この討論欄は、第23回党大会に向けた、綱領改定案にかかわる問題を論じるコーナーです。
綱領改定案では社会主義。共産主義での社会では生産者が主人公ということが強調されている。資本家と労働者の階級的対立がなく、人間の人間による搾取がない世界でも生産者が主人公でいいのであろうか。矛盾点を挙げてみる。
①社会主義の世界でも商品は企業(国の所有又は共同体所有の)により生産されており、最終商品は消費者に供給される。問題点は供給された商品が安全衛生の基準を満たしているかどうかである。どんな商品でも言えるが例えば食料品に何かの手違いで1個/100万個に砒素が混入していた場合には消費者に甚大な損出を与える。
いかに人民共和制の企業指導者が有能でもこの比率の品質管理を徹底させるには、コストの面からいうと厳しい。生産者が主役では消費者保護という観点がおろそかになりやすい。
対策としては、生産者(企業)から独立した第3者機関(商品監視機関)が2重にも、3重にも安全衛生をチェックするシステムが社会として必要である。
②社会主義の世界でも企業の生産に伴い、大気への有害ガスの放出、水中への汚染物質の排出、騒音などの環境負荷は発生する。そのまま放置しておくと近隣住民などに被害が発生する。
環境負荷を低減するには設備などに莫大なコストがかかり、生産者が主人公の企業の指導者でも取り組みに消極的になりやすい。
やはり対策としては、第3者機関のチェックと環境デ-タなどの情報公開を義務付けることだろう。この発想も住民権利の保護からである。
③日本では生産者の就業人口は第一次産業(農林漁業)が約7%、第2次産業(鉱工業)が約23%なので、非就業人口(子供、年寄り)を含めた日本総人口比では約18%にすぎない。全人口の82%と大多数の人は消費者なのである。
こういった大多数の人々を脇役に追いやって生産者が主人公でいいのであろうか。
そもそも生産者が主人公という考え方は今から100年以上も前のマルクスやレ-ニンの時代の考え方であり、人口の大部分が農業や工業に従事している時代であり、適切な考え方であろう。現綱領もこの考え方に立っているが戦後まもなくであり、ソ連などは全盛期の時だけ当時としては適切であったのだろう。しかしそれから42年も経っており、情勢は変化してきているのに、マルクスやレ-ニンの言葉をそのまま綱領改定案に載せるのには情けない。せめて動労者が主人公と書くならば、まだ救われるのに。