1、
この3月、市民グループが各界の多くの有識者を結集して「
平和への結集の訴え」(以下、「訴え」という。)という呼び
かけを提案した。この「訴え」は巨大与党による改憲プロセス
が加速する現状を憂え、来年の参議院選で護憲派議員を1/3
以上確保することをめざして、護憲派野党の結集と「平和共同
候補」の擁立を求めている。
「訴え」は、現在、ネット上でも多くの議論を呼び起こして
いるが、その内容は説得力に富み、かつ時宜に適した提案にな
っている。現在の2大政党の枠組みの外にいる左翼ブロックと
その諸政党は、憲法改悪阻止の政治課題を中心に、小異を捨て
て大同につく政治戦略を構想すべき時が来たことを自覚するべ
きである。
過去をふり返れば、日本の左翼ブロックは大同を忘れて小異
にはしり、小異のあれこれをめぐり、相互非難と相互排除の応
酬に明け暮れ、自滅の道を歩んできた。小異をめぐる相互非難
と相互排除の「習性」は日本の左翼ブロックの宿痾ともいうべ
く、その宿痾ゆえにまた憲法も危機に瀕していることを想起す
る時、この「訴え」は憲法改悪阻止の有力な戦略たりうると同
時に、左翼ブロックの長年の宿痾を克服する試金石たる役割を
も併せもっている。
2、
改憲の動きが着々と進む事態に危機感を覚え、「9条の会」
をはじめとして、多くの市民の運動が各地で進められているこ
とは周知のことであるが、それら護憲運動総体のなかで最も遅
れているのが国会における護憲派勢力を拡大し、議席の1/3
を占拠する戦略と運動であることは異論のないところであろう
。
護憲派勢力が抱えるこの欠点、すなわち国会勢力としての護
憲派の立ち遅れについて、それを打開すべき責任と打開のイニ
シアチブを取るべき主体は、本来ならば、護憲派の各政党であ
るはずである。しかし、護憲派政党における打開の動きは微弱
なものであり、また、護憲派各党が国民的結集軸としての魅力
を十分に兼ね備えていないがゆえに、あえて市民運動の側が「
平和共同候補」擁立の訴えを提起したものである。それゆえに
、護憲派政党ならば、渡りに舟ともいうべく、「訴え」は真摯
に検討されてしかるべきものであった。
3、
去る5月20日、日本共産党は「参院選での『平和共同候補
』を求める運動について」(以下、略して「記事」という。)
という記事を新聞「赤旗」に掲載した。この「記事」は来年の
参議院選での護憲派政党による選挙共闘、共同候補擁立を求め
る「訴え」に対する共産党の拒否回答である。
共産党の「記事」は、残念なことに、その形式から見ても、
内容から見ても、さらには「革命」政党としての矜持という点
でも無惨な姿をさらけ出していると言わざるを得ない。
4、
現在の政治情勢や「訴え」の内容、そこに結集した有識者の
多さを考慮すれば、共産党の回答は責任の所在を明記し、しか
るべき党機関で検討したことを示す常任幹部会声明か、中央委
員会声明等として発表されるべきものであった。しばらく前の
新社会党の申し入れに対する回答は浦田宣昭・幹部会委員・国
民運動委員会責任者名で公表されていたはずである。明らかに
、この「記事」は責任の所在の不明な文書である。
新聞記事という体裁で出されたこの「記事」は記者の署名す
らなく、最初から意図的に責任の所在を不明にしており、その
こと一つ取ってみても、この党が「訴え」を真剣に取り扱う気
がないことを示しているのである。あるいはこうも言えよう。
責任の所在の不明な記事で「訴え」に回答しておけば、万が一
、その回答が不評で党勢拡大運動等の障害になるような事態が
起きた場合でも、党指導部の責任を回避して方向転換すること
も可能だということである。ここには党指導部の官僚的な狡猾
さと、おのれの拒否回答への自信のなさが露呈している。
5、
拒否回答の内容を検討すると、総括的に言えば、この「記事
」は混乱の極みであり、党指導部の知的無惨さを伝えるものに
なっている。「記事」が言う拒否理由は次の一文に示されてい
る。
「国政選挙で自党に属さない候補者を推すということは、その 党が、共同の候補者について、国政全般について自分たちおよ び自党の支持者を代表する権限を委任することを意味します。 だから、わが党は、国政選挙の共闘の場合、国政全般について の政策協定を結ぶことを、不可欠の条件の一つとして主張し、 この立場を一貫してつらぬいているのです。そして私たちは、 現在の日本の政党状況を見た場合、日本共産党との間で、・・ ・政策的一致と共闘の意思をもった政党は存在しない、という 判断をしています。この判断は・・・党の大会その他で確認し 、公表しているところです。」
これが拒否回答の核心であるが、共産党はこんな文章を書い
て恥ずかしくないのであろうか? 聞くところによれば、「赤
旗」に公表する政治見解は編集部で検討したうえで、さらに担
当常任幹部会員のチェックを受けるというが、「記事」のこの
文章は真剣に検討されたのであろうか?どうもそのようには思
えない。
まず、「共同の候補者」を推す場合と政党間選挙共闘の場合
の話が混同され、両者の「政策的一致」の内容は同一だという
前提で論じられている。ある政党の候補者や無党派の候補者を
推す場合と政党間選挙共闘の場合とでは政策協定の内容は同じ
ではあるまい。沖縄の糸数候補を共産党が推した例をあげてみ
れば、この文章の混乱ぶりは明瞭であろう。
政党間では選挙共闘ができなくとも、特定の候補者に関して
は国政選挙でもある一定の「政策的一致」に達して選挙共闘が
できるわけであるし、糸数候補のような実践上の事例もあるわ
けである。このことは「政策的一致」というものが、政党間と
候補者個人とでは可変的であることを意味しており、共産党自
身も実際に「政策的一致」の内容を使い分けてきたはずである
。それだから、「政策的一致と共闘の意思をもった政党は存在
しない」にもかかわらず、沖縄の糸数候補を推すことができた
のである。そして、糸数候補を推すことができるならば「平和
共同候補」(政党ではない!)を「政策的一致」のもとで推す
ことは可能なはずである。つまり、この文言は「平和共同候補
」を拒否する理由にできないのである。
6、
この混乱ぶりを指摘したうえで、「記事」の言う主張は要す
るに、政党間であれ、個人としての候補者であれ、国政選挙共
闘をする以上は「国政全般についての政策協定を結ぶことを、
不可欠の条件」としているということである。
それなら、現在の政治情勢の下で、どれだけの政策的一致が
でき、共闘の意思があるのかを政党相互間で協議してみてもよ
さそうなものだが、「政策的一致と共闘の意思をもった政党は
存在しない」という、どこぞで決定されたという党の判断を持
ち出して選挙共闘は行わないというのである。何とも奇怪な態
度ではある。
それではひとつ、「記事」が拒否回答の理由とする「党の大
会その他で確認」しているという判断を見てみよう。党綱領に
次ぐ共産党の最重要文書である大会決議を見ると、それとおぼ
しき文言は第22回党大会決議にただ一箇所あるだけである。
以下のものがそれである。
「現在の政党状況でいえば、国会内で悪政に反対する限定的な 課題での共闘がはじまったのは、この間の新しい変化だが、民 主的改革の政権の目標を共有して、連合ができる政党はまだ存 在していない。」(「第22回党大会決議」「前衛」2001 年2月臨時増刊、35ページ)
この文章からわかるように「連合ができる政党は存在しない
」という判断は「民主的改革の政権の目標を共有」するという
基準での判断である。つまり、連合政権の相手となる政党は存
在しないと言っているのであって、連合政権のレベルでない政
党間共闘については、この文言は何も述べていないのである。
「訴え」の提起は連合政権のための国政選挙共闘ではないの
であるから、この大会決議などを持ち出して拒否回答の理由に
することは御門違いであり、党大会決議の文言を不当に拡大解
釈しているか、誤解していることになる。
7、
念のために、ここで引用した22回大会決議の文章の淵源を
訪ねてみると、第21回党大会(1997年)における中央委
員会報告に行き着く。この党大会が開かれたのは、1998年
の参議院選挙における820万票という史上最高の得票数を得
た年の前年にあたり、都議選、衆議院選と躍進した時期である
。衆議院で100議席超、参議院で数十議席という目標を打ち
出したのもこの党大会の中央委員会報告であり、報告者は不破
哲三常任幹部会委員長(当時)である。中央委員会報告は次の
ように述べている。
「決議案が民主連合政府という方向づけをあらためてしめした ことから、いったい連合の相手となる政党はあるのか、あると すればどこか、そういう疑問も、若干の同志からだされました 。・・・現在の政党状況の問題としていえば、現在、国政のレ ベルで、民主的改革で共同できる政党は存在しませんが、この 政党状況を、長期にわたる固定した状況として決めてかかる必 要はどこにもないわけであります。」(「前衛」1997年1 1月臨時増刊、66ページ)
もはや明確ではあるまいか? 「記事」がいう他の「政党は
存在しない」という判断は連合政権の相手としての政党のこと
である。
「記事」は、政党間選挙共闘と候補者個人を推す選挙共闘を
混同した議論を行ったばかりでなく、党大会決議さえ誤解して
「訴え」を拒否したことになるのである。これは一体、どうい
うことであろうか?
端から「訴え」を真剣に検討する気がないからであり、はじ
めに拒否回答ありきということで、無理に拒否の理由を作文し
たからである。それにしても、あまりにお粗末すぎる作文では
ないか。論理の混乱もさることながら、党大会決議を誤解する
議論を放置ないしは承認した党指導部の知的水準はかくも無惨
なレベルであるのか?
8、
なお、政権レベルでの「政策的一致と共闘の意思」に関して
も、過去においては、共産党の主張は現在よりはるかに柔軟で
あったことを指摘しないわけにはいかない。いささか古い例を
挙げれば、第7回党大会(再建党大会1958年)における「
綱領問題についての中央委員会の報告」で宮本顕治常任幹部会
員(当時)は次のように述べていた。
「統一戦線が樹立されるまでの過程で、よりましな政府の可能 性の問題について無関心であってはならない。・・・米日反動 の支配を部分的にも一時的にさまたげうるような政府ができる 場合には、一定の条件のもとで、それを支持することをさける べきではない。」(「前衛」1958年臨時増刊、No145、 126ページ)
また、第15回党大会(1980年)では、宮本委員長(当 時)は「冒頭発言」で、前述のみずからの報告を引用し次のよ うに述べている。
「わが党こそは『よりまし政府』問題についての明確な方針に もとづき、1960年の岸内閣退陣運動のなかで、また、19 74年の田中金権内閣打倒運動のなかで、また1976年の総 選挙の終盤のなかで実践的提起をおこなっており、わが党こそ この構想の創設者です。」(「前衛」1980年4月臨時増刊 、24ページ)
この発言のすぐ後には、具体的な例を次のように示している 。
「岸内閣、田中内閣末期のものは、暫定選管内閣の提案であり 、1976年の総選挙の終盤でのわが党の提案では、ロッキー ド疑獄究明と、小選挙区制に反対し、国民生活擁護の暫定政権 内閣の提案であり、主たる目標は、自民党が過半数を割ったと きの自民党後継内閣を阻止するという限定した目標のものでし た。」(同24ページ)
以上のように、共産党は時の政治情勢に対応して様々なレベ
ルでの「政策的一致」による政権構想を示してきたのであり、
近い事例では1998年の不破委員長(当時)による安保凍結
の連合政権論をあげることもできる。
このように見てくると、「記事」における「政策的一致と共
闘の意思」という条件は、論理破綻しているうえに、時の政治
情勢ぬきの非常に硬直的なものであり、共産党の過去の主張と
も異なることが明瞭になる。宮本委員長時代の主張からすれば
、現在なら、憲法改悪阻止のための共同にはじまり、国政選挙
における護憲派共闘ぐらいは当然のこととして主張するのでは
あるまいか。
9、
今年1月に開かれ第24回党大会における大会決議にも「記
事」が主張するような他の「政党は存在しない」という文言は
ない。ただし、志位委員長による「中央委員会報告」において
「他党派との共同をどう考えるのか」という質問にたいして以
下のような回答がなされている。この質問は一般的な言い方に
なっており、個別の政治課題での共同から、政権を担う共同ま
でを含んだ質問になっていることを注意して、志位委員長の回
答を見てみよう。
「国政選挙での共闘は、国政の基本問題での政策的一致と、先 方に共闘をおこなう意志が必要であり、その条件がある相手は 、全国政党としては、現在は存在していません。」
この回答は一般的な表現になっていて、従来の見解とは異な
る。すでに見たように、従来の見解では、明確に政権共闘の相
手としては存在していないと言っていたのであるが、志位報告
では従来の見解に加えて、政権レベルではない当面する政治課
題(例えば、憲法改悪阻止)での共闘であっても、「政策的一
致」と「意志」のある政党が「現在は存在しません。」と回答
しているわけである。
共産党の現実認識が深化(?)した結果であるのか、従来の
見解を忘れて、不用意に一般化した表現を用いてしまったのか
は不明であるが、いずれにしても、この志位見解は事実上、訂
正されていると見なされなければならない。というのは、3月
23日の「赤旗」によれば、22日に志位委員長は福島社民党
党首と懇談し、「改憲阻止と国民投票法案反対で一致」したと
書かれており、「志位氏と福島氏は、今後、必要に応じて話し
合いをもっていくことでも一致しました。」(共産党HPによ
る)という記事になっているからである。
つまり、時の政治情勢が求める政治課題で「政策的一致」が
でき、「共闘をおこなう意志」がありそうな政党が出てきたわ
けである。その場所でもないが、一言付け加えれば、相手がい
っしょにやる気になるかどうかということは、相手の意志によ
るばかりでなく、こちらの側の働きかけ如何にもよるのだとい
う世間の常識を共産党は少しは身につけるべきであろう。
志位報告の深化(?)した認識部分は事実上、訂正されてお
り、その結果として、志位報告は不可避的に従来の見解に復帰
するほかないのである。
「記事」が唯一頼りにできる志位報告がかかる有様であるか
ら、連合政権の相手となる政党が「存在しない」という10年
前の大会決議の判断があっても、「平和共同候補」の話はもち
ろんのこと、連合政権レベルのものではない国政選挙共闘も可
能なはずである。
10、
ところで、「記事」が頑なに主張するところの「政策的一致
」の内容、あるいは志位委員長が上記引用で言う「国政の基本
問題での政策的一致」の内容とは何であるかを見ておく必要が
ある。「記事」はその内容を伝えてないので共産党の文書から
採り上げると、かつての「革新3目標」と言われたものであり
、現在では民主連合政府の政策となる「日本改革の提案」であ
る。それは3点にまとめられる。?日米安保条約を破棄して独
立、非同盟、中立の日本をめざすこと、?大企業中心から国民
生活中心に経済政策を切り替え国民生活を豊かにすること、?
憲法の全条項を守り、自由と民主主義が充実・発展する日本を
めざす、ということである。
さて、現在、憲法改悪の日程が着々と進んでいる政治情勢の
下で、この3点を「政策的一致点」としなければ、国政選挙の
上で何らの共闘関係も築けないというのが「記事」の見解であ
るが、はたして、このような見解は適切なものだと言えるであ
ろうか?
簡単に言えば、「記事」の主張は、安保破棄が「政策的一致
」に入っていなければ、改憲阻止のための国政選挙上の共闘が
できないと主張しているのである。実に馬鹿げた主張ではない
か。過去に、安保破棄ぬきで選挙管理の暫定政権や小選挙区反
対の暫定政権論を提起していた主張とも矛盾するではないか。
しかも、「訴え」の提起は政権共闘でさえないのであるから
、安保破棄を持ち込む理由は全くないはずである。草の根では
共闘でき、国会内の活動でも共闘できるが、どんな形であれ国
政選挙共闘だけはできないというのもおかしな話ではないか。
一旦、国会議員になれば、50年も議員をするというなら「記
事」の主張もわからなくはないが、推薦した議員の活動が気に
入らなければ、次回の選挙で推薦しなければいいだけの話であ
る。
このように検討してくると、共産党の「記事」全体が、ため
にする拒否回答であることが良くわかるのである。しかし、拒
否回答の真の理由は別にあり、隠されているということである
。「記事」の議論には率直さがなく、うさんくさく、品性に欠
けて見える理由である。
11、
「記事」は「訴え」の提起を拒否したうえで、現在必要なも
のは国政選挙における共闘ではなく、草の根のレベルで護憲派
を多数派に結集する運動だと主張している。しかし、この主張
もためにする議論であり、必要なものは国政選挙における共闘
でもあり、草の根における護憲派の多数派化運動でもある。あ
れかこれかと意図的に対立させるのは愚の骨頂であり、「訴え
」の提案に対する対案の欠如を糊塗する政治的貧困ぶりを示す
だけである。
周知のように、市民レベルでは「9条の会」をはじめとして
多くの護憲運動が進んでいるが、遅れているのは国会内での護
憲派の1/3獲得戦略と運動である。「訴え」はそのことを問
題にしているわけであり、決して草の根の護憲運動を軽視して
いるわけではない。「記事」がありもしない対立を作り上げて
「訴え」を批判することは共産党の品性を貶めるだけでなく、
現状認識が非常に安易なものであることを物語っている。
共産党のように、あれかこれかと対立させ、草の根のレベル
で多数派化運動を進めることを強調し、国民の多数を護憲派に
獲得できれば、それだけで国民投票で改憲案を否決できるかの
ように考えるのは楽観的すぎる。いざ、国民投票が実施となれ
ば、言論戦の騒がしさはあれ、事態は粛々と投票日に向かって
進むと予想することはできない。
日本には4万の米軍が駐留しており、爆弾テロや国籍不明の
ミサイル攻撃などの不測の事態が勃発し、国論が一挙に国防強
化へ沸騰することもありえるわけで、そうした事態になれば、
草の根の多数派運動で得た陣地も一挙に吹き飛ばされる可能性
がある。それだから、護憲派は改憲への道筋に何重にも関門を
作り出すべきであり、当面のことで言えば、国民投票法を成立
させないこと、さらには来年の参議院選で護憲派議員を1/3
以上獲得し、改憲を国会で発議させないことが必要なのである
。漫然と、草の根での多数派化運動を進めるだけでは戦略なき
護憲運動というべきである。
12、
「記事」はまた、「訴え」の内容は事実上、新社会党の「応
援団」ではないかと批判しているが、「訴え」への対案も提起
できずに猜疑心だけは旺盛なようである。「記事」による批判
の論法は、仮に天皇が護憲論をぶてば、共産党は天皇の「応援
団」だという議論である。このような論法を用いて他者を批判
してはならない。共産党の悪しき習性であり、その品性を貶め
る。
良いではないか。「訴え」の政治戦略が改憲阻止の有効な力
となるならば、その政治戦略がある党に利益をもたらそうが、
有利に働こうがいっこうにかまわないではないか。
「訴え」の提案は共産党にも多くの利益をもたらすはずであ
るが、それとも共産党にだけ有利な政治戦略でなければ嫌だと
でもいうのであろうか? 「未来の政権党」を自負する共産党
がそんな了見の狭いことでどうするのか? 「未来の政権党」
は中心的政治課題が実現できるのならば、その他の付随的な様
々な政治的利益の多くを他の「同盟軍」に与えるだけの技倆と
矜持をもってこそ、「未来の政権党」たる資格を得るのだとい
うことを、もうそろそろ理解してもいいのではあるまいか。
13、
「記事」は、「訴え」を拒否する理由が不十分だと感じてお
り、「訴え」の内容には書かれていないことを持ち出して批判
している。「訴え」の提案者がシンポジウムの案内をする記者
会見で言ったとかいう発言を取り上げて、市民運動が政党に「
指図する」のは政党の自主性の否定だとか、あるいは対立候補
で「脅かそう」とするのは「策略的で非民主的だ」と批判する
わけであるが、はて、共産党も随分やわな政党になったもので
はないか?
戦前の治安維持法にさえ屈しなかった共産党に、何の権力も
権限もない市民団体が「指図」できるわけがないではないか。
選挙戦では対立候補が立つのは民主主義が当然にも要請すると
ころであり、それをもって「脅かそう」としていると感じるの
は被害妄想にすぎない。
14、
共産党は、1997年とは異なった現在の政治情勢、ことに
政府与党が衆議院の2/3を越える巨大与党となり、憲法改悪
の日程が急進している政治情勢を直視し、1980年の社公合
意以降、党の命運をかけた「革新無党派との共同」四半世紀の
帰結を目を背けずに見るべきである。上に引用した第21回党
大会で不破委員長(当時)の「結語」は次のように述べていた
はずである。
「私たちは無党派勢力とわが党との共同が、21世紀の民主的 政権にせまるカギをにぎっていると位置づけています。この方 針はいつだしたかというと、社会党が『社公合意』で右転落し た翌月、1980年2月に開かれた第15回党大会で打ち出し た方針です。」(同上、91ページ)
最近は、無党派との共同を強調する代わりに、「草の根との 結びつき」というような表現が多くなったが、言葉を換えれば 現実が変わるものではない。共産党は「訴え」を政党間国政選 挙共闘の提案と見る狭い視野を払拭するべきである。「訴え」 を受動的にではなく変革者の目で見たまえ。そうすれば、そこ に改憲阻止の展望と「革新無党派との共同」へ進む入り口があ るのが見えてくるはずである。