この討論欄は、第23回党大会に向けた、綱領改定案にかかわる問題を論じるコーナーです。
澄空さんはdemocratさんの「綱領改定案のとらえ方が根本的に間違っている」「この問題では、democratさんの投稿は問題外」と断定されていますが、私には澄空さんこそ「綱領改定案のとらえ方が根本的に間違って」おり、「この問題では、澄空さんの投稿は問題外」であると断じざるをえません。
まず、「君主」「君主制」とは何か、定義を確認します。
「君主」・・・・「世襲によって位につき、一国の主権を有する統治者」( 王 皇帝 天子)
「君主国」・・・「君主によって統治される国家」
「君主制」・・・「主権が君子に属する統治体制」
(旺文社国語辞典)
「君主制」・・・「世襲の単独の首長により、統治される政治形態。君主の専断にゆだねられる絶対君主政体と制度によって制約される制限君主政体とに分かれる」(広辞苑))
そもそも、国家制度は、主権がどこにあるかということが基本的な性格づけの基準です。従って「君主」「君主制 という場合、主権、統治権が君主(王、天皇、皇帝)に属していることが条件です。
例えば日本の大日本帝国憲法下の天皇は「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」(第1章第1条)とあり、立法・行政・司法・軍の統帥権などすべての統治権を持っていたので「君主」であり、国家制度としては「君主制」であり「絶対主義的天皇制」と規定されました。
では、戦後の日本国憲法における天皇はどうとらえるかというと、日本国憲法には
「ここに主権が国民に存することを宣言」(前文)
「天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」(第1章第1条)
「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国 政に関する権能を有しない」(第4条)
「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を 必要とし、内閣がその責任を負ふ」(第3条)
とあるように明らかに主権は国民にあり、天皇はまったく「国政に関する権能を有しない」存在であり、「君主」とは言えず、従って日本の国家体制は「君主制」ではありません。
さらに天皇が「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」という位置づけから考えても「狭い意味での天皇の性格づけとしても、天皇が君主だとはいえない」と言えます。
澄空氏は「『天皇制』とは『君主制』ではないのでしょうか?」 「『天皇』は『君主』ではないとでもおっしゃるのでしょうか?」と「天皇制」=「君主制」、「天皇」=「君主」と思い込んでいるようですが、「天皇主権」ならば「君主制」といえるでしょうが、「天皇制」すなわち「君主制」とは言えません。
日本国憲法憲法下では「天皇制」は象徴天皇制という形で存在するが、「君主制」ではないのです。
澄空さんは、「『専制君主制』が強大な統治権のある『君主制』だとすれば、『立憲君主制』は統治権が制限された『君主制』になりますし、『象徴天皇制』は統治権が形骸化された『君主制』ということになるでしょう。」と述べていますが、前半部分は、まあいいでしょうが、後半の 「『象徴天皇制』は統治権が形骸化された『君主制』ということになるでしょう」は論理矛盾であり、「統治権が形骸化」(内容が不明瞭ですが)、すなわち、国家意思を左右するという力を含まない「まったくの形式的・儀礼的・栄誉的性質」のものでしかない「国事行為のみを行」う天皇を「君主」と言わないのは学術的にも定説です。
従って、澄空さんの方こそ「 綱領改定案のとらえ方が根本的に間違っている」のであり、dmocratさんの「憲法上明確に統治権を否定され、儀礼的存在でしかない天皇が『君主』であるという憲法学者はいないでしょうし、政治学者の多くが異なる見解を有しているとも思えません。いずれにせよ、現在の象徴天皇制が『君主制』だという人は、自らの『君主制』の定義を明らかにして議論すべきでしょう。」の見解の方が全く正しいのです。
整理すると、現在日本は形を変えて天皇制は残っているが、「君主制」と規定することは誤りであるから、現綱領から「君主制の廃止」という文言を削除したのであるということ、そして、綱領案は「一人の個人あるいは一つの家族が『国民統合』の象徴となる現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の立場に立つ」と「象徴天皇制」をも将来的には廃止する立場であることを明確にしているのです。しかも廃止の展望においても、「象徴天皇」は「憲法上の制度であるから」、憲法改正が必要となり、それは「国民の総意によって解決されるべきものである」と、現綱領と比べても、より具体的にされているのです。
澄空さんが「議論がかみ合っていないように思います」というのはひとえに澄空さんの基礎的知識の欠如に由来するものといわざるを得ません。