資本主義経済とそれ以前の経済の本質的違いは、商品生
産、つまり、自分自身にとって不要なものを生産していること
にある。
君は今日の社会的労働は、各人が自分自身のために不要であ
るものを生産しているという、まさにこの点を特徴としている
ことに気づかないのか? 大工業の発生以来そうでなければな
らぬことに気がつかないのか。この点に今日の労働の形式及び
本質があるとこと。この点をしっかり掴むこと今日の経済状態
の只の一側面も、今日の経済現象の只の一つといえども理解で
きないということに気がつかないのか?
それで君の説によるとウィステギ-ルスドルフのレオノ-ル・
ラインハイム氏は、まず最初に氏自身に入用な綿糸を生産する
。次いで氏の妹が氏のために靴下や夜着用ジャケツを編み切れ
ない余分な綿糸を交換するという順序である。
ボルジヒ氏はまず最初に氏の家族用のために機械を製造する
。次いで余った機械を売りに出す。葬具屋は最初に用心深く、
自分の家族の死亡の場合を慮って仕事をする。その上で、家族
はそう度度死ぬものではないのだから、葬儀用品で余分ができ
たのを交換する。略
要するに、人々はまず最初に自己の需要のために生産し、そ
の次に剰余物を引渡していたということ、言いかえれば主とし
て自然経済を営んでいたという点が、以前の時代の社会におけ
る労働の、差別的注意すべき性質である。そして今度は、各人
は自分が全然必要としないものばかりを生産する。言いかえれ
ば、以前は主として利用価値だったのが今日は各人が交換価値
を生産している点が、まさに近代社会における労働の差別的性
質であり、特殊的性質である。
そしてシュルツエ君、これが近代社会のように分業が普く発
達している社会における、労働制度の必然の、そして益々増大
しつつあるところの形式および様式であることが、君には分か
らないのか? 経済学入門 第一章国民経済学とは何ぞや ロ-ザ
・ルクセンブルグ