教育の基本にすえ、とりわけ、第十三回臨時党大会での綱領の一部改正や「自由と民主主義の宣言」など、第十一回党大会以来の理論的前進の成果および国民的諸課題の解決策を示す党の諸政策を身につけること、情勢のいかなる激動のもとでも、ゆるぎない確信をもってたたかいぬくために、社会主義への前進の必然性と日本におけるその未来像、労働者階級の歴史的使命についての教育に力を入れること、党の革命的伝統や革命的気概とともに、党員としてまもるべき社会的・階級的道義や民主的常識についても、教育すること、哲学や経済学をふくめ、科学的社会主義についての基礎的な教育を、新入党者の段階からしっかりおこなうことを重視していく。また内外のすぐれた革命的文学作品などから、党員としての豊かな情操を養うことにも必要な援助をおこなうことが大切である。
 これらの活動にあたっては、多数の講師有資格者が教育幹部活動家として十分に力を発揮するよう、各級機関が計画をもって指導することが大切である。

  十三、支部活動の確立と前進のために

 党の支部は、その日常の活動を通じて党が広範な国民と直接結びつく日本共産党の基礎組織であり、その地域、職場において日本共産党を代表し、党の方針を実行する党の政治単位である。支部が、全国の都市、農村、経営に建設され、大きな力量と質的に高い水準をもち、どんな攻撃にもまけずに、活力、戦闘力を発揮しつつ、大衆から信頼される積極的活動をすすめることによって、党は日本の労働者階級と国民の間に本当にしっかりと根をおろすことができ、日本の労働者階級の前衛党、真の民族と国民の党として発展することができる。
 現在、わが党の支部のなかには、〝全活型支部〟とよばれ先進的支部も数多く建設されて全党の推進力となっているが、その反面、少なくない十二条該当者をかかえ、支部会議もなかなかひらけない支部とか、大衆とのつながりが弱まり確信と見通しを失っている支部、どんな課題もほどほどにという消極的傾向が支配的な支部など、支部活動があれこれの矛盾や困難に直面して、低迷している支部も少なくない。先進的な支部の諸経験をさらに発展させつつこれを普及し、おくれた支部の矛盾や困難は、党機関が積極的に援助してこれをとりのぞき、すべての支部の組織と活動を、生きいきとした自覚的な発展の軌道にのせること―ここに、今日指導の力を正しく集中すべき、組織建設上の当面の一つの焦点がある。
 第十二回党大会決議は、支部の問題を重視して、支部活動強化の基本的方針をあきらかにしたが、その後四年間の実践のなかで、党は第十二回大会四中総での四本柱の党活動の日常化の方針、六中総、七中総での「支部生活確立の十項目」の提起、十三中総での日常的大衆活動強化の提案、さらに「支部活動の手引き」をはじめ、「団地での日常活動の手引き」「農村での日常活動の手引き」や「生活相談案内」等の一連の活動指針の発表など、一貫して支部活動強化の方針を追求し、発展させてきた。組織活動改善についても、一九七一年の第十一回大会六中総で決定した方針をひきつづき追求しながら、一九七五年の六中総では、これを党の活動水準を引き下げることの合理化として解釈するような一部の一面的理解をいましめ、困難な条件の同志をふくめて、「全党の活動力、エネルギーをほんとうにくみつくして正しく発揮させる」という組織活動改善の精神をあらためてあきらかにし、「毎週一回の支部会議と週単位の活動」という活動形態の重要性を明確にした。党機関は、そのときどきの課題にもとづく指導だけでなく、これらの方針をすべての支部に定着させることを指導の重点にすえてゆく必要がある。とくに党生活の四基準((イ)支部会議を定期的に開く、(ロ)全党員が「赤旗」を読む、(ハ)党の活動に参加する、党費、紙誌代をきちんとおさめる)の確立をはじめ、「支部活動の手引き」などの活動方針を、すべての支部、すべての支部員がよく理解し、この指針にそった支部活動を展開できるようにしてゆくことが重要である。
 すべての支部が、独自の政策と計画をもってその地域、経営で多くの大衆を党と革新の事業の側にひきよせ、情勢を積極的にかえるために系統的に活動してゆくことが大切である。党支部は、党勢拡大の計画とあわせて地域や職場の状況と党の諸政策とをよく研究し、大衆の切実な諸問題にこたえる政策や方針をかならずもって活動するよう努力しなければならない。
 支部のこうした発展のためには、支部会議を定期的にひらいて活動するとともに、規約第五十三条でしめされている六ヵ月に一回の支部党会議(総会)をかならずひらき、活動の総括、地域、経営の情勢分析、それに対応した方針と政策、計画を支部全体の知恵を集めてねりあげるようにしなければならない。さらに支部長をはじめ支部指導部は、支部の全党員の条件、能力、得手、特技などを具体的に掌握して、正しく評価し、全党員がそれぞれの持ち味を生かして任務を分担し、生きいきと活動できるようにし、こうして同志愛にあふれ、血のかよった支部生活を確立するために心をくだく必要がある。
 支部指導部の確立を支部活動前進の要としてとくに重視し、適切な力をもった支部長、副支部長、支部委員会を正しく選出することが大切である。支部指導部の構成にあたっては、党派性とともに指導の理論的・政治的水準が全体として確保されること、支部活動の系統性を保持するとともに、新しい若い幹部を補充してつねに新鮮であること、支部の重要な活動分野からはいっていることなどに留意しなければならない。支部指導部の選出については、地区委員会も規約にもとづいて積極的に指導と援助にあたる必要がある。
 経営、とりわけ、基幹産業部門の大経営における党支部の組織と活動の強化は、日本の革命運動と当面の政治革新の闘争にとって決定的に重要な問題である。党中央は、第十二回党大会の報告で、経営での党活動強化の四つの問題点を提起し、大会後も、一九七四年の全国活動者会議で、全国的経験のなかから六つの教訓を定式化し、さらに今年三月の経営活動者会議では、経営での党建設と党活動のより全面的な方針をあきらかにした。多くの経営党支部と党機関は、すでにこれらの方針にもとづいて活動を前進させているが、空白の経営での党建設の課題をふくめ、経営での党活動を、情勢と党の歴史的任務が必要としている水準にひきあげるために、関係するすべての党支部と党組織がこの諸方針を全面的に身につけ、経営や職場の情勢と結びつけて具体化してゆくことに、いっそう本格的にとりくまなければならない。
 経営支部の党員の居住地活動は、その地域で生活している労働者党員としての当然の責任からいっても、また居住支部の多くが主婦党員を中心とした限られた力で広範な地域活動にあたっているという現状からいっても、いっそう積極的に強化しなければならない。同時に、多くの経営支部が、居住活動の任務のほかに、支部として一定の地域を担当してきた現状は、早急に改善する必要がある。この点については、党機関は、空白地域の克服や居住支部、農村支部の確立強化とあわせて、順次解消し、経営支部の負担を軽減し、支部組織として、経営内の活動と経営党員の居住地活動とに力が集中できるようにすることが基本である。当面、地域の党組織の現状からただちに解消できないところや、選挙や空白対策のために一時的に援助の必要がうまれた場合には、経営支部とよく協議し、経営内の活動に支障のないよう万全の対策をたてて協力にあたるが、党機関の側では、これはあくまで過渡的、あるいは一時的な任務であることを銘記し、それを固定化しない配慮が必要である。
 都市と農村の居住支部の活動は今日重視する必要があるが、そのなかで団地での活動の強化のために新たな努力が必要となっている。団地は大都市人口のなかで大きな比重を占めており、そこでの活動の強化は、住民運動や選挙戦の結果にも大きな影響をあたえている。そのために、公団・公営・公社住宅などの大きな団地には団地支部を組織し、団地住民のなかへ深く根ざした活動がすすむようにしなければならない。十三中総で提起された団地活動強化の方針は大いに歓迎され、活動や態勢の改善がすすんでいるが、大きな団地への団地活動専従者の配置という決定は、まだ目標の半分くらいしか具体化されていない。各級機関は、障害を解決して、この決定を完全に実行し、また経営党員の居住地活動を推進するなど、対策をさらに積極的にすすめることとする。

  十四、中間機関の指導と活動

 中間機関は、党の全国的な方針と政策を具体化してその地方、地域の方針と政策を決定し、党組織全体を指導すること、四本柱の党活動の日常化を徹底し、党生活の四基準の確立をすすめること、労働組合運動の階級的民主的強化をはかり、大衆運動と大衆組織を発展させ民主勢力の結集、統一戦線の推進に努めること、自治体の民主的刷新をはかること、大衆の信頼と支持をひろげて強大な党をその地方、地域につくりあげることなどを主要な任務としている。この任務を果たすため、党機関の指導の充実と向上をはかることが急務である。
 指導の問題では、これまでの大会、中央委員会の諸決定にその基本点がしめされているが、党機関が〝我流〟におちいらず、党の路線と方針の全国的な到達点をよく身につけるとともに、その地方、地域の実情をよくしらべ具体的な方針をたてて指導と活動にあたること、党の内部指導だけでなく、その地方、地域で党を代表する党機関として、いろいろな問題に機敏に対応し、政治活動や大衆活動にみずからあたる分野を抜本的に拡大することなどが、かさねて強調されなければならない。党の全国的な発展のためには、都道府県委員会の充実強化にひきつづき力を入れるとともに、直接支部の指導にあたる地区委員会の指導水準を高めることを、とくに重視しなければならない。党中央は、地区委員会が党の全国的な方針を深く理解し指導にあたることを重視し、今年の四月の全国会議や八月の全国都道府県・地区委員長会議など、全国のすべての地区委員長をあつめた全国会議を開催してきたが、地区委員会と党中央を直接結びつけるこの種の会議は、今後いっそう積極的に活用していく必要がある。
 とくに重要なことは、現状に安住する惰性的な経験主義を大胆に一掃し、つねに科学的社会主義の党にふさわしい変革の精神と新鮮な視点にたって党活動の前進をはかる、活力ある指導を確立することである。党活動があれこれの分野で停滞や後退にぶつかっても、日常あたりまえのことのようにみなして、力を集中してその打開をはかる積極的意欲をもたなかったり、その指導下の支部が重大な困難に直面しても機敏に必要な援助を講じようとせず、事態を長く放置してなりゆきにまかせるなど、こうした無気力な惰性的指導は、変革の党の精神とは縁のないものである。
 指導上の保守主義を打破して、気力に満ちた科学的で戦闘的な指導を確立するためには、党内の若い清新な活力が十分に反映されるように、党機関の構成においても大胆に前進をはかる必要がある。わが党は、党綱領決定以来すでに十六年、基本的には安定した政治・組織路線にもとづく発展をとげてきたために、各級党機関の幹部の平均年齢が、第八回党大会当時とくらべても、全体としてかなり高くなってきている。将来を展望して党の継続的な発展をはかるためには、試練ずみの熟達した幹部の適切な配置によって指導の安定性と系統性を保障しながら、三十代、二十代の若い党員のなかか信頼できる党派性と豊かな成長の可能性をもった幹部を広く抜擢し、党機関の年齢構成の若返りを思いきって具体化しなければならない。また、婦人党員の生活条件や活動上の困難を克服する努力と配慮を全党的につよめつつ、婦人幹部の登用と配置に積極的に努力することが重要である。
 中間機関の指導力の充実向上のために、第十一回党大会以来、常勤の常任委員を、県委員会は少なくとも九名以上、地区委員会は五名以上を配置することを基準として取り組んできたが、その全国的な実現の努力はひきつづき推進しなければならない。とくに地区委員会については、第十二回党大会後の分割再編によって指導力を低下させた傾向が一部に現れている。今後は、地区委員会の編成は、必要な数の常任委員が配置できるように党員数や財政の条件、地域の実情も十分見きわめたうえでおこなうこととし、現状で矛盾の大きいところは、関係党組織と協議のうえ、地区の統合など規模の適正化をはかっていく。非常勤の党活動家の結集についてもさらに努力して、機関の活動を充実させる必要がある。
 第十一回党大会の決定にもとづいて設けられた訴願制度と訴願委員会は、党機関の誤った措置の是正や機関指導の改善に少なからぬ役割を果たしてきた。この活動をひきつづき積極的に発展させる必要がある。各級の党機関は、訴願の処理自体が官僚主義的な事務渋滞や形式主義に陥らないようにとくにいましめ、その正確で迅速な処理につとめなければならない。
 幹部の問題では、常任給与が一般勤労者の水準にできるだけ早く近づけるようその改善にいっそう力をつくすとともに、学習の保障、休養をふくむ健康管理などについても、幹部の個人的な注意や努力にまかせるだけでなく、党機関としてこれを保障するように系統的な努力をはらわなければならない。
 中間機関の財政確立をふくめ財政の強化は緊急の重要課題である。その基本が、収入面では、党費の完納、機関紙誌の対読者一〇〇%集金、機関の才覚、三原則(①募金は党内外をとわず、あくまで自発的なものという前提をつらぬく、②党員にたいする人頭割りの割当てはおこなわない、支部や地区にたいしても義務的な割当てはおこなわず、目標は納得による自発的なものとする、③生活が特別に苦しい党員の家計に影響する個人負担をさせない)をまもった募金活動にあり、支出面では、予算の重視と節約の徹底などにあることは、従来からあきらかにしてきたところである。財政問題を担当者だけの実務的な仕事にまかせないで、党建設と党活動の基本問題の一つとして重視し、党機関全体が討議して積極的な計画をたて、その解決にあたることが肝要である。

  十五、わが党の国際活動

 わが党の国際活動は、第十一回、第十二回党大会決定の方針にもとづき、この四年間に大きく発展した。
 第一に、党は、アメリカ帝国主義の各個撃破政策の危険な展開を糾弾しつつ、アメリカ帝国主義のインドシナ支配に終止符をうったベトナム、ラオス、カンボジア人民の闘争を支援し、ファシスト政権に反対し民主主義と自由の回復をめざすチリ人民の闘争、朴政権の暗黒政治に反対し民主主義と民族の自主的平和的統一を要求する朝鮮人民の闘争との連帯を強化するために、国内的、国際的に積極的な活動をすすめてきた。
 第二に、党は、発達した資本主義国の共産党との交流と連帯を重視し、代表団交換と二党会談をくりかえしおこなってきた。わが党とフランス、イタリア、スペイン、イギリスの諸党との共同声明にうたわれているように、発達した資本主義国でそれぞれの党が自主的に探求してきた路線が、当面の変革の方針においても、将来の社会の展望においても、多くの共通点のあることが確認されたことは、重要な意義をもっている。
 第三に、社会主義国の共産党・労働者党との関係でも、党は、自主的立場にたつ諸党との友好・連帯を強化しながら、若干の重要な問題で意見の相違のある諸党とも、その党がわが党と日本の民主運動に干渉や攻撃をくわえないかぎり、兄弟党間の関係を発展させるという基本態度を堅持して、ひろく友好関係の確立につとめてきた。
 第四に、この期間の国際活動の重要な特徴の一つは、パレスチナ解放機構(PLO)、アルジェリア民族解放戦線など、中東やアフリカの解放組織や非同盟諸国との接触、連帯を強化する活動を積極的にすすめたことである。これは、非同盟中立をめざす諸国人民の運動が大きな国際的潮流として発展しつつある今日、いよいよ重視すべき活動である。
 わが党は、こうした方向で、世界の平和と民族自決、社会進歩のための国際的連帯の多面的な発展に努力しながら、国際共産主義運動や反帝勢力の国際的団結にとって最大の障害である大国主義的干渉に反対し、これを終わらせるためにたたかってきた。
 国際共産主義運動の不団結と分裂が表面化して以来、すでに十数年が経過したが、国際共産主義運動の今日の情勢の特徴は、一部の大国主義的潮流がその路線上の矛盾と破たんをともに鋭くした一方、自主独立の潮流が資本主義世界でも社会主義諸国の間でも大きく発展したことであり、ひきつづき一部の大国主義的干渉はあるが、全体として、各党の自主性当然の原則とする国際連帯の新しい関係がつくられつつある。
 一部の潮流は、アメリカ帝国主義についてかれらが〝力の政策〟を放棄したと評価したが、この立場の破たんは、アメリカ帝国主義が、社会主義ベトナムにたいする全面的な侵略戦争を強行した事実によっても、「帝国主義世界全体をしばりあげている」と礼賛した部分核停条約が、空前の核軍拡競争の引き金となった現実によっても、証明された。また一部の潮流は、アメリカ帝国主義との闘争を口実にして他党への攻撃や干渉を合理化しながら、ニクソン訪中を契機に、アメリカ帝国主義や日米安保条約の美化論に平気で身を転じたり、世界にその礼賛を要求した「文化大革命」についても、なしくずしの路線転換をはかったり、路線や行動の無原則さを深刻に露呈させている。
 これにたいして、国際共産主義運動にいかる指導的中心も認めず、自国の条件にかなった社会発展の道を自主的に探求する自主独立の潮流は、この期間に、社会主義諸国の党の間でも、資本主義諸国の党の間でも力強い発展をとげ、いかなる力も逆転させることのできない国際共産主義運動の主要な発展方向となった。昨年ベルリンで開かれたヨーロッパ共産党・労働者党会議が、〝イデオロギー的統合〟などの年来その大国主義的くわだてを失敗させ、各国共産党の平等と自主独立をあらためて明確に宣言する会議となったのも、そうした変化のあらわれである。
 しかし、どちらの大国主義的潮流も、その破たんを認めようとはせず、世界の運動を自分たちの〝指導〟下におこうというヘゲモニー主義の計画をなお放棄していない。特定の党にたいする態度を「マルクス・レーニン主義とプロレタリア国際主義の試金石」とみなす大国主義的見解がひきつづきもちだされ、特定の党に追従する反党分派を育成して他党のかく乱をはかる分派主義、分裂主義の攻撃も捨てられておらず、いくつかの国では新たな反党分派の策動も表面化している。わが党にたいする大国主義的な干渉と攻撃も、ソ連側の干渉の所産である志賀一派が海外からの支援に期待しつつ反党活動をつづけ、中国側も反党諸組織を中国によんでその反党活動を激励するなど、両方の側から、それぞれの手法でつづけられている。
 こうした大国主義的干渉に終止符をうつ闘争は、日本国民の闘争の自主性のためにも、科学的社会主義の大義を擁護し、国際共産主義運動の団結とその本来の活力を回復するためにも、ひきつづきあらゆる努力をつくすべきわが党の重要な任務である。

  十六、科学的社会主義の旗をかかげて

 今年は、一九一七年のロシアでの最初の社会主義革命から六十周年を迎えるが、六十年にわたる社会主義の現実の展開は、社会主義制度の優位性をしめす多くの達成をなしとげた反面、スターリンなどの大国主義や反民主主義と結びついた一連の否定的現象をうみだすことにより、世界各国人民の前で社会主義共産主義の理想と事業が深刻に傷つけられてきたことも、否定しがたい問題であり、社会主義、共産主義の本来の理想とその現代的展望を、広範な人びとのあいだにあきらかにする活動は、日本においても、また国際的にも、重大な歴史的任務である。わが党は、社会進歩の段階的な発展を展望する党綱領の見地から、反帝・反独占の民主主義革命日本の革命運動の当面の歴史的任務と考え、社会主義革命を直接めざしてはいないが、当面する独立と民主主義の事業が、どんな風波ものりこえうる強大な発展をなしとげるためにも、労働者階級をはじめ国民の進歩的諸勢力のあいだに、人類の社会主義的未来にたいする確信をひろめ強めることは、決定的な意義をもっている。
 この点で第一に重要なことは、現代の世界では、一連の国での社会主義革命の勝利により、十数ヵ国、人口十二億をこえる社会主義の世界が形づくられると同時に、これと並存す資本主義の世界では、その諸矛盾はマルクス、エンゲルスやレーニンが活動した時代よりもはるかにするどくなり、資本主義、帝国主義の衰退と社会主義、共産主義の勝利とそが、まさに現代の世界史的必然になっているという問題である。マルクス、エンゲルスは、社会主義、共産主義をめざす労働者階級と人民の闘争の勝利社会の社会主義的変革を必然とする歴史的根拠を、社会的生産と資本主義的取得の間の矛盾、すなわち、巨大に発達した生産力を資本主義が制御できなくなることに求めたが、この矛盾は、現代の資本主義のもとでは、日本でも世界でも、かつてない大きな規模とするどさをもつようになっている。独占資本の過酷な支配は、労働者階級だけでなく、都市と農村の中間層はもちろん、中小企業家をふくむ広範な人民諸階級・諸階層の生活条件を破壊し、公害・災害など民族の生存に必要な環境条件の破壊も極限にたっしようとしている。さらに、すべての人がその能力を十分に発揮でき、それを社会に役立てられるという人間としての生きがいが、独占資本の利潤のための生産によって阻害されている。「独占体はますます民族の利益とあいいれない存在となっている」(党綱領)。国家を経済に介入させる国家独占資本主義の対抗措置にもかかわらず、資本主義は恐慌を防止しその安定を確保することができず、長期にわたる世界的規模での危機からぬけだせないでいる。いわゆる〝資源・エネルギー危機〟も、地球上の資源の絶対的な限界をしめしたものではなく、利潤本位の資本主義的取得や地球上の広範な諸民族にたいする帝国主義的支配の体制の矛盾と限界73をあらわしたものであり、核エネルギー問題をはじめ科学技術の巨人的な発展は、その資本主義的、帝国主義的利用が人類にとって致命的な危険さえひきおこしうることを、無数の事実で教えている、等々。それぞれの国民が社会主義的変革に到達する道すじは、その条件によってさまざまだが、これらすべての事実は、現代の直面する諸問題の根本的な解決のためには、この巨大な生産力と生産手段を社会全体の手にうつし、私的利潤のための生産を、全社会のための計画的生産に変える社会主義への前進が人類史の必然であることを、物語っているのである。
 第二の点は、現在、社会主義は世界史的にはまだ生成期にあり、人類の社会主義的、共産主義的未来がもつ壮大で豊かな展望を今日の到達点をもってはかるべきでない、という問題である。科学的社会主義の理論の創始者たちは、社会主義・共産主義の社会を、資本主義の時代につくりだされる、発達した社会的生産力や政治的民主主義と文化の発展など、人間の自由な発達の前提となる歴史的遺産のうえにきずかれる社会として展望した。そして人間による人間の搾取と階級的対立の根絶、資本主義の限界をこえる生産力の高度な発展、さらに労働者階級を中心とする人民権力の確立をへて、最終的には国家の消滅にいたることなどを、真に人間の個性と人間関係の自由な全面的発展を保障するこの未来社会の本質的特徴として指摘した。しかし、世界史の弁証法は、資本主義的発展の比較的おくれた国ぐにで社会主義革命の最初の突破口を開いたために、社会主義制度の優越性は、マルクス、エンゲルスが予想したような形では、ただちにはあらわれなかった。
 この半世紀のあいだにヨーロッパ、アジア、ラテンアメリカの一連の国ぐにで社会主義社会の建設が現実に開始されたが、社会主義革命が、マルクス、エンゲルスの予想とは違って、発達した資本主義国からではなく、帝国主義世界戦争の結果とも結びついて資本主義の発展が比較的おくれた国ぐにでまず勝利し、これらの国ぐにが、経済的、政治的、文化的に建設上の特別の困難をかかえながら、また帝国主義の包囲や侵略などきびしい国際情勢のもとで、社会主義への道へふみださざるをえなかったことは、スターリンその他の誤った政策の諸結果とともに、社会主義の発展過程およびその今日の到達点に、多くの複雑な制約と特徴をきざみつけた。
 われわれが、民族の独立と進歩のにない手としての社会主義の真価を全世界人民の前で証明した最近のベトナム革命の勝利をはじめ、それぞれの国の条件のもとで発揮された社会主義制度の優越性――国の政治的経済的社会的進歩や民族的発展――などを正確に評価すると同時に、これまでに形成された政治や経済の諸制度を社会主義の普遍的モデルとして絶対化することをせず、社会主義、共産主義の本来の展望を、社会主義諸国の今日の到達点をもっておしはかる態度をきびしくしりぞけるのも、そのためである。
 われわれは、資本主義社会から社会主義社会への転化の過程は、世界史的には、まだその生成期を経過しつつあるにすぎないこと、すでに社会主義への道にふみだした国ぐにが歴史的制約や否定的傾向を克服して前進する過程、発達した資本主義諸国の人民が、民主主義的変革などの段階をへながら、それぞれの国にふさわしい社会主義をめざして新たに社会主義的変革にふみだす過程、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの広大な諸民族が新旧植民地主義の支配からはなれて民族自決と社会進歩の道を前進する過程――これらの合流を通じて、社会主義の本来の優越性と生命力が、経済的にも政治的にも道義的にも全面的に発揮される新しい時代に到達することを、科学的社会主義の原則的見地から正確にとらえる必要がある。
 第三に、わが党が党綱領および「自由と民主主義の宣言」(第十三回臨時党大会採択)であきらかにした日本における社会主義、共産主義の展望は、例外的なものではけっしてなく、科学的社会主義の理論が予見する、発達した資本主義国での社会進歩の一つの法則的方向だということも、強調しなければならない。わが党とフランス、イタリア、スペイン、イギリスの諸党との共同声明は、将来の社会主義社会で、選挙による政権交代制と複数政党制、自由と人権の保障、「官許哲学」の否定などを完全に擁護するという点で、各党がまった共通の見解をもっていることを確認した。われわれは、この方向を歴史的条件を異にする他の国ぐににおしつける態度はけっしてとらないが、日本と西ヨーロッパの一連の諸党の一致した確認が、これらの発達した資本主義国における人民解放の運動と社会発展の一つの法則的な方向をあらわしていることは明白である。
 わが党の綱領がしめしているように、われわれが目標としている未来社会――共産主義社会は、人による人のいっさいの搾取と階級による社会の分裂に終止符がうたれるのはもちろん、歴史上かつてない高度の物質的繁栄と精神的開花をすべての人間が享受し、戦争をはじめ人間にたいするあらゆる系統的で組織的な暴力が廃絶され、原則としていっさいの強制のない、国家権力そのものが不必要になる社会、「真に平等で自由な人間関係の社会」である。われわれは、人間が真に自然と社会の主人公となるこのすばらしい未来像を広範な勤労者の確信とするために、あらゆる努力をつくさなければならない。
 日本共産党は、人類の未来を展望する科学的社会主義の旗を確固としてかかげ、日本の労働者階級と人民の先進的な部分をこの旗のもとに結集しつつ、あらゆる風波と曲折をのりこえて、当面する国政革新の事業国民的危機の打開と日本の民主的再生のために、そしてそれによって輝かしい日本の進歩的未来に道をひらくために、党綱領とこの党大会の諸決定を活動の指針として国民とともに全力をつくすものである。