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「北朝鮮問題」討論欄

憲章第7章制裁を当然の前提とすべきでない

2006/10/12 樹々の緑

 朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」と略記)によ る核実験実施声明によって、中華人民共和国(以下「中国」と 略記)を含めて、国連憲章第7章に定める「制裁措置」を内容 とする国際社会の対応もやむなしという結論が、国際社会の主 流となっているように感じています。

 中華人民共和国(以下「中国」と略記)政府も、この9日の 北朝鮮政府の核兵器実験実施声明を受けて、国連憲章第7章が 定める制裁措置に言及した新たな安保理決議に反対しない態度 を示しているようですし、大韓民国(以下「韓国」と略記)政 府も、韓明淑首相が国会答弁の中で「第7章を援用したとして も第42条の軍事制裁がすぐに含まれるものではない」(日刊「 赤旗」2006年10月11日(水)付B版第7面)といっているようで す。

 しかし、こういう議論で一番欠落していると思うことは、国 家単位の議論によって犠牲にされる、数多くの、「その他大勢 」に属する「一般国民」の生活ではないでしょうか。イラクや アフガニスタンやパレスチナでも、このことがいちばん看過さ れているように思えてなりません。

 現時点で必ずしも熟考を経たものではありませんが、私は、 この点で、次の四つの点を、特に指摘したいと思います。

 第一は、北朝鮮の「6か国協議への無条件復帰」を求めてい る諸国であっても、必ずしも憲章第7章に定める「制裁措置」 の発動に賛成しているわけではないということです。

 チリ政府の声明における「国際社会は対話によってこの危機 を解決すべきだ」という主張も、6か国協議議長国である中国 政府の「対話と協議を通じた平和的解決しかない」という強調 も、そういう趣旨に受け止めることが可能であるし、何よ りも、マレーシアのサイドハミド外相の「国際社会によるさら なる制裁はすでに食料、医薬品、燃料の不足に苦しんでいる北 朝鮮の人々にとって助けとはならない」という言葉が、端的に そのような潮流を代表していると言えます(「赤旗」10月11 日(水)付第6面)。

 北朝鮮政府の「自国防衛力強化」の主張は、結局「核抑止力 」論に立つものであり、すでに前世紀の核兵器廃絶運動によっ てその破綻が明らかにされているものに過ぎません。アメリカ の一国支配主義に対抗するのであれば、まず以てその「核抑止 力論」を否定する論理こそ、自国の基礎とすべきであるのに、 北朝鮮政府の主張は、そのような国際社会における民衆の運動 の成果を、一顧だにする趣きもなく、驚くべき論理としか言い ようがありません。
 しかし、私たちはすでに、イスラエルやパレスチナであれ、 イラクであれ、タリバン政権を戴いていたアフガニスタンであ れ、名もない民衆を無差別に害する行為は是認できないという 強固な意思を確認してきたはずではないでしょうか。とくに、 政権の行動が一般民衆のコントロールを離れたところで行われ ている場合に、その民衆の「血で贖わせる」ことに、不条理を 感じてきたのではないでしょうか。
 そして、いまの北朝鮮を見た場合、その不条理さは、誰の目 にもいっそう感じられるはずではないでしょうか。

 第二は、憲章第7章の「制裁」措置に表立って反対していな い韓国政府のような立場であっても、「軍事制裁」には反対し ているということです。

 もともと、国連憲章第41条と第42条との規定の文言を見ても 明白なように、制裁措置は段階的なものです。ですから、憲章 第7章による国連の公式の「制裁措置」には正面から反対しな い諸国であっても、軍事的制裁措置に「発展」することには歯 止めをかけたいという意向が、「対話」や「平和的解決」を強 調している各国政府の態度にも、現れていると思います。
 しかし、国際政治の現実的経験を見ると、「有志連合」だと か「自衛的反撃」だとかの名目で、国連安保理の軍事制裁決定 を待たずに、軍事力の行使がなされている事例があったわけで す。ですから、このような、憲章の明文規定や趣旨を逸脱した 軍事力行使に対して、いかなる態度を採るのかが、今回の北朝 鮮の核実験問題に対しても、するどく問われていると思います 。実際、アメリカは、アフガンでもイラクでも、泥沼に落ち込 んでいるといわれているのです。そこで「血を流している」の は、そこに生活しているイラク・アフガンの民衆であり、軍隊 として派遣されている国家の若者なのです。
 そのような、国際社会の近時の経験に即して釘を刺す「制裁 措置」の限定(表現は非常に穏やかであっても)をすることな く、漫然と「国際の平和と安全に対する脅威である」という規 定づけから、憲章第7章の「制裁措置」を決定することなど、 許されないと考えます。それは、イラクやアフガニスタン、最 近ではレバノンやイスラエルで無惨にも命を落とした、私たち が名前も知らない無数の人々に対する、冒瀆だと思いま す。それを、北朝鮮で繰り返さない保障をどのように構築する か、それと無関係に、「北東アジアの平和と安全」が構想され てはならないと考える次第です。
 ちなみに、日本共産党が、去る10日の衆議院の決議に賛成し ながらも、「国連憲章第七章に基づく措置を『含め』」という 点にとくに言及して、「平和的・外交的解決」を強調している のも、いま述べた懸念を念頭に置いているものと思われるので す。

 第三には、この問題は、全地球規模における核兵器廃絶の課 題と切り離して考えられないということです。

 2005年の核不拡散条約の再検討会議が、アメリカを中心とす る妨害によって、2000年の同会議における核兵器国による核廃 絶の「明確な約束」履行の進展がまったく無に帰す結果に終っ たことは、世界で認められていることです。それどころか、こ の間アメリカは、9.11同時多発テロを契機として、国際法上の 「国家の自衛権」の概念を勝手に拡張し、「先制攻撃的自衛」 を主張するばかりか、その「攻撃」に核兵器によるものも含む とするなど、とんでもない論理を振りかざして、世界を核脅迫 と一国支配の下に置こうとしています。
 核兵器に対する国際世論のもう一つの潮流が、単に核兵器の みならず、核エネルギーの利用についてさえ、現存する実用上 の利用に、地球・地域環境保全の見地から疑問符を投げかけて いるときに、前世紀に破綻した「核抑止力論」を「進化」させ た「先制核攻撃正当化論」を主張するなど、到底許されるもの ではありません。
 北朝鮮政府がいう「自国防衛力の強化」という口実も、単な る抽象的な「北東アジア・国際社会の平和と安全」ではなく、 このような観点からこそ、批判される必要があると思います。 「核拡散の阻止」という観点にしても、「なぜ」核拡散を阻止 する必要があるかという根本問題に遡って、問う必要があると 思うのです。
 本当に、北朝鮮が国家としての存立を軍事的にも確保したい と思うのであれば、自ら「核抑止力論」などに依拠することな く、世界の民衆の核兵器廃絶の運動に合流して、自身が参加し ているはずの非同盟諸国首脳会議2006年「ハバナ宣言」がいう とおりに、期限を切った核廃絶の努力こそ強調すべきものです 。
 そして、その立場に立ってこそ、アメリカが2000年の「明確 な約束」に背き、核脅迫による一国支配主義を推し進めている 現実に対して、国際社会の共感を得ることができるはずではな いでしょうか。

 第四は、こうした北朝鮮政府の誤った行動を是正させるため に、何が必要かということです。

 もちろん、某政党がいうように「国際社会の一致結束した対 処」は必要でしょう。
 しかし、「一致結束して」「平和的・外交的」に解決を促し ても、相手である北朝鮮政府がこれに応じなければ、意味はあ りません。某政党などは、「いまの北朝鮮政府の行動は、却っ て北朝鮮の安全保障を危うくする」といっていることからも、 北朝鮮政府が未だに「穏やかな説得の対象」であるかの如く考 えているように思われますが、疑問です。
 国際社会が、中国政府を含めていわば「さじを投げている」 のも、そうした「論理的説得」が通用しない相手であることに 、業を煮やした結果とは言えないでしょうか。
 アメリカも、そこにつけ込んでいるのだと思います。チリ政 府声明が「世界の平和と安全を乱す不必要な挑発だ」と述べて いることも、そうした事態を指しているものだと思います。
 今回の結末がどうあれ、一つの妥協的結論にしても、北朝鮮 政府にすれば、瀬戸際外交による「成果」だと自己評価してし まう危険があります。中国政府にしても、現在の経済成長路線 にとっては、自国を含む地域・世界の平和と安定こそが必要で あると考えたために、北朝鮮に「強い自制」を求めているだけ であって、本当に核廃絶を現実的なものとするために、核拡散 を阻止する必要があると考えていることが政策行動の主因にな っているとは、あまり考えられません。

 そうした中で、今回のような「核対抗」行動を是正するいち ばんの保障となりうるのは、やはり、核兵器使用によって真っ 先に危険に曝される「一般民衆」の声だと思います。
 ですから、単なる外的な「国家的圧力」の効果を過大視する ことなく、それぞれの国内における民衆の平和を願う声を、当 該国政に反映させることこそ、「核対抗」国家間対抗是正への 根本的な保障となるのではないでしょうか。

 今回、日本の安倍首相は、「冷静」な対応を強調しています 。これを好機として、私たちも、上記諸観点からの「冷静な」 対応に、是非努めなければならないのではないかと、愚考する 次第です。