十一月十九日から二十一日までジュネーブでおこなわれたゴルバチョフ・ソ連共産党書記長とレーガン・米大統領の会談と米ソ共同声明の発表から、約二週間がたった。この間、会談当事者自身から会談内容の一部が語られるなど米ソ首脳会談の内容が、いっそうはっきりした。また米ソ首脳会談についての国際的、国内的反響と評価もあきらかになった。
今回の米ソ首脳会談についての国際的、国内的な反響と評価についていえば、大別してつぎの二つの立場が共通して表明されているのが特徴的である。ひとつは核軍拡競争の激化する今日の国際情勢のもとで米ソ首脳会談がおこなわれたこと自体、また会談でこんごとも米ソ首脳会談をおこなうことが合意されたことは、米ソ関係を改善し、ひいては国際的な緊張緩和をもたらし、そのなかで核軍縮が進展するであろうとして歓迎する立場である。しかし、もう一方では核軍縮問題で米ソ首脳会談がおこなわれたこと自体は評価しつつも、それによって核軍縮が実際にすすむかどうかは慎重にみるべきであるとし、会談の結果を手ばなしでは評価しない立場が表明されている。
日本共産党は、米ソ首脳会談がはじまった同じ十一月十九日からおこなわれた第十七回党大会で、宮本議長が冒頭発言のなかで米ソ首脳会談の基本的見方についてのべ、また会談終了直後には金子書記局長が談話を発表し、さらに不破委員長が大会の結語で米ソ首脳会談についての見解をのべるなど、すでに党の基本的立場を明確にしてきた。しかし、会談の内容がいっそうあきらかになったいま、会談についての国際的、国内的反響と評価も考慮にいれて、あらためて米ソ首脳会談についての日本共産党の見解をあきらかにする必要があると考える。
不破委員長が大会の結語であきらかにしているように、今回の米ソ首脳会談が「諸国民の平和のねがいに合致する一定の確認」をおこなったことは事実である。核兵器問題でこんごとも米ソ首脳会談をふくむ米ソ交渉をつづけることを合意したことは、世界最大の核保有国として当然のことであるとしても、諸国民の平和のねがいを一定程度反映したものであることはいうまでもない。このことは金子書記局長が会談終了直後の談話であきらかにしているところである。さらに会談の結果発表され米ソ共同声明には、つぎのような確認がふくまれている。
「双方は、安全保障の鍵(かぎ)となる諸問題を討議し、平和維持の事業におけるソ連とアメリカの特別の責任を自覚し、核戦争に勝利はなく、決して戦うべきではないという点で一致した」
この確認は、核戦争阻止をもとめる国際世論の高揚を無視できなくなった結果であり、この確認自体は、諸国民の平和のねがいに合致するものである。
さらに共同声明には、「核軍備の五〇%削減」問題の「早期の進展」、「化学兵器の全面的かつ完全な禁止現存する化学兵器備蓄の廃棄」に双方が賛成したことなどが明記されている。わが党は、宮本議長が大会での冒頭発言で「核兵器の五割削減という提案は、それが合意されれば、核軍縮にも、世界の緊張緩和にも貢献するでしょう」とのべているように、核兵器の五〇%削減をふくめ核軍縮と国際緊張緩和を促進する諸措置の実現に賛成であり、また化学兵器の完全禁止と廃棄に賛成であることはいうまでもない。
しかし、今回の米ソ首脳会談を評価する場合、もっとも重要な点は、米ソ対話がこんごとも継続されるということや諸国民の平和のねがいに一定程度合致する確認が米ソ共同声明にのべられているということに満足し、そこにとどまっていていいのかどうかということである。われわれは、米ソ首脳会談をふくむ米ソ交渉が継続されることを当然のことであると考えている。しかし、こんごの経過が緊張緩和に役立つ核軍縮、世界の諸国民の真のねがいである核戦争阻止、核兵器廃絶につながるものであるのかどうかという点では、今回の米ソ首脳会談は、なんらその軌道を敷くものとはならなかった。ゴルバチョフ書記長は、ジュネーブの国際会議場でおこなわれた米ソ首脳会談しめくくりの式典で声明をよみあげ、そのなかでつぎのようにのべている。
「現実主義の立場に立って率直にいうならば、軍備競争を禁止し平和を強化するという最も重要な問題の解決は、今回の会談では、成功しなかった。われわれの間には、原則的な問題で大きな不一致が残っている」
その後、米ソ首脳会談の当事者がそれぞれあきらかにしたところによっても、核軍縮問題でいわゆる「戦略防衛構想」(SDI)をはじめもっとも重要な諸問題をめぐって見解が対立し、なんら具体的進展はみられなかったことがはっきりとしている。
したがって、米ソ首脳会談がおこなわれたこととこんごも交渉がおこなわれることが合意されたということだけから、緊張緩和がすすみ、核軍縮が進展し、核兵器廃絶にいたるであろうなどとみなすならば、それは緊張緩和への期待の表明であったとしても、核軍縮への根拠のある主張とはなりえないものである。また当然のことであるが、米ソ共同声明が反核・平和運動の基本方向となり下えないことは、いうまでもないことであり、もし反核・平和運動が今回の米ソ首脳会談に満足するようなことがあれば、運動の発展はないであろう。
核軍縮が進展するかどうか疑問であるとする見方についても、こうした状況のもとで、どこに進展をはかる根本問題があるかを明確にすることが、もとめられるであろう。
実際、今回の米ソ首脳会談の結果発表された米ソ共同声明にとどまっているのでは、核軍縮の問題でも核兵器廃絶の問題でも、世界の諸国民のねがいと真に合致した方向で事態がきりひらかれていくという保障はない。
米ソ共同声明が核兵器にかんする米ソ交渉の指針としてあきらかにしているのは、米ソの「戦略的安定」を追求するというつぎの点だけである。
「双方は一九八五年一月八日の米ソ合意(米ソ外相会談での合意のこと注)によって定められた任務、すなわち、宇宙での軍拡競争を阻止し、地上での軍拡競争を停止し、核兵器を制限、削減し、戦略的安定を強化することを達成するため、これらの交渉における作業を加速することで一致した」
これは、二重の意味で核戦争阻止、核兵器廃絶をねがう世界諸国民の失望を招かざるをえない点である。
日本国民をふくめ世界の諸国民が本年一月の米ソ外相会談での合意の結果、開始された米ソ交渉と今回の米ソ首脳会談にたいしてもった期待はどこにあったのであろうか。それは、一月の米ソ外相会談で米ソ交渉は「あらゆる領域からの核兵器の完全廃絶をもたらすものでなければならない」ことを合意していたところにある。この米ソ外相会談にあたった当時のグロムイコ・ソ連外相は、この合意は「従来のソ米共同声明ではなにものべられていなかった」ことであり、「特別重要な意義をもっている」と強調した。たしかに米ソ外相会談の共同声明でも「核兵器完「全廃絶」の合意とともに、それと矛盾する「戦略的安定」の強化の追求が合意されていた。しかし、米ソ両国が戦後はじめて核兵器の完全廃絶に合意し、米ソ交渉がその交渉の目的として、そこにいたらなければならないことを確認したことは、昨年十二月の日ソ両共産党の共同声明とともに、核戦争阻止、核兵器全面禁止・廃絶をもとめる世界の諸国民を勇気づけ、これまでなんらの有効な結果をもたらさなかった従来の無数の米ソ交渉とはちがい、新たな米ソ交渉を真剣にみまもり、それへの期待をよぶものとなった。
米首脳会談の開催があきらかになっていた今秋の国連総会でも、たとえばニュージーランドのジェフリー・パーマー副首相は、米ソ交渉が「核兵器完全廃絶」を目標としていることの重要性を強調し、「この問題は複雑であり、われわれは、その解決がけっして容易なものでもないことをよく知っている。しかし、解決は、政治的意思があれば……達成可能である。ニュージーランドは、他の国とともに、交渉当事者に善意をもって、もっと精力的にこの課題を追求するよう要請する」と演説し、米ソ首脳会談の中心課題を指摘した。インドのクルシェド・アラム・カーン国務相も同じ国連総会で「米ソ・ジュネーブ交渉が、あらゆる領域での核兵器の完全廃絶に向けて交渉すると宣言した目的にしたがい……再開されたことを歓迎している」とのべるとともに「われわれは、両国の指導者によるきたるべき首脳会談が、この過程に重要なはずみをあたえることを期待している」と演説し、米ソ首脳会談への期待を表明していた。
しかし、米ソ首脳会談の共同声明は、米ソ外相会談があきらかにした「あらゆる領域からの核兵器の完全廃絶」という合意を再確認することさえできず、この合意へのなんらの言及もなされなかった。あきらかに米ソ外相会談からも後退したものである。そして核兵器完全廃絶にかわって、「制限と削減」による「戦略的安定」の強化だけが確認される結果となった。
双方がたたかってはならないと宣言した核戦争を防止する実際の保障は、どこにあるのであろうか。いうまでもなく、それは核戦争をうみだす核兵器そのものを完全に廃絶することである。しかも、その合意が米ソ外相会談で達成されている。なぜ米首脳会談で、この合意の実現の追求がおこなわれなかったのか。これは、核戦争阻止、核兵器全面禁止・廃絶をもとめる世界諸国民の失望を招かざるをえないものである。不破委員長が大会の結語で指摘したように、「核不戦」という両国首脳の確認が「ほんとうに真剣なものであるならば、その核戦争の手段である核兵器の廃絶について話し合うことに、なんらの障害はない」はずである。ここに「核不戦」の米ソ共同声明と実際の内容の大きな矛盾がある。
第二の失望は、「戦略的安定」の強化という問題自身がよびおこすものである。米ソ共同声明は、「双方は軍事的優位の獲得を求めない」と宣言したものの、それは均衡論の確認であり、「抑止と均衡」の立場か米ソの「戦略的安定」の強化をはかるということは、従来型の米ソ交渉をつづけ、不毛で危険な応酬のくりかえしとなる懸念をひきおこすものである。
宮本議長が大会の冒頭発言でも強調したように、たとえ核兵器の保有量の縮小による均衡を達成し、さらそのレベルを下げていくという建前をとっても、「核兵器を『抑止力』として定義し、その均衡によって平和を保障するという考えにたつかぎり、……戦後四十年の実生活がきびしく教えているように、そういう前提での交渉は、均衡の数量あわせの交渉となり、この二十年間で五倍、三十年間で二十五倍という速度での核軍拡の悪循環を防ぎえなかった」ものである。われわれは、核兵器の保有量の縮小による均衡を達成し、そのレベルをいっそう下げ、核兵器の廃絶にいたるのが、もっとも現実的な核兵器廃絶への道であるということが、核兵器廃絶への善意をこめて国際的にも主張されてきたことをよく知っている。しかし、宮本議長のこの指摘は、これまで無数におこなわれてきた米ソ交渉の歴史によって実証された冷厳たる事実である。
米ソの戦略核兵器ないしは相手国の領土にとどく核兵器の五〇%の削減が実現されれば、核軍縮と緊張緩和への前進として国際世論が歓迎することはいうまでもない。しかし、「抑止と均衡」の立場からの「戦略的安定」をめざすという従来型の交渉では、どのあたりで均衡が成立するかの不毛に近い議論と混迷のなかで、交渉は長びき、その実現が達成される確実な保障はなんらない。現アメリカ側は、戦略核兵器のなかアメリカの同盟国に配備した、ソ連の領土にとどく中距離核兵器はふくめておらず、一方、ソ連側は、それが中距離核兵器と呼ばれようともソ連領土にとどく核兵器は戦略核兵器とみなしており、そもそもの出発点から大きなちがいがあきらかになっている。
この「抑止と均衡」の立場からの核軍縮という問題について十一月二十七日、参議院外交・総合安保特別委員会外交問題小委員会で、長年日本の国連大使をつとめ軍縮問題について豊富な経験をもった西堀前国連大使がおこなった意見陳述は、きわめて興味あるものである。西堀氏は、現在は国連大使をやめた私人である。氏は、これまで国連で外務省の訓令をうけ心ならずも抑止と均衡の立場から見解を表明してきたことのあやまりを反省し、今日は自由な立場から発言するとのべたうえで、「抑止力の均衡は長ぐつのドロみたいなもので、どんどんエスカレートしていく。行きつく先は限りなき軍拡のエスカレーションだ。いままでの米ソ交渉のなりゆきをみてもわかる。この抑止力の均衡、力の均衡ということをいっている限りとても軍縮は望みがないと思う」と陳述している。さらにわが党の立木洋議員が「米ソ首脳会談も核軍縮の問題でこれまでどおり抑止と均衡の枠内にとどまっているが、この点で私は(米首脳会談を厳しく評価するが」という質問にたいし、西堀氏は、つぎのように答えている。
「まったくそのとおりだ。軍縮問題では戦略核五〇%、INFについてふれており、SDIは対立したままだった。根本には抑止力の均衡(という考え)があったと思う。両首脳が会って話し合うのはけっこうでたいへん望ましいが、核抑止と均衡という枠を一歩もでていないので、評価はおっしゃるようにたいへん厳しいことになる」
このように不毛の結果をまたも生む懸念が前国連大使によっても表明されている米ソ交渉を従来型のものとはちがう交渉に質的に転換する方途は、どこにあるのであろうか。それは、核兵器の存在を容認する抑止や、均衡による「戦略的安定」を追求する態度をかえ、米ソ外相会談の共同声明で合意された「核兵器完全廃絶」を緊急課題とし、米ソ交渉の正面にすえることである。これ以外にない。
レーガン大統領は、その意図はどうあれ、一昨年来、核兵器廃絶発言をくりかえし、とくに昨年の一般教書では、ソ連国民にたいして公然と核兵器廃絶をよびかけ「いまは言葉より行動へ移るときだ」とまでのべ、また米ソ外相会談の直後には「核兵器ゼロのほうが、たんに数をへらし、数を数えつづけるよりはるかに検証しやすい」とまでのべた。
ゴルバチョフ書記長も十月三日、フランス国会でおこなった演説のなかで、「核兵器の禁止と完全な廃絶、核戦争の脅威からの人類の完全な救済」の課題を「すべての諸国民にとってきわめて重要で、大いに待望されている目的」と指摘した。また米ソ首脳会談後の十一月二十七日、ソ連最高会議で演説し、「ミサイルの恐怖をとりのぞき、核兵器を完全に廃絶するのが望ましいということがわれわれにいわれた。このような願いは、まったく歓迎されるものであり、われわれの政策の目標に完全に合致している」とのべている。
こうした両者の言明にもかかわらず、会談後の両者の発言からみても米ソ首脳会談では核兵器廃絶の問題が正面にすえられなかった。米ソ共同声明は、もちろん米ソ双方で作成する共同文書である以上、単純な見方をするわけにはいかないが、すでにある核兵器廃絶の合意や言明を無視し、均衡論の立場からの「戦略的「安定」の強化をこんどの米ソ交渉の指針としたことは、米ソ交渉が従来型の交渉に堕する重大な危険をはらむものであり、大きな失望を生まざるをえないものである。
核兵器廃絶を実際に米ソ交渉の正面にすえるようにするためには、核兵器廃絶をもとめる勢力と核兵器に固執する勢力との力関係をかえなければならない。ここに世界の反核・平和運動の任務がある。このことに真剣な努力をはらわず、米ソ対話が継続されれば、そのことによって核軍縮が進展するであろうなどという見地に立っていられないことは、米ソ首脳会談をめぐる状況が明確にしめしている。核戦争阻止、核兵器全面禁止・廃絶の圧倒的世論と運動をおこし、米ソ外相会談の「核兵器完「全廃絶」の合意と米ソ両首脳の核兵器廃絶の言明を実際に実現するたたかいをすすめなければならない。この世界の諸国民の世論と運動の発展なくして、実際の核軍縮と核兵器廃絶を実現することはできない。
もちろん世界各地には、核戦争阻止、核軍拡阻止のさまざまな課題が存在し、その実現のためのたたかいがおこなわれている。このたたかいと核兵器全面禁止・廃絶のたたかいとが合流し、地球的規模の反核・平和運動のたかまりをつくりだすことが、今日の情勢のもとで決定的に重要なことである。これは、部分措置の実現のために核兵器全面禁止の課題を排除することでもなく、またその逆でもない。まさに合流がもとめられている。
ソ連が当面の最大の課題としているアメリカの「戦略防衛構想」(SDI)の阻止が、重要な課題であることはいうまでもない。昨年の日ソ両党共同声明でも、核兵器の全面禁止・廃絶の課題とともに、重視すべき部分措置の一つとして「宇宙空間の軍事化阻止、とくに宇宙での核軍「拡競争の阻止」をあげている。日本共産党は、SDIに断固として反対し、国会でもその阻止のために中曽根首相のSDI賛成の態度をきびしく追及してきた。
SDIが核戦争の危険を増大させ、核軍拡競争をあらたな次元に引き上げるものであることは、レーガン大統領や中曽根首相のぎまん的発言にもかかわらず、いまや明白なことである。しかし、この点でとくに重大なことは、レーガン政権が推進するSDIは、核戦争の危険の増大と核軍拡の宇宙への拡大ということだけではなく、SDIを口実に米ソ外相会談での核兵器廃絶の合意をタナ上げしようとするねらいをもっていることである。わが党がしばしば指摘してきたように、レーガン政権は、米ソ交渉が近づくと、さきにのべた核兵器廃絶の大統領公約にもかかわらず、核兵器廃絶の課題の実現は十年ないしそれ以上、二十一世紀にもかかる問題だといいだし、「SDIを完成してはじめて核兵器廃絶にとりくむ条件ができる」という態度をあきらかにした。したがって、米交渉は核兵器完全廃絶にいたらなければならないという米ソ外相会談の合意に障害をつくりだした最大の責任がレーガン政権にあることは、いうまでもないことである。
このことは逆に、レーガン政権のSDI推進の二つのねらい――核戦争の危険の増大と核兵器廃絶の課題のタナ上げを見ぬき、まさに核兵器廃絶を緊急の課題として、レーガン政権にせまることが決定的に重要であることをしめしている。グロムイコ前外相も「核兵器を完全に最終的に廃棄せねばならぬという合意があるときに、たとえ科学的研究と銘打つにせよ、なんのためにそのような(宇宙兵器の研究のこと――注)活動をすすめるのかとたずねたい」とかつてのべたことがある。ゴルバチョフ書記長もさきのソ連最高会議での演説のなかで、「これらの兵器(核兵器のこと―注)は、攻撃宇宙兵器の開発なしの方がずっと廃絶しやすいのだ。核兵器にくわえて、宇宙兵器を何百億、何千億もかけて大量につくりだす必要がどこにあるのか」とのべている。
明確なことは、SDIを阻止するためにも、この課題を核兵器全面禁止・廃絶の課題と切り離すのではなく、それを緊急課題として前面にすえ、SDIを口実に核兵器廃絶の課題をタナ上げにしようとする勢力を包囲し、孤立させることである。SDI阻止と核兵器廃絶の課題は、不可分のものである。日ソ両党共同声明は、この点について明確な見地をつぎのようにあきらかにしている。
「これらの措置(宇宙での核軍拡競争の阻止をふくむ部分的措置のこと――注)の実現も、核兵器全面禁止の運動と世論を発展させてこそ促進できるものである」
ここに部分的措置の実現と核兵器全面禁止・廃絶の課題とを結合した壮大な反核国際統一戦線を形成し、核兵器に固執する勢力がだれであるかを明確にし、それに世界の世論と運動の圧力を集中し、核兵器廃絶を実現する筋道がある。この見地は、米ソ首脳会談後の今日、いっそう重要になっている。核兵器に固執する勢力を明確にし、その勢力に核兵器廃絶をせまっていく圧倒的な世論と諸国民の運動をつくりだすことはかならずできる。このことへの確信がなく外交交渉にのみ期待をかけ、核兵器廃絶をもとめる勢力と核兵器に固執する勢力との力関係をかえる努力をはらわなければ、こんご米ソ交渉が継続されても、そこから有効な結果は生まれてこないであろう。社会主義国をふくめ、反核・平和勢力の重大な任務は、この力関係を変更するために、国際政治の場でも、反核・平和運動の場でも全力をあげて奮闘することである。
日ソ両党共同声明が強調し、また宮本議長が大会の冒頭発言で共同声明を引用しつつ強調したつぎの諸点が、今日の情勢で決定的に重要である。
「わが党が日ソ両党共同声明にある、つぎの二つの命題を特別に重視していることについて、もはやあらためてその理由をるるくりかえす必要はないでしょう。
すなわち一つは、『核兵器の禁止・廃絶の課題を、国際政治の場でも、国際連合でも、二国間交渉やその他の国際的会議でも、また反核・平和運動でも、第一義的に提起』するということです。
一つは、『核兵器の開発・製造・実験・保有・配備・使用の全面禁止下を内容とする核兵器全面禁止・廃絶協定のすみやかな締結』を要求するということです。
このことを重視しないかぎり、核兵器廃絶を世界政治の支配的世論にして、核兵器固執勢力を包囲し孤立させることはできません。『究極的』目的とした位置づけからは、そういう方向はでてこないのです」
日本共産党は、世界の反核・平和勢力の一翼として、この日ソ両党共同声明を誠実に実行する立場から、核兵器をめぐる世界の動向が世界諸国民のねがいに真に合致するものとなるよう、あらゆる努力をはらうものである。