>これもあなたの言っている事の根拠が分からな いので、書いたもので、内容に関する議論はするつもりはあり ません。
あなたはただ理解したくはないということでしょうか?
あなたは、ローザが帝国主義認識について曖昧だったという
ことを理解したくないということです。ローザは、帝国主義と
植民地の超過利潤や収奪に対するレーニンの提起や、被抑圧民
族の解放闘争に対する確信がなかったわけです。その根底には
、「資本蓄積論」を展開したローザが帝国主義そのものの認識
が欠如していたということと、レーニンの主張である、自国帝
国主義における革命的祖国敗北主義と被抑圧民族解放闘争の支
持をローザは受け入れなかったということです。
ローザは、民族解放闘争が起こると帝国主義が戦争を起こす から、被抑圧民族解放闘争を支持してはならないなどと提起し てしまっていた。レーニンは、そうではなく、帝国主義が植民 地を収奪し抑圧支配しているから民族解放闘争は起こるし、自 国帝国主義の労働者は、民族解放闘争を連帯して支持すべきだ と強調したのです。
帝国主義は市場獲得競争を戦争で拡大していこうとし、帝国 主義同士の植民地獲得競争は戦争にいたることになるから、自 国帝国主義の労働者は被抑圧民族の解放闘争に連帯し、戦争に 突き進む自国帝国主義の敗北主義を掲げて帝国主義を打倒しな ければならないと主張したのがレーニンなのです。
こうした展開は、レーニンの「帝国主義と民族植民地問題」 と「ユニウスの小冊子」でなされています。
>ローザ・ルクセンブルグは「草稿」の中で、ボ リシェビキが資本主義世界に投げかけた「民族自決」のスロー ガンをも鋭く批判した。
資本主義世界ではなく、帝国主義とすべきです。
ローザは、帝国主義国と植民地体制諸国・被抑圧民族の区別
をつけられなかったのです。レーニンの民族自決とは、帝国主
義国の民族自決ではなくて、「被抑圧民族」に向けられている
のです。支配的民族、抑圧民族の自決権ではなく、被抑圧民族
の解放闘争にむけられているのです。しかし、ローザは、被抑
圧民族が自決権を獲得して闘争すると、帝国主義が戦争をしか
けることになるから反対だと反動的に展開してしまうのです。
こうしたローザの意見は、マルクス「賃労働と資本」に手出て
くる、労働者が団結してたたかえば、労働者は弾圧される、逆
に賃下げになるとして、階級的団結をよびかけたマルクスを批
判した労働運動家と同様の見解なのです。
ローザの意見に対して、レーニンは「ユニウスの小冊子につ
いて」と「帝国主義と民族植民地問題」を書き記して、民族解
放闘争と連帯すべきことを主張しているのです。レーニンは帝
国主義国における支配民族の民族自決権を鼓舞したのではあり
ません。
>しかしここでは、この問題には詳しくは立ち入 らない。
ここが重要なのです。ローザの帝国主義認識の欠如そのもの なのですから。あなたがなぜ詳しく立ち入らないのかといえば 、ローザの帝国主義認識が暴露されかねないからである。
>何故なら、第一に、ポーランドの共産主義者も 、ボリシェビキとの緊密な連帯を放棄することなしに、このス ローガンには公に異議を唱えてきたし、多くのロシアの同志た ちも、ボリシェビキに止まりつつも、このスローガンに反対し てきたからである。
立ち入らないとしながら、あなたは意見展開してますね。で
はその意見について反論したい。
まず、レーニンの民族解放闘争支援にどうして、「帝国主義
国」の社会運動家たちはレーニンの民族解放闘争への支援や祖
国敗北主義に反対したのかといえぱ、彼らが自国帝国主義打倒
・被抑圧民族解放闘争と連帯するという立場にたてなかったか
らである。実際、ロシアは第一革命がすでにおこっていたが、
第一次大戦に対して参戦をきめこんでいたなかで、ボルシェビ
キが反対していたのだからである。しかもボルシェビキ内でも
、レーニンは多数派ではなく、レーニンの祖国防衛主義の批判
と革命的祖国敗北主義と、被抑圧民族解放闘争との国際連帯に
ついて、多数派はなかなか容認しなかったのでさえあるからで
す。ローザも同様で、民族解放闘争を支持するのは、帝国主義
戦争を拡大させるのと同様だと展開し、被抑圧民族の民族解放
闘争を肯定しなかったのです。しかしレーニンは、帝国主義戦
争は帝国主義側の不均等発展にこそ原因があるのであって、自
国帝国主義国の労働者が、被抑圧民族の民族解放闘争と国際連
帯することによって、帝国主義戦争を止められるとしたわけで
す。そのなかで、帝国主義戦争から革命を提起したのです。あ
なたは、レーニンの「帝国主義と民族植民地問題」をよく読ま
れたほうがいいと思います。
>第二に、このスローガンはメンシェヴィキのスローガンー少 なくとも理論的にはーであって、かれらはブルジョア平和主義 の旗をかざし、あらゆる国のシャイデマンどもも、世界を欺く ための手段にすぎないにせよ、同様だからだ。
民族自決権がブルジョア民視主義のものだ、被抑圧民族に対
するブルジョア急進主義の扇動だというのは、あまりにも滑稽
でしょう。
「ユニウスの小冊子について」を熟読してみてください。
>ブルジョア的、反革命的な政策を進めるのに役立つスローガ ンは、革命の戦術的なテコでは決してない。民族自決は、ブル ジョア世界では決して実現されず、ただ社会主義世界でしか実 現されないのであり、その場合にも、抽象的、形而上的な権利 の表現としてではなく、社会主義的な世界経済を建設すること を目指す国際的なプロレタリアートの連帯の枠の中でしか実現 されない (革命の戦術問題 に対するローザ・ルクセンブルグ の立場 アドルフ・ワルスキ)
ローザの「資本蓄積論」の展開をされても、その理論が間違
っていると私は指摘してきたのです。
ローザは、被抑圧民族解放闘争を否定したということです。
しかも、ローザは、自国帝国主義における革命的祖国敗北主義
の重要性を理解しえなかった。レーニンのいう、自国帝国主義
打倒と被抑圧民族の民族解放闘争の結合によって、世界革命に
至らしめるという理論に納得がいかなかったのが、ローザらな
のです。
>「民族自決権」はプチ・ブルジョアジーの空虚な空文句であ り、戯言以外のなにものでもない(ローザ・ルクセンブルグ)と いうのが、ドイツ左派の共通認識だったのではないか。
上記と同様の意見をいいますが、ローザらは、帝国主義の超
過利潤、植民地経済の収奪、そして帝国主義市場争奪の上に発
生する帝国主義戦争、それらの帝国主義の展開を理解できなか
ったわけです。
しかもローザは、植民地の被抑圧民族が民族解放闘争をする
から帝国主義は戦争をするのだと提起してしまったわけで、だ
から民族解放闘争は反対だとローザは提起してしまったのです
。
したがって、ローザは、自国帝国主義の打倒と植民地におけ
る民族解放闘争との連帯というレーニンの提起をかたくなに拒
絶したわけなのです。
>この認識が、一般性、普遍性を持つかどうかは議論の余地が あるが。
普遍性なんかないと思います。どちらの立場かでしかないと 思います。帝国主義か反帝国主義かです。したがって自国帝国 主義に曖昧だったローザはドイツ左派の脆弱性を突き進みなが ら、ドイツ革命に敗北するということになったわけです。
>帝国主義国における第二インターの崩壊にも曖昧な態度をと ったというのは何を根拠に言っているのだろうか。具体的に示 して欲しい。
ユニウスの小冊子についてをよんでください。
>1914年8月4日、ドイツ社会民主党は政治的に破産し、同時に 社会主義インターナショナルは崩壊した。この事実を認めまい とする、あるいは覆い隠そうとする、あらゆる試みは、それが どのような動機から生まれたものであろうと、客観的には全て 同罪であって、社会主義政党の宿命的自己欺瞞と、崩壊を促し た運動の内部的弱さを、永久に保存し、これをかえって分別あ る正常な状態だとして、遂には、社会主義インターナショナル を、一片のフィクションか偽善に変えてしまおうとするものだ 。
インターナショナルの崩壊それ自体が既に、如何なる時代の 歴史にも例のないことである。社会主義か帝国主義かー過去数 十年に亘る労働者党の政治路線は尽く、この二者択一の中に集 約されるものだった。特にドイツでは、無数の、綱領問題に関 する演説、人民集会、パンフレット、機関紙の論説を通じて、 この定式が、或いは党のスローガンとして、或いは現在の歴史 的局面、及びその特徴的な傾向についての党の見解として繰り 返し述べられてきた。
世界大戦の勃発とともに、言葉は肉体となり、歴史的な傾向 を示すだけだったこの定式が、たちまち政治状況そのものとな った。いち早くこの二者択一を認識し、進んでそれを人民の意 識にもたらした社会民主党は、自らこの政治状況に立たされる と、さっさと矛を収め、一戦も交えないで、帝国主義に陣地を 明け渡してしまったのである。
階級闘争の歴史始まって以来、およそ政党という物が生まれ てからこの方、このような例があっただろうか。? 50年間の絶 え間ない成長の末、第一級の政治権力の座を占め、何百 万もの人々を自己の周りに結集した挙句、僅か24時間の内に、 政治権力の全てを雲散霧消させてしまうなどということは、ド イツ社会民主党以外の如何なる党も、かつて経験した事がない 。
しかも、ドイツ社会民主党は、インターナショナルの中でも 、最も組織のがっちりした、規律の行き届いた先進部隊だった のだから、この一事は、今日の社会主義の壊滅を、完璧なきま でに暴露したものと言えるだろう。略
あらゆる国々の社会主義政党の共有財産となり得るもの、ま たそうしなければならないものは、インターナショナルの現状 を打破するための突破口、及びインターナショナルの崩壊の原 因を認識することだ。平和と共にインターナショナルの再建を 目指す決定的な行動は、交戦国の社会主義政党からしか生まれ て来ない。
平和とインターナショナル再建のための第一歩は、今直ちに 、社会帝国主義路線を逆転させることである。
もしも、このうえ更に、社会民主党の国会議員が、戦争継続 のための戦争予算に賛成投票をするならば、かれらの平和要求 も、平和処方も「如何なる侵略行為にも反対する」勇ましい声 明も、尽く、カウツキーの「インターナショナル」-それを構 成する各国の社会主義政党は、「とやかく言われる筋」がなく 、互い同士、仲良く組んだり、相手の喉ぶえに喰らいついたり 、交互にそれを繰り返す仕組みのインターナショナルーの同類 であって、これは偽善ーというよりもむしろー狂気の沙汰であ る。(インターナショナルの再建ローザ・ルクセンブルグ)
>ローザの第二インターナショナルの崩壊に対する態度は、い ささかの曖昧さも無いと思いますが。
まず、ローザは何ゆえに、ドイツ社民が第二インターを裏切
ったのかという点を明確に指摘できていません。確かに、ロー
ザはスパルタクシストを結成しますが、レーニン的な第二イン
ターの崩壊のような理論展開はできておりません。結論すれば
、帝国主義への認識と帝国主義社民への認識が曖昧だったとい
う裏返しの問題でしかありません。
レーニンの帝国主義論的アプローチはローザにはありません
でした。
>それとも、もしそれが、ローザのボリシェビキによる引き回 しを恐れた、第3インターナショナル(コミンテルン)の結成に 対する、時期尚早とする見解に向けられているのだとすれば、 論理のすり替えと言うしかない。
ローザはドイツ左派の脆弱さを受け継いで、帝国主義との対
峙を曖昧にした人だったということはまぬがれません。
しかも帝国主義と民族植民地問題についても反動的見解しか
認識としてなかったとしかいいようがありません。
あなたは、たんに反レーニン主義者なんだと思います。