ソ連の作家アレクサンドル・ソルジェニツィンをめぐる問題の数ヵ月来の進展は、わが国をふくむ世界の世論に大きな波紋をよびおこした。と同時に、反動勢力はこの問題を科学的社会主義への攻撃に全面的に利用している。ソルジェニッィン問題は、たんにソ連の国内問題であるだけでなく、一つの重要な国際問題となり、また、わが国の政治上、思想上の重要問題にもなっている。日本共産党は二月十三日、蔵原惟人知識人・文化・教育委員会責任者の話によって態度を表明し、二十一日、宮本幹部会委員長が記者会見の席上、質問にこたえて、党の見解をさらに明確にした。同時に、一月十八日いらい、「赤旗」でこの問題をめぐる一連の報道、資料を積極的に紹介し、読者が状況を包括的に知ることができるような措置をとってきた。こうして示されたわが党の立場にたいし、とくに十三日の蔵原談話にかんして、国内外各方面からさまざまな反響があらわれている。そこで、この問題の経過をふりかえり、われわれの見解をさらにのべたい。
伝えられるところによると、ソルジェニツィンは一九一八年生まれで、第二次世界大戦に砲兵将校として従軍中、友人への私信のなかでスターリンを批判したかどで逮捕され、各地のラーゲリ(労働矯正収容所)に八年間を送り、一九五七年に名誉回復され、六二年十一月、ソ連の文芸雑誌『ノーブィ・ミール(新世界)』に『イワン・デニソビッチの一日』を発表して、作家として認められるようになった。その後、一九六六年一月まで、数編の短編が発表されたのち、かれの作品はいっさいソ連で刊行されなくなった。一九六八年四月に長編『ガン病棟』が、著者の許可なく海外で出版されるという事件が起き、ソ連作家同盟は機関紙「リテラトゥールナヤ・ガゼータ(文学新聞)」に無署名論文をかかげて、ソルジェニツィンがこの無断出版に抗議するよう要求したが、かれはそれに応じなかった。一九六九年一月、ソルジェニツィンはソ連作家同盟から除名された。
ソルジェニツィンがその作品や社会的な発言をつうじて追及したスターリン時代の民主的自由と基本的人権の侵害は周知の歴史的事実である。そして、かれをめぐる問題は、当初から、アメリカ帝国主義をはじめとする国際、国内の反動勢力によって反共宣伝に利用される要因とともに、社会主義のもとでの言論・表現の自由にかかわる問題として、のちに一つの重要な国際問題に進展する素地があったのである。
一九七〇年十月のソルジェニツィンにたいするノーベル文学賞授賞決定をめぐって、国際世論にはさまざまな反響が生じた。一九七三年夏いらい、ソルジェニツィンは、資本主義国の報道機関のモスクワ駐在特派員をつうじて、ひんぱんに政治的発言をおこない、ソ連当局の〝抑圧〟や〝脅迫〟を激しく非難した。「プラウダ」その他ソ連各紙は、ソルジェニツィンのこうした言動を糾弾する論文やソ連各界の人びとの手紙を掲載した。そして、十二月二十八日、問題の近作『ラーゲリ群島』『収容所列島』)が、国外のパリの出版社からロシア語で刊行された。
ソルジェニツィン問題をとらえて、反動勢力は世界的規模で反共宣伝をくりひろげはじめた。しかも、特筆しなければならないのは、かれらの反共宣伝、反共攻撃の主要なほこ先が、資本主義国で反動勢力とじかに対決している民主的、革命的運動にむけられていることである。かれらは〝社会主義になれば言論・表現の自由がなくなる〟という宣伝に特別の力点をおきはじめた。こうして、ソルジェニツィン問題は、国際問題であるとともに、わが国の重要な国内問題にもなった。もちろん、われわれは反動勢力の意図を百も承知である。反動勢力とそれを代弁する一部の筆者は、いかにも自分が「自由の擁護者」であるかのような装いで大きな声をあげているが、かれらにかぎって、チリのファシスト軍部による不法なクーデターと流血の弾圧にたいしても、ベトナム・インドシナにおけるアメリカ帝国主義の大量虐殺にたいしても、「韓国」の朴軍事政権による言論弾圧にたいしても、多くの場合は黙して語らず、語る場合は公然とそうした自由抑圧と民主主義破壊の暴挙を弁護している。これが日本国民の目にしている現実である。この現実は、わが国の反動勢力がソルジェニツィン問題をめぐって「自由」を口にすることの真の意図が、実は別のところに、すなわち、この問題の反共主義的利用にあることをしめしている。
ソルジェニツィン問題のこうした経過と反共主義的利用に対応しつつ、わが党は、この問題にかんするソ連の法律やその適用について、ソ連政府の代弁をつとめることはしなかったが、科学的社会主義の原則と日本の未来にかんして、国民のなかから提起される疑問にたいしては、将来の社会主義日本における言論・表現の自由の保障にかんするわが党の政策と展望について、確信をもってこたえてきた。昨年十月六日から二十日まで毎日新聞に連載された対談「わが進路」のなかで、宮本顕治幹部会委員長は対談者松岡英夫同紙編集局顧問の質問にこたえて、こうのべている。
「……われわれ自身が社会主義時代になったら、それが科学者であろうと、文学者であろうと、たとえそれが社会主義からみて、多少違ったことを言おうと、痛いことを言おうと、完全自由を保障する。そうすることによってはじめて納得ある支持、安定した支持を国民から受けられるのだということが、私どもの確固とした信念です」
さらに二月中旬、ソ連当局によるソルジェニツィンの運行と国外追放という事態の急速な進展にともなって、ソルジェニツィン問題がはらんでいた複雑な諸要因がいっそう入りくんできた事態のもとで、蔵原常任幹部会委員の談話によるわが党の態度表明がおこなわれた。この談話は、ソルジェニツィン問題のもつ複雑な諸要因を指摘したうえで、日本の言論・表現の自由の問題について、わが党の明確な立場をはっきり確認し、つぎのようにむすんでいる。
「われわれは、わが党の参加する将来の政府のもとでは、言論・表現の自由や複数政党制をふくむ政治的民主主義の真の開花を展望しており、この点で現存する社会主義国のあれこれの現象をそのモデルとしないことはもちろんである」
ソルジェニツィン問題についてのわが党のこの立場にたいして、わが国の世論のなかにも理解と共感がひろまっているが、同時に、二つの側から、見のがせない反響がおきている。
その一つは、日本共産党が言論・表現の自由を真に保障する立場なら、ソルジェニツィンにたいするソ連当局の〝言論抑圧〟と〝人権侵害〟に断固抗議し、糾弾すべきではないか、すくなくとも、かつてのチェコスロバキア事件のときと同様の態度をとるべきだ、というものである。ジャーナリズムの一部には、わが党の態度が、こんどは「歯切れが悪い」「逃げ腰」ではないか、という論評もおこなわれている。
これにかんしてまずあきらかにしておきたいのは、わが党が、国際共産主義運動の公認の基準である各党の独立、平等、内部問題不干渉、国際連帯の原則をみずから厳守するとともに、その侵害を絶対に許さぬ態度をとっていることである。ソ連などワルシャワ条約五ヵ国軍隊のチェコスロバキア侵入は、社会主義国の主権の明白な侵害であり、他国の共産党の内部問題にたいする最悪の干渉であった。これはたんなるチェコスロバキア社会主義共和国とその党の内部問題ではなく、当時のもっとも重大な国際問題の一つであり、いまなお、その国際的意義を失ってはいない。ましてや、いかなる意味においても、ソ連共産党や、ソ連に同調した諸国の党の内部問題ではない。科学的社会主義の諸原則のもっとも重大な侵害として、わが党がこれをきびしく批判し、五ヵ国軍隊のチェコスロバキアからの撤退を要求したのは、きわめて当然である。これにたいして、ソルジェニツィン問題は、たんなるソ連だけの問題ではないが、同時に他国にたいする干渉や主権侵害とはその性格がことなる問題である。
ソルジェニツィン問題が、歴史的に形成されたソ連の言論出版の制度とも、一定程度むすびつきがあることはいうまでもない。今日のソ連は一党制で、政府に反対する政党や社会主義に批判的な政党は存在せず、また、反政府党の機関紙や、反政府的な言論機関もない。かつて、十月社会主義革命直後のソ連には、社会民主主義政党であるメンシェビキ党や、エス・エル(社会革命党)が合法的に存在し、エス・エル左派は政府にも参加していたが、その後これらの党は暴力でソビエト政権を転覆する策動に走って、みずから合法的存在に終止符を打ってしまった。しかし、このソ連の一党制度は、ロシア革命の歴史的過程であらわれた、ロシア的特徴に属するものであり、社会主義に不可避的なものではない。同時に、この歴史的な、ロシア的特徴とは別に、レーニンの死後、スターリンの時代におきた社会主義的民主主義にたいする重大な侵犯とわい曲は、ソ連の政治制度と言論機関の具体的なあり方にくの問題が生まれたことをしめしている。
いずれにせよ、こうして歴史的に形成された一党制の政治制度やそれとむすびついた言論・出版の制度にたいし、またそれを法制化した諸法規とその適用にたいしてわれわれが独自の見解をもっているとしても、われわれは、その見解を、ソ連共産党におしつける意図はもたない。
他国共産党の内部問題に介入しないことは、わが党の自主性にかかわる問題について、外部からの侵害や干渉を絶対に許さない立場とかたくむすびついている。もしわれわれが他国の共産党の内部問題に干渉的な態度をとれば、わが党がかれらの側からの干渉にたいして断固たる態度をとる根拠も結局はよわまることになる。しかし同時に、外国の政治的、社会的問題、とくに国際共産主義運動全体、民主主義と社会主義の前進とその将来にかかわる諸問題について、どの党も自主的に見解と態度をあきらかにする権利をもっているし、それは、他党の内部問題にたいする不当な干渉とは無縁のものであることはもちろん、いわゆる国家間の内政干渉ともまったくかかわりないものである。「不干渉」とは、「ソ連外交辞典」(一九六一年刊)によっても、「一つの国家あるいは国家グループが他の国家にたいし、どのような形態でも、その国内生活の分野で自分の意志をおしつけないことを意味する」からである。わが党は、独立、平等、内部問題不干渉という国際共産主義運動の公認の基準を厳守しつつ、国際的な問題や、社会主義のもとでの政治的、社会的諸問題、たとえば、言論・表現の自由の問題などの社会主義的民主主義の問題などについて、自主的な判断にもとづく自己の見解を保持し、表明する権利はあくまで堅持する。われわれは、政府に、批判的な作家の作品とその出版、そのような作家への態度などで、いまソ連国内で用いられている方法や形態についていえば、たとえば出版の禁止や国外追放などの行政的、刑罰的措置が本来社会主義制度に不可避的なものであるとの見解は断固しりぞけるものである。
さらに、反革命的だとされる人物を社会主義国から資本主義国に追放するということは、その非難が正しいものであるならば、一種の反革命的人物の輸出であって、その資本主義国の人民にとって否定的な結果をひきおこすのではないかという、別の疑問にもつながってくることを指摘しておかなければならない。
ソルジェニツィン問題を契機としてわが党にもっとも求められているのは、将来の社会主義日本で、社会主義に批判的なものもふくめ、思想の自由、表現の自由の問題にどう対処するかということである。この点にかんして、日本共産党の態度は、「歯切れが悪い」どころか、きわめて明快である。二月二十一日の記者会見で宮本委員長は、ソルジェニツィンにたいしてとられた措置にかんして、「日本ではああいうやり方は絶対やらないし、またああいうやり方が、社会主義、共産主義の不可避的な産物でも、やり方でもない」と、はっきりのべている。わが党は、社会主義政権だけでなく、われわれの参加するいっさいの将来の政府のもとでは、自分たちと思想や意見の異なる作家であっても、その作品を発表する権利を当然もつものと考えている。
ソルジェニツィン問題についてのわが党の立場にたいするもう一つの側からの反響は、国内では対ソ盲従の立場から、また、「赤旗」一月十八日付の報道自体について国外からも一部の人びとによって、われわれの立場があたかもソ連にたいする不当な〝内政干渉〟であるかのように非難がくわえられていることである。なかには、わが党が、反動勢力の〝反ソ主義〟に合流しているかのようにいう極論もある。しかし、こうした非難は、まったく根拠のないものである。
第一に指摘しておきたいのは、ソルジエニツィン問題が、すでにのべたように、一つの重要な国際問題になっており、日本共産党と科学的社会主義の理念にたいする反共主義的攻撃に最大限に利用されていることである。言論・表現の自由という民主主義の根幹にかかわる問題であるだけに、反動勢力がこれを利用して共産主義運動全体にたいし、とくに発達した資本主義国の革命運動と民主勢力に打撃をあたえようとしていることは明白である。
したがって、わが党がこうした国際的、国内的な重要問題について、自主的に判断をもち、必要に応じてそれをあきらかにすることは、日本国民の現在と将来に責任を負う科学的社会主義の党として、また、国際共産主義運動の責任の一部をになう党として、むしろ義務に属することである。わが党がこうした問題について、自主的な判断によって機関紙に記事や論評をかかげること自体、また、社会主義の基本理念にかかわる言論・表現の自由の問題についての政策と展望をみずからあきらかにすること自体にたいして、これを干渉よばわりすることは、結局、一つの党の見解を一方的に他国の党におしつけ、追随させようとする時代錯誤の「指導党思想」を肯定する見地にほかならない。
第二に、すでにのべたように、われわれは他国の党の内部問題には不干渉の態度を堅持するし、他党に自分の見解や意思を強制することはしないけれども、社会主義国をふくむ他国でおこっている政治的、社会的現象を自主的に論評する権利をもっている。もしも、こうした論評と自体すべて「内政干渉」と強弁するなら、社会主義国の放送や新聞なども資本主義諸国の政治・社会問題にいっさいふれることはできないことになるし、各国共産党も社会主義国の政治的、社会的諸問題にたいしては、それを称賛すること以外には、いっさい分析的、批判的に論評することができないということになる。こんな理屈が世間で通用するものではないし、こうした態度は、国際社会の合理的発展の道にそわないだけでなく、国際共産主義運動と社会主義のゆたかな前進と発展をももたらしうるものではない。
第三に、外国の一部の人びとが非難の対象としている一月十八日付「赤旗」の「ソルジェニツィン問題の報道(パリ発共同電)をめぐって」という論評的記事についていえば、それは、すでにかれの最近作が諸外国で紹介され、大きな論議をよびおこすにいたったのちのことである。それは、ソルジェニツィン問題についてフランス、イタリアの共産党などの「共同声明」という一部新聞の報道の真否をただすことをモチーフとして、若干の国際的反響をイタリア共産党の態度、「プラウダ」の報道をふくめて報道し、わが国での社会主義的民主主義についてのわが党の一般的展望をのべたものである。記事の性質上、ここでソルジェニッィンについての立ちいった論評はしていないが、その後の蔵原談話では、日本で報道されているソルジェニツィンの政治的見解については、同意できない点があることも付記されている。このような当然すぎる記事についてさえ、これが「反勢力の反ソ主義への加担」などというヒステリックな非難を加える人びとは、これらの問題についてのソ連の措置、見解に無条件の賛美をしないものをすべて反動的な反ソ主義として排撃しようとしているのにすぎない。これは、これらの論者が、海外からのものであろうと、また志賀一派であろうと、ソ連共産党の見解への忠誠だけが、マルクス・レーニン主義の試金石とするおどろくべき指導党的な事大主義を他国の党に要求していることの反映といわねばならない。また、わが党のこの態度表明は、日ソ両党間の会談で達した合意に、いささかも反するものではない。日ソ両党関係は、周知のように、わが党にたいするフルシチョフらの公然とした攻撃と干渉によって、一九六四年いらい、事実上の断絶状態にあったが、六八年一二月の両党代表団の会談で、ソ連側が日本共産党を日本における唯一の前衛党であるとみなし、反党分子とはいかなる形でも関係をもたないと表明したことによって、正常化に努力する合意がえられた。そのさい、わが党の代表団は、国際共産主義運動の公認の基準である相互の内部問題不干渉を確認するとともに、ソ連の国際的な行動や、国際問題化したものについては、ソ連の問題でも、当然日本共産党の見解を発表するという態度を明確にしている。その後数次の会談でも、わが党はこの態度を一貫してあきらかにしてきている。
こうしてわが党は、すでに国際的にも、日本国内でも重要な問題になっているソルジェニツィン問題について、日ソ両党間の合意にいささかも反することなく、節度ある態度で明確な原則的見解を表明した。これは、かつて「プラウダ」が、志賀義雄ら「日本のこえ」一派に最大級の賛辞を呈して支持、激励したよう他党への不当な干渉とはまったく性格のことなるものであり、これをもって、ソ連にたいする〝内政干渉〟であるなどと非難することは、あらゆる意味で道理に反した見当ちがいのものである。国際共産主義運動における干渉とは、自分の意見とちがう見解をもつ他党を攻撃し、自分の意見をおしつけようとし、それにしたがわないと、反党分子を支持、育成し、他党の指導部の転覆をはかるなど、不当な圧迫を加えることにほかならない。
また、外国の一部の人びとは、「赤旗」が、ソルジェニツィンの著作にたいするソ連国民の〝憤激〟を報道していないとして、それを反動勢力の〝反ソ主義〟への合流などと非難しているが、この非難にもまったく根拠がない。一月十八日付「赤旗」の記事は、ソルジェニッィンを糾弾した十四日付「プラウダ」の論文「裏切りの道」の一節を引用し、かれが「挑発者、扇動者の役割を果たしており、帝国主義者たちにソ連にたいして力の政策をとるよう訴えている」などという糾弾も紹介している。われわれは、「赤旗」読者がこの問題について包括的に知ることができるよう、前記の「プラウダ」論文などもふくめた一連の資料を掲載している。この問題について、ソ連側の公式の立場や見解を読者に知らせるうえで、われわれの側にはすこしも不都合な事情はない。
だが、それ以上にソ連の世論の〝憤激〟なるものの報道をわれわれに要求するのは、まったく不当である。問題の『ラーゲリ群鳥』(『収容所列島』)はもとより、ソルジェニツィンの作品は、初期のものをのぞくとソ連で出版されておらず、ソ連国民に読まれていない以上、その作品内容に即して一般読者の怒りがよびおこされたというようなことはだれ信じがたいことである。
ソルジェニツィン問題が国際化する過程で、かれの作品と、その社会的発言にたいする評価も、重要な論点の一つになってきた。
ソルジェニツィンの作品は、最初の『イワン・デニソビッチの一日』から、『煉獄にて』(原題『第一圏で』)、『ガン病棟』をへて、近作『ラーゲリ群島』(『収容所列島』)まで、その主要なものはラーゲリの生活や経験を題材として、スターリン時代における民主的自由と基本的人権の悲劇的侵害の告発を、その重要な特徴としている。
蔵原常任幹部会委員の談話ものべているように、「スターリン在世当時にソ連で国民の自由と権利が不当に侵害されていたことは周知の事実」であり、スターリンの重大な誤りは、ソ連国内での社会主義法秩序の侵犯とともに、しばしば、国際共産主義運動の規律にたいするじゅうりんとなり、他国の共産主義者にも不当な迫害がくわえられた。わが党もその影響と犠牲をこうむった被害者である。たとえば、わが党の戦前の指導者の一人であった山本懸蔵は、一九三七年にソ連で逮捕され、そのため健康を害して一九四二年に死亡した。われわれはかつて、かれの死をめぐるくわしい事情があきらかにされることをソ連側に要望したが、この逮捕と投獄がまったく根拠のない容疑によるものであったことと、死亡の月日を確認できた以外は、なにも知らされていない。わが党の党員で、演出家であった杉本良吉も、一九三八年に入ソしたあと、不当な容疑で逮捕されたのち、不幸な死をとげた。これらの歴史的事実からみても、スターリン時代の誤りの結果はわが党にも直接深刻なかかわりのある問題であり、被害者としてわが党は、この時期の事態にかんしては、その究明についてたちいってものをいう責任がある。反動勢力の反共宣伝は、こうしたスターリンの時期の自由と権利の侵害が社会主義制度の本質に固有のものであるかのようにゆがめ、科学的社会主義に攻撃をくわえてきたが、まったく反対に、スターリンのこの重大な誤りは、科学的社会主義の原則からの途方もない逸脱によって生まれたものである。
これらの時代を正しくえがく文学作品が出現することは当然で、かつ有意義なものである。だが、ソルジェニツィンの従来の一連の作品は、この時代をえがくという課題にとりくみはしたが、スターリン時代の迫害の犠牲となった自己の体験をあまりにも一般化し、民主的自由と基本的人権にたいする侵害を科学的社会主義の原則からの重大な逸脱して告発するのでなく、その告発自体が、社会主義の事業そのものへの確信と展望の喪失、科学的社会主義の理念そのものへの不信の傾向とむすびついているところに、大きな問題をふくんでいた。
問題の近作『ラーゲリ群島』(『収容所列島』)は、蔵原談話の発表以後、しだいにその内容がわが国にも伝えられ、最近では、パリ出版の原書もわが国で流布しはじめた。この著作は、『煉獄にて』『ガン病棟』など、作者の体験をもとにしながらも文学的虚構を用いた従来の創作とは基本的にことなって、「本書には架空の人物もいなければ、架空のできごともない」と冒頭からことわっているように、一つのドキュメント(虚構をまじえぬ記録)として出版された。その内容は、「一九一八年-一九五六年、芸術的研究の試み」という原副題でただちにわかるように、スターリンの時代に迫害された市民の状況を克明な筆致でえがきだすだけでなく、一九一〇年代末-二〇年代初頭のレーニンの時期から、スターリン没後の五〇年代なかばにいたるまで、自由と権利の侵害を、科学的社会主義の必然的産物であるかのように指弾している。
ロシア革命後の歴史を語る場合、世界最初の労働者・農民の革命の成果をつぶそうとする帝国主義列強による白色干渉軍の投入、反動勢力の反政府軍事行動、同盟者だったエスエル左派やメンシェビキの裏切りと反革命的暴動計画、テロリズム(レーニンもその凶弾をうけた)といった異常事態のもとで、労農ソビエト政権が自己と祖国を守らなければならなかった事実を無視することはできないし、こうした諸関係を歴史的全体としてとらえることが文学の要求でもある。しかし、ソルジェニツィンは歴史的全体性に目をそむけている。とくに見逃せないのは、この時期のレーニンの著作から、まったく恣意(しい)的、独断的な引用をこころみ、レーニン自身が民主的自由の侵害者であったかのようにえがきだしていることである。
たとえば、一九一八年に書かれ、死後五年たった一九二九年にはじめて印刷された論文「競争をどう組織するか」のなかで、レーニンが、革命直後の困難をきわめた日々に「怠業者」「座食行為」「害虫」などの反社会主義的な存在を、怒りをこめて指摘したのにたいして、『ラーゲリ群島』は、この論文の断片的な引用をつなぎあわせ、レーニンを、成績のあがらぬ労働者の〝抹殺者〟としてえがいていく。しかも、一見豊富な文献、資料を駆使し、その出典まであきらかにしているようにみせつつ、実際は、「芸術的研究の試み」という理由で、もっぱら読者の感性に訴える手法がとられている。反動的傾向の知識人にたいする措置が基本的には正しかったものの、いきすぎについては是正手段をとったことのべたレーニンのゴーリキーあての手紙から、まったく逆の印象をあたえる引用の仕方をしているのも、その一つである。
このように、近作『ラーゲリ群島』は、従来の作品を特徴づけていた科学的社会主義への確信の喪失傾向からさらに発展して、科学的社会主義の理想と思想そのものへの敵対傾向にまで到達している。
蔵原常任幹部会委員の談話はすでに、「ソルジェニツィン氏の政治的発言についていえば、これまでわが国で報道されたかぎりでも、われわれが賛同できない重要な問題点もふくまれている」と指摘しているが、その代表作に反映しているかれの基本的立場にも、思想上、芸術上の大きな問題点がふくまれているのである。ソ連でも発表された『イワン・デニソビッチの一日』など、ラーゲリ生活の克明な描写をささえる表現力や、小説の構成のたくみさなど、個々には、一つの才能として評価されるものがあるにしても、ソルジェニツィンの近来の思想的、芸術的立場にはわれわれがとうてい同意しえない、このような問題点がある。
そのような問題点は、ソルジェニツィンからソ連共産党指導部にあてた昨年九月五日付の書簡にもかさねてみることができる。報道によれば、三月二日にパリで出版されたこの書簡のなかでかれは、ソ連における諸悪の根源がすべてマルクス主義にあるかのようにみなし、ソ連指導部に「マルクス主義の放棄」まで要求している。マルクス主義の逸脱からおこった誤りの告発と、マルクス主義全体の放棄を要求することとが、大きくことなることはいうまでもない。誤りはマルクス主義の立場に正確にたってこそ是正されるのであって、マルクス主義自体の放棄は誤りの是正であるどころか、帝国主義と反動勢力の反社会主義的野望に屈従することになるであろう。
ソルジェニツィンを全体的に支持する論者は、かれがロシア古典文学の伝統の〝最良の継承者〟であるという一部の評価、とくに、「ロシア文学の不可欠の伝統を追求するうえで示された倫理的な力」というノーベル文学賞の授賞理由などをその根拠にしている。だが、そのノーベル賞創設後かなりの期間存命していたロシア文学の大作家トルストイ、チェーホフや、さらにロシア文学の伝統を発させてソビエト文学の基礎をきずいたゴーリキーなどにこの賞が授与されず、いまになってソルジェニツィンに「ロシア文学の不可欠の伝統」を見出すことは奇妙なことである。十九世紀のロシア古典文学の伝統をきずいた作家たちは、二十世紀まで活動できたゴーリキーをのぞくと、科学的社会主義の見地に達することはできなかった。かれらは時代の歴史的制約とともに、思想上のあれこれの弱点ももちろんまぬがれてはいない。しかし、プーシキンからチェーホフにいたる大作家たちは、基本的には、思想上はヒューマニストとして、芸術創造の方法上ではすぐれたリアリストとして、帝政ロシアの社会的深部に文学的メスをいれることにその才能を発揮し、ロシア人民にとって、また、人類全体にとっても、価値ある精神的遺産をのこした。レーニンは自国のこの貴重な遺産をきわめて重視し、かれらの思想上の弱点の批判とともに、その積極的な意義を高く評価し、みずからも深く愛読していた。スターリンの時期の自由と権利の侵害を告発しながらも、歴史的全体性に目をそむけ、それを科学的社会主義の理念からの逸脱としてではなく、社会主義の必然的な産物に事実上すりかえていくようなソルジェニツィンの「倫理的な力」なるものが、トルストイやチェーホフの伝統にふさわしいものではけっしてなく、ましてや、進歩的、革命的作家のものでもないことはあまりに明白であろう。
われわれは、ソルジェニツィンの作品や見解に批判的であることとは別に、いわゆる「ソルジェニツィン問題」を社会主義のもとでの言論・表現の自由にかかわる問題としてきわめて重視している。蔵原常任幹部会委員の談話も、かれの作品が「ソ連国内では出版が許されておらず、言論・表現の自由にかかわる問題としてわれわれは深い関心をはらわずにはおられない」とのべている。
反動勢力による反共攻撃も、すべてこの点に集中し、言論・表現の自由の侵害が社会主義の必然的な産物であるとして、科学的社会主義を攻撃し、日本でわが党の参加する政府ができればたちまち言論・表現の自由が奪われるかのように中傷している。
自民党の機関紙「自由新報」(二月二十六日付)は、ソルジェニツィン問題で、「『自由』認めぬ共産国」「暗国政治まかり通る」「空恐ろしい共産党政権」という大見出しのもとに、日本共産党にたいするあくどい中傷的攻撃をくわえている。さらに自民党は、青森市長・市議選、武雄市長選(佐賀)、町田市長選(東京)など、最近おこなわれた一連地方選挙で大量にばらまいた「自由新報」号外や絵入りビラでも、ソルジェニツィン問題を利用して、日本共産党を言論・表現の自由の侵害者であるかのようにえがきだす反共、反社会主義宣伝をおこない、わが党と革新統一候補に卑劣な攻撃をおこなった。
自民党の忠実な同調者となっている民党も、ソルジェニツィン問題が「共産主義政権下の自由と基本的人権の限界」を実証するものであり、「全体主義的権力機構の実体がむき出しにされた」(春日委員長、二月十四日付朝日新聞)として、同じく科学的社会主義に攻撃をくわえている。
外国でおきた事件にことよせて、自民党や民社党が反共宣伝をおこなうのはかれらの常用手段である。日米軍事同盟を廃棄して、平和・中立の日本を実現するうえでも、アメリカ追随、大資本本位の政治を転換して国民生活を向上させるうえでも、わが党の政策の優位性は、だれの目にもあきらかになってきている。昨年秋いらいの物価高、インフレ、〝物不足〟の生活危機にあたって、日本共産党がはたした〝国民の護民官〟としての役割は、党にたいする広範な国民各層の信頼をつよめ、党の影響を急速に拡大している。自民党とその同調勢力にのこされた手段の一つは、一部の社会主義国におけるあれこれの否定的現象をとりあげて、これを社会主義の必然的な産物であるかのようにえがきだし、日本共産党に攻撃をくわえることである。
だが、かれらがどのように攻撃しようと、言論・表現の自由にかんする日本共産党の政策は、半世紀の試練をへた不動の確信にもとづくものである。絶対主義的天皇制が国民の言論・表現の自由を完全にじゅうりんした戦前の日本では、今日の自民党の前身ともいうべき保守党と、今日の民社党に相通じる反共右翼社会民主主義政党は、すすんで軍部ファシストの言論抑圧に協力した。いかなる機牲もおそれず、主権者であるべき国民の言論・表現の自由を要求してたたかったのは日本共産党だけであった。わが党のこのたたかいは、だれが言論・出版の自由のための真の戦士であるかをしめした。
マルクス・レーニン主義、科学的社会主義は、言論・出版の自由をもっとも戦闘的に擁護する。マルクスは、「出版の自由がないときには、他のあらゆる自由も幻影的になる」(「第六回ライン州議会の議事」、マルクス・エンゲルス全集第一巻八八ページ)とのべた。レーニンもまた、周知のように、「文筆活動」について、「この分野では私的創意と個人的好(しこう)に大きな自由が保障され、思考と想像力、形式と内容に大きな自由が保障されることが絶対に必要であることは言うまでもない」(「党組織と党文献」、レーニン全集第十巻三二ページ)と強調した。十月革命後、とくに国内戦の時期に、ソビエト政権は、言論と出版の自由に一定の制約をくわえざるをえなかったが、レーニンはそれを最小限のもの、しかも、一時的なものとみなしていた。レーニン死後も、たとえば一九二五年七月につくられたロシア共産党の文芸政策にも、「党は文学の事業にたいする自家製の、無理解な行政上の干渉を、あらゆる手段をつくして排除しなければならない」とのべられている。
わが党も、こうした科学的社会主義の見地から、日本の未来について、その言論・表現等の自由について、明快な展望をしめしている。わが党は、現存の社会主義国の現象を、将来の社会主義日本の機械的なモデルにしないという明確な態度をとっている。日本共産党は党綱領で「思想と表現の自由のためにたたかう」ことを行動綱領の基本の一つとして明記しており、この態度を将来の社会主義日本でも堅持することを、党の最高機関である大会の決定としている。一九七〇年にひらかれた第十一回党大会の決議はつぎのようにのべている。
「社会主義日本においても、共産党の一党制度はとらず、社会主義建設を支持する政党と協力することはもちろん、社会主義を批判する政党も一般には禁止されず、言論・表現・出版・集会・結社の自由、信教の自由も保障される」
二月二十一日の記者会見で宮本委員長がのべたように、「社会主義、共産主義ははるかに広く強く国民の民主的自由を保障するものである」。将来の日本に実現する社会主義のもとでは、思想上の問題は思想のたたかいによって解決し、言論上の誤った主張にたいしては、言論のたたかいによってその誤りを正すべきもので、行政措置や法的制裁にたよることはけっして妥当ではないと、われわれは確信している。なぜなら、科学的社会主義の理論と思想は、人類の生みだしたもっとも価値あるものの集大成であり、論争を発展の契機とすることもできるし、思想のたたかい、言論のたたかいを恐れる必要は皆無だとかたく信じているからである。当面する民主連合政府ではもちろんのこと、民主・独立の日本でも、社会主義日本においても、わが党が参加する政府のもとでは、言論・表現の自由をふくむ、国民の民主的自由は確実保障され、政治的民主主義はいっそう開花するだろう。
それはけっして、やむをえず認めるといった消極的なものではない。広範な民主的自由を保障し、知識人をふくむ一般国民の自由な意見の発表を可能にしてこそ、政府にたいする国民の安定した自覚的な支持がえられるであろう。社会主義建設にたいする国民の参加も、民主的自由が保障されてこそ、真に自発的、積極的なものとなろう。行政措置や法的な規制によって、国民を社会主義建設に〝動員〟して、たとえ一時的成果をあげることができても、民主的自由の保障がないところでは、それは、真に自覚的、永続的なものになるはずはない。社会主義のもとで、民主的自由が保障されなければ、どうしてそれをさらに高い極の目標である「原則としていっさいの強制のない、国家権力そのものが不必要になる共産主義社会、真に平等で自由な人間関係の社会」(党綱領)に発展させることができようか。
将来の社会主義日本における民主的自由の保障にかんする日本共産党の立場は、すでにのべたように半世紀にわたるきびしい試練をへた一つの到達点である。この立場を放棄して、現在の社会主義国のあれこれの現象を機械的にモデルにすることは、絶対にできるものではない。
国際共産主義運動の責任の一部をになうとともに、日本国民の未来に責任を負労働者階級の前衛党、真の国民の党、民族の党として、日本共産党は今後もソルジェニツィン問題もふくめて、科学的社会主義の原則にかかわる諸問題について、自主的な立場をあくまで堅持するものである。
関連文献
十五日付毎日新聞その他はフランス、イタリア、スペイン、スイス四ヵ国の共産党がジュネーブで会合をひらいて、ソ論連当局は作家のソルジェニツィンにたいして法的制裁措置をとるべきではないとの声明を採択したという共同パリ電を報じています。
この会合は、一月末に予定されているヨーロッパ資本主義諸国共産党会議の準備の一環としてジュネーブでひらかれた「知識人の状況と文化の自由」についての会合のことですが、この件について赤旗編集局がイタリア共産党機関紙ウニタ編集局に問い合わせたところ、同紙編集局は、このよう共同声明が出された事実はないが、これら四つの党の代表が新聞記者の質問に答えて、それぞれの党の名で声明をおこなったと伝えてきました。
ウニタ編集局からの報道によると、イタリア共産党代表団のルチアノ・グルッピ団長は記者会見で、同党の公式の立場を表明し、そのなかで「問題になっている件については、イタリア共産党がくりかえし、公式にとってきた立場は、文化的探究と表現の自由を制限しうるようないかなる形態の行政的介入にもまったく不同意である。このことはソルジェニツィンとサハロフがとっている容認しがたい危険な立場に、イタリア共産党がいかなる形でも賛成であるということを意味するものではない」とのべました。
ウニタ編集局によれば、フランス、スペイン、スイスの党の代表も、それぞれ、ジャーナリストへの声明をおこなって、行政的措置をとることに反対する意思を表明しました。
ソルジェニツィン氏はこれまで西欧やアメリカの出版社を通じて「煉獄の中で」「ガン病棟」「一九一四年八月」などの作品を発表「イワン・デニーソビッチの一日」および短編数編はソ連文芸誌ノーブィ・ミールに発表)、昨年末にはパリで「収容所列島一九一八-一九五六年」を出版し、日本の一部新聞にもその抄訳が紹介されました。このなかで、ソルジェニツィン氏は、とくにスターリン時代にソ連に存在した強制収容所の体験を書いたため大きな反響をよびおこしました。
ソルジェニツィン氏は、一九七〇年度ノーベル文学賞を受賞しましたが、同氏は授賞式出席のためストックホルム行きを希望したにもかかわらずソ連出国を断念せざるをえなくなり、また授賞のためソ連入国を要請したスウェーデン・アカデミー代表は入国を拒否されました。
最近「収容所列島一九一八一一九五六年」の国外出版とも関連して、ソ連の通信社、新聞、ラジオはソルジェニツィン非難のカンパニアを強めており、たとえば、ソ連共産党機関紙プラウダは、十四日付に「裏切りの道」と題する論評をのせ、「ソルジェニツィンは平和、民主主義社会主義の敵の陣営に意図的に走った反り、反共主義者だったし、いまもそうである。かれは挑発者、扇動者の役割を果たしており、帝国主義者たちにソ連にたいして力の政策をとるよう訴えている」とのべています。
このような状況のもとで、世界の世論の一部からは、ソ連のソルジェニツィン批判の調子から、同氏にたいして国家権力によるなんらかの法的制裁が加えられるのではないかとの観察も出ています。西側諸国ではソルジェニツィン問題が連日マスコミによって大きくとりあげられ、一般的に社会主義が言論、出版の自由をみとめないかのように、反動勢力によって反共宣伝に利用されています。
日本でも、ソルジェニツィン氏がおかれている立場や作品について、マスコミでさかんに取り上げられ、一部ではこれが日本共産党への公然たる攻撃に利用されていますが、言論の自由についての日本共産党の立場については、たとえば、宮本顕治中央委員会幹部会委員長は昨年十月六日~二十日付の毎日新聞に連載された同紙編集局顧問の松岡英夫氏との対談「わが進路」のなかで、「ソ連で、例のサハロフ(物理学者)、ソルジェニツィン(ノーベル賞作家)の問題が、国際問題として大きくクローズアップされております。結局、言論自由の問題ですね。……言論の自由を抑えれば、政権の交代が起きると保障しても、実際的には意味のない保障になる。……この点はいかがですか」という質問にたいして、つぎのようにのべています。
「この前の十一回大会でも、この点は詳しく述べてあります。われわれは反対党の自由を保障するんだ、反対党の自由を保障するということは、政府を批判し、政府党を批判する自由を保障するということで、それは団体であろうと、個人であろうと差別はない。……私どもは、われわれが社会主義政権をとった場合でも、インテリゲンチャや文化人の政批判、あるいは作品の中でそういう批判を具体化したようなものを、どう扱うかといえば、われわれは完全に自由を保障しますよ。……われわれ自身が社会主義時代になったら、それが科学者であろうと、文学者であろうと、たとえそれが社会主義からみて、多少違ったことを言おうと、痛いことを言おうと、完全に自由を保障する。そうすることによってはじめて納得ある支持、安定した支持を国民から受けられるのだというのが、私どもの確固とした信念です」
このように日本共産党はソルジェニツィン氏の作品や立場そのものについては直接論評はしていませんが、日本にかんするかぎり、独立・民主の日本でも社会主義の日本でも、社会体制やときの政府に批判的な言論や出版であっても、それらの自由は完全に保障され、国家権力による抑圧などとはまったく無縁であるとの立場を、はやくから明らかにしてきています。