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「北朝鮮問題」討論欄

『現代コリア』研究所所長・佐藤勝巳氏の歴史認識を斬る

2004/07/15 南雲和夫 30代 大学講師

1. はじめに

「愚者に愚者に応じた答え方をするな
 君も愚者にならぬために。
 愚者には愚者に応じた答えをせよ、
 愚者が己を賢者だと思わぬために。」
(旧約聖書「蔵言」より)

2. あきれた歴史認識―佐藤氏の朝鮮半島植民地支配への認識
 さる4月18日、東京都内で「拉致被害者の声を受け止める在日コリアンの集い実 行委員会」が、北朝鮮に拉致された日本人を救出する会(救う会)会長・佐藤勝巳氏 と、日朝国交促進国民協会会長和田春樹氏との討論を中心としたイベントを開催し た。そのなかで、佐藤氏は和田氏との議論の最中、及び会場からの質問に対して、概略以 下のような見解を述べた。

「(朝鮮半島への)植民地支配=悪」だから、その清算を(日本が)しろというのは いかがなものか」
「もしそういうのなら、中国と韓国の関係はどうなるのか?あるいは、そのもっと以 前の歴史はどうなるのか?そんなことをいいだせば、きりがなくなる」

 開き直りとはこのことである。そもそも、かつての中国(明王朝およびその後の清 王朝)と、高麗及び李氏朝鮮、そして琉球王国などのアジア諸国との関係は、あくま で東アジアの中世的な秩序の中に於ける「冊封体制」における関係であって、近代的 な欧米諸国の植民地支配と比較すること自体が誤りである(1)。19~20世紀に なり、曲がりなりにも国際法(万国公法)が確立しつつあった時代と、中国にとって 周辺のアジア諸国との貿易・交易関係が中心であった15~17世紀の冊封体制を比 較すること自体が誤りであろう。佐藤氏は、あたかも両者を同等のもの―すなわち、李 氏朝鮮などの国々が中国の植民地であった―と見なし、日本の植民地支配を問題にす ること自体がナンセンスであるかのようなことを―とは、よくもまあいえたものであ る。
 日本の朝鮮半島に於ける植民地支配の過程を考えてみても、明成皇后(閔妃)の虐 殺、日韓保護協約の強要、ハーグ密使事件、韓国併合に至る過程で、日本側にどんな正当 性があったというのか。その大半が相手国である李氏朝鮮、大韓帝国との信義を踏みに じり、当時の国際法を踏みにじるものである(2)。佐藤氏の主張は所詮、当時の帝国 主義国家による強盗の開き直りの論理でしかない。
 佐藤氏はさらに、「(植民地支配を問題にするのは)韓国くらいなものだ」「他の 国はそんなことは問題にしてはいない」とも述べ、日本による朝鮮半島の植民地支配 を事実上擁護する。しかし、2001年に南アフリカ共和国のダーバンで開催された「反人 種主義・差別撤廃世界会議」では、地元のアフリカのNGOのみならず、欧米諸国の植民地 とされたほかの地域のNGOからも、かつての植民地支配に対する非難が出され、国際的 にも問題にされた(3)。また、英国の植民地であったオーストラリア、ニュージー ランドでも、先住民族であったアボリジニーやマオリ族から先住民族としての権利と 植民地支配に対する謝罪要求が出され、これに対して英国女王が、マオリ族に対して 条約違反に対する謝罪声明を出した、という例がある(4)。
 佐藤氏が、一連のこういった事例を知らないのは勝手だが、少なくとも「植民地支 配が問題にされているのは日本だけ」という、事実に反する発言には率直に言って 「不勉強」と指摘せざるを得ない。

3. 日朝友好運動への敵対と変質―正当化する自らの思想的変節
 佐藤氏は、1950年代後半から64年頃まで、日朝協会新潟県連合会の事務局長と して、在日朝鮮人の帰国事業をはじめ、一連の日朝友好運動に携わっていたことは、 講演のみならず自らの著作でも触れている(5)。しかし、その後上京して日本朝鮮 研究所の事務局に入り、中国共産党の文化大革命を支持していた寺尾五郎氏(故人) らと共に活動を共にしていたことはよく知られている。にもかかわらず、その後文化 大革命中の中華人民共和国に入り、その実態を見て「マルクス・レーニン主義と決別 した」とも述べている。
 その後佐藤氏は、『現代コリア』誌上などで、かつて所属していた日本共産党の朝 鮮労働党との関係悪化を記録した著作を読んだ感想として、「共産主義者とは救いよ うのない集団だと思った」などと悪罵を投げつけることに終止し、自らの思想的な変 質振りについて、何ら自己分析・自己批判もなかった(6)。これでは、佐藤氏が関わっ た共産主義運動、また『日朝友好』運動とはいったいなんだったのか。その思想性・無 節操ぶりが問われても仕方がなかろう。

4. おわりに
 佐藤氏をはじめとする「救う会」幹部は、拉致被害者救出の美名の下でいたずらに 「北朝鮮への圧力」「経済制裁の発動」などを日本政府に迫り、北朝鮮側の猛反発と 強硬姿勢をわざわざ引き出している。本来平和的な外交手段によって、粘り強く交渉 と説得を続けることで解決の可能性が開ける問題を、強硬姿勢をとることを声高に叫 ぶことで両国間の緊張を煽り立てることは、結局は日本国民の間に北朝鮮に対する不 信感と朝鮮民族に対する排外主義を煽り立て、東アジアに於ける軍事的緊張と対立、 ひいては第二の朝鮮危機に導く危険性をもたらすものでしかなかろう(7)。
 アメリカ・ブッシュ政権は、かつてイラク・イラン・北朝鮮の3国を「悪の枢軸」呼 ばわりしたばかりか、イラクに対してはフランス、中国など国連常任理事国を含めた 多くの国際世論に反対して侵略戦争を実行した。日本の小泉政権は、こうしたブッシュ 政権による侵略戦争を積極的に支持したばかりか、自衛隊をイラクに派遣し実質上米 英両国の占領軍の一翼を担っている。さらに6月の国会では、民主党などの賛同を得て 有事関連法案を成立させるに至った。
 このような政治的状況がある一方で、日本ばかりでなく、韓国でも北東アジアの平 和と安定のために多くの市民・平和団体が活動し、北朝鮮との間で存在している懸案 を平和的に解決する努力を模索している。そうした状況のなかで、佐藤氏らを中心と する『救う会』幹部の一部の発言は、結局はこうした動向に荷担し、拉致問題を始め とする日朝間に存在する諸問題の解決を遅らせ、失敗させるものでしかなかろう。そ のことを指摘して、本稿を締めくくりたい。

(注1) いわゆる中国の冊封体制とは、明王朝の時代初代皇帝として即位した洪 武帝が、伝統的な儒教的秩序を確立し、それによって人々の意識を規定する儒教国家 の確立をめざしたことにはじまる。この儒教的秩序を、国内のみならず中国を取り巻 く周辺民族・諸国(アンナン、高麗、チャンパ、ジャワ、琉球など)に求め、天下の中心に 中国を置く「中華思想」や儒教の理念などに基づいて周辺諸国から朝貢(進貢)さ せ、四夷と呼ばれた周辺の民族・諸国を支配下に取り込む「礼的秩序」(皇帝による冊 封使の派遣によって、国王として認める)を構築しようとしたのが実態であろう。し かしこれはあくまで、中国を中心とする当時の東アジア社会が一つの通行圏を形成し ていた、と言うものであって、必ずしも明王朝の外交体制の中に完全に組み込まれて しまうことなく、それぞれに独自の外交方針を堅持し、進貢や冊封による宗属関係に 拘束されるものではなかったのである。赤嶺守『琉球王国』(講談社、2004年)参 照。
(注2) 明成皇后暗殺については、角田房子『閔妃暗殺』(新潮社)がその過程 からその後の状況までを詳細に記している。また、日本の植民地支配については、日 朝協会『朝鮮半島は今!-朝鮮民主主義人民共和国をどう見るか』(日朝協会、2003年) 尾河直太郎論文参照。
(注3) たとえば2001年1月15日―16日にかけて開催された「反人種主義・差別撤 廃世界会議」非公式協議(議題3)で採択されたNGO共同声明では、以下のような文章 が盛り込まれている。

「私たちは現代の人種主義現象は、残念ながら今日の世界を悩ましつづけている何世 紀にもわたる陰湿な慣行の表われを含んでいると信じている。これらの現象の根本的 原因を効果的に解決するためには、私たちはもっと旧い時代を探り、例えば、植民地 主義に於けるアフリカの人々の奴隷売買や植民地主義のような、人種主義と人種差別 を堅固に強化するのに主要な役割を果たした歴史的事実に取り組む必要がある」
     http://www.imadr.org/japan/wcar.ngo.joint.statement.html

(注4) http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Oasis/3529/nz_life/maori/i ntr_m
(注5) たとえば佐藤勝巳『在日韓国・朝鮮人に問う』(亜紀書房、1992年)など。 (注6『現代コリア』1992年8・9月号「編集後記」より。
(注7)このような見方が、必ずしも筆者一人のものでないことは『統一日報』2002 年12月14日号のジャーナリスト四宮義隆氏の論稿にもみられる。

 「佐藤氏を始めとする『救う会』メンバーは正義の原則論をかかげているようでい て、『現代コリア研究所』の「嫌韓・嫌朝・嫌在日」という排外主義の本音をただ貫こ うとしているだけでないではないか。(中略)進歩派を封じ込め、在日子弟への差別 の再生産には何のコメントもしないという彼らの本音とは、『人道主義』や『人権』 を掲げつつ、その実は逆方向のベクトルのようにも見える。そのベクトルとは、皇国 史観の回帰や朝鮮などの植民地支配や侵略戦争を肯定し、排外主義を助長している 『新しい歴史教科書をつくる会』と同方向のものではないか。事実、『救う会』幹事 (筆者注:現在は常任副会長)の西岡力氏は『つくる会』のメンバーでもあり、『救 う会』事務局長(筆者注:現在は『特定失踪者問題調査会代表』)の荒木和博氏は 『つくる会』がもてはやしている『親日派のための弁明』という韓国人が書いて話題 になった日本の植民地支配を肯定する内容の翻訳者である」(初出は『アプロ21』 11/12月号)

(追記)なおこの対談後、佐藤氏は「進歩派の植民地認識の破綻」と題したコラムで、 以下のようなことを述べている。

 「過去の世界史のなかで国家で民族間に、支配被支配の例など枚挙にいとまがな い。独立していく過程で『謝罪や償い』を要求、さらに条約・協定が締結された後でも 謝罪云々しているのは、世界で韓国だけだ。・・・和田春樹氏は『歴史認識においては佐 藤さんと同じであり、自分の言う謝罪は、政治的発言である』と同意を表明した。日 本進歩派の植民地支配に対して謝罪すべきという主張の『破綻の瞬間』であった。会 場の九割は和田氏支持者である。その「瞬間」の彼らの動揺した表情は、壇上にいる 私の目にしっかり焼きつくこととなる」
(http://www.modern-korea.net/column/20040510.html)

 ここで佐藤氏が何を根拠に「会場の九割は和田氏支持者である」「その「瞬間」の 彼らの動揺した表情は、壇上にいる私の目にしっかり焼きつくこととなる」といって いるのか明白ではないが、会場で当方が事前に提出していた質問事項について、回答 がないことを問いただした筆者に「後で回答する」旨返答しておきながら、その後一 切の連絡も返事もない佐藤氏の「対応ぶり」は、筆者の記憶に「しっかり焼きつくこ とと」なった。