日本共産党資料館

野蛮な覇権主義の典型のあらたな証明
朝鮮労働党『国際生活』誌論文がしめすもの

(『赤旗』 1986年6月29日付)


  一、わが党の活動の戯画化による覇権主義の居直り

 朝鮮労働党は、一九七〇年代から、日本における「キムイルソン(金日成)主義」信奉者たちの反共、反革新の策動を陰に陽に支持して、日本の革命運動、民主運動に干渉してきた。また、一九八三年には、ラングーン事件に関連して、朝鮮労働党の指導する在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下の日本語新聞「朝「鮮時報」が、朝鮮労働党側の一方的主張にわが党が同調しなかったことにたいして、不当な非難を公然とくわえた。さらに、一九八四年には、日本漁船銃撃事件に関連して、朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」で二回にわたって日本共産党を公然と攻撃するにいたった。日本共産党は、これらの干渉と攻撃にたいし、それぞれ断固とした批判と反撃をくわえた。とくに、わが党の論文「『労働新聞』の乱暴な覇権主義の論法」(「赤旗」一九八四年九月二十七日付)は、これらの諸問題のすべてについて、事実と道理にたって詳細に、日本共産党への攻撃に反論するとともに、朝鮮側の覇権主義を批判した。これらのわが党の批判にたいして、朝鮮側は一言の反論もなしえなかった。
 こうした経過のうえにたって、昨年十一月の第十七回大会決議は、「『軍事境界線』と日本漁船銃撃事件などの問題で、科学的社会主義の道理も国際法も無視した立場をとり、自分たちのその立場に同調しないということで、わが党に不当な攻撃をくわえてきた朝鮮労働党の態度は、覇権主義の一つの野蛮な典型である」と指摘した。あわせて「わが党は、自国指導者の名を冠する『主義』や『思想』を世界的な指導思想として礼賛し、あれこれの追従組織を育成して、それをわが国におしつける覇権主義的行為にたいしても、これを断固として拒否する」ことを確認した。
 ところが、朝鮮労働党は、わが党の批判にはなんの反論もできないまま、最近、日本共産党とわが国の民主運動にたいする覇権主義、干渉主義をいっそう露骨化して、わが国の内外における日本共産党の路線と活動にたいして全面的な中傷、攻撃を公然とくわえ、しかも公然と直接に、日本共産党にたいするかく乱とわが党指導部の打倒をよびかけるにいたった。
 朝鮮民主主義人民共和国で今年三月創刊された雑誌『国際生活』第一号の「風車に向かって突進する『反覇権主義』の騎士たち」と題する無署名論文(以下「朝労誌論文」とよぶ)が、それである。『国際生活』誌は、三月五日の朝鮮中央通信(朝鮮民主主義人民共和国の公式通信)の報道によれば、「朝鮮労働党の対外政策の正当性を論証する論説と国際生活資料、幹部と活動家の知識を広げる資料、その他必要な内容が編集される」という方針にたつ「月間国際政治時事雑誌」であり、「同誌は、幹部と活動家が党の対外政策と世界情勢をよくつかみ、革命と建設を早め、世界革命的人民との国際的連帯をさらに強化するうえで寄与するであろう」との性格をあたえられている。したがって、同誌に無署名論文として掲載された今回の論文は、朝鮮労働党の見解と主張であるとみなければならない。
 この「朝労誌論文」は、昨年十一月の日本共産党第十七回大会決議が朝鮮労働党の覇権主義を批判したことに難くせをつけるのにはじまり、日本漁船銃撃事件、日本における「キムイルソン主義」信奉者たちの問題、朝鮮総連の問題などをとりあげて日本共産党を攻撃するばかりか、日本共産党は国内政治においても「あらゆる革新野党と団体から孤立している」とか、「党内部から指導層に反対する声が高まって」いるとか、党内で「非正常な事態」が「繰り広げられている」とかいって、日本の国内の革新運動の問題や日本共産党の内部問題についてまで介入、干渉して攻撃をくわえている。そのうえ、「朝労誌論文」は、「日本の多くの共産主義者たちは……献身的に闘おうとする純潔な良心をもっている」という一方、わが党指導部にたいしては「日本共産党の『指導者』たち」とカッコつきでよび、同論文の題名にみるように、わが党指導部を妄想(もうそう)におちいってひとりよがりの向こう見ずの行動にでるドン・キホーテにたとえることをはじめ、「盗人が鞭(むち)をふるう式の論理」、「正常的に思考することができない」、「錯覚」、「自己陶酔」、「悪趣味」、「お山の大将」、「独善主義者」等々の悪罵(あくば)をならべたてている。そして、同論文は最後に、「われわれは日本の真共産主義者たちが自己の党において繰り広げられている、非正常な事態を早く正し、自己の前に課された歴史的偉業を誇りをもって遂行することを期待してやまない」と結んでいる。こうして朝鮮労働党は、自主独立、平等、内部問題相互不干渉という共産党・労働党間の関係の公認の原則を完全に投げすて、公然と直接に、日本共産党にたいするかく乱を宣言し、わが党指導部の打倒をよびかけ、その覇権主義をいっそうエスカレートするにいたった。
 しかも、「朝労誌論文」の重要な全体的特徴は、覇権主義との日本共産党の闘争という必要かつ正当できわめて重大なたたかいを、同論文の題名をはじめとして、「『反覇権主義「闘争』ごっこ」などと戯画化してえがきだすことによって、実は、以下にも見るように、みずからの主張の支離滅裂さ、わが党からの正当な批判への反論不能、自己の野蛮な覇権主義について、居直り、それを合理化しようとしていることである。これは、彼らの政治的理論的確信の欠如と、その体面だけのつくろいに汲々(きゅうきゅう)として、手段をえらばない状況に達していることをしめすものである。
 日本共産党は、朝鮮労働党のこのような不当きわまりない覇権主義と断固としてたたかうものである。

  二、覇権主義をいっそう裏づける銃撃事件の「弁明」

 「朝労誌論文」の大きな特徴の一つは、日本共産党にたいする敵意だけは明瞭(めいりょう)で中傷と悪はきわめて達者だが、朝鮮労働党の覇権主義的行為にたいする日本共産党からの事実と道理にもとづく批判にたいしてはなにひとつ具体的な反論もできず、かえって自己の覇権主義の再確認とエスカレーションになっていることである。
 その一例として、日本漁船銃撃事件をみてみよう。この問題は、今回の「朝労誌論文」のなかでは、他の問題よりは比較的に、一言だけだが弁明をこころみている部類に属している。
 一九八四年七月に発生した日本漁船、第36八千代丸銃撃事件に関連し朝鮮労働党機関紙「労働新聞」が二回にわたって日本共産党に中傷、攻撃をくわえたのにたいし、わが党は、「人道も国際法も無視する立場の自己暴露――『労働新聞』の日本共産党攻撃にたいして」(「赤旗」八四年八月十六日付)および「『労働新聞』の乱暴な覇権主義の論法」(「赤旗」八四年九月二十七日付)という二つの論文で詳細に反論した。そこでは、海洋にかんするいかなる条約も、沿岸国の主権のおよぶ「領海」においてさえ外国船舶の無害通航権を承認しており、「領海」や沿岸国が若干の必要な規制のできる「接続水域」のさらに外側に「自衛」のための「軍事境界線」なるものを設定するとか、その区域内には民間船舶といえども事前の合意や承認なしに航行できないなどと定めて無害通航権を否定するとかの権利を、まったく認めていないこと等々を指摘した。また、五十未満の五人乗りの、武装していない漁船にたいして銃撃して乗員を死亡させるといったことは、かりに沿岸国の法令に違反する行為や無害でない航行にたいする規制措置としても不法で過剰な措置であって、国際法上も合理化できず、人命尊重という社会主義のほんらいの大原則にてらしても不当であることを指摘した。さらに、問題の漁船が実際には朝鮮側のいう「軍事「境界線」の内側に立ち入ったかどうかさえあきらかではなく、朝鮮側の取調官たちが虚偽の自白を強要した疑いが濃厚であり、乗員らが暴行をうけ、たばこその他の私物まで奪われたなどの非人道的行為についても事実を指摘した。そして、これらの事実の詳細な指摘になんらまともに答えることもできずに、朝鮮側の見解に同調しないからといってわが党を攻撃する朝鮮労働党の態度をわが党は覇権主義として批判したのである。
 わが党のこれらの指摘と批判にたいして、朝鮮労働党がなんら具体的な反論ができない点では、今回の「朝労誌論文」もまったく同じである。この問題で「朝労誌論文」がのべていることといえば、「一九六八年にわが国の警戒水域を侵犯した米国のスパイ船プエブロ号をだ捕したときにもアメリカはわれわれを非難しながら報復するとまでいったが、われわれにたいして覇権主義をおこなっているとはいわなかった」(ゴシックは引用者)と書いて、日本共産党はアメリカ帝国主義よりもひどいかのように印象づけようとしていることだけである。しかし第一に、当時の朝鮮側の発表によっても、プエブロ号は朝鮮民主主義人民共和国の「領海」に侵入してだ捕されたのであり、他方、第36八千代丸銃撃事件は、朝鮮側の発表を前提としても「領海」(その基線の引き方も、八四年九月の「赤旗」論文で指摘したとおり、国際法の常識から途方もなくはずれて広い海域を「内水」として囲いこむものであるが)より外側の「警戒水域」(「海上軍事境界線」内水域)なるものの内部それも、「領海」のいちばん外側の線から約三八カイリ(約七〇キロメートル)も離れた場所――で生じた事件であった。だいたい、朝鮮民主主義人民共和国が「海上軍事境界線」なるものを設定したのは、プエブロ号事件より九年後の一九七七年のことであり、第36八千代丸のときに問題となった「警戒水「域」がプエブロ号事件のときにすでに存在したかのようにいうこと自体、重大な詐術である。第二に、プエブロ号は、沿岸国の防衛または安全を害する情報の収集を目的とするアメリカのスパイ船であって、無害銃撃通航権を享受できないものであり、他方、第36八千代丸は日本の民間のイカつり漁船で、しかも操業せずに航行中に、つまりかりに「領海」内「であっても無害通航権を享受する状態のなかで銃撃、だ捕され、船長が死亡させられたのである。このように、プエブロ号事件と日本漁船銃撃事件とは、国際法上も実態的にもまったく性質をことにする。この二つの事件の根本的で重大な区別もつかず、プエブロ号事件をもちだして反論になりうるとする「朝労誌論文」の態度は、領海外での民間漁船のたんなる無害通航にたいしてさえ、朝鮮側が不都合とみた船舶をだ捕したり銃撃したりするのは勝手だという、国際法などおよそ意に介しない、おどろくべきものである。「朝労誌論文」は、日本共産党第十七回大会決議が朝鮮労働党の態度を「覇権主義の一つの野蛮な典型」と指摘したことの正しさをかさねて裏づけるものにほかならない。

  三、「親善」の名で干渉主義を開き直る

 「朝労誌論文」が日本共産党からの批判になんらまともに答えることもできないままに覇権主義的行為をエスカレートしている問題として、もっとも重要なことの一つは、同論文が、わが国において反共、反革新の策動をつづける「キムイルソン(金日成)主義」信奉者たちにたいする、朝鮮側からの支持、激励を、公然と正当化し、みずからの覇権主義、干渉主義をひらきなおる挙にでたことである。
 「朝労誌論文」は、「日本共産党『指導者』たちは……われわれに親善的にたいする人々を『対外追従者』だとかなんだとかいいながら、敵対視している」、「誰が中心になっていようがいまいが、そのことが正しく、そして良いことであるならば……妨害してはならない」とか、「われわれをさして『観念論の極致』であるとかなんだとかいいながら、非難している」と書いて、日本共産党を攻撃している。ところで日本共産党が、朝鮮あるいその指導者の金日成にたいする「対外追従主義者」として批判したり、「観念論の極致」と批判したりしたのは、朝鮮労働党自体にたいしてではなく、「日本キムイルソン主義研究会」とか「自主の会」とか「チュチェ思想研究会」(注、「チュチェ」とは「主体」の意)などと称する、尾上健一らの一部日本人グループとその議論にたいしてである。たとえば、「『キムイルソン(金日成)主義』信奉者たちの反共、反革新の策動について」(「赤旗」一九八三年十二月九日付)、「『キムイルソン(金日成)主義』信奉者たちの正体の自己暴露――新たな反共論文の示したもの」(「赤旗」評論特集版八四年八月六日号)などの論文がそれである。日本国内のこれら一部の対外追従主義者へのわが党の批判にたいして、朝鮮労働党自身がすすんで〝反撃〟の役を買ってでたことは、尾上健一らのグループが朝鮮労働党と一体不可分の対外追従者であることを、朝鮮労働党がみずから認めたものといえる。
 わが党のこれらの論文ですでに詳細に指摘したように、日本における「キムイルソン主義」信奉者たちは、「日本の革命家」や「日本のたたかい」の重大な欠陥は「チュチェがうちたてられていない」ことにあるとして(一九七八年四月の「『自主の会』の結成にあたって」)、早くから日本共産党にたいして敵対的態度を表明し、「キムイルソン主義は日本人民の革命闘争において指導思想となる」(八〇年四月の「日本キムイルソン主義研究委員会結成宣言」)とか「チュチュ思想は、日本を変革し新しい日本を建設するうえで、唯一の思想的基礎となる」(八三年五月の「日本キムイルソン主義研究会第七回全国委員会」の決議)などといって、日本共産党が理論的基礎とする「人類の科学的成果を総括してマルクスとエンゲルスがうちたて、レーニンが発展させ、その後の世界の共産主義運動の前進によってゆたかにされた科学的社会主義」(日本共産党規約前文)は日本革命の武器とはなりえないものとする立場を表明し、朝鮮の指導者の「思想」で日本の革命運動、民主運動を支配しよとくわだててきた。はては、かれらは、その刊行物において日本共産党の路線や政策や方針にたいして公然と名ざしの攻撃をくりかえすにいたった。たとえば、『自主の道』誌十号(八三年八月刊)の尾上健一の論文は、「『革新三目標』達成後は、共産党の『綱領』実現のための闘争が、あらゆる反対派をおさえて展開される可能性が強い」などと、自民党や公明党がわが党の民主連合政府綱領提案にあびせた非難と同じ攻撃をくわえ、日本共産党の歴史をセク「主義、党のおしつけやひきまわしの歴史であるかのように中傷さえした。またかれらは、「日本共産党の活動は、党利党略の上に立ち、自分たちの利益とならないものは、すべて、敵対意識をもち、大衆迎合にもしばしば陥り」等々と中傷することさえもした(『キムイルソン主義研究』二十九号、八四年四月刊)。
 日本共産党が前記の論文等を発表するなどして対外追従主義者のこれらの反共、反革新の議論と策動を粉砕するために断固たたかうことは、当然のことである。ところが、日本共産党とわが国の民主運動に公然と敵対しているこれらの「キムイルソン主義」信奉者たちとその策動にたいして、朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は、これら信奉者たちの機関誌『キムイルソン主義研究』の紹介記事を系統的に掲載し、これら信奉者たちの組織結成その他の活動を報道するなどして、全面的な支持をあたえてきた。また、朝鮮側は、尾上健一をしばしば朝鮮に招待し、金日成はじめ朝鮮労働党の指導部が会見して激励し、わが党が尾上らを「赤旗」八三年十二月の論文で批判したのちにも、また「赤旗」八四年九月の論文で朝鮮側による尾上らの招待、歓待が明白な干渉行為であると指摘したのちにも、なおもひきつづき尾上を招待し、日本共産党攻撃の文章が掲載されているかれらの機関誌を「労働新聞」で系統的に紹介しつづけている。
 そして今回の「朝労誌論文」は、日本共産党への公然たる敵対分子である尾上健一ら日本の「キムイルソン主義」信奉者たちが「中心になっていよう」が、そんなことはおかまいなしに、かれらを朝鮮に「親善的にたいする人々」として支持、激励、援助するのだという態度を公然と表明し、これを日本共産党が対外追従主義者として批判するのは「妨と「害」だからけしからんと公然というにいたったのである。自分たちにとって「親善的」にみえる人物なら、日本共産党への敵対分子が「中心になっていよう」がかまわず支持、激励、援助するというのは、共産党・労働者党間の関係についての公認の原則をふみにじって、他国に干渉するため自分たちに追従する分派などを育成するさいにくりかえされてき覇権主義の典型的な論理である。今回の「朝労誌論文」は、この覇権主義、干渉主義の態度を公然と表明してひらきなおった点で、日本共産党とわが国の民主運動への朝鮮労働党の干渉のエスカレーションの新段階を画するものである。
 しかも、日本の「キムイルソン主義」信奉者たちの議論は、「現時代は、共和国とキムイルソン主席を中心に全世界が動いているといっても過言ではない」(『キムイルソン主義研究』二号、七七年七月刊)、「日本世界の問題を正しく解決してくれる方は、いまは主席閣下しかいない」(同誌五号、七八年四月刊)、「キムイルソン主席は、わが時代の世界革命と国際共産主義運動における、反帝自主の聖なる闘争における事実上の最高指導者といえる」(同九号、七九年四月刊)、「チュチェ思想は、現時代、新しい時代のもっとも正しい革命思想である」(同二十六号、八三年七月刊)、等々というものである。これは、外国の指導者とその「思想」にたいする完全な個人崇拝、神格化、対外盲従であって、日本と朝鮮の両国人民の「親善」とか、「朝鮮の平和と平和的統一」への「支持」とかとはまったく無縁であるばかりか、逆に、日朝両国人民の真の親善、連帯をそれこそ「妨害」するものでしかない。このような「キムイルソン主義」信奉者たちの議論と策動を全面的に公然と支持、激励し、これとたたかう日本共産党と自覚的勢力を中傷、攻撃する「朝労誌論文」の立場は、朝鮮労働党自身が、金日成を「世界革命」の「最高指導者」として外国におしつけ、その思想と称する「キムイル「ソン主義」「チュチェ思想」なるもので、日本をはじめ世界の革命運動、民主運動を支配しようとする極端な覇権主義をもっとも露骨な典型として鮮明に暴露したものにほかならない。
 なお、ここで興味深いのは、今回の「朝労誌論文」が「われわれ(引用者注、朝鮮労働党側をさす)をさして『観念論の極致』である」と日本共産党が「非難している」とのべている点である。日本共産党が「観念論の極致」だと批判したのは、日本の「キムイルソン主義」信奉者たちの議論であった。それは、マルクス主義の「理論展開は、……人間を、下等な動物、平均的な生物学的存在の水準に、あるいはさまざまな物質的存在とあまりかわらないものに落としこめることによって、人間から離れてしまうという矛盾におちいって」(『キムイルソン主義研究』二十号、八二年一月刊)いるとまで極論するなど、古今東西の反共勢力が科学的社会主義になげつけるデマ宣伝と同じ水準の、まったく非科学的な反動的な観念論である。ところが、「朝労誌論文」によれば、この反動的な観念論の見地は、「われわれ」つまり朝鮮労働党側も共有するものだというのである。これは、朝鮮労働党のいう「キムイルソン主義」なるものが、尾上健一らのいうそれともまったく同じく、科学的社会主義とは無縁のものであることを事実上自認したこともしめしている。  実際、朝鮮労働党自身、科学的社会主義の三つの源泉(ドイツ古典哲学、イギリス古典経済学、フランス社会主義)と三つの構成部分(哲学、経済学、階級闘争と革命の理論)に対置して「金日成主義はその構成体系と内容においてマルクス・レーニン主義と区別されるとし、「チュチェ思想」の「社会・歴史原理を唯物史観にあてはめて解釈する」のは「偏向」だといい、「金日成主義がマルクス・レーニン主義と区別される独創的な革命思想である」と強調しているように(一九七六年十月、金正日「金日成主義の独創性を正しく認識するために」)、科学的社会主義とは無縁のものである。そして、「チュチェ哲学」の内容たるや、「人間が世界の主人であり、世界が人間によって支配されることを解明した」という程度の(一九七四年四月、金正日「チュチェ哲学の理解で提起される若干の問題について」)、まことに粗雑なものであり、わが国の「キムイルソン主義」信奉者たちが端的に展開してみせたような、まったく反動的な観念論なのである。このような「チュチェ思想」を、ひとり朝鮮のみならず「新しい歴史的時代」において世界の「人類の前進運動を正しく導いてい」る「不滅の共産主義革命理論」と自称し(一九八二年三月、金正日「主体思想について」)、この「チュチェ思想」なるものを「創始し」た金日成を、朝鮮革命ばかりでなく「世界「革命」の「違大な思想理論家」「傑出した革命の指導者」などともちあげる(一九八二年四月、金日成誕生七十周年にあたっての朝鮮労働党と朝鮮民主主義人民共和国政府がおくった祝賀文)ことが、まったくばかげているばかりでなく、これが不可避的に覇権主義を生みだす源であることは、いうまでもない。

  四、反動攻勢への迎合と、敗北主義の議論への同調

 今回の「朝労誌論文」にあらわれ朝鮮労働党の覇権主義、干渉主義の新しい重大な問題の一つとして、かれらが、日本の国内における日本共産党の路線と活動にたいして直接に公然たる攻撃のほこ先をむけ、しかも、反動攻勢にでている自民党やそれに追随する反共野党の日本共産党孤立化の策動に事実上同調していることを指摘しなければならない。
 「朝労誌論文」は、「日本共産党『指導者』たちの切々たる願いにもかかわらず、国会において彼らの議席数は系統的に減っており、党勢は強化されるかわりに党内部から指導層に反対する声が高まって、党外でもいっそう孤立している」、「日本共産党『指導者』たちは、今日自分たちがなめている失敗の原因を自分たち自身に求めねばならない」、「今日日本共産党指導層が大衆の支持を受けることができず、さらにはあらゆる革新野党と団体から孤立している」等々と書きつらねている。
 だいたい、日本共産党が国内政治についてとっている路線の当否やその活動の成否について、外国の党が勝手に公然と口をだして批判すること自体が、共産党・労働者党間の関係についての公認の原則を乱暴にふみにじった干渉主義的行為である。内部問題相互不干渉の原則を堅持す日本共産党は、朝鮮労働党の覇権主義、わが国内での対外追従主義者たちを、かれらが科学的社会主義と日本共産党にたいする攻撃に使っている「キムイルソン主義」なるものの誤りをふくめて、きびしく批判したが、朝鮮労働党が自国の国内政治でとっている路線や自国の指導者にたいする国内でのあつかいなどについて、一度も論評したことはない。ところが、朝鮮労働党は、内政不干渉などさらさら念頭になく、日本の政治への干渉と日本の革命運動、民主運動への攻撃をエスカレートしているのである。
 日本共産党は「孤立」し「失敗」しており、その「原因」は日本共産党「自身」の方針にあるのだという「朝労誌論文」の議論は、わが党の第十七回大会前に発生した、ひとにぎりともいえないほどのごく少数の反党分子や動揺分子の議論とまったく同じものである。かれらは、この十年間の国政選挙でのわが党の「一進一退」(国会のわが党の議席数が「系統的に減って」いるなどという「朝労誌論文」の記述自体が虚偽である)を党の政治路線の誤りなるものの結果だと断じたり、中曽根反動政治の登場や社会党・総評の右転落をも共産党の責任だなどと論じたりしたが、これは、政治方針さえ正しければ歴史は共産党の意図どおりに動くはずだとする観念論であり、また、日米軍事同盟の強化と対米従属下での日本独占資本の軍国主義、帝国主義復活・強化を物質的背景とする戦後第二の反動攻勢にわが党が正確な路線のもとにたちむかって陣地をまもりぬいたことの重要な意義を理解できず、右傾化の流れに圧倒された敗北主義の見地にたつものであった。「朝労誌論文」が、「党内部から指導層に反対する声が高まって」などといっていることは、朝鮮労働党が、こうしたごく一部の敗北主義、投降主義の議論を受け売りしていることをしめすばかりでなく、ごくごく少数の反党分子の活動に期待をよせていることをもしめすものであって、これまた干渉主義的行為といわなければならない。
 日本共産党の「孤立」なるものをいう「朝労誌論文」の立場は、わが党の多数者革命、人民的議会主義の路線について、「日本共産党指導層の最も切実な利害関係は、日本の国会において議席数を一議席でも多く増やし、出来る限り政権党のふるまいをしようとすることにあるようである」などといって茶化し、「政権党のふるまい」うんぬんなどとまったく見当ちがいの非難をあびせていることでもあきらかなように、発達した資本主義国における革命闘争の諸条件を少しもわかっていないものなのである。レーニンは、ロシア革命と発達した資本主義国の革命との違いについてしばしば論じ、西欧に比して資本主義的発達の遅れたロシアのような国では、「革命をはじめることは容易であった」が、「資本主義が発達し、最後の一人まで民主と主義的文化と組織性とがあたえられている国では、準備もなしに革命をはじめることは、まちがいであり、ばかげている」とのべている(一九一八年のロシア共産党第七回大会での「戦争と講和についての報告」、全集第二十七巻、九四ページ)。あわせてレーニンは、「ロシア革命は、はじめるのはたやすかったが、その後の前進をするのはむずかしいということをわすれるなら、それは最大の錯覚であり、最大の誤りであろう」と警告するとともに、「ヨーロッパの革命は、……はるかに困難な条件のもとで、はるかに重大な敵を相手にしなければならない。ヨーロッパの革命にとっては、はじめるのははるかに困難であるだろう」が「ヨーロッパ革命にとっては、革命の第二および第三の段階に突入することは、それよりずっと容易であろう」と指摘している(一九一八年、第四回臨時全ロシア・ソヴェト大会での「講和条約の批准についての報告」、全集第二十七巻、一七六-一七七ページ)
 日本共産党の綱領路線は、レーニンのこうした指摘にも学びつつ、日本の具体的情勢の具体的分析にたって自主的、創造的に確立されたものである。日本のような資本主義が高度に発達して一定の政治的民主主義の制度も存在する国での革命闘争において、議会闘争、選挙闘争がきわめて重要な意義をもつこと、国民の多数を変革の側へと獲得していくためには、政治闘争、経済闘争、理論闘争など階級闘争の全分野で、宣伝戦や組織戦などさまざまの形態での闘争を、長期にわたってねばりづよく不断に展開しなければならないこと、それらの闘争の前進過程にはさまざまの困難も生まれ、若干の紆余曲折(うきょくせつ)もありうること等々は、当然の、自明のことである。
 ところが、朝鮮労働党は、日本でかれらの覇権主義に同調あるいは迎合して、朝鮮側のすべての言動を結構だとするような勢力やグループを重視し、そういう目でしか日本での闘争をみることができなくなっているため、日本における革命闘争の諸条件と諸特徴を少しも理解できなくなっているのである。ついでに、日本共産党が一九六一年に綱領を確定してから十年近くたったころに、朝鮮労働党の関係者がわが党指導者に日本での〝武力闘争〟をすすめて一笑に付されるといった事実もあったことも、かれらが日本の闘争の諸条件をわかっていないことをしめす一つのエピソードとして一言しておこう。
 こうして朝鮮労働党は、敵と味方をもとりちがえるにいたっている。現に「朝労誌論文」は、日本共産党とわが国の自覚的民主勢力が、全国革新や統一労組懇などの発展にみるように、日米支配層の反動攻勢に抗して、その陣地を守っているだけでなく、前進さえしていることを見ず、国際的にも国内的にも反核・平和運動の発展でわが党が大きな役割をはたしていることにも目をそむけて、日本共産党は「孤立している」とのべたり、日米軍事同盟体制国家づくりを推進する自民党政治にすりよって自民党勢力との連合を追求する反共、反革新の野党などを「革新野党」とよんで、これら諸党から日本共産党が「孤立している」などと非難している。これは、朝鮮労働党が自民党の反動政治――そこには、朝鮮民主主義人民共和国敵視政策が重要な一部としてふくまれている――とこれにすりよる反共野党の右傾化にたいして事実上肯定的態度をとり、これら反共勢力による日本共産党孤立化の策動――それは、議会制民主主義を形がい化して日本型ファシズムの一つの具体化ともなっている――に同調するものとさえいってよい。朝鮮労働党の覇権主義は、日本の反動的支配層や反共勢力にたいしては卑屈な迎合主義をもともなっているのである。

  五、朝鮮総連に無条件に従えという暴論

 朝鮮労働党の覇権主義的態度は、「朝労誌論文」が朝鮮総連についてのべている点にもよくあらわれている。
 「朝労誌論文」は「日本共産党『指導者』たちの穏やかならぬ行動は、われわれの海外公民団体である総連と在日朝鮮人たちにたいする態度においても見出すことができる」「総連の活動家たちと在日朝鮮人たちが日本共産党の友となりこそすれ、敵となりえないことは誰にとっても明白である」「在日朝鮮人たち過去日本共産主義者たちが困難な立場にあったとき彼らを積極的に助け、彼らにたいして同志的義理を良くまもった」「日本共産党『指導者』たちは過去の義理と先輩を考えても、総連と在日朝鮮人を敬遠して、彼らの活動に反対するような行動をおこなってはならないのである」などと書いている。
 かれらの指摘をまつまでもなく、日本共産党は朝鮮総連と連帯して、在日朝鮮人の権利と生活の擁護のために共同のたたかいをおこなった歴史をもっており、わが党は、これを日朝の両党および両国人民の正しい関係の重要な構成部分とみなしてきた。この協力関係を破壊したのは、朝鮮総連の側であった。朝鮮総連は、以前からも、金日成誕生日への贈り物運動や朝鮮民主主義人民共和国のその時どきの外交政策への支持運動を日本の民主運動にもちこんだりしてきたが、一九八三年のラングーン事件にさいして、わが党にたいする不当な中傷、攻撃をくわえるにいたったのである。
 この事件がおきたときわが党は、テロリズムは共産主義と無縁であることを表明するとともに、事態の全体を冷静に検討して、朝鮮民主主義人民共和国政府や朝鮮総連の一方的な主張――事件を朝鮮民主主義人民共和国の工作員の犯行と断定したビルマ当局の判断やラングーン法廷の判決などを「政治謀略」「デマ」「噴飯もの」などと一方的にかたづけ、事件を「全斗煥の自作劇」だという主張に同調する態度はとらなかった。だいたい、ラングーン事件にかんする朝鮮中央通信の第一報(八三年十月十日付)は、「全斗煥が……ラングーンで強力な爆弾の洗礼を「受けた」と報道し、このテロ事件を非難はしなかった。第一報からテ口、暗殺を非難することはしなかったのは、政治上の敵対勢力への打撃として役だつならばテロリズムでも肯定的に見るという発想があったのではないかとの疑惑をもたれても、やむをえないものである。その後朝鮮側は、事件は「全斗煥の脚本によって作られた自作劇」で「政治謀略」だ、朝鮮民主主義人民共和国の関与というのは「デマ」だ等の主張をくりかえすようになったが、これがまた、まったく説得力のないものであった。ラングーンの法廷にだされた、朝鮮民主主義人民共和国軍人カン・ミン・チョル大尉の自白調書の内容は、その具体性、重大性からして、「噴飯もの」といってすませるようなものではなかった。自白調書の内容は、爆破事件を命令したという朝鮮民主主義人民共和国の司令官、実行班の構成メンバー、それをかくまった在ビルマ朝鮮民主主義人民共和国大使館の参事官の氏名等を特定して、事件を朝鮮民主主義人民共和国の公権力の行為としたものであった。この自白調書の内容の真否について、朝鮮民主主義人民共和国側は、具体的に論じうる立場にあり、また論じるべき責任があったが、名ざしされた人物の存否についてさえ言及せず、ただ「デマ」だというだけであった。自分では具体的な反論はほとんどやらずに、ただ「デマ」だといい、「全斗煥の自作劇」だとする一方的な主張に、自主独立の日本共産党が同調しないのはまことに当然であったが、「朝鮮時報」は、この日本共産党の態度について「反動派の謀略に同調するもの」などとはげしい中傷、攻撃をあびせたのであった。しかも、当時これほど大さわぎした朝鮮側が、その後この事件にほとんど言及しなくなっていることは、自分らの主張や対応への自信の欠如をあらわしているというほかはない。
 このように、「穏やかならぬ行動」にでて日本共産党を「友」としなくなり、日本共産党の「活動に反対するような行動をおこなったのは、朝鮮総連であった。朝鮮総連側のこのような不当な攻撃にたいしてわが党が断固たる反撃をくわえたのは、当然すぎるほど当然である。「朝労誌論文」は、事態をまったくあべこべにえがきだしている。
 「朝労誌論文」は、「過去の義理」をしきりに強調している。しかし、「過去の義理」について語るなら、それは、在日朝鮮人たちが日本の共産主義者を援助しただけというような一方的なものではなく、まさに相互的なものであった。日本共産党は戦前、一九二二年の党創立当時の綱領草案に「朝鮮、中国、台湾、樺太からの軍隊の完全撤退」をかかげたのをはじめ、一九二七年テーゼでも「植民地の完全な独立」をかかげ、一九三二年テーゼでも「日本帝国主義の軛(くびき)からの植民地(朝鮮、満州、台湾その他)の解放」をかかげるなど、党の綱領的文書で朝鮮の完全独立を主張してたたかいつづけた、日本で唯一の政党である。戦前と戦後の一時期には、在日朝鮮人の共産主義者が日本共産党の一員となって、まさに一つの党のなかで連帯してたたかった。これは共産主義者として当然の、同時に困難な責務を果たしたものであり、将来わが党の活動を無条件に支持させようという〝対価〟を期待してのことなどでなかったことはいうまでもない。わが党は現在も、朝鮮の自主的平和的統一、南朝鮮からの米軍の撤退を主張してたたかい、朝鮮人をふくむ在日外国人の権利を向上させるために活動している。指紋押なつや外国人登録証常時携帯制度の廃止などの提案を国会で最初におこなった政党は、日本共産党であった。
 ところが「朝労誌論文」は、過去の相互的な連帯の関係についても、在日朝鮮人が「日本共産主義者たち」を「積極的に助け」だとか「同志的義理を良くまもった」とか「義と先輩を考え」よとか、朝鮮側が日本側を助けただけであるかのように、きわめて一方的なかたよった判断にたっており、そこにも、覇権主義、干渉におちいるみなもとの一つがあることを指摘しなければならない。そのうえ「朝労誌論文」は、「過去の義理」なるものにたいする〝対価〟を要求し、しかもその〝対価〟たるや、朝鮮総連が日本共産党を攻撃しようと何をしようと、それに「反対するような行動をおこなってはならない」というもので、朝鮮総連のすることなすことすべて無条件に従えというものなのである。
 これらの点にも、朝鮮総連をつうして朝鮮労働党が日本の革命運動、民主運動に干渉し、これを支配しようとする覇権主義が、きわめて乱暴かつ野蛮な形で露呈している。

  六、自己の積極的過去にも「突撃」するドン・キホーテ

 「朝労誌論文」は、朝鮮労働党の覇権主義を擁護しようとするあまり、さまざまの覇権主義にたいする日本共産党のこれまでの闘争をすべて非難、攻撃し、それによって、自分たちの過去の正当な態度をも否定しさるところにまでおちいっている。
 「朝労誌論文」は、わが党にたいして「彼らはあたかも覇権主義に反対する歴史的使命がひとえに自分たちにのみにあるかの如くふるまいながら『反覇権主義』の旗印を高く掲げ、ある時はどこかの党を攻撃し、しばらくすればまた別の党を攻撃した。こうすることによって彼らは日本社会において、自分たちが日本の自主性を擁護する『勇敢な闘士』ということを内外に誇示しようとしたのである」「もちろん攻撃を受けた大国の諸党はこの無謀な『勇敢性』を相手にしなかったし、彼らが自分から攻撃をやめるほどしかるべき忍耐を発揮した。ところが彼らはこのような雅量をむしろ自分たちにたいする屈服とみなして、『輝かしい勝利』をおさめたと自己陶酔をしている」などと攻撃し、はては、日本共産党が「『反覇権主義闘争』ごっこ」をしているとまで中傷している。
 周知のように、日本共産党は、一九六〇年代に、ソ連共産党のフルシチョフらからと中国共産党の毛沢東らから、乱暴な大国主義的干渉と攻撃をうけた。この攻撃と干渉は、当時のソ連や中国の党が、それぞれ、対外追従の反党分派活動のゆえにわが党から除名された反党集団を支持し、日本共産党指導部の転覆をよびかけた、明確な覇権主義的行為であった。日本共産党がこのような覇権主義、大国主義的干渉と断固としてたたかったのは、まったく当然かつ正当であった。ところが、「朝労誌論文」は、日本共産党が手前勝手にソ連や中国の党を攻撃し、しかも相手にされなかったかのようにえがきだしているのであって、これほど乱暴な歴史の改ざんはない。
 科学的社会主義の党は、民主集中制の組織原則にたち、いかなる解党主義、分派主義も許さない。レーニンは、どんな反党分派活動にたいしても、党の存立にかかわる原則問題として非妥協的にこれとたたかった。レーニンは、「存立することを欲する党は、その存立問題にかんするどんなに小さな動揺も、それをほうむりかねない人々とのどんな協定もゆるすことができない」(「ヴェ・ザスーリッチはどのようにして解党主義をほうむるか」、全集第十九巻、四四二ページ)とのべている。他国の党から除名された反党分子などを支援したり、関係をもったりすること自体、分派主義、解党主義を容認し支援することであり、科学的社会主義の党の組織原則にたいする重大な挑戦である。したがって、外国の党が自分たちに追従する反党分派主義者「親善的な人々」等々と称して支援するなどの覇権主義的干渉と非妥協的にたたかうことは、日本共産党が前衛党としての存立を擁護するために、余儀なくされた正当な防衛的な反撃にほかならない。そして、過去の干渉の問題にきっぱりとした正しい決着をつけることが、共産党間の関係の原則問題として当事者の党の双方が真剣に対処すべききわめて重大な問題であることも、いうまでもない。これを日本共産党が勝手気ままに社会主義大国の党を攻撃した「『反覇権主義闘争』ごっこ」などと戯画化する態度自体、前衛党の存立と共産党間の関係にかかわる根本的な原則問題をまったく忘却したものであり、朝鮮労働党自身の覇権主義を合理化しようとするものにほかならない。
 日本共産党は、ソ連共産党との間では、一九七九年十二月、モスクワでの両党首脳会談で、両党関係の正常化を実現した。両党の共同声明は冒頭で「両党代表団は、なによりもまず、両党間の正常な関係の破壊をもたらし、その後も両党関係の正常化を長期にわたって妨げてきた過去の諸問題についての予備会談の合意を確認した」と明記した。「予備会「談の合意」とは、同年二月の予備会談でのソ連側の「かつてプラウダに志賀一派支持の論文を発表したことを正当化していないし、正しくなかった」という言明や、同年四月の両党の予備会談で発表された「ソ連共産党代表は、ソ連共産党が日本共産党を日本の共産主義運動を代表する唯一の党とみなしていることを表明した。またソ連側は、かつて日本共産党員であったもの、あるいは各種のグループが共産主義運動の名においておこなうどのような策動も、反党活動の現れであり、彼らがどのような旗をかかげ、また彼らがどのような口実を設けようとも、ソ連側はこの種のグループの活動にたいし、なんらの関係ももたないと言明した」との合意をさしている。これらをみても、日本共産党への干渉とその遺産の問題を原則的に解決することに双方が真剣にとりくんだことは、きわめて明白である。
 「朝労誌論文」は「日本共産党の『勇敢な闘士』たちは最近の党大会においても『反覇権主義』の旗印を掲げた彼らの『先見の明』が立証されたと自画自賛しながら、今日にいたっては大国の諸党が自分たちに頭を下げて進んで関係を改善する方向に出てきているとためらうことなく宣言するまでにいたった」といっているが、これも彼らがわが党の大会決定や見解を歪曲したものにすぎない。わが党は一九八〇年の第十五回大会でソ連共産党との共同声明を「重要な成果」と評価したが、ソ連共産党が日本共産党に「頭を下げ」たなどとはまったくいっていない。逆に「ソ連共産党が今度、志賀一派にたいして過去に支持をあたえたことは正しくなかったと認めたように、過去の問題についても弱点は弱点として認めたということは、ソ連の道義的・理論的威信をかえって高めたというように考えます」(宮本委員長(当時)の毎日新聞とのインタビュー、一九七九年四月二十九日付「赤旗」日曜版)と、ソ連側の態度を評価しているのである。
 わが党は社会主義諸国について「さまざまな試行錯誤や誤りが、ときとして深刻に、また長期につづくことがあっても、労働者階級が存在するかぎり、また科学的社会主義、共産主義を追求する党があるかぎり、その前衛党はいずれ復元力を発揮するに違いない」(第十七回党大会での宮本議長の冒頭発言)と確信している。ソ連共産党がかつての干渉の誤りを正したことは、この点でのわれわれの確信をつよめるものではあるが、「『輝かしい勝利』をおさめたと自己陶酔」するなどという発想は、わが党とはおよそ無縁のものである。
 わが党中央は、第十七回大会で、中国共産党との間で両党関係回復についての会談が開始されたことを報告し、中国の「文化大革命」当時の中国側からの覇権主義的干渉の誤りその遺産へのきっぱりとしたけじめをつける必要があるとのわが党の基本的見地を明確にしたが、これまた、日本共産党の「先見の明」の「自画自賛」とか、中国共産党が「頭を下げ」るとかの問題ではなく、日本共産党という前衛党の存立にかかわる問題と共産党間の関係の根本にかかわる問題にたいする当然の原則的見地を明確にしたまでである。日中両党関係がどうなるかはこんごにかかっているが、中国共産党側が過去の問題を少なくとも「朝労誌論文」のごとく茶化すような態度をとっていないことはたしかである。過去の干渉の問題に正しく決着をつけ共産党間の関係を正常化することについて、「朝労誌論文」が、社会主義大国の党にむかっては「忍耐」とか「雅量」とかいってへつらう一方、干渉をうけた側である日本共産党にたいしては「『反覇権主義闘争』ごっこ」、「自己陶酔」などと茶化し、中傷、漫罵するという手法で、朝鮮労働党自身の覇権主義を合理化免罪しようとするところに、その覇権主義の野蛮さと根深さとともに卑屈さもまたかさねてしめされている。
 もともとは、朝鮮労働党は、社会主義大国の党が日本共産党にたいしておこなった干渉の事実と、これらの干渉にたいする日本共産党の反撃の正当性を熟知しており、かつては、わが党の闘争を積極的に支持した党であった。
 かつてソ連共産党が対ソ追従の志賀一派を公然と支持、激励したとき、金日成は一九六六年十月の朝鮮労働党代表者会議でつぎのようにのべた。

 「共産党・労働者党のあいだには、他国の党が自己の意思に従わないかと圧力を加えたり、内部問題に干渉するようなことがあってはなりません。しかし今日、国際共産主義運動には、自己の見解と路線を他の党に押しつけ、それを受け入れないからと圧力を加え、内部問題に干渉するような現象がつづいています。
 一部兄弟党の日本共産党の内部問題にたいする干渉はその実例の一つであります。兄弟党のあいだに意見の相違があるからといって、他の党内の反党分派分子を支持し、党内部を混乱させ、他国の民主運動を分裂させてはなりません。外部からの干渉は日本共産党の活動に大きな困難をもたらしています。しかし日本共産党は、このような困難な状況にあっても、一貫して内部問題の干渉に反対し、自主性を堅持しており、動揺することなく日本人民の革命闘争を導いています」(『金日成著作選集』4、朝鮮外国文出版社一九七八年版三五八ページ)。

 中国共産党からのわが党への干渉は、わが党幹部への暴行をもふくむ激しいものであったが、朝鮮側は、一九六七年、北京空港で集団暴行を受けた日本共産党代表を手厚く治療、静養させてくれた。わが党の宮本書記長(当時)は翌一九六八年八月朝鮮を訪問したさい、歓迎宴で「私はこの機会に、わが党の砂間同志が昨年八月、朝鮮民主主義人民共和国を通過するにさいして、あなたがたがしめされた非常な親切にたいして日本共産党全員が心から感銘しているということをかさねてのべさせていただきたいと思います。この親切はたんなる親切ではなく、今日の国際共産主義運動の複雑な状況からみるならば、非常に勇気のともなった親切であります。それは、プロレタリア国際主義とマルクス・レーニン主義の原則に確固として立ち、この確信に生きている党だけがしめしうる勇気と親切であります」と、謝意と敬意を表明した。この場で金日成は「今日、日本共産党は、創立以来最大の組織的勢力に成長しており、党内にもぐりこんでいた各種の日和見主義者と反党的セクト主義分子の分裂、破壊策動を暴露し、粉砕して、党の隊列の統一と戦闘力をいそう強化しました」と、わが党の闘争を高く評価したのである。
 「朝労誌論文」は、金日成と朝鮮労働党が当時とったこのような態度を、日本共産党の「『反覇権主義闘争』ごっこ」に協力、加担したものとして糾弾するつもりであろうか。今日の朝鮮労働党は、かつての自分たちの正しい態度をもみずから否定しさる結果となっているが、それは、朝鮮労働党が覇権主義の泥沼にどっぷりとはまりこんで、前後の見さかいもつかなくなってしまっているからにほかならない。
 こうしてみれば、ドン・キホーテがだれであるかは明白であろう。このドン・キホーテは、風車ばかりか自分自身の積極的過去をめがけて「突撃」さえしているのである。

  七、覇権主義を合理化する覇権主義「不能」論

 「朝労誌論文」は、そのはじめの部分で、「すべての国、すべての党が覇権主義をおこなうことができる能力をもっているのではない」とし、「今なお国の半分がアメリカに隷属している状況において、他人にたいして覇権主義を用いることができるなどと想像しえようか」とのベて、朝鮮労働党はそもそも覇権主義をおこなう「能力」を有しないのだという態度を表明している。これは、まことにおどろくべき、しかも、実は危険きわまりない態度である。
 覇権主義とは、自己のさまざまの影響力などを行使して、他国の主権や他国の革命運動、民主運動の自主性を侵害し、自己の支配をうちたてようとすることである。このようなことは、国の大小を問わず、党の大小のいかんにかかわらず、また、政権党であるかないかにかかわらず、その行為の方法や程度の大小などは別として、そのつもりになれば可能なことであって、その「能力」がないなどということはできない。現に、政権についていない資本主義国の党のなかにも、自国内での影響力は小さくとも、大国覇権主義の手先や助手となって、他国の党にたいして攻撃をしかけるなど、覇権主義的にふるまう党も存在している。いわんや朝鮮民主主義人民共和国は、軍隊や警察などの強力装置をもつ国家であり、しかも「朝鮮労働党のチュチェ思想をその活動の指導指針とする」(朝鮮民主主義人民共和国憲法第四条)国家であって、朝鮮労働党は憲法上も実体的にも同国で絶対的といえる力をもつ政権政党である。これが覇権主義的行為をおこなう能力をそもそももっていないなどといえないことは、まったく明白である。国が小さいとか、「国の半分がアメリカに隷属している」とかは、覇権主義の態様や程度、特徴などには関連はありえても、覇権主義的行為をおこなう能力の有無自体とはまったく無関係である。自国や自党には覇権主義をおこなう能力がないなどときめてかかること自体が、銃砲を持っているのに自分は武装していないといいはるようなもので、実は、容易に覇権主義的行為にでる可能性をつよくふくむ、きわめて危険な発想である。そして、自国の指導者を「世界革命」の「傑出した指導者」とし、その思想を現代世界の「不滅の共産主義革命理論」などとするうぬぼれは、必然的に覇権主義的行為を現実に生みだすのである。とくに、朝鮮と日本との関係についていえば、朝鮮労働党は、自党の機関紙その他の宣伝機関とか日本の「キムイルソン主義」信奉者たちのみならず、朝鮮総連という、朝鮮民主主義人民共和国の在日公民から成る大きな組織を指導しているのであって、覇権主義をおこなうきわめて有力な条件を持っているし、そして現に、すでに指摘したように、朝鮮総連をつうじて、日本の革命運動、民主運動にたいする介入と干渉を陰陽に継続してきている。
 しかも、ここで問題となっているのは、朝鮮労働党に覇権主義をおこなう能力があるかないかなどというなまやさしいものではなく、以上にも指摘したようなさまざまの事実できわめて明々白々な、朝鮮労働党が現におこなっている、前近代的でまったく野蛮な覇権主義的な主張と行為のかずかずである。それにもかかわらず「朝労誌論文」が朝鮮には覇権主義をおこなう能力がそもそもないのだなどというのは、要するに、朝鮮労働党はどんな覇権主義的行為をしてもかまわないのだ、それを覇権主義とはみとめないのだというものであって、覇権主義の否定どころか、野蛮な覇権主義の完全、無条件の肯定を意味するだけである。
 「金日成主義」なるものが朝鮮のなかでどういう役割をはたしているにせよ、それを世界革命の最高の中心思想などと美化して、これを可能なかぎり世界におしつけることは、まさに笑うべき犯罪的愚行覇権主義そのものであることを、われわれはあらためてはっきりと何回でも指摘するものである。

  おわりに

 はじめにも指摘したように、そして以上に具体的にみたように、朝鮮労働党は、今回の論文で、日本共産党にたいする敵意をいっそうむきだしにし、覇権主義をひらきなおって、わが党に全面的な攻撃をくわえ、日本共産党にたいするかく乱とわが党指導部の打倒を公然とよびかけた。われわれは、これを軽視することなく、必要な警戒心をいっそうたかめ、党の正確な路線のもとにかたく団結して、かれらのさまざまな覇権主義的策動を粉砕するために、断固としてたたかうであろう。