日本共産党資料館

チェコスロバキアへの五ヵ国軍隊の侵入問題と科学的社会主義の原則の擁護

(『赤旗』1968年10月1日)

一、チェコスロバキア社会主義共和国の主権と独立をおかした侵略行為
二、「反革命の脅威」を口実とした武力干渉の合理化
三、チェコスロバキアの事態の本質
四、大国主義の害悪と科学的社会主義の原則の擁護
五、国際共産主義運動から両翼の日和見主義、およびこれとむすびついた大国主義、事大主義を一掃するために

 ワルシャワ条約加盟国のなかのソ連など五ヵ国の軍隊が、八月二十日深夜(日本時間八月二十一日早朝)に、チェコスロバキア社会主義共和国に侵入するという重大事件が起こってから、すでに一ヵ月余たった。侵入当時、この問題を重視した日本共産党中央委員会は、八月二十四日に「チェコスロバキアにおける重大事態について」という幹部会声明を発表して、五ヵ国の軍事行動は、独立、平等、相互の内部問題不干渉という社会主義国家間、兄弟党間の関係を律する原則からいっても、アメリカ帝国主義のベトナム侵略に反対するすべての反帝勢力の国際統一行動の強化という今日の切実な課題にそむき、社会主義の威信を大きく傷つけたことからいっても、絶対に同意できないものであることをきびしく指摘し、なによりもまず五ヵ国の政府と党がチェコスロバキアの内部問題にたいする不当な干渉を即時中止し、軍隊をすみやかに撤去させることをつよく要望した。
 ところがその後の事態は、いっそう重大なものとなっている。五ヵ国の軍隊は依然としてチェコスロバキア社会主義共和国にたいする不当な占領を継続し、チェコスロバキアの主権を侵害しつづけている。不当、不法な軍事占領の圧力のもとで、チェコスロバキアの党と政府のソ連にたいする従属化という、社会主義国家のあいだ、兄弟党のあいだでは絶対にあってはならない事態が生まれている。
 わが党はこれまで、兄弟党間の関係の基準を尊重し、チェコスロバキアの党の路線上の諸問題については、内部的にチェコスロバキア共産党中央委員会にわが党の批判的見地を伝えるにとどめ、公然と批判する態度をとらなかった。
 七月十九日に、わが党中央委員会からチェコスロバキア共産党中央委員会に送った電報も、チェコスロバキア問題にたいする外部からの干渉に反対するとともに、チェコスロバキア共産党が、マルクス・レーニン主義を堅持し、自主独立の立場を確立することにたいするわが党の期待を表明した内容のものであった。
 七月末にひらかれた第七回中央委員会総会では、チェコスロバキアの情勢の重大化にかんがみて、この問題を討議し、大国主義的干渉の問題と同時に、チェコスロバキア共産党の路線上の修正主義の問題やチェコスロバキア情勢のなかの自由主義、分散主義の危険な傾向についても明確な結論を出し、全体として、事態の本質は、大国主義、修正主義の矛盾の深化を反映していることについて確認した。しかし、公表した決定は、他国の共産党の内部問題にたいする配慮から、慎重な表現にとどめたのである。
 だが、五ヵ国軍隊の介入以後、事情は根本的に変わった。
 五ヵ国の突然の軍事侵入は、国際政治全体に衝撃的影響をもたらした。
 チェコスロバキアをめぐる問題は、チェコスロバキア一国の問題ではなく、全国際共産主義運動にとって、きわめて重大な共通の国際問題となった。世界の多数の共産党が五ヵ国軍隊のチェコスロバキアへの侵入に反対し、チェコスロバキア人民だけでなく、各国の人民が一連の社会主義国によるこの侵略行為に憤激したのは当然のことである。だが同時に、この問題の評価をめぐって、いま国際共産主義運動にはさまざまな態度が生まれ、団結の問題にも複雑な影響を及ぼしている。
 アメリカ帝国主義は、この事件につけこんで、その侵略と戦争の政策を強化している。各国の帝国主義者、反動勢力、中道主義者をふくめた各種の反共主義者などは、いっせいに反社会主義、反共産主義の宣伝を展開している。
 わが国においても、チェコスロバキアにたいする五ヵ国軍隊の侵入問題は、すべての政治勢力のあいだの最大の論争問題の一つとなっている。一つの社会主義国にたいして一連の社会主義国によっておかされた侵略行為を利用して、政府・自民党、民社党、公明党などは歩調をそろえて科学的社会主義、共産主義の基本理念と共産主義運動そのものにたいしてはげしい非難をあびせている。両翼の反党裏切り分子やトロツキストも、チェコスロバキア問題をとりあげて、わが党にたいする攻撃に狂奔している。
 こうして、いまや、チェコスロバキアをめぐる情勢をどう評価するか、五ヵ国の軍事介入と占領、そのもとですすんでいる「正常化」と名づけられている事態をどうみるかという諸問題は、国際共産主義運動全体にとって、きわめて重要な問題となった。これらの問題を明確にすることなしには、いまチェコスロバキア問題をめぐって組織されている反共、反社会主義宣伝と有効にたたかうこともできないし、国際共産主義運動の団結とマルクス・レーニン主義的強化のために有効にたたかうこともできないという状況が生まれている。
 このような事情のもとでは、わが党も、たんに五ヵ国の大国主義的な軍事占領の問題だけでなく、チェコスロバキアをめぐる諸情勢についてもチェコスロバキア共産党の公表している諸文献にてらして、これまでよりもさらにふかく必要な論評をおこなわざるをえない。
 わが党は、マルクス・レーニン主義政党としての義務と責任において、いまソ連にたいする従属状態におかれているチェコスロバキアの国家と党の主権と独立の回復、チェコスロバキア共産党のマルクス・レーニン主義的な発展、科学的社会主義の基本理念と国際共産主義運動の諸原則の擁護、帝国主義に反対する反帝民主勢力の行動の統一の強化、国際共産主義運動の真の団結とマルクス・レーニン主義的強化を心から願って、わが党の見解をひきつづきここに発表するものである。

  一、チェコスロバキア社会主義共和国の主権と独立をおかした侵略行為

  (1)社会主義の精神とプロレタリア国際主義の原則のじゅうりん

 今回のソ連など五ヵ国によるチェコスロバキア侵入と軍事占領という事件は、国際共産主義運動のなかに根づよく存在していた大国主義と修正主義が、どんなに大きな、とりかえしのつかないほどの害悪をもたらすかを、あらためて明白にしたものである。一九六八年八月二十日は、国際共産主義運動と社会主義の歴史のうえで、重大な誤りがおかされた日として記録されるであろう。
 この日深夜、ワルシャワ条約加盟国のなかのソ連、ポーランド人民共和国、ドイツ民主共和国、ハンガリー人民共和国ブルガリア人民共和国の五ヵ国の軍隊は、突如、国境を越えてチェコスロバキア社会主義共和国領内に侵入し、軍事占領をおこなった。ソ連軍を中心とする五ヵ国軍隊は、チェコスロバキア共産党本部、政府、国民議会、放送局などの建物を包囲し、チェコスロバキア共産党中央委員会ドプチェク第一書記、チェルニク首相、スムルコフスキー国民議会議長など、チェコスロバキアの党と政府の幹部を逮捕してソ連に連行した。戦車部隊をはじめとした数十万の五ヵ国軍隊が、首都プラハをはじめとするチェコスロバキア社会主義共和国の全土を軍事占領下においた。
 この緊急事態にたいし、チェコスロバキア共産党中央委員会幹部会、国民議会幹部会、共和国政府は、ただちに五ヵ国の軍事行動が社会主義諸国間の関係の原則にそむいた、許すことのできない主権の侵犯であることを糾弾し、五ヵ国軍隊の即時撤去を要求する声明を発表した。だが、チェコスロバキアの党と政府が、国民と軍隊にたいし、平静を保ち、五ヵ国軍隊に抵抗しないようによびかけたため、軍隊間の戦闘はおこらなかったが、五ヵ国の軍隊の行動は、チェコスロバキアの人民のあいだに、一定の死傷者をだした。
 軍事占領という異常な状態のもとで、八月二十三日から二十六日まで、モスクワで、スボボダ大統領をはじめ、逮捕、連行されたドプチェク第一書記、チェルニク首相、スムルコフスキー国民議会議長らも出席してソ連チェコスロバキア会談がおこなわれ、コミュニケが発表された。そのなかには、双方が「チェコスロバキア社会主義共和国における情勢のもっともすみやかな正常化のためにとるべき措置について協定に達した」こと、「チェコスロバキアの情勢が正常化するにつれて、これらの軍隊がチェコスロバキア領から撤退する条件について協定が達成された」としるされていたが、しかし、この会談自体も対等の会談ではなかったし、達成されたという協定もいまだに公表されていない。
 こうして、五ヵ国軍隊は、依然としてチェコスロバキアを占領しつづけ、「正常化」という名によって、ソ連の要求する措置がチェコスロバキアの党と政府におしつけられている。
 五ヵ国の側は、今回の侵入と占領の決定的口実を、チェコスロバキアの「党と政府の指導者たち」の要請があったことに求めている。
 たとえば、八月二十一日に発表されたソ連のタス通信社の声明は、こうのべている。

「チェコスロバキア社会主義共和国の党と政府の指導者たちはソ連および他の同盟諸国にたいし、兄弟であるチェコスロバキア人民に、武力による援助をふくむ緊急援助を与えるように要請した」
「ソ連政府と同盟諸国ブルガリア人民共和国、ハンガリー人民共和国、ドイツ民主共和国ポーランド人民共和国の政府は、不抜の友好と協力の原則から出発し、現存の協定義務にしたがい、兄弟的チェコスロバキア人民に必要な援助を与えるようにとの上記の要請に応ずることを決定した」

 ところが、チェコスロバキア共産党中央委員会幹部会の八月二十一日付声明は、五ヵ国軍隊の侵入が、「共和国大統領、国民議会議長、首相、チェコスロバキア共産党中央委員会第一書記、ならびにこれらの機関が知らないうちにおきたものである」ことをあきらかにしている。
 チェコスロバキア国民議会幹部会の声明もまた、「本日理由なくわが共和国を占領しはじめた同盟諸国軍の措置にたいし、深刻で根本的な不同意を表明」している。
 さらにチェコスロバキア政府声明は、「チェコスロバキアは今日、チェコスロバキア共産党に指導された政府と人民の意思に反して、ワルシャワ条約五ヵ国の軍隊に占領された。こうして国際共産主義運動の歴史ではじめて、共産党に指導された国家にたいする社会主義国の統一軍による侵略行為がおこなわれた」とのべている。ソ連など五ヵ国にたいして、チェコスロバキアの正規の党と政府からは、いかなる要請も出されず、まったく不意うちに五ヵ国軍が侵入したことについては、これ以上の立証は必要ないだろう。
 プラウダは、「われわれの同盟諸国の部隊を極力支持すること」、「党の現実的に思考する中核のまわりに結集する」ことなどをチェコスロバキアの人民によびかけた「兄弟諸国の政府、共産党に援助をもとめたチェコスロバキア共産党中央委員、閣僚、国民議会議員の一部グループのアピール」なるものを報道している。
 だが、ソ連など五ヵ国は、「正常化」なる措置がはじまっている今日、一ヵ月以上たってもこの「現実的に思考する中核」の氏名はまだ一人として公表することができない。そして最近では、五ヵ国軍の行為の正当づけにとって、決定的なものであるはずのチェコスロバキア側からの要請の有無については、ほとんど口をつぐみはじめている。
 チェコスロバキアの党と政府の指導部の一部のグループが、五ヵ国の軍事援助を要請したことがかりにあったとしても、その要請が、チェコスロバキアの正規の党と政府の要請ではなく、前衛党の民主主義的中央集権制と社会主義国家の規律を破壊し、団結をやぶってひそかにおこなわれた重大な分派的内通行為であることは明白である。タス通信社の声明が事実だとすれば、それは五ヵ国側の行動が分派的内通に呼応した不法な干渉にほかならないことを明白にしただけである。
 五ヵ国は、チェコスロバキア社会主義共和国の正規の党と政府の要請なしに、同志的な協議にもとづく同意もなしに、それどころかその意思に反して、まったく一方的に不意うちにチェコスロバキアに侵入したのである。このことだけで、今回の五ヵ国側の行動が、もっとも重大な誤りであることはすでに明白である。
 八月二十四日付の日本共産党中央委員会幹部会声明「チェコスロバキアにおける重大事態について」は、つぎのように指摘している。

「他の社会主義国が、かりにチェコスロバキアの一部の指導者たちの要請があったとしても、チェコスロバキアの党の指導部や政府と協議もせず、同意もえずに、軍隊を出動させ、事実上の占領状態をつくり出すというようなことは、独立、平等、相互の内部問題不干渉という社会主義国家間、兄弟党間の関係を律する原則からいって、絶対に同意できないものである」

 ソ連など五ヵ国のチェコスロバキア侵入が、社会主義の精神とプロレタリア国際主義の原則にたいする許すことのできない侵犯であり、チェコスロバキア人民の主権と独立をおかした侵略行為であることは、疑問の余地がない。
 一九五七年の社会主義国の共産党・労働者党代表者会議の宣言は、社会主義国家間の関係についてつぎのように規定している。

「社会主義諸国は、その相互関係を、完全な同権、領土の保全と国家的独立および主権の尊重、相互の内政不干渉という原則にもとづいてうちたてている。これは重要な原則である。だがこれらの原則も、社会主義諸国間の関係の本質を完全にいいつくすものではない。兄弟的な相互援助は、社会主義諸国間の相互関係の切りはなせない一部分である。この相互援助にこそ、社会主義的国際主義の原則が力づよくしめされている」
「社会主義諸国間の相互関係の問題はみな、社会主義的国際主義の原則を無条件にまもりながら、同志的に討議することによって完全に解決することができる」

 一九六〇年の八十一ヵ国共産党・労働者党代表者会議の声明は、兄弟党間の関係をつぎのように規定している。

「すべてのマルクス・レーニン主義党は、独立した平等な党であり、各国の具体的情勢に応じ、マルクス・レーニン主義の諸原則にしたがってそれぞれの政策をたてており、しかもたがいに支持しあっている」
「もしいずれかの党に他の兄弟党の活動にかんする問題が生じた場合には、その党の指導部は相手の党の指導部に話をもちかける。もし必要があれば会議を開き相談をおこなう」

 ソ連など五ヵ国の今回の行動が、一九五七年と一九六〇年の会議に参加したすべての社会主義国とすべての共産党、労働者党が厳粛に確認したこれらの重要な諸原則のじゅりんであることは、きわめて明白なことである。
 タス通信社の声明は、「この決定は兄弟的社会主義諸国間に締結された同盟諸条約に規定された各国の個別的および集団的自衛権利に完全に合致する」とのべて、今回の軍事行動があたかもワルシャワ条約にもとづくものであるかのように主張している。しかし、五ヵ国の行動は、ワルシャワ条約の諸条項にも明白に違反したものである。
 ワルシャワ条約第四条は、緊急事態のもとでのこの条約にもとづく「武力の行使」について、つぎのように規定している。

「ヨーロッパにおける締約国の一または二以上の国にたいするいずれかの国もしくは国家群からの武力攻撃の場合には、各締約国は、国際連合憲章第五一条にしたがい、個別のまたは集団的な自衛権の行使として、このような攻撃をうけた一または二以上の国にたいし、個別に、および他の締約国との合意により、その必要と認めるすべての手段(武力の行使をふくむ)により、即時の援助を与えなければならない」

 このように、緊急事態のもとでの「武力行使」が、ワルシャワ条約加盟国にたいする「いずれかの国もしくは国家群からの武力攻撃」があった場合におこなわれるものとして、条約上とりきめられていたことは明白である。これはきわめて重要な問題点である。ところが、今回、チェコスロバキアにたいする武力攻撃は、いかなる国もしくは国家群からもおこなわれていなかった。それにもかかわらず、五ヵ国は、チェコスロバキアにたいする「軍事援助」なるものを強行した。しかも条約第四条は、そのあとで「締約国は、国際の平和および安全の回復および維持のためにとるべき共同の措置についてただちに協議しなければならない」と規定しているにもかかわらず、この協議はおこなわれていない。今回の五ヵ国の軍事行動は、ワルシャワ条約の第四条の規定にてらしてもけっして正当化しえないものである。
 しかも、ワルシャワ条約は、第一条では加盟国が「国際関係において武力による威嚇または武力の行使を慎しむ」ことを誓い、第三条では、加盟国にたいする「武力攻撃の危険が生じた」とき、「その都度遅滞なく相互に協議する」ことをきめており、前文と第八条では「独立および主権の相互尊重ならびに内政不干渉の原則にしたがう」ことを宣言している。
 五ヵ国軍の軍事行動は、ワルシャワ条約の諸規定にてらしても、あきらかに不当な干渉であり、この干渉をワルシャワ条約にもとづいて正当化しようとする試みは、まったく根拠がない。
 ソ連など五ヵ国の軍事行動は、一九五七年の宣言と一九六〇年の声明にてらし、ワルシャワ条約にてらして不当なものであるにとどまらない。それは、条約にももとづかず、その国の政府の意思に反して、無断で国境を越えて主権と領土をおかし、国土と国民を軍事占領下においた点で、明白に不当、不法な侵略行為にほかならない。
 それはまた、これまでソ連自身が主張してきた「侵略の定義」にてらしても、その定義に完全にあてはまる国際法上の侵略行為である。
 ソ連は、一九三三年、国際連盟の軍縮会議に、「侵略の定義に関する条約」の締結を提案し、軍縮会議で、これが拒否されると、アフガニスタン、エストニア、ラトビア、ペルシャ、ポーランド、ルーマニア、トルコとのあいだでこの条約を結んだ。
 この条約は、第二条「侵略の定義」で、「次の行為の一つを最初に行なった国は、紛争当事国間に実施中の協定の留保のもとに、国際紛争における侵略国として認められる」として、(1)他の一国に対する開戦の宣言 (2)開戦宣言がなくても、武力による他国領域への侵入 (3)同じく、陸・海・空軍による他国の領域、船舶、航空機への攻撃 (4)同じく他国の沿岸または港の海上封鎖 (5)自国の領域内で編成され他国に侵入した武装部隊への支援などをあげている。そして、つづいて、第三条「弁解の禁止」では、「政治的、軍事的、経済的又は他のいかなる事由も、第二条で規定される侵入の弁解又は弁明の用に供せられてはならない」と規定し、これに関連した〝付属書〟では「第二条の意味におけるいずれの侵略行為も、とくに次の事情の一つによって正当とすることができないことを認める」として、その第一項にとくに「一国の国内事態、たとえば、その政治的、経済的又は社会的機構、その施設上の主張される欠陥および罷業、革命、反革命又は内乱から生ずる騒乱」をあげている。
 ソ連は、第二次大戦後も、国際連合その他で、この「侵略の定義」の国際的な承認をつよく主張してきた。一九五三年八月、ソ連は、「直接武力侵略」についての以上の定義に「間接侵略」、「経済侵略」、「思想侵略」についての規定を補足した草案を、国連特別委員会に提出した。
 ソ連が主張してきた侵略にかんするこの定義の根本思想は、戦後の国際的な平和擁護運動のなかでも確認されてきた。この点について、ソ連科学アカデミー法律研究所「国際法」(一九五七年)はつぎのようにのべている。

「侵略概念の定義は、一九三三年に軍縮会議で提案したソビエト国家によっておこなわれたものである。現代国際法においてひろく認められたこの定義の根本思想は、一九五〇年の第二回平和擁護者大会で確認された。いかなる口実にもとづくものであっても他国にたいして最初に武力を行使した国は侵略国と認められるのである。さらにまた、政治的、経済的または戦略的のいかなる事由も、また国内情勢にもとづくいかなる動機も、武力攻撃を正当化するために用いることはできないのである」

 ソ連自身が主張してきたこの定義にしたがえば、ソ連など五ヵ国の今回のチェコスロバキア侵入は、許すことのできない国際法上の侵略行為にほかならないし、ソ連などがその行動の正当化のために「反革命」の危険などどんな「政治的、経済的または戦略的」理由をもちだそうとも、それは、侵略的行為を正当化する理由にはなりえない。
 ソ連など五ヵ国の今回の軍事行動は、八月二十一日付のチェコスロバキア政府声明がきびしく糾弾したように、国際共産主義運動の歴史のうえではじめておこなわれた社会主義国家群による他の社会主義国家への計画的な侵入であり、明白かつ重大な侵略行為であった。チェコスロバキア国民の民族的自決の権利をふみにじったこの行為は、マルクス・レーニン主義とプロレタリア国際主義の原則を大きく逸脱したものである。
 マルクス・レーニン主義は、真の国際的連帯を可能にする前提として、諸民族の独立と平等、民族の自決を、一貫して、断固として擁護する見地に立っている。
 たとえば、エンゲルスは「共産党宣言」のポーランド語版二版の序文で、こう書いた。

「ヨーロッパの諸国民のまじめな国際的な協力は、これらの国民のおのおのが、各自の本国で完全に自主的である場合にだけ可能である」(一八九二年、「マルクス・エンゲルス全集」第四巻、六〇五ページ)

 レーニンもまた、社会主義革命が諸民族の完全な同権と自決を実現しなければならないことを、くりかえし強調した。

「勝利をえた社会主義は、かならず完全な民主主義を実現しなければならない。したがって、諸民族の完全同権を実行するばかりでなく、被抑圧民族の自決権、すなわち自由な政治的分離の権利をも実現しなければならない。隷属させられた諸民族を解放し、自由な同盟ところが、分離の自由なしには、自由な同盟はごまかし文句にすぎないにもとづいてこれらの民族との関係をうちたてることを、現在も、革命のあいだにも、革命の勝利のあとでも、その全活動によって証明しないような社会主義諸党は、社会主義を裏切るものであろう」(レーニン「社会主義革命と民族自決権」一九一六年、全集二十二巻、一六五ページ)

 社会主義国家による他民族の主権にたいする抑圧や侵害は、社会主義にたいする裏切りであり、マルクス・レーニン主義の民族理論にたいする裏切りである。社会主義国家が他の社会主義国家を侵略した今回の五ヵ国の行動をマルクス・レーニン主義の名で正当化することは、けっしてできない。それはマルクス・レーニン主義とはまったく無縁のものであるだけでなく、これを正面から裏切ったものである。

  (2)不法な軍事占領によるチェコスロバキアの従属化

 ソ連など五ヵ国の軍事行動が、宣言や声明にいう「相互支持」や、ワルシャワ条約に規定されている「相互援助」などとは、まったく反対のものだったことは、今回の軍事干渉がおこなわれる以前にも、すでに同志的協議とまっこうから矛盾した軍事力の威嚇や行使をふくむ大国主義的干渉が実行されていたという事実によっても、また、侵入した軍隊が、まっ先におこなった軍事行動が、兄弟党、兄弟国の党と政府の最高幹部を逮捕、連行することだったという事実によっても、弁護の余地なくものがたられている。
 ひろく知られているように、六月二十日から三十日まで、チェコスロバキアでワルシャワ条約軍の合同演習がおこなわれた。ところが演習終了後、ソ連軍その他のワルシャワ条約軍はチェコスロバキア国内にとどまり、その撤退期限はなんどもくりのべられ、その完全撤退までには約1ヵ月の期間がかかった。ワルシャワ条約にもとづかない、またチェコスロバキアの政府の同意のないこの撤退期限の延期をめぐってチェコスロバキア国内にひきおこされた当然の懸念にたいし、五ヵ国の側は、「ソ連その他の社会主義諸国にたいする不信と敵意をひろめる」「非友好的なキャンペーン」として非難した。しかし、今日、これが、チェコスロバキアの内部問題にたいする干渉の手段としての軍事力による威嚇以外のなにものでもなかったことは、あらためて指摘するまでもないことである。
 しかも、数十万とみられる大量の軍隊による今回の不意うちのじん速な侵入が、かなり以前からの長期にわたる計画と準備なしに不可能であったことはいうまでもない。六月のワルシャワ条約軍の演習、七月末から開始されたチェコスロバキア隣接地域やポーランド、ドイツ民主共和国などでのソ連軍の大規模な演習、八月十日からウクライナで開始されたドイツ民主共和国、ポーランド軍の演習などこそ、今回の八月二十日の行動の直接のかつ周到な準備であった。
 チェコスロバキア社会主義共和国の党と政府にソ連など五ヵ国の思うとおりの方針を実行させることを目的としたこれらの軍事的圧力を背景として、七月十五日、五ヵ国の党のワルシャワ会談は、チェコスロバキア共産党中央委員会にたいして、共同書簡を送った。この書簡は一応、「貴党や貴国の純然たる内部問題に干渉しようとか、各国共産党間、社会主義諸国間の関係を律する尊敬、自主性、平等の原則を破ろうとかいう意図をわれわれはもったことはないし、いまももってはいない」とのべながらも、チェコスロバキアの国内情勢を「社会主義国にとって絶対に容認できない状況」と規定し、「あなたがたは、こうした危険がわからないのか」とはげしいことばで警告し、反社会主義勢力にたいし「社会主義諸国によってつくりだされたすべての防衛手段を動員すること」をはじめ、チェコスロバキアの内政問題にたいするいくつかの直接的要求を列挙して、その実施を迫っていた。この共同書簡もまた軍事的圧力とむすびついたチェコスロバキアの内政問題にたいする干渉の強化を意味していた。
 これらの事実は、すでに八月二十日以前から、原則を無視した軍事的圧力をふくむ干渉が継続しておこなわれ、八月二十日の侵入はそれをひきついだもっとも重大な計画的干渉にほかならなかったことをしめしている。事態がそのようなものであったことは、ソ連共産党中央委員会政治局全員とチェコスロバキア共産党中央委員会幹部会全員の会談が七月二十九日から八月一日までチェルナ・ナド・チソでひらかれ、ついでこの二つの党に他の四ヵ国の党をくわえた東欧六ヵ国の党の会談が八月三日にブラチスラバでひらかれて長文の共同声明が採択されてから、二十日もたたないうちに、ブラチスラバの共同声明でもうたわれた「平等、主権と民族独立の尊重、領土保全、兄弟的相互援助と連帯の原則」を平然とふみにじって、一方的な侵入がおこなわれたことに、もっとも端的にしめされている。
 さらに侵入の夜、ソ連の部隊は、ただちに首都に直行し、チェコスロバキア共産党中央委員会の建物をとりかこんで内部にはいり、チェコスロバキア共産党中央委員会ドプチェク第一書記を逮捕した。チェルニク首相、スムルコフスキー国民議会議長、クリーゲル幹部会員なども、同じようなやり方で逮捕された。こうしてチェコスロバキア共産党中央委員会の第一書記、政府の首相、国民議会の議長という、党と政府の最高幹部が、犯罪人にたいするのと同様のもっとも乱暴なやり方で不当に逮捕され、ソ連に連行されたのである。このような「相互支持」や「相互援助」は、すくなくとも国際共産主義運動のなかには、ありえないものである。これは兄弟党と兄弟国家にたいする背信的攻撃、計画的な侵略行為以外のなにものでもない。
 このような侵略行為は、ソ連など五ヵ国が、チェコスロバキア共産党の党規約とチェコスロバキア社会主義共和国の憲法にもとづいて、正規に選出された党と政府の指導部を否認し、そのかわりに五ヵ国の行動を支持する別個の党指導部と政府とをつくりあげようとしていたと考える以外には説明をつけることができない。五ヵ国の軍事行動の最大の目的が、チェコスロバキアに、ソ連のもとめる路線をうけいれる党と政府の指導部をつくりあげることにあったことは、明白なことである。
 五ヵ国の軍事行動の最大の目的がここにあったことは、その後の事態の進行によっても、いっそうはっきりしている。
 ところが、ソ連など五ヵ国の最大の誤算は、チェコスロバキアのほとんど全国民が、侵入軍をまったく支持せず、一致した怒りとはげしい抗議をもってこれを迎えただけでなく、ソ連などの軍事干渉を支持する別個の党指導部やかいらい政権を樹立する可能性などは、かれらの期待したようにすぐには見いだせなかったことである。裏切り者は幕の裏側にかくれていたかもしれないが、出る幕はどこにもなかった。この事実は、ソ連などの軍事干渉が、そもそもの出発点から根本的な情勢判断の誤りをもおかしていたことを証明している。
 ソ連の党と政府は、占領軍によって別個の党指導部やかいらい政府をつくろうとする試みが完全に失敗したことがあきらかとなるや、こんどは、一転してスポボダ大統領だけでなく、逮捕、連行したドプチェク第一書記を相手にして、モスクワでの会談を開始した。この会の目的が、いったん破壊しようとしたチェコスロバキアの正規の党と政府の指導部にたいし、こんどは不法な軍事占領の既成事実を承認させ、ソ連の路線をうけいれさせることにあったことは、発表された共同コミュニケとその後の経過がしめしている。
 一部の人びとは、このモスクワ会談とモスクワ協定を、事態を収拾し改善するための同志的協議として歓迎している。発表された共同コミュニケも「自由で同志的な討議」をうたっている。
 しかし、軍事占領という不当な圧力のもとで、戦車と銃剣のもとでおこなわれたモスクワ会談は、ことばのあらゆる意味で、独立、平等、内部問題不干渉という基準をまもった兄弟党、兄弟国家間の同志的協議とは無縁のものであった。この会談でチェコスロバキアの党と政府におしつけられたモスクワ協定は、兄弟党、兄弟国間の基準をふみにじった大国主義的な「力の政策」によって強制された不平等協定であり、マルクス・レーニン主義者にとっては、歓迎することはもとより容認することの絶対にできないものである。一部の人びとは、もっとも乱暴な手段によって強制連行されたドプチェク第一書記をはじめとするチェコスロバキアの党と政府の幹部たちが、途中からモスクワ会談に参加した事実をみて、それはソ連側の譲歩とチェコスロバキア側の抵抗の一定の成功をしめすものと評価した。
 たしかにドプチェク第一書記を会談に参加させざるをえなかったことは、ソ連共産党指導部の大きな誤算とそれにもとづく一つの失敗を意味していた。かれらは、ソ連に盲従するあたらしい指導部やかいらい政府をつくることができず、やむなく、一度、反革命分子か犯罪者あつかいして運行し、いったんはプラウダ紙上で公然と名ざしで「露骨な右翼日和見主義的立場」にたつ「幹部会員の少数派」として非難したドプチェク第一書記を釈放して、「同志」とよびなおし、チェコスロバキア社会主義共和国の党と政府の正規の指導者として認めざるをえなかったからである。しかし、このことは、ソ連側の支離滅裂ぶりと大きな自己矛盾とをしめすものではあっても、ソ連側が本質的に譲歩したことを意味しない。予期したようなかいらい政権をつくることができなかったかれらは、当面、多数の国民によって支持されているスポボダ大統領とドプチェク第一書記を、不平等協定の実施者として責任を負わせ、そのことによってチェコスロバキアの党と政府の従属化を容易にしようとしただけである。そして、極度に異常で困難な事情のもとではあったが、チェコスロバキアの党指導部は、不当な軍事領を断固として糾弾し五ヵ国軍隊の即時撤退を要求する立場をつらぬくことができなかった。モスクワ協定は、チェコスロバキアの党と政府の公然とした従属化の第一歩となった。
 五ヵ国の軍事侵入とモスクワ協定以後のすべての事実は、国際共産主義運動と社会主義陣営の内部で、とうてい考えられない異常な事態が進行していることをしめしている。チェコスロバキア社会主義共和国の政府と党は、事実上軍事的な支配のもとにおかれ、現在のところ主権と独立を公然と侵害され基本的にそれを失っていソ連の権力は、チェコスロバキアの憲法にも超越する存在となり、チェコスロバキアの党と政府は、ソ連の党と政府の許容する範囲でしか、行動することができなくなった。五ヵ国の側は、いわゆる「正常化」の進行状態について、勝手に、一方的にチェコスロバキアの党と政府を批判しているが、チェコスロバキアの側は、独立、平等な党が当然もっている五ヵ国にたいするいっさいの批判と反批判の権利を奪われている。党や政府の人事まで干渉されている。しかもモスクワ協定の具体的な内容はいまだに公表されていない。チェコスロバキアの党と政府の側からのさまざまな抵抗や抗議がおこなわれているとしても、いわゆる「正常化」なるものの本質的内容が、実際には、従属化のことでしかないことは明白であろう。
 こうして、五ヵ国の軍事侵入と軍事占領によって、チェコスロバキアの党と国家の、ソ連にたいする公然とし従属化が、いま、生みだされている。
 一つの社会主義国への他の社会主義国家群の侵入と軍事占領が生みだしたこのような異常な事態を正常化するただ一つの道は、五ヵ国軍隊の即時撤退、いっさいの干渉の即時中止にあることは明白である。
 すべての事実がしめしているように、ソ連などワルシャワ条約加盟の五ヵ国軍隊のチェコスロバキアにたいす突然の侵入と占領は、一九五七年の宣言と一九六〇年の声明にいう社会主義諸国の「兄弟的な相互援助」でもなければ、「マルクス・レーニン主義党の国際的連帯」の発露でもない。ワルシャワ条約に規定された「個別のまたは集団的な自衛権の行使」でもない。それは、宣言と声明に規定された社会主義国家間、兄弟党間の関係についての原則を侵犯した、五つの社会主義国家の政府と党による他の社会主義国にたいする主権侵害であり、主権国家への許すことのできない明白な侵略行為であり、不当な従属化である。それは、国際共産主義運動、社会主義体制の歴史のうえではじめておかされた、ただちに訂正されなければならないきわめて明白な大国主義的誤謬であり、今後二度とくりかえされることがあってはならない、きわめて重大な大国主義的干渉である。
 これまでわが党は、帝国主義と異なり、社会主義体制は本来いっさいの侵略政策と無縁なものであると主張してきた。社会主義体制には、対外侵略を不可避的に生みだす政治的、経済的基盤がないからである。今日でも、このことは争う余地のない真理である。
 しかし、わが党はけっして社会主義国無謬論に立つものではない。そして社会主義国家においても、万一国家を指導する党と政府のなかに重大な偏向がおきるならば、社会主義の原則に反する重大な誤りがおかされることはありうるし、不当な侵略をおこなうこともありうる。そのことの明白な実例を、今回の五ヵ国のチェコスロバキアにたいする軍事侵入はしめしてみせた。これは、国際共産主義運動と社会主義陣営にとって、きわめて重要なにがい教訓である。だからこそわが党は、今後このような誤りがふたたびおかされることを防止するために、今回の侵略をひきおこした大国主義と、その基礎にある修正主義路線の誤りにたいして、きびしくそれを批判し、その克服のためにたたかう決意をあらためてかためている。

  二、「反革命の脅威」を口実とした武力干渉の合理化

 五ヵ国の側は、このような重大なマルクス・レーニン主義の原則の侵犯を正当化する理由として、チェコスロバキアの「党と政府の指導者たち」による「要請」があったとする口実とともに、チェコスロバキアにおける反革命勢力の活発化によって、社会主義制度とヨーロッパの平和にたいする現実的脅威がつくりだされたということをあげている。
 たとえば、さきに引用したタス通信社声明は、つぎのようにのべている。

「この要請は、チェコスロバキアに存在している社会主義制度、憲法によって確立された国体にたいして生じた脅威、社会主義に敵対する外国勢力と結託した反革命勢力がつくりだした脅威にともなって、出されたもである」
「チェコスロバキア情勢のこれ以上の悪化は、ソ連その他の社会主義諸国の切実な利益、社会主義共同体諸国の安全保障の利益にも影響をおよぼすものである。チェコスロバキアの社会主義制度にたいする脅威は、同時にヨーロッパの平和の支柱にたいする脅威でもある」

 プラウダもまたつぎのようにのべている。

「右翼、反社会主義、反革命勢力の活動の結果、チェコスロバキアには、反革命的クーデターが起こって、社会主義の獲得物が失われるという現実の脅威が生じた。チェコスロバキアで起こっている政治過程とその発腰の傾向について、ソ連共産党と他の兄弟諸党とがいだいた憂慮のおもな原因は、まさにこの点にあった」(八月二十二日付プラウダ「社会主義をまもることは最高の国際主義的義務である」)

 しかし、なによりも重要なことは、タス通信やプラウダが、いくら「反革命の現実的脅威」なるものを強調しても、それによって、チェコスロバキア全土の軍事占領をふくむ大国主義的干渉を正当化することはできないということである。
 第一に、タス通信やプラウダが強調している「反革命の現実的脅威」なるものは、ソ連をはじめ干渉を強行した五ヵ国の側の一方的な判断であって、当のチェコスロバキアの党と政府は、まったく関与していないものである。いうまでもなく、チェコスロバキアの革命運動と社会主義建設の事業にたいして責任を負っているのは、チェコスロバキア共産党であり、チェコスロバキア社会主義共和国政府である。チェコスロバキアの問題は、マルクス・レーニン主義にもとづき、チェコスロバキアの党と政府の指導のもとにチェコスロバキアの人民自身によって、解決されるべきものである。もちろん、ある社会主義国が帝国主義の侵略をうけた場合、他の社会主義諸国が、社会主義陣営の共同の利益を擁護する立場から、ワルシャワ条約などにもとづき、共同防衛の措置をとることは、当然ありうることであるが、そのさいにも、その社会主義国の党と政府の要請あるいは同意が、共同防衛措置を発動する決定的な前提条件となることはいうまでもない。いかなる社会主義国の党や政府も、自分の一方的な判断にもとづいて、他の社会主義国にたいし、その国の党と政府の意思を無視して軍隊を侵入させる権利をもっていない。
 ところが、ソ連など五ヵ国は、勝手に、チェコスロバキアでは「反革命クーデターによって社会主義の獲得物が失われる現実の脅威が生じた」という断定をくだし、この一方的な断定を口実にチェコスロバキアの党と政府の要請も同意もなしに、それどころかその意思に反して、突如国境を突破して大量の軍隊を侵入させ、一挙にチェコスロバキア全土を軍事占領下においてしまったのである。こうしたやり方が、国際共産主義運動と社会主義陣営の内部で、絶対に認めることのできない不法行為であることは、あらためて指摘するまでもないことである。
 第二に、かりにプラウダがいうように、チェコスロバキアに反革命の危険が急速に濃化し、帝国主義の侵略的策謀とむすびついて社会主義の獲得物の成果が失われる危険が目前にせまっていたとしても、そのことはワルシャワ条約にもとづきチェコスロバキアの党と政府との緊急の兄弟的協議と共同の対策を必要とさせるだけであって、チェコスロバキアの党と政府の意思に反して、一方的な認定で一方的に軍事占領をおこなうことを容認させるものではない。ワルシャワ条約の諸規定と精神は、侵略の危険があれば、なにをやってもよいというのではなく、独立、平等、内政不干渉の原則を認めあった共同の努力こそ、侵略から社会主義を防衛する真の保障であることを土台にしたものであることは、争う余地のない明白なことである。
 もしも外国の党が、ある国の情勢について一方的な断定をくだし、それを口実にして軍事力をもって干渉し、外国の党の評価と異なった見解をもっているその国の指導部を転覆したり、占領による従属化を強行するというようなことが許されるならば、いったい、国際共産主義運動はどうなるだろうか。
 一九六〇年の声明がはっきりと確認しているように、今日の段階の国際共産主義運動は、それぞれ独立した、平等の各国の共産党・労働者党が、マルクス・レーニン主義とプロレタリア国際主義にもとづいて、それぞれの国の革命運動をおしすすめ、同時に国際的な連帯を実現するという形態でなりたっている。大きな党も小さな党も、権力をにぎっている党も、まだ権力をにぎっていない党も、すべて平等である。どの党も、他の党にかわって、マルクス・レーニン主義についての審判官であるかのようにふるまう権利をもっていない。
 もしも、今回のチェコスロバキア占領のように、チェコスロバキア共産党が重大な誤謬をおかし、そのため反革命勢力が社会主義の獲得物をあやうくしているという断定を、外国の党が一方的にくだして、チェコスロバキアの党と政府の指導部を逮捕するというようなことが、万一、マルクス・レーニン主義とプロレタリア国際主義の名で正当化されるならば、自主独立の兄弟党の国際的連帯によって形成されるべき今日の国際共産主義運動はなりたたなくなるであろう。
 わが党は、外国の党の不当な大国主義的干渉をうけ、断固としてこれとたたかったいくつかの経験をもっている。
 一九六四年には、フルシチョフを中心とするソ連共産党指導部は、わが党の路線と活動に不当な非難と攻撃をくわえ、わが党から除名された反党分子志賀義雄一派に公然と支持と援助をあたえ、わが党とわが国の民主運動に許すことのできない干渉と破壊活動をおこなった。ことしの二月、日ソ両党会談がひらかれ、四年間事実上の断絶状態にあった日ソ両党の関係の正常化について合意したが、フルシチョフらの大国主義的干渉の遺産はまだ完全には清算されていない。
 また、いま中国共産党の毛沢東一派は、わが党を「日中両国人民の共通の四つの敵」――かれらによればアメリカ帝国主義、日本反動派、ソ連修正主義集団、日共修正主義集団――の一つに数え、わが党の方針を「反マルクス・レーニン主義」、「反革命」などと断定して、わが党とわが国の民主運動にあらゆる攻撃をくわえ、許すことのできない大国主義的干渉、破壊活動をおこなっている。
 わが党は、これらの大国主義的干渉にたいし、マルクス・レーニン主義とプロレタリア国際主義にもとづく自主独立の立場を堅持して、わが国の革命運動の自主性をまもるために毅然としてたたかい、これらの干渉とその手先を粉砕し、干渉の被害を最小限にとどめることができた。
 フルシチョフらは、一九六四年にわが党に干渉を開始した際、日本共産党中央委員会にあてた長文の手紙を公表したが、そのなかに、わが党の路線と活動にたいする、不当な攻撃と中傷、誤った極端な断定が数かぎりなくもりこまれていた。
 たとえば、「最近、日本共産党の指導者が一連の原則的な諸問題において、一九五七年の宣言と一九六〇年の声明にのべられている国際共産主義運動の合意の路線から明らかに逸脱しはじめた」とか、「社会制度の異なる諸国家間の戦争、新世界戦争――したがって熱核戦争を主張している」とか、「マルクス・レーニン主義に離反し」、「国内の客観的条件と日本の進歩勢力の課題に離反している」とか、「はえある日本の労働者階級がすでにたたかいとった、少なからぬ獲得物を攻撃の危険にさらして、日本国民が自国の偉大な、うるわしい未来のためのねばりづよい闘争で緊急に必要としている団結労働運動と民主運動の団結を破壊する」とか、根拠のないかずかずのひぼうと中傷のレッテルが、わが党に一方的にはりつけられていた。
 「熱核戦争を主張している」などというわが党にたいするこれらの認定は、今回のチェコスロバキアの場合における「反革命の脅威」などの認定に匹敵するものである。そして、今回のチェコスロバキアにたいする軍事侵人と軍事占領は、日本が社会主義国であったとすれば、ちょうど、裏切者の志賀義雄が、ソ連軍に侵入を要請し、それに応じて戦車や落下傘部隊が、「熱核戦争を主張し」、「日本人民の獲得物を攻撃の危険にさらしている」日本共産党の本部を包囲し、党と政府の最高幹部を逮捕、運行し、全土を占領下におくといった場合と同じことである。事情を知らない外国の党のなかには、フルシチョフらの理論的「評価」を正確なものと信じて、この軍事占領は必要やむをえないものと思いこむ場合も生まれたかもしれない。
 しかし、わが党にこのような不当な非難と攻撃をくわえたフルシチョフらこそ、同じ手紙が「帝国主義者は〝力の立場〟にたつ政策を実施する物質的地盤を失ってしまった」とか「帝国主義者は余儀なく諸国家の平和共存を受けいれている」とかのべていたことが明白にしめしていたように、根本的に誤った、おどろくべき帝国主義美化論の立場に立っていたのである。わが党の返書が完膚なきまでにあきらかにしたとおり、フルシチョフらがわが党に一方的にはりつけた勝手なレッテルは、このような無原則的な「平和共存」論のおしつけに追随せず、断固としてマルクス・レーニン主義の原則をまもってたたかっていたわが党の立場にたいする乱暴なわい曲と中傷にすぎなかった。そして帝国主義者の力の政策を美化したフルシチョフと、それを批判したわが党と、どちらの立場が正しかったかについてはアメリカ帝国主義のベトナム侵略をはじめとする国際政治の現実がすでに最終的に歴史の審判をくだしている。
 一つの党だけが、国際共産主義運動のなかで、あらゆる党にたいする最高の審判官の役目をはたすことができ、その党の判断だけが正しく、その一方的判断によって、他の国の党にたいする軍事力の行使をふくむいかな大国主義的干渉も必要やむをえないものとなり、許されるものとするならば、かさねていうが、今日の国際共産主義運動はまったくなりたたなくなるし、世界社会主義体制の正しい団結の基礎も、崩壊することになる。この論理によれば、ソ連共産党は、チェコスロバキアにたいしてだけでなく、かれらが中国の毛沢東一派を「反革命」とみなしている以上、毛沢東一派を粉砕して「社会主義の獲得物をまもる」ために、中国に軍事侵入することも正当化されることになる。
 そして、この論理がなりたつとすれば、中国共産党の毛沢東一派の側でも、「すでに資本主義が復活し、アメリカ帝国主義の同盟者となった」とかれらが判定しているソ連に侵入して軍事占領をおこなうこともできるはずである。
 こうした事態を考えれば、ソ連などが今回の武力干渉の正当化のためにもちだした論理が、いかに矛盾と撞着にみちたものであるかは、一見してあきらかであろう。それにもかかわらずこの論理が、社会主義陣営のなかでは小国であるチェコスロバキアにたいしては、実際に適用されたということは、チェコスロバキアの情勢についての一方的断定とそれにもとづく今回の軍事干渉が、マルクス・レーニン主義の理論や原理にもとづいておこなわれたのではなく、マルクス・レーニン主義や国際共産主義運動の原則とは無縁の大国主義的な「力の論理」にもとづいておこなわれたものであるという真実をかさねててらしだしている。
 もしも大きな社会主義国が、このような大国主義的な「力の論理」にもとづいて、他の社会主義国の情勢について一方的に危険性を認定しさえすれば、その国の政府や党の意思に反して、いつでも勝手に国境をこえて主権をおかし、大軍を動員して軍事占領することが許されることになれば、社会主義陣営、国際共産主義運動、国際民主運動、民族解放運動などすべての反帝勢力がかかげてたたかっている、世界平和の擁護、独立と主権の尊重、民主主義の擁護などというスローガンは、実体のない空語と化するほかはないだろう。国際共産主義運動を先頭とする反帝民主勢力がかかげてたたかってきたこれらのスローガンが、幾千万、幾億の人民をとらえ、巨大な物質的な力となることができるのは、アメリカを先頭とする帝国主義陣営が、その侵略と戦争、抑圧と搾取の政策によって、世界の平和をおびやかし、諸民族の独立をうばい主権を侵害し、民主主義を弾圧しているのにたいして、共産党、労働者党と労働者階級の生みの子である社会主義陣営は、これらの帝国主義的な「力の論理」と無縁であるだけでなく、みずから帝国主義の侵略と反動の政策に反対する闘争をおしすすめ、平和と独立の擁護、民主主義の擁護のもっとも徹底した戦士であるという事実がしめされることによってである。一連の社会主義国家による他の社会主義国家にたいする侵略行為が社会主義とマルクス・レーニン主義の名で正当化されることを許すなら、それは帝国主義の侵略の論理と異ならないものとなり、社会主義陣営、国際共産主義運動は、今後、平和、主権、民主主義の擁護というスローガンを、世界の人民をあざむくことなしには、かかげつづけることができなくなるであろう。
 けっきょく、ソ連など五ヵ国がもちだしている、チェコスロバキアに反革命クーデターの現実的危険がせまっていたという議論は、このような大国主義的な「力の政策」をおおいかくすための口実にすぎない。そうだとすれば、五ヵ国の軍事介入の真の目的は別のところにあるし、事態の本質もまた別のところにあることとならざるをえない。

  三、チェコスロバキアの事態の本

 では、五ヵ国の武力干渉を生み出した事態の本質はどこにあるか。
 結論的にいえば、この武力干渉は、実際には、国際共産主義運動内部に存在している大国主義的、修正主義的な路線と行動がおちいった矛盾の深化と破たんの進行の結果である。

  (1)チェコスロバキアにおける「再生」運動

 五ヵ国の武力干渉が、実際にはことしの一月以来のチェコスロバキアにおけるあたらしい情勢とむすびついていることは、かくれもない事実である。
 チェコスロバキアでは、ながいあいだ大統領兼第一書記であったA・ノボトニーを中心とした指導のもとに、フルシチョフらの修正主義路線への事大主義的な追随の傾向が支配的だった。国内の社会主義建設においても、チェコスロバキア共産党がことしの四月の中央委員会総会で採択した「行動綱領」が「わが国の諸条件や伝統とあいいれない観念、習慣、政治的見解が機械的にとりいれられ、ひろめられるという状態がうまれた」とのべているように、チェコスロバキアの特殊な歴史的諸条件を考慮にいれない、ソ連の方式や路線への機械的追随は、社会主義建設の各分野にさまざまな困難を累積させる最大の要因の一つとなった。
 また、「行動綱領」は、チェコスロバキア共産党の対外政策、国際活動の問題についても「これまでわが国の外交政策は、積極的行動のための可能性をあますところなく利用してはいなかったし、多くの重要な国際問題について率先して自分の見解を提出することはしなかった」とのべている。実際、これまで、チェコスロバキア共産党指導部は、ソ連共産党指導部によるアルバニア労働党への公然たる一方的非難の開始(一九六一年)と中国共産党への公然たる一方的非難の開始(一九六二年)にさいしても、部分核停条約の締結(一九六三年)にさいしても、あるいは、フルシチョフらによる無原則的な「平和共存」路線の提唱やユーゴスラビアのチトー一派への接近にさいしても、つねに、フルシチョフの修正主義路線へのもっとも忠実な追随者として行動してきた。一九六四年に、フルシチョフが、プラウダなどでわが党から除名された反党分子志賀義雄らを公然と支持し、わが党に不当な一方的非難をくわえてきたときにも、チェコスロバキア共産党指導部は、党機関紙ルデー・プラーボ紙上でまったくこれと同じ行動をとった。
 このような、事大主義、対外盲従とむすびついた修正主義の路線のもとで、チェコスロバキアにおける政治的、経済的困難と社会主義的危機は深化し、昨年秋以来チェコスロバキアにはするどい政治的緊張がひきおこされるにいたった。そして、ついに一月総会における、ノボトニー大統領兼第一書記の解任をはじめとする党と政府の指導者の交代が不可避となり、ドプチェク第一書記を先頭とする党の新指導部のもとでいわゆる「再生」運なるものが開始された。
 チェコスロバキアにおける「再生」運動は、同じ修正主義の内部で蓄積された、大国主義的おしつけとそれに対する事大主義的盲従による諸矛盾の深化そのものによって生みだされたものであった。しかし、この「再生」運動は、部分的にはソ連の大国主義に追随する従来の対外盲従の路線を再検討し、ある程度自主独立の立場を確立しようとする一定の要素をもっていたが、全体としては、これまでチェコスロバキアで支配的だった修正主義の路線をのりこえたものではなく、そこには依然としてフルシチョフの修正主義路線が別の形態で根づよくひきつがれていた。
 一月の党中央委員会総会で選出されたあたらしい党指導部は、「過去の誤りの克服」の問題として、官僚主義的、セクト主義的指導の改善、党内民主主義の尊重と個人崇拝の根絶、党と労働者、農民、インテリゲンチアなど非党員大衆とのあいだの相互信頼の回復、必要な名誉回復と社会主義的法秩序の厳守、市民の権利の擁護、チェコ人とスロバキア人の同権の実現などの課題をかかげた。
 しかし、チェコスロバキア共産党の新指導部は、基本的には従来の修正主義の路線のわく内で、これらの課題を解決しようとしたため、社会主義建設の正しい方向をさししめすことに成功しなかった。
 こうして、ことしの一月以来のチェコスロバキアの新しい情勢のなかには、従来の対外盲従主義、事大主義、官僚主義、セクト主義が蓄積した害悪に対する反省と再検討、一定の自主性の追求、それにもかかわらずひきつがれた修正主義の路線、それらにともなってうまれた過去の官僚主義、セクト主義のうら返しとしての自由主義、分散主義、清算主義の右翼的傾向など、複雑な諸要素がからみあうこととなった。

  (2)「行動綱領」とフルシチョフ修正主義

 この点で、もっとも重大な問題は、チェコスロバキア共産党が四月の中央委員会総会で採択した「行動綱領」が、チェコスロバキアでは、もはや階級対立と階級闘争が基本的に存在しなくなり、プロレタリアート独裁の必要もなくなったとする現代修正主義の特徴的な見解を、「再生」運動の指導的な観点としてそのまま採用していることである。
 「行動綱領」は、「一九五〇年代末以来、わが国の社会はあたらしい発展段階にはいった」として、チェコスロバキア社会主義の現段階の最大の特徴をつぎの点にもとめている。

「敵対的な諸階級はもはや存在しておらず、わが国の社会のすべての社会的グループの相互接近の過程が国内発展の主要な特徴となりつつある」

 さらに「行動綱領」は、つぎのようにものべている。

「わが国の社会のすべての社会階級、層、グループ、二つの民族とすべての少数民族は、社会主義の基本的利益と目的とを共通にしている」
「階級間の差異が消滅しつつある今日では、社会における人びとの地位を評価するおもな基準は、その人が社会発展にたいしておこなっている意識の度合である」

 つまり「行動綱領」によれば、チェコスロバキアの社会主義の発展の現段階は、敵対的階級がなくなっただけでなく、すべての階層、グループも社会主義的なものになり、階級間の差異も消滅しつつある段階であるというのである。これは階級闘争は不必要になったということにほかならない。
 このような現段階の認識とむすびついて「行動綱領」は、プロレタリアートの独裁はすでに終了したという結論を次のようにみちびきだしている。

「第十三回党大会に提出されたチェコスロバキア共産党中央委員会のテーゼには、『労働者階級の独裁の国家は、わが国ではその主要な歴史的使命をはたした』と、はっきりのべられていた」

 これが、フルシチョフの有名な階級対立消滅論とプロレタリアート独裁終了論をそのままひきついだものであることは注釈するまでもない。
 これらの命題が、社会主義のもとでの階級闘争について、またプロレタアートの独裁についてのマルクス・レーニン主義の理論の公然とした修正であると同時に、チェコスロバキアの社会主義的発展の現段階についてのまったく誤った判断にもとづいていたことは、「再生」過程の複雑な展開そのもののなかで、すでに明白に実証されている。
 レーニンは、「プロレタリア革命と背教者カウツキー」のなかで、「資本主義から共産主義への移行は、歴史的な一時代である。この時代が終わらないあいだは、搾取者には必然的に再興の望みがのこされていて、この望みは再興のくわだてに転化する」(一九一九年、全集二十八巻、二六九ページ)と書き、社会主義のもとでの階級闘争を軽視し、プロレタリアート独裁を弱めようとする右翼日和見主義的傾向をつよくいましめた。なぜならプロレタリアート独裁とは、プロレタリアートを中心とする大多数の勤労人民が階級的同盟をむすんで、少数のうちたおされたブルジョアジーの復活のくわだてを完全に粉砕して社会主義を最終的に確立してゆくためのものであり、ブルジョアジーの再興のくわだての可能性がすこしでものこされている、資本主義から共産主義への移行という「歴史的な一時代」が終わらないうちは、けっして弱めてはならないものだからである。

「プロレタリアート独裁は、プロレタリアート、つまり勤労者の前衛と、多人数の非プロレタリア勤労者層(小ブルジョアジー、小経営主、農民、知識人など)あるいは勤労者の大多数との階級的同盟、資本を完全に倒し、ブルジョアジーの反抗とかれらの復活のくわだてを完全におしつぶすための同盟、社会主義を最終的に建設し、確立するための同盟の特殊な形態である」(レーニン「演説〝自由と平等のスローガンによる人民の欺まんについて〟の出版のさいの序文」一九一九年、全集二十九巻、三八二ページ)

 現在のチェコスロバキアは、社会経済制度の構成にもまだ小ブルジョア的な要素が広範にのこっており、その面からいってもまだ階級のない社会主義社会の完成した段階には到達していない。打倒された搾取階級や反動勢力の残存分子もまだ完全に一掃されておらず、帝国主義者のさまざまな策謀とも関連しながら、ブルジョア思想の遺産やあらたな流入との闘争をも含めて、社会主義勢力と反社会主義勢力のあいだの階級闘争が、まだ社会の各分野に存在している。うちたおされた搾取者がいだいている「再興の望み」が「再興のくわだて」に転化しる可能性はまだなくなってはいない。こうした段階で、人民の先頭にたって社会主義建設を指導すべき共産党が、階級闘争はもはや不必要になったとか、プロレタリアート独裁の役割はすでに終了したとかいう見地に立って、帝国主義者や国内の反社会主義勢力にたいする警戒心をみずから失うなら、これが、反社会主義勢力の策動を容易にし、情勢を悪化させる役割をはたすこととなるのは、明瞭である。
 ところが、チェコスロバキア共産党の「行動綱領」は、この誤った階級闘争消滅論を、「再生」運動の基本的な指導理論としたのである。
 「行動綱領」は、A・ノボトニー時代の官僚主義、セクト主義の誤謬の根源は、すでにプロレタリアート独裁は不必要になっていたにもかかわらず、古い階級闘争の方法を適用したことにあるとみ、「階級闘争の時期からうけつがれた方法」をすべてすてることが、「再生」運動の重要な内容だと主張した。

「かれら(多くの共産党員と勤労集団)は、階級対立が克服され、社会主義的統一の基礎がつくりだされたことが明白になればなるほど、わが国のすべての勤労者、すべての社会層、グループ、民族の協力を発展させること、はげしい階級闘争の時期にもちいられた方法を根本的に変えることが、いよいよ緊急に必要になること強調した。……階級闘争の時期からうけつがれた方法が生きながらえていたことは、わが国の社会のさまざまな社会的グループ、大小の民族、あい異なる世代のあいだに、また共産党員と非党員とのあいだに人為的な緊張をひきおこした」

 「行動綱領」が現在のチェコスロバキアで、社会主義の敵として一定の警戒をはらっているのは、ただ「イデオロギー上の敵」だけである。

「党は、社会主義のイデオロギー上の敵が民主化の過程を悪用するおそれがあることを理解している。しかし、わが国の条件のもとでの現在の発展段階にあっては、もっぱら全人民の前での公開のイデオロギー闘争によってのみ、ブルジョア・イデオロギーに対抗できるという原則が、有効である」

 過去の「セクト主義、官僚主義の実践」などの克服の問題も、階級闘争とプロレタリアート独裁が不必要になったとするこの誤った見地からすすめられたために、それは、けっきょく、他の極端の誤り――自由主義、分散主義、あるいは放任主義に道をひらき、社会主義建設の事業にあらたな困難と混乱をもちこむ結果となった。たとえば、「行動綱領」は、社会主義的民主主義の具体化として、無制限の「表現の自由」、「出版の自由」「集会や結社の自由」を宣言したが、これは、社会主義的民主主義の名で事実上ブルジョア民主主義を導入する「純粋民主主義」(レーニン「ブルジョア民主主義とプロレタリアートの独裁とについてのテーゼと報告」一九一九年、全集二十八巻、四九三ページ)であり、反社会主義勢力に活動の自由をあたえる重大な右翼的誤りである。社会主義的企業に「自己の組織的所属についての選択権」をあたえ、「企業の上級機関にたいして国家的行政権を付与してはならない」とし、企業が自由意思によって連合したり、連合から脱退したりできるようにした「行動綱領」の規定も、「純粋民主主義」の経済版であり、社会主義的計画経済を弱化させる危険をもつものである。
 さらに、プロレタリアート独裁の時期が終わったとされた結果、「党はプロレタリアート独裁の用具である」という命題は「誤った命題」とされ、共産党は、「あらゆる社会階層の構成員の自発的な同盟」と規定された。第十四回党大会に提出される予定の規約草案の前文は、つぎのようにチェコスロバキア共産党の性格を規定している。

「チェコスロバキアの共産党は、祖国に社会主義および共産主義の綱領的目的を実現し、人間の完全解放のための諸条件をつくりだすために結集した進歩的で政治的に積極的なあらゆる社会階層の構成員の自発的な同盟である」

 「行動綱領」に定式化された、これらのゆきすぎた「純粋民主主義」をふくむ「政治指導のあたらしい方式」もまた、ソ連のフルシチョフの階級対立消滅論やプロレタリアート独裁終了論などの修正主義的理論をソ連のソビエト形態とは異なった人民民主主義形態のチェコスロバキアの国家制度に適用し、それを理論的につきすすめていったものといってよい。
 しかし、チェコスロバキアにおいて、階級闘争が終了しておらず、打ちまかされたブルジョアジーが絶滅されておらず、反抗をやめてはいないこと、それどころか、党と人民のあいだの矛盾につけこんで、最近その策謀を強化していたことは、チェコスロバキアの「再生」過程そのものがあまりにも明白にしめしている。チェコスロバキア共産党中央委員会の五月総会におけるドプチェク第一書記の報告自身が、「われわれのあいだには、以前には存在していた搾取諸階級の残存分子、かれらの政治的代表連中が生きている。古い思想上の影響、そのにない手たちが生きのびている」ことを強調し、もし自然発生的過程が、「相互に支持しあう極端な諸傾向が成長す広い余地をひらく」ならば、「その結果として、わが国における社会主義の発展をおびやかしかねない衝突をかならずひきおこすであろう」ことまで指摘していた。
 こうして反共勢力、反社会主義勢力が、複雑な政治的局面につけこんで活発化していく危険も生まれた状況のもとで、勤労者にとっては民主主義であると同時に、搾取者に対しては独裁であるプロレタリアート独裁の正しい意味での強化が必要となり、したがってまた、過去の誤りを適切に訂正しつつ共産党の指導的役割を正しく強化することが、とくに重要な課題となっていた時期に、「行動綱領」のなかにあるフルシチョフ流の階級闘争消滅論と、それにもとづく極端な「民主化」が、危険な役割をはたすことは明瞭であろう。
 こうして「行動綱領」は極端な清算主義的評価のうえに立って、いわゆる「民主化」の名のもとに、党や国家機関の活動家にほこ先をむけたストやデモ、ボイコットをよびかけた著名人七十人の「二千語宣言」にみられるような、清算主義、自由主義、分散主義の傾向を助長し、幹部会があとで批判したこの文書に党員が署名し、一部の党機関が支持を表明し、青年共産同盟や労働組合機関紙がこの宣言を掲載するといったような、党の民主主義的中央集権制と党規律を弱める傾向をも生みだしたのである。
 チェコスロバキアにおける「再生」過程で採用されたあたらしい修正主義的路線が、フルシチョフの修正主義を別の形態でひきついだものであるということの事実は、いまはげしく指弾されているチェコスロバキアの西ドイツ帝国主義への接近や、ユーゴスラビアのチトー主義への接近にもあてはまる。西ドイツ帝国主義とチトー主義への接近も、フルシチョフの修正主義路線のいちじるしい特質であった。
 わが党はもちろん、ユーゴスラビアのチトーがチェコスロバキアを訪問して歓迎をうけ、チェコスロバキア共産党との共同声明が発表されたこと、チェコスロバキアの『リテラルニー・リスティ紙』がチトー主義を吹歌す社説をかかげたことなどは、重要な誤りであるとみなしている。しかし、フルシチョフこそ、たんにユーゴスラビアとの国家関係の改善にとどまらず、一九六〇年の声明での確認に反して、マルクス・レーニン主義の裏切者であるユーゴスラビアの修正主義者に手をさしのべて「和解」し、国際共産主義運動にチトー一味をひきいれる動きをつくりだした張本人であることは、周知の事実である。また、ソ連などが非難している西ドイツ問題についても、社会主義国として西ドイツと最初に国交をむすんだのは、ソ連自身であった。
 「行動綱領」が、アメリカ帝国主義の侵略政策にたいする闘争にはごくわずかしかふれていないということにみられる反帝闘争の過小評価の傾向もまた、フルシチョフの悪名高い「米ソ共存」路線をひきついだものであるということができよう。
 チェコスロバキア共産党の「行動綱領」「規約草案」などのなかにあらわれた修正主義的諸要素は、このかぎりではA・ノボトニー時代以上にフルシチョフの現代修正主義の路線と行動の落とし子なのである。

  (3)「再生」運動へのソ連の干渉の意図

 チェコスロバキアの「再生」運動のもう一つの特徴は、その修正主義が、ソ連追随をこととする事大主義からはなれて、一定の自主的な立場を追求しようとする努力とからみあっていたことである。
 一月以来の「再生」過程は、「チェコスロバキアの条件に適した社会主義社会の建設」を旗印としてすすめられ、この立場からチェコスロバキアの主権、自主性の主張がしだいにおしだされてゆく過程でもあった。
 三月にドレスデンでひらかれにソ連、ブルガリア、ハンガリー、ドイツ民主共和国、ポーランド、チェコスロバキアの東欧六ヵ国首脳会談から帰国したドプチェク第一書記は、党中央委員会でつぎのように報告した。

「われわれ中央委員会は、国際共産主義運動におけるむすびつきを軽視するものではないが、今後も、わが人民の必要、われわれの社会主義建設の発展の必要から出発する。したがって、われわれの国内の発展について全国民と世界に責任を負っているのは、なによりもまずこの中央委員会であり、このチェコスロバキア共産党である。党は今後の発展については責任を負っており、それについての決定はわれわれの主権に属することがらと考える」

 四月十九日付のチェコスロバキア共産党中央機関紙ルデー・プラーボに掲載されたイワン・シネクの論文「社会主義への独自の道」も、社会主義建設や外交政策において、ソ連の実践や政策を機械的にひきうつすことの誤を強調しながら、社会主義建設の独自の形態をえらび、それ自身の特色をもった外交政策を、みずからの責任でおすすめる決意を表明し、つぎのように大国主義と排外主義を批判している。

「社会主義的共同体と国際共産主義運動のなかでの遠心的傾向の出現は、したがって、民族的特殊性の重視に起因するものではない。その真の原因は、みずからを民族的なからの中にとじこめている人びと、とくにみずからの民族的実践を一般的に有効なものとしてたかめ、さらにそれを他の国におしつけている人びとの民族主義的偏狭性のなかにあるのである」

 しかし、対外盲従主義の克服と自主路線確立へのこの努力は、まだ十分な一貫性と原則性に裏づけられない、未成熟なものにとどまっていた。それは、「再生」運動の指針とされた「行動綱領」が一般的に「チェコスロバキアの条件に合致した社会主義社会の建設」を目標として強調するだけで国際共産主義運動と社会主義陣営における各国共産党の自主独立の問題についてなんら原則的な深い解明をおこなわず、反対に、ソ連との友好、同盟の尊重をことさらに強調していることにもあらわれていた。
 こうした弱点にもかかわらず、大国主義およびそれに呼応する対外盲従主義の克服と自主的な立場を確立しようとする努力が、客観的には、一月以来の「再生」過程の中心課題の一つとなっていたことは重要である。自主的な立場の追求は、一方ではユーゴスラビア的形態の「自主的」修正主義にゆきつく危険をもはらむと同時に、マルクス・レーニン主義の原則を、自分の頭脳でチェコスロバキアの現実に正しく適用する態度が確立されてゆくならば、チェコスロバキア共産党にたいし、たんに大国主義、事大主義の克服にとどまらず、修正主義そのものを克服する可能性をもあたえるものであった。
 こうした状況のもとで、他国の共産党が、真にマルクス・レーニン主義とプロレタリア国際主義の立場にたつなら、チェコスロバキアの事態にたいしてとるべき態度は、明白であった。それは、自主的な立場を確立しようとするチェコスロバキアの党と人民の努力を積極的に支持し、いっさいの大国主義的干渉に反対して、真の自主独立の立場の確立にすすむことを期待するとともに、兄弟党間の基準をかたくまもりつつ、チェコスロバキア共産党が事大主義に反対するとともに修正主義、右翼日和見主義の誤った路線を克服するのを、同志的に援助することであった。
 ところが、ソ連共産党指導部は、これとまったく反対の態度をとった。
 ソ連共産党指導部は、第一に、内部問題不干渉の原則を尊重することを口ではいいながら、実際には、チェコスロバキア共産党があゆみはじめた自主的傾向を敵視し、社会主義諸国間と兄弟党間の関係の基準をふみにじった大国主義的干渉を強化する道をすすんだ。先にも引用した八月二十二日付プラウダの論文は、「チェコスロバキア共産党の一部の指導者は、民族主義的激情をかきたて」たとして非難し、口をきわめて「反ソ宣伝や反ソ的な発言」を攻撃している。このことにみられるように、ソ連などの干渉者たちは、なによりもまず、チェコスロバキアの「再生」過程のなかで、チェコスロバキアの党と人民が、大国主義とこれに追従する対外盲従主義に反対し、自主独立の立場を探求しようとする努力にたいして攻撃を集中し、それを口実にしてみずからは大国主義の道を、軍事干渉という最悪の行為にまでおしすすめたのである。
 ソ連共産党指導部は第二に、チェコスロバキアの情勢のなかで生まれていた反社会主義勢力の活発化の危険を大いに強調しながらも、修正主義的傾向をふくめて、チェコスロバキア共産党の一月総会、五月総会などの路線そのものは支持する態度をとった。たとえば、八月二十七日の「ソ連・チェコスロバキア会談にかんするコミュニケ」には、「ソ連側は、社会にたいする指導方法の改善、社会主義的民主主義の発展、マルクス・レーニン主義にもとづく社会主義制度の強化のためにチェコスロバキア共産党中央委員会が一月と五月の総会で可決した諸決定を推進しようとするチェコスロバキア共産党とチェコスロバキア社会主義共和国の指導部の立場にたいする理解と支援を表明した」と書かれてある。
 このことは、けっきょく、ソ連をはじめとする五ヵ国の干渉が、修正主義との闘争を目的としたものではけっしてなく、チェコスロバキア問題をめぐって深化した大国主義、修正主義の路線と行動の自己矛盾を反革命うんぬんを口実として大国主義的な干渉によって解決しようとしたこと、すなわち、自主的方向を探究しはじめた修正主義を、事大主義的盲従の修正主義にひきもどすことに真の目的があったことを、ものがたっている。突然の背信的な軍事干渉が、第十四回臨時党大会の直前におこなわれ、占領軍が最初におこなったことが、チェコスロバキア共産党の最高幹部の逮捕と強制的な連行であったことは、その真の目的がここにあったことを、いっそう明白に裏書きしている。大会がひらかれ、あたらしい中央委員会と幹部会が選出され、自主的方向がいっそう前進し、確定してからでは手おくれになる、大会の前に大会の開催を不可能にする非常手段をとり、その「路線」を暴力的におしつけることこそ必要だとされたのだろう。
 今回の軍事干渉と占領は、大国主義と修正主義との醜悪な結合が生みだしたものであった。そしてそれは同時に、大国主義、修正主義の路線と行動が、大きな矛盾を蓄積し、そのことによって破たんしつつあることを、的なかたちで暴露したものである。

  四、大国主義の害悪と科学的社会主義の原則の擁護

  (1)ブルジョア的排外主義の遺産としての大国主義

 レーニンの指導のもとに樹立された世界で最初の社会主義国家が、半世紀の成長をとげてきた今日、なおかつ、他の社会主義国にたいする侵略という重大な誤りをおかすにいたったのは、けっして、あらゆる反共主義者がいっせいに主張しているように、共産主義そのものから生まれたものでもなければ、マルクス・レーニン主義の学説が根本的な欠陥をもっているためでもない。それは逆に、社会主義国家であっても、共産党であっても、もしもマルクス・レーニン主義――科学的社会主義の原則から逸脱するならば、どんなに悲劇的な誤りをおかしうるかという大きな歴史的教訓をかさねてあたえることとなった実例の一つである。
 社会主義ソ連にのこっている大国主義は、ツァーリズムの時代、資本主義の時代からの大ロシア人のブルジョア民族主義、排外主義の根づよい遺物であり、マルクス・レーニン主義とは無縁の、またプロレタリアートの思想とは無縁の、ブルジョア思想の遺産である。
 レーニンは、一九二二年に、各共和国の完全な同権と自由意思という原則に反したやり方で諸共和国をロシア連邦に加盟・合同させようとしたスターリンの「自治共和国化」のくわだての誤りが大ロシア人的排外主義からくるものであることをきびしく批判した覚え書きのなかで、社会主義ソ連にのこっているこうした大国主義は、大民族の民族主義の歴史的遺産としての、ブルジョア的、小ブルジョア的見地のあらわれであり、民族問題にたいする真にプロレタリア的な態度とは縁がないものであることを、つよく指摘した。

「抑圧民族の民族主義と被抑圧民族の民族主義、大民族の民族主義と小民族の民族主義とを区別することが必要である。
 このあとのほうの民族主義にたいして、われわれ大民族に属するものは、歴史的実践のうちで、ほとんどつねに数かぎりない強制の罪をおかしている。それどころか自分では気づかずに、数かぎりない暴行や侮辱をおかしているものである。わが国ではどんなに異民族をばかにしているか、ポーランド人を呼ぶに『ポリャーシチカ』としかいわず、タタール人のことは『公爵』(クニャジ)とよび、ウクライナ人のことは『ホホル』(とさか)とよび、グルジア人その他のカフカーズの異民族のことは『カプカーズ人』とよんで嘲弄するばかだということ、こういうことについての私のヴォルガ時代の記憶をよびおこすだけで十分である。
 だから、抑圧民族、すなわち、いわゆる『強大民族』(その暴行にかけて強大なだけだ。デルジモルダ〔ゴーゴリの『検察官』に登場する粗暴な巡査の名前引用者〕式に強大なだけだ)にとっての国際主義とは、諸民族の形式的平等をまもるだけでなく、生活のうちに現実に生じている不平等にたいする抑圧民族、大民族のつぐないとなるような、不平等をしのぶことでなければならない。このことを理解しなかったものは、民族問題にたいする真にプロレタリア的な態度を理解せず、実は小ブルジョア的見地にとどまっているものであり、したがって、たえずブルジョア的見地に転落せざるをえないのである」(レーニン「少数民族の問題または『自治共和国化』の問題によせて」一九二二年、全集三十六巻、七一八~九ページ)

 大きな社会主義国にあらわれる大国主義が、マルクス・レーニン主義とは無縁の小ブルジョア的見地であり、したがってたえずブルジョア的見地に転落せざるをえない」からこそ、その大国主義は、「抑圧民族、大民族のつぐないとなるような、不平等をたえしのぶ」どころか、ブルジョアジーと同じ不公正で抑圧的な態度をさえ生みだし、プロレタリアートの世界史的事業に、重大な損害をあたえることとなる。
 なによりもまず大国主義は、プロレタリアートの国際的連帯を阻害する結果をもたらす。大国主義の誤りを批判し、それがもたらす重大な結果についてきびしく警告していたレーニンは、大国主義がおかす民族的不公正ほど、プロレタリアートの国際的連帯を害するものはないことを、同じ文章のなかで、つづけてつぎのように指摘していた。

「『社会民族主義』という非難を不注意に投げつけるグルジア人(ところが、彼自身がほんとうの、真の『社会民族主義者』であるばかりか、粗暴な大ロシア人的デルジモルダなのだ)は、実はプロレタリア的階級連帯の利益をそこなうものなのである。なぜなら、民族的不公正ほど、プロレタリア的階級連帯の発展と強固さを阻害するものはなく、また平等の侵害――たとえ不注意による場合でさえ、たとえ冗談としてでさえほど、自分の同志であるプロレタリアによってこの平等が侵害されることほど、『侮辱された』民族の人々の心にするどくひびくものはないからである。そこで、この場合には、少数民族にたいする譲歩とおだやかさの点で行きすぎるほうが、行きたりないよりはましである」(同前、七一九ページ)

 さらに大国主義は、被抑圧民族の民族解放闘争にたいする社会主義の支持をそこない国際的な反帝統一戦線にも打撃をあたえる。
 レーニンは、社会主義国家にあらわれるこのような抑圧民族の民族主義が、その「帝国主義的な態度」によって被抑圧民族を傷つけ、帝国主義に反対する国際的闘争を台なしにすることについて、つぎのように警告していた。

「もし東洋がこのように登場してくる前夜に、また東洋のめざめがはじまっているそのときに、われわれが自国内の異民族にたいしてすこしでも粗暴で不公正にふるまったため、東洋でのわれわれの権威をそこなうようなことがあれば、それは許すべからざる日和見主義であろう。資本主義世界を防衛している西欧帝国主義者向うにまわして結束する必要があるということ――この点については疑問はありえないし、私がこれらの措置を無条件で是認することはいうまでもないと、たとえ些細なことであろうとわれわれ自身が被抑圧民族にたいして帝国主義的な態度におちいり、そのため、自分の原則的な誠実さと、帝国主義にたいする闘争の原則的な擁護とをまったく台なしにするということは、まったく別の事がらである」(同前、七ニー~ニページ)

 いっそう重大なことは、大国主義がもしも他民族に外部から社会主義をおしつけようとするならば、国際共産主義運動がめざしている社会主義世界革命の事業そのものに、とりかえしのつかない大きな損害をあたえることである。
 レーニンは、エンゲルスが、カウツキーあての手紙(一八八二年九月十二日付)のなかで指摘した、他民族に外部から社会主義をおしつけることは許されないという原則こそ、あらゆる場合にプロレタリアートが厳守すべ「無条件に国際主義的な原則」であると強調した。

「経済的変革はすべての民族を促して、社会主義にむかってすすませるであろうが、しかし、その場合には、革命社会主義国家に反対する革命もおこりうるし、戦争もおこりうる。経済への政治の適応は不可避的におこなわれるであろうが、しかし、それは一挙になめらかに、単純に、直接におこなわれはしないであろう。エンゲルスは、ただ一つ、無条件に国際主義的な原則だけを『確かなもの』としてかかげ、それをすべての『他民族』に――つまり、植民地民族だけでなしに――適用している。すなわち、他民族に幸福をおしつけることは、プロレタリアートの勝利をくつがえすことを意味するであろう、という原則である。プロレタリアートは、社会革命をなしとげたというだけの理由では、聖人にもならなければ、誤りや弱点におちいらないという保障もない。しかし、おそらくおかされるであろういろいろな誤り(と、他人の背中におぶさろうとする利己的な私利)は、かならずプロレタリアートにこの真理をさとらせるであろう」(レーニン「自決にかんする討論の総括」一九一六年、全集二十二巻、四一三ページ)

 今回の五ヵ国の軍隊によるチェコスロバキアにたいする背信的侵入と不法な占領は、この「無条件に国際主義的な原則」を、武力でふみにじったものである。しかも、ソ連など五ヵ国が武力によってチェコスロバキア人民におしつけようとしたのは、社会主義の「幸福」ではなく、科学的社会主義から大きく逸脱した、大国主義への屈従であった。五ヵ国によるこの暴挙は、あらためてブルジョア的排外主義の遺産としての大国主義の害悪の大きさをあきらかにし、全世界の人民の面前で社会主義の威信とマルクス・レーニン主義の理想を傷つけ、世界革命の事業に大きな損害をあたえた。
 エンゲルスとレーニンが強調しているように、社会主義はそとからおしつけられるものではなく、社会主義革命をなしとげる事業は、あくまでも各国人民の自主的な事業であり、この自主性を基礎としてはじめてプロレタリアートの真の国際連帯が生まれる。
 他民族に(レーニンは「すべての『他民族』に――つまり植民地民族だけでなしに――」とつけくわえてい社会主義をおしつけないという「無条件の国際主義的な原則」をつらぬくこと、ことばをかえていえば、各国人民の解放はその国の人民自身の事業であるという「民族自決の原則」と、これを基礎にしたプロレタリアートの国際連帯を無条件につらぬくことこそ、世界革命の成功の究極の成功を真に保障するものである。
 わが党はもちろん、帝国主義勢力による社会主義国にたいする不当な侵略がおこった場合など、侵略に反対し社会主義をまもるための国際的援助を強化することは、無条件に必要なこととみなしている。わが党は現に、ベトナム民主共和国にたいするアメリカ帝国主義の侵略を糾弾し、ベトナム人民への支援を強化するために奮闘している。ベトナム問題が帝国主義勢力と反帝勢力の国際的対決の焦点となっている今日、ベトナム人民の英雄的闘争にたいする国際的支援は、もっともっと強化されなければならない。このような国際連帯と国際的な相互援助の強化なしに、反帝闘争の世界的勝利も、世界革命の成功もありえないことはあきらかである。しかし、ソ連などがチェコスロバキアにたいする軍事占領の口実にしたように、他の国の革命が別の国が信じている社会主義の方向に反した方向にすすんでいるという理由で、武力をもって自分たちの路線をおしつけることは、かりにある種の一時的な「安定」がそこに生まれた場合でさえも、全世界の革命運動の全局的展望からみれば、共産主義運動の歴史的事業にたいして、とり返しのつかない損害をあたえることとなる。そのような行動は、世界革命の勝利を保障する原理――それぞれの国における革命運動は、民族自決の原則にもとづいてのみ成功するし、これによってはじめて世界革命という共同の事業におけるプロレタリアートの正しい国際連帯が強化されるという原理自体を破壊する結果となるからである。
 大きな社会主義国が、国際主義の原則、それと統一されている民族自決の原則を捨て去って、社会主義陣営内の小さな社会主義国に自己の「路線」を武力でおしつけることは、けっきょく、帝国主義の「勢力圏思想」「力の政策」と変わりのないところまで、世界革命と社会主義の思想を堕落させることとなるだろう。
 ソ連の「幸福」をチェコスロバキアにおしつけようとしたソ連の「力の政策」は、チェコスロバキアの党と人民に大きな打撃をあたえただけでなく、ソ連自身の社会主義の事業をも大きく傷つけた。まことにエンゲルスがのべたように、「勝利したプロレタリアートは、どんな種類の幸福であれ他民族におしつけるなら、かならず自分自身の勝利をくつがえすことになる」のである。
 大国主義の害悪から科学的社会主義の原則をまもることは、国際共産主義運動全体にとって、いまもっとも重要な共同の任務の一つとなっている。

  (2)チェコスロバキア占領がもたらしたもの

 エンゲルスとレーニンの警告のとおり、ソ連など五ヵ国のチェコスロバキアの軍事占領がもたらした諸結果は、その後の事態がしめしているとおり、きわめて重大なものである。
 第一に、チェコスロバキアの問題は、解決の道にむかうどころか、この軍事占領とそのもとでのチェコスロバキアの国家と党の従属化によって、いっそう複雑な、困難な状況となりつつある。
 チェコスロバキアの党と人民は、ノボトニー時代に生みだされた政治的、経済的諸矛盾を解決し、チェコスロバキアの具体的条件に適した社会主義建設の正しい道を探求するという、大きな困難な課題にくわえて、ソ連をはじめとする五ヵ国の不法な軍事占領をすみやかにやめさせて、それによって失われた国家の主権と党の自主性を回復するという、あらたな課題を背負わされた。
 検閲の復活その他によって、一見表面上は、チェコスロバキアの「再生」運動の過程に生まれた、自由主義、分散主義の傾向の拡大や、反社会主義、反革命分子の活動は銃口のもとで封ぜられたかのようにみえる。しかし、実際に封ぜられた最大のものは、ソ連への事大主義的盲従から離れて、自主的な方向にすすもうとするチェコスロバキアの党と人民の努力であった。長期的にみれば、不当な大国主義的干渉と軍事占領、それにひきつづく強制的従属化が、チェコスロバキアの政治と経済にあたえた破壊的諸結果、党と人民にあたえたいやすことのできない大きな痛みは、チェコスロバキアの社会主義建設と革命運動に大きな否定的影響をあたえるであろう。マルクス・レーニン主義とは無縁の「力の政策」は、将来その大きな愚行の代償を支払わざるをえないが、それがどのようなかたちのものとなろうとも、結果は重大なものとなるであろう。
 第二に、チェコスロバキアの軍事占領は、国際共産主義運動、反帝民主勢力にも大きな否定的影響を及ぼした。
 それは、一部の社会主義国の指導部が重大な誤りをおかすとき、社会主義国による他の社会主義国への軍事的侵略という予想もしなかった事実がありうることを、全世界にしめし、社会主義の威信と国際共産主義運動への信頼を大きく傷つけた。帝国主義、独占資本、反動勢力の侵略と抑圧の政策のもとで苦しみながら、社会主義に解放の希望を託していた多くの人びとが、今回のチェコスロバキア侵入事件によってうけた衝撃は、はかりしれないものがある。社会主義、共産主義、マルクス・レーニン主義のたかく美しい理想を裏切られて、社会主義の未来にたいする幻滅が、少なくない人びとをとらえている。あらゆる反共宣伝とたたかって社会主義の理想をまもってきたすべての革命勢力は、この問題にたいする態度を問われる立場に立たされた。反動勢力、ブルジョアジーの大量宣伝手段にとりかこまれて闘争している資本主義国の共産党の活動はとりわけ困難を増大させられた。
 さらに、五ヵ国の軍事行動の是非について、国際共産主義運動、反帝民主勢力内部にあらたに大きな意見の不一致が生まれ、帝国主義がつけこむことのできる国際共産主義運動、反帝民主勢力の不団結が拡大する要因が増大した。
 以上のような、国際共産主義運動、反帝民主勢力にあたえた重大な否定的影響とは逆に、今回のソ連など五ヵ国の軍事干渉は、アメリカを先頭とする帝国主義者、各国の反動勢力、反共主義者、右翼社会民主主義者、トロツキストなどには、絶好の反共、反社会主義宣伝の口実をあたえた。レーニンが警告したように、社会主義国家がしめした「帝国主義的な態度」は、その「帝国主義にたいする闘争の原則的な擁護をまったく台なしに」する危険をも生みだしつつある。
 アメリカ帝国主義は、ソ連もまたその勢力圏をまもるためには、同盟国にたいする主権侵害と侵略をあえてするという口実をもって、その南ベトナムのかいらい政権にたいする「軍事援助」を合理化し、凶暴なベトナム侵略を正当化しようとしている。その宣伝は、すでに若干の成功をもたらしている。アメリカ帝国主義のベトナム侵略に反対する闘争課題がますます重要になっているにもかかわらず、ソ連のチェコスロバキア侵入は、ソ連のベトナム侵略批判の道義的力を弱めたという論調がすでにひろくあらわれている。チェコスロバキア事件は、アメリカ帝国主義にかけられていた全世界の世論の重圧をいくらか軽くしてやる結果となり、アメリカ帝国主義は、ぬけ目なくそれを利用してベトナム侵略政策をおしすすめるあたらしい策謀を強化しつつある。
 アメリカ帝国主義はまた、今回の事件を利用して、全世界的に反共、反社会主義宣伝を展開しながら、NATOの強化をはじめ、国際緊張を激化させ、侵略と戦争の政策を強化する動きをも開始している。
 日本でも事態は同様である。
 佐藤内閣と自民党は、安保条約によって日本の主権をアメリカ帝国主義に売りわたしているその大きな責任をたなにあげて、チェコスロバキア問題を、さっそくアメリカ帝国主義のベトナム侵略への加担の合理化と、日米軍事同盟の侵略的強化に最大限に利用している。佐藤首相らは、この事件は「共産主義国家の侵略性を実際に暴露した」として一九七〇年の日米安保条約の延長強化が日本の安全のためにぜひとも必要であることをいっそう強調し、日本の核基地化の道をまっしぐらにすすもうとしている。だが、日米軍事同盟と米軍による沖縄占領を生みだしたサンフランシスコ条約と日米安保条約こそ、一九五一年、アメリカ帝国主義の軍隊の全面占領と軍事支配の下に、日本政府の同意という仮面のもとでおしつけられた条約であり、まさに銃剣のもとで強制された条約にほかならない。佐藤内閣と自民党がもしもソ連など五ヵ国の侵略行為を非難しようとするなら、まずかれら自身が日本にひきいれられているアメリカ帝国主義の侵略軍を全面撤退させることが前提である。佐藤内閣が、アメリカ帝国主義の日本にたいする主権侵害、領土と国民にたいする侵略を許してきただけでなく、一九七〇年を機にこの日米軍事同盟をさらに強化しようとしている重大な責任に口をぬぐって、あたかも民族自決の守護者のような顔をして反共、反社会主義宣伝に熱中するのは、鉄面皮もはなはだしいものがある。
 ブルジョア自由主義者や一部の無党派知識人、反党分子、トロツキストは、チェコスロバキア問題でマルクス・レーニン主義の破産があきらかになったとして、マルクス・レーニン主義攻撃の論陣をはりはじめている。このようにソ連など五ヵ国のチェコスロバキア占領は、社会主義の大義に反する重大な誤りであるがゆえに、帝国主義陣営と社会主義陣営、帝国主義勢力と反帝勢力の国際的闘争のうえで、社会主義と反帝勢力に不利に、帝国主義勢力に有利にはたらく結果をもたらしたのである。

  五、国際共産主義運動から両翼の日和見主義、およびこれとむすびついた大国主義、事大主義を一掃するために

  (1)チェコスロバキア問題にたいしてとってきた日本共産党の態度

 日本共産党は、これまでチェコスロバキアの複雑な事態にたいして、両翼の日和見主義に反対してマルクス・レーニン主義の原則を擁護し、兄弟党間の関係の基準を尊重して国際共産主義運動の団結をまもるという一貫した立場から、つぎの二つの点を重視する態度をとってきた。
 一つは、いっさいの大国主義的干渉に反対して、チェコスロバキア共産党がマルクス・レーニン主義とプロレタリア国際主義にもとづく自主独立の立場を確立する方向を要望することである。
 わが党は、すでにのべたように、チェコスロバキア共産党の「行動綱領」の路線のなかに根づよく流れているフルシチョフの修正主義路線をひきついだ修正主義的偏向に批判的見地をもっている。しかし、これらの問題を解決する基本的な力は、チェコスロバキアの党と人民の自主的闘争のなかにあり、またチェコスロバキアの国内情勢の評価と、それにたいする党の方針、戦術、政策を決定するのはチェコスロバキア共産党の責任である。独立、平等、相互の内部問題不干渉という兄弟党間の関係の基準を無視した大国主義的干渉は、問題を逆に悪化させるだけであり、チェコスロバキア共産党が、大国主義的干渉と妥協することなく、毅然としてこれと対決し、事大主義を真に克服して正しい自主独立の立場を確立することは、修正主義を克服する前提であるとわが党は確信していた。
 もう一つは、いっさいの修正主義に反対して、チェコスロバキア共産党がマルクス・レーニン主義の原則をまもり、民主主義的中央集権制の原則にもとづく党の指導的役割を正しく発揮することを要望することである。
 チェコスロバキア共産党の路線のなかにある以前からの修正主義的偏向は、一月以来の急激に変化する情勢のもとで党の内外にあたらしい自由主義、分散主義の傾向を生みだし、残存していた反社会主義分子に台頭する機会をあたえ、また党が適切にそれに対処することを困難にし、それだけでなく、大国主義的潮流は、自由主義、分散主義その他の傾向の増大を「反革命の危険」をしめすものとして非難しながら、これを軍事干渉の口実として利用した。こうした情勢のもとでは、チェコスロバキア共産党が、反革命勢力の策謀を封じて正しい方向をめざして前進するためにも、また大国主義的干渉を排除するためにも、対外盲従的な事大主義の克服とともにいっさいの修正主義の路線や右翼的偏向を克服することが、きわめて重要であるとわが党は確信していた。
 こうした見地から、日本共産党中央委員会は、五ヵ国の共同書簡が発表された直後の七月十九日に、チェコスロバキア共産党中央委員会に電報を送り、チェコスロバキアの問題はマルクス・レーニン主義の原則にもとづいて、チェコスロバキアの党と人民自身によって解決されるべきであり、いかなる党も干渉する権限をもっていないこと、日本共産党はチェコスロバキア共産党が、チェコスロバキアの具体的諸条件にマルクス・レーニン主義正しく適用し、民主主義的中央集権制の原則にもとづく党の指導的役割を正しく発揮し、国の主権を擁護する課題を遂行し、人民をみちびいて社会主義の道をさらに確固として前進することを期待していることを伝えたのである。
 その後、社会主義の精神、国際共産主義運動の原則をふみにじって強行されたソ連など五ヵ国の武力干渉およびその重大な諸結果は、大国主義に反対し、修正主義に反対するわが党の原則的見地の正確さを、いよいよあきらかにするとともに、この見地を堅持し、その実現をかちとるために闘争することが、チェコスロバキアをめぐる事態の正しい解決のためにも、傷つけられた国際共産主義運動の威信を回復するためにも、科学的社会主義の諸原則をまもりぬくためにも、いっそう切実かつ重大な意義をもっていることをしめしている。

  (2)大国主義と事大主義、両翼の日和見主義との闘争の重大な意義

 いますべてのマルクス・レーニン主義者は、あらためてマルクス・レーニン主義の原則を逸脱した両翼の日和見主義とそれとむすびついた大国主義、事大主義の害悪の大きさを実感し、それとたたかうことの重要性を再確認している。
 アメリカ帝国主義のベトナム侵略がますます拡大され、ベトナム侵略に反対する国際共産主義運動、反帝民主勢力の団結と統一行動がもっとも緊急な任務となっていた一九六五年から六六年にかけて、中国共産党の毛沢東一派ら極左日和見主義、大国主義分子は、「反米・反ソ統一戦線」という分裂主義の路線をかかげて国際的な分裂策動にのりだし、「プロレタリア文化大革命」を開始して、中国共産党の破壊と私物化を強行した。それまで中国共産党と中国人民がなしとげた歴史的事業が偉大なものであり、その指導者としての毛沢東の国際的声望もまたたかかっただけに、毛沢東一派の国際的破壊、かく乱活動と極左日和見主義、大国主義の路線は、国際共産主義運動に少なくない打撃をあたえた。アメリカ帝国主義は、毛沢東一派がつくりだした国際共産主義運動のあらたな不団結の拡大につけこみ、ベトナム侵略戦争をいっそう凶暴におしすすめた。今日、アメリカを先頭とする帝国主義勢力と反帝勢力の国際的対決のもっとも重要な焦点となっているベトナム問題で、ベトナム侵略に反対し、ベトナム人民を支援するための、すべての反帝民主勢力の国際統一行動、統一戦線が、情勢が必要とする水準にまで強化されていないことには、現代修正主義の路線と行動とともに、毛沢東一派の極左日和見主義、大国主義の路線とそれにもとづく分裂、破壊活動が大きな責任を負っている。
 しかし、こうした困難で複雑な情勢のもとでも、ベトナム人民は英雄的な闘争を展開し、また国際共産主義運動、反帝民主勢力は、ベトナム人民支援の国際連帯の闘争を前進させ、アメリカ帝国主義を窮地に追いこんできた。追いつめられたアメリカは、一九六八年五月、ベトナム民主共和国政府代表とパリ会談を開始せざるをえなくなった。だがかれらは、パリ会談を欺まん的な「和平」宣伝の舞台として利用しながら、北爆を集中的に強化し、南ベトナムに米軍を増派し、南ベトナムの侵略体制のたてなおしの時間をかせごうとしている。アメリカ帝国主義は、けっして南ベトナムの支配の計画を捨ててはいない。こうした情勢のもとで、いま、アメリカ帝国主義の陰謀を全力をあげて暴露するとともに、アメリカ帝国主義にいっそう大きな打撃をあたえ、ベトナム問題の正しい解決の道をきりひらくことが必要であり、そのためには、ベトナム侵略に反対し、ベトナム人民の英雄的闘争を支援する国際統一行動を飛躍的に強化することが必要になっている。
 ところが、まさにそのようなときに、ソ連など五ヵ国の軍隊はチェコスロバキアに侵入した。修正主義、大国主義の路線によるこの重大な誤謬は、すでにのべたように、国際共産主義運動、反帝民主勢力を不利にして、アメリカ帝国主義を有利にし、各国人民のベトナム侵略反対闘争、ベトナム侵略に反対する反帝民主勢力の国際統一行動、統一戦線にも、一定の困難さえもたらしたのである。
 レーニンは、両翼の日和見主義を、「二つのかたわもの」とよび、「おたがいに補いあってきた」とのべたが、今日の国際共産主義運動内部の大国主義とむすびついた両翼の日和見主義的潮流も、おたがいにそれぞれの水車に水をかけあい、その害悪を大きくしあっている。
 毛沢東一派が、「反米反ソ統一戦線」や「プロレタリア文化大革命」によって、その誤りをだれの目にも明白にしたとき、現代修正主義者たちは、それによって勢いづき、自己の過去の日和見主義、大国主義、分裂主義の誤りを帳消しにしようとした。「反米・反修」をかかげる毛沢東一派の極左日和見主義は、修正主義の潮流を弱めるどころか、反対にその地歩を強化しようとする試みの手助けをしたのである。
 いま、現代修正主義、大国主義の潮流が、その矛盾をふかめた結果、チェコスロバキアへの軍事干渉という大きな誤謬をおかしたとき、毛沢東一派の極左日和見主義者は、この事件に勢いづき、かれらの「反米反ソ」の立場の正しさが証明されたと強調しながら、その反マルクス・レーニン主義の路線をおしすすめるあらたな機会としようとしている。
 わが国においても、チェコスロバキア事件は、両翼の日和見主義的反党対外盲従分子をともに元気づけている。
 一貫して日本人民を裏切ってきた志賀義雄ら「日本のこえ」一派の反党修正主義者たちは、対ソ盲従分子としての本性をあらわにして、ソ連など五ヵ国の軍事干渉を、双手をあげて支持、礼賛している。かれらは、日本共産党が、この軍事干渉をマルクス・レーニン主義とは無縁の許しがたい大国主義的干渉であるという立場をとっているいまこそ、もう一度、海外からの支持をえられる絶好の機会であると考えている。
 九月三日付『日本のこえ』の主張「社会主義チェコスロバキアを守ろう」は、わが党を非難しながら、臆面もなくつぎのように、そのねらいをあからさまにのべた。

「『赤旗』(八月二十七日付)の主張は......『今回の誤った軍事干渉についてはこれに反対することこそ、真のプロレタリア国際主義の立場である』といっている。
 これこそ第一次世界戦争当時のカウツキー的中間派の態度である。もってまわった批判を反ソ反共分子に加えながら、結局はソ連邦の『大国的軍事干渉反対』の合唱に参加している。
 われわれは一貫して、今回の問題について、帝国主義に対する社会主義の団結の勝利を主張した。あらゆる困難とたたかって『日本のこえ』の発行を継続したのも、このような日にこそ、プロレタリア国際主義の旗が一本、日本の空に高くあがる必要のあることを確信したからである」

 志賀らの関心が、チェコスロバキアの党と人民がおかれている過酷な運命にもなく、もちろん国際共産主義運動の正しい前進にもなく、ただソ連共産党指導部にたいするかれらの関係、その立場からのわが党への敵対だけにあり、かれらが「一本」たかくあげてみせた旗が、卑屈な「対外盲従主義」の旗であったことは、だれの目にも明白である。
 他方、毛沢東一派にたいする反党盲従分子は、毛沢東一派の口まねをしながら、今回の事件を毛沢東思想の「反帝反修路線」の「勝利」をしめすものであるかのように論じ立てている。しかしかれらは、今回の問題の核心である大国主義的干渉についてはほとんど論ずることができない。というのは、大国主義とその干渉について論ずるならば、それはかれらの首領である毛沢東一派にたいする、したがってまたその大国主義への盲従分子であるから自身にたいする両刃の剣とならざるをえないからである。
 これら両翼の反党日和見主義者たちが、チェコスロバキア事件でともに勢いづきながら、ともにこの問題の核心である大国主義的干渉にふれることができないでいることは、偶然ではない。第一に、かれらはともに、両翼の大国主義的干渉の落とし子であり、各国共産党・労働者党間の関係の基準の厳守を要求して干渉を批判することはかれらの自殺行為となるからであり、第二に、マルクス・レーニン主義にもとづく前衛党の組織原則としての民主主義的中央集権制の破壊者であり、裏切り者であるかれらにとって、外国の党への党の従属化に反対し、その自主的な統一をまもりぬく課題などは、まったく念頭にないからである。
 チェコスロバキアをめぐる今回の事態は、国際共産主義運動全体にとって、軽視することのできない危機を生みだしている。国際労働者階級の生みの子である社会主義体制にとって、かつて力づよい団結を誇った時代は、過去のものとなったかのようにみえる。ソ連などの大国主義的干渉は、一九五七年の宣言と一九六〇年の声明を公然とふみにじり、社会主義国家間と兄弟党間の関係の基礎としての独立、平等、相互の内部問題不干渉の原則を破壊した。すでにのべたように、もしもこのようなことが許されるならば、国際共産主義運動そのものがなりたたなくなるであろう。
 国際共産主義運動のこのような危機は、この数年来、国際共産主義運動の内部につよまってきた両翼の日和見主義およびこれとむすびついた大国主義、事大主義がつくりだしたものである。とくに大国主義的干渉がはたした役割とその責任は、きわめて大きいものがある。したがってこの危機は、大国主義とそれに追随する事大主義とからみあった現代修正主義や極左日和見主義などの両翼の潮流の力によってはとうてい克服することができないことはいうまでもない。
 今日生まれている国際共産主義運動の危機を正しく克服する道は、マルクス・レーニン主義とプロレタリア国際主義の原則に立ちもどる道以外にありえない。両翼の日和見主義およびこれとむすびついた大国主義、事大主義に反対し、一九五七年の宣言と一九六〇年の声明が確認した、社会主義諸国間と兄弟党間の関係についての、独立、平等、相互の内部問題不干渉という原則をきびしくまもり、国際連帯と自主独立の立場を正しく統一し、マルクス・レーニン主義がさししめす道を、毅然としてすすむ以外に、チェコスロバキアをめぐる今日の事態を正しく解決して国際共産主義運動の団結を回復する道はない。
 マルクス・レーニン主義とプロレタリア国際主義の原則とは、個々の国や党の民族主義的あるいは大国主義的利益によって、あるいは「力の政策」によって、たな上げにされたり、ゆがめられたり、ふみにじられたりすることは許されないものであるからこそ、原則なのである。それは、この一世紀以上の各国共産党と各国の革命的人民、国際共産主義運動全体の無数の実践の鉄火によってためされ、そのなかから結晶した行動の指針であるからこそ、原則なのである。この原則から逸脱し、これを破壊し、ふみにじって社会主義をまもることなどは、絶対に不可能である。大国主義的な軍事干渉と軍事占領という既成事実を土台にして、どのような外交的、あるいは政治的措置をつみかさねていっても、チェコスロバキアをめぐる事態を正しく解決することはできない。ただ一つの解決は、マルクス・レーニン主義の諸原則から逸脱した大国主義的干渉そのものを共産主義者らしく自己批判し、原則に立ちもどることのなかにのみもとめられる。
 われわれは、日本共産党中央委員会幹部会の八月二十四日付声明「チェコスロバキアにおける重大事態について」の末尾の期待と要請を、今日あらためてくりかえす。

「わが党は、チェコスロバキアの党と人民がかたく団結し、現在の重大な事態をのりこえ、この事態につけこんで策謀を強化しているあらゆる社会主義の敵を粉砕し、両翼の日和見主義とたたかってマルクス・レーニン主義のさししめす道を前進することを心から期待するとともに、なによりもまず五ヵ国の政府と党が、チェコスロバキアの内部問題にたいする今回の不当な干渉をただちにとりやめ、その軍隊をすみやかに撤退させることをつよく要請するものである」

 世界の大多数の共産党が、五ヵ国軍隊のチェコスロバキア侵入を非難したことにもあらわれているように、チェコスロバキア問題をつうじて、大国主義と修正主義の害悪、またその対極に位置する大国主義と極左日和見主義の害悪が、もっともあからさまなかたちで暴露された結果、国際共産主義運動内部には、全体としては、根づよく存在する大国主義、事大主義に反対して自主独立の路線を追求しようとする傾向、修正主義、極左日和見主義に反対してマルクス・レーニン主義のさししめす道をすすもうとする傾向が、不可避的につよまりつつある。この方向のなかにこそ、国際共産主義運動のマルクス・レーニン主義的強化と真の統一を達成する希望がある。
 今日の国際共産主義運動の複雑な局面は、両翼の日和見主義的潮流およびそれとむすびついた大国主義、事大主義がもたらした結果であると同時に、一面では、ベトナム侵略やドル危機にみられるように、資本主義の全般的危機がいっそう深化した情勢のもとで、国際共産主義運動が、情勢にふさわしいあたらしい大きな前進をかちとるために、このなかに蓄積された諸矛盾の解決をめざして前進しつつある状況を反映したものである。この数年間におこなわれてきた国際的論争問題の解決をふくめて、両翼の日和見主義およびこれとむすびついた大国主義、事大主義の偏向を、マルクス・レーニン主義とプロレタリア国際主義にもとづいて真に解決したとき、国際共産主義運動は、あたらしい発展をとげ、より高い水準でのあたらしい団結をかちとることができるであろうと、わが党は確信している。
 わが党は、国際連帯と自主独立とを統一した立場、両翼の日和見主義とたたかう二つの戦線での闘争という一貫した立場を確固として堅持するとともに、アメリカ帝国主義のベトナム侵略に反対し、ベトナム人民を支援するすべての反帝勢力の国際統一行動、統一戦線の強化と国際共産主義運動のマルクス・レーニン主義的強化と真の団結をめざす闘争の強化のために、全力をあげて奮闘するものである。