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「科学的社会主義」討論欄

機械力生産万能論について

2006/07/07 寄らば大樹の陰 60代以上 苦闘するフリーター

 イギリスの産業革命以降、生産力は格段に増加した。
 マニュファクチュア・工場制手工業から始まって動力源の開発・発展に伴う機械工業生産化、そしてフォードシステムの開発、ベルトコンベア方式と一方の中国的な人海作戦などが相まり、その後に続いたIT技術やインターネットを代表とする技術革新の連続は、それを更に加速させた。
 近代の生産力の飛躍的増大は、マルクスやエンゲルス、そしてレーニンにさえ、到底予想出来なかったものだろう。
 そしてそれがグローバル化の波として、世界の隅々まで拡散し、石油を食いつぶし、環境の壊滅的破壊はもとより、これまで長年培われてきた各地、各民族の伝統的な技術文化まで破壊してしまった。
 そして更に、実生産力をはるかに上回る資金が富を求めて、マネーゲーム的に全世界を飛び回り、巨大な富を作り出す一方、膨大な何億何十億という悲惨な貧困を生み出している。
 ・・妖怪が全世界に出没しているー、マネーという妖怪である・・マルクスがまだ生きていたら、「共産党宣言」の巻頭はこう書かれたかも知れない。
 この国のニート、フリーター,非正規雇用化、格差の拡大は、その象徴的現象であり実態なのだ。
 一方、この資本の横暴な振る舞いに対し、対抗主軸としてのプロレタリア革命を通じての共産主義社会の実現という理想は、わが国を代表例として、停滞と後退すら余儀なくされている。
 この困難な情勢をいかに切り拓いていくかが、今私たちに問われているのだ。

 さて前置きはこれくらいにして本題に移る。
 トヨタの奥田の後任として、日本経団連会長にキャノンの御手洗富士夫が就任した。「経済界主流でもないキャノンの御手洗がなんでー」と「異色の改革者」の登場に日本のブルジョワジーはみんないぶかったという。
 キャノンは「グローバル化」の先端を行き、その収益力は群を抜いている。
 だが「キャノンの御手洗」を有名にしたのはもっと別のものだ。
 それは徹底した労務管理手法だ、「1年経つと30人が10人にな」と新聞社にうそぶく御手洗、労働者を三分の一にして尚稼ぐ、その手法の典型が「セル生産方式」と呼ばれるものだ。
 キヤノンの工場では従来からのベルトコンベアを全て取っ払い、区画をつくり、そこに労働者を一人一人囲い込み、担当する製品を部品の手配から組み立てまで一人の労働者に全部やらせ、完成させるという方式である。
 例えばカラーコピー機なら、完成までその部品は数十万個が必要になる。
 確かに部品のユニット化が進む現在では、実際労働者が取り付ける数は数百点だろうが、それを一人の労働者がほとんど、設計図やマニュアルなしで組み立て製品にする。品質テストや包装は別だが、通常私たちユーザーが使える段階まで一人の労働者がやるのだ。
 テレビに出たある女性労働者は「自分でみんなやるのだからベルトでやるのと違い、作ったという満足感、充実感がある」と答えさせられていた。
 確かにこの方式導入によって、ベルトコンベア式より生産効率は格段に上がったという、30人が10人になるわけだ。
 だがこれはメダルの裏側だけである。実際の職場は一人一人の労働者の成績が明確になりに、モーレツな競争が行われる。成果主義賃金が導入され、労働者は分断され、食事やトイレさえも自主的に制限されてしまう。職場は文字通りの「労働監獄」となる。キヤノンの強搾取が自主性の名の下で、合理化されてしまうのだ。
 労働者は365日24時間、意識の中さえ縛られる、この環境に耐えられない労働者はうつ病を患い、使えなくなると「ごみくず」のように捨てられてしまう。
 なぜならこのセル生産方式担っているのは、派遣など企業にとって使い勝手のいい、外部契約労働者だからである。
 トヨタ・奥田が開発した「トヨタ看板方式」は郵便局などにも導入され、現場郵政労働者に一日中の立ち仕事化を強制した。民間企業でも大幅に取り入れられ、労働者は塗炭の苦しみを味わらされている。
 キャノン・御手洗の就任によって、今度は「キャノン方式」が席巻するというのか。
 だがすでに中国・大連のキャノン工場では、中国人労働者のストライキが、反乱が始まっている。キャノン労働者の組織化が強く要請されるのである。