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「現状分析と対抗戦略」討論欄

「『激流・中国』と、日本は鞘当てを演じている時なのか」

2006/08/04 人文学徒

 あるブログに以下の原稿を書いたので、ここにも転載し たい。僕にとってはすごくためになった2著作の要約である。 なお、一方の「文明崩壊」は当さざ波通信において求菩提山人 さんからご紹介頂いたものでもある。

 2004年、日本にとっての中国は今や、アメリカを抜いて 世界第1の貿易パートナーとなった。農産物、魚介類、衣類、 軽工業品など身近な物すべてにおいて、中国製品が目立つ。そ こで世界、日本の将来にとって肝心な食という視点から、中国 でも大問題となっている農業・農民問題を中心にまとめてみた い。初めにセクション1として、農業を巡る中国の国土問題を 眺めておく。これは主として、「文明崩壊」(カリフォルニア 大学ロサンゼルス校地理学教授、ジャレド・ダイヤモンド著、 草思社刊)からの要約である。次いでセクション2として、農 業・農民問題を見る。これは岩波新書「中国激流」(05年刊 )からの抜粋、要約である。3として、これら全ての背景とな る中国の政治体質問題を紹介する。これも「中国激流」の要約 である。最後の4には、僕の感想を少々。

1 初めに農業を巡る中国の国土状態を眺めておこう。
 20世紀後半50年で、中国の人口は倍増して13億人、地 球上の2割が住む国となった。内訳は、都市人口が13%から 38%に増え、農村人口が現在は6割である。国の労働力人口 で言えば、農民が5割を占めている。
 農業外をちらっと見ておくと、石炭は世界の使用の4分の1 を使い、石油使用は世界第3位。自動車道は10倍に増えて乗 用車が急増。問題の大気汚染は、この石炭使用と自動車増から 起こる。中国のいくつかの都市部では、大気汚染、スモッグの 状況は世界最悪と言え、人体に辛うじて害がないというレベル を数倍上回る汚染度を示す。酸化窒素、二酸化炭素などの汚染 物質が増え、都市の4分の1では年間雨天の半数以上で酸性雨 が降っている。
 水不足問題が深刻である。もともと世界2割の人口に世界淡 水の6%しかないのだ。その水、水流停滞と汚染が酷い。水流 停滞では、黄河下流で全く流れないという水流停滞が88年の 年10日から、97年は230日へと増えている。揚子江、珠 江も乾期にはよく停止する。汚水処理率も悪く、先進国平均が 80%に対して、中国は20%だ。北部の淡水量は南部の5分 の1で、以下に見るように土壌浸食、砂漠化、農地問題を深刻 なものにしている。また都市の多い海岸地帯の水は3分の2が 井戸からのもので、その急激な枯渇、塩水化、地盤沈下が問題 になっている。
 土壌浸食が激しい。もともと森林は日本74%に対して中国 国土では16%しかなく、乾燥した北部を中心に国土の40% が自然草地だが、そこの土壌流出、劣化が激しい。例えば、過 去10年で乾燥した北部地域を中心に農地、牧畜用地の15% が消滅している。また、黄河中流域の黄河高原が、その70% の地域で浸食が進み、深刻な社会問題となっている。全国的に 見て、過放牧と開墾による砂漠化の影響を国土の4分の1が受 けている。浸食土壌はその最後において3大河川に流れていき 、先述した水流停滞、汚染などの原因になっていく。
 こうして1人当たり農耕地が世界平均の半分になってしまっ た。これは、前回紹介したルワンダ北西部と同等の狭さである 。

2 農家・農民問題を見てみよう。
 人口13億人の6割が農村に住み、全労働力人口の5割が農 民だが、零細で、前近代的で、税が多くてその配分は少ないと いうように中央、地方の行政から構造的に虐げられていると言 える。輸入農産物関税は非常に安くされて、今や農産物は輸入 の方が輸出よりも多い。04年農産物関税は、国際平均62% に対して中国15・6%である。なぜこんなことになったのだ ろうか。
 02年国家統計局資料で都市の平均収入は農村の3.11倍 と、農村の相対的貧しさ実感が進んでいる。同じ年、農村は人 口61%で、そこの小売総額は39%である。それでいて納税 額の4割が農村から徴収されている。高校進学率は、例えば北 京99%、四川省56%(02年)と農村で低く、農民の収入 では学資が払えずに高校退学率50%などというところもある 。農民にとっては大学は高嶺の花となり、農民子弟が激減して 、教育でも西低東高は常識である。

他に、農村虐待を示す三つの政策的大状況を見てみよう。
?農業向け国家支出総額は、80年の12%から7%へ。他に 、地方財政から払われる分がねぎられてもいる。
?農村金融の空洞化は酷く、4大国有商業銀行の農村向け貸し 付けは減り続け、現在融資はわずか5%。この他、農業信用社 は不良債権が多く危険状態にある。
?医療、衛生面の問題として、人口の6割が住むのに、政府の 衛生関連支出は2割という数字がある。医薬品も都市95%に 対し、農村消費はわずか5%だ。農民の9割は無保険の自己負 担で、衛生部調査では治療、入院ができない、しないと報告さ れている。要治療の37%が治療を受け、要入院の65%が入 院しているだけだ。

 さて、こんな苦境にある農村が、各種「開発」のために土地 も強制的に取り上げられている。開発区の乱立で、農村での地 上げ、「圏地熱」(土地囲い込みブームのこと)が激烈である 。補償が以下に見るように「構造的に」全く不十分なままにな っているから、出稼ぎや、食えない失地農民が急増している。 国営新華社通信では失地農民が3500万人と発表され、失地 関係中央陳情が圧倒的に増えている。 こうして現在、農村の余剰労働力人口が1億5千万人とされ、 出稼ぎが9800万人となったが、出稼ぎ農民へは、「構造的 な」賃金未払いが頻発している。公共的建設事業を中心として 、後払いが原則だからだ。未払い分の3分の1は地方政治が発 注するプロジェクトにおいて発生している。建設バブルもいつ 弾けるかと心配されるほどに、凄まじい。

3 背景としての中国の政治体質問題
 最後に、地上げ反対運動の攻防などを見ることによって、中 国で最も深刻な政治体質問題というものを紹介してみたい。以 上に見た「農村虐待」の本質的な原因とも言えるものである。
 まず最も具体的に1農民を例にとって、問題解明の初めとす る。
 最初は、04年刊行、後に発禁処分を受けたルポ「中国農民 調査」(人民文学出版社刊)所収の丁作明事件である。安徽省 路営村の丁は高卒のインテリ農民だ。年収の4分の1を地方政 府が取り立て、支払わねば逮捕されるという現状に怒りを感じ ていた。「中央政府の新規定で、平均収入の5%を超える費用 取り立ては禁止」と知った丁は、これを農民達に密かに告げて 回る。村の最高実力者は村共産党支部書記で、郷長(村の1つ 上の自治体単位の長)やその息子のチンピラ集団とぐるになっ て公私混同の悪事をはたらいていた。丁は郷党委員会、県党書 記(県は郷のさらに上の自治体)に陳情し、村帳簿チェックを 要求した。すると、村党支部書記と村民委員会主任(村長)の 差し金で丁は逮捕され、警察で取調中になぶり殺しにされた。 対して、7つの村から3000人の農民仲間が集まって抗議行 動に出る。この事件が、国営新華社通信で報道され、やがて中 央政府が調査を命じ、殺害人6名と県、郷の職員が逮捕された 。
 さて、こういう悪徳役人、党官僚の悪事が現在、圏地熱と呼 ばれる地上げに集中しているのである。立ち退き料が不当かつ 大幅に値切られて、拒否する人々に対する、悲劇の例をなので ある。
 03年9月、これも安徽省から北京に陳情にきた朱正亮が天 安門で焼身自殺を図ったが、その背景にはこんな事件があった 。内装業を始める積もりで建てたばかりの自宅が立ち退きを迫 られ、朱の不在中に総勢100名が押しかけて、取り壊されて しまった。在宅の妻は阻止しようとして100メートルも引き ずり回されて血だらけになるし、親戚に助けを求めようと駆け だした息子も取り押さえられるという始末である。同じ問題を 抱えた北京の大剛は「強制執行中止審査」に勝って執行延期通 知まで受け取っていたにもかかわらず、取り壊しに遭っている 。夜中に男達が押し入り、手足を縛り、外に放り出された上、 あっという間に取り壊された。このように、国への陳情では近 年、立ち退き不服に関わるものが圧倒的に多く、03年には全 国で50%増という有様である。なぜこのような事件が頻発す るのか。
 地方政府と不動産会社とが結びついて、以下の「政策」が絡 み合って、進められている。「農村労働力減らしという国家的 調整政策」、「中央からは農民には減税命令。しかし金は下り てこず、地方は役人天国で行革をする意思もなし」、かくして 「官による開発ビジネス」、「形象工程(出世のための業績作 り箱物工事)」などなどだ。関連した最大問題点は、現代中国 に土地の所有権というものが存在しないことである。国家のも のであって、慣例としての使用権のみが存在し、その使用許認 可権を政府が持っているという始末だから。
 こうして、悪代官育ては底なしであって、自治体の最大単位 、省にまで広がっている。2代続けて省の天皇、省党書記が逮 捕された南西部、貴州省の場合を見てみよう。03年4月、「 汚職官僚の総司令官」と呼ばれた貴州省党書記の劉方仁が逮捕 された。同時に副省長、交通庁長、新聞出版局長、地方税局長 なども連座させられている。彼らの罪状は収賄、家族の腐敗、 生活態度などの4つであるが、最大の腐敗舞台は貴州省高速道 路開発総公司であり、その設備費の水増し報告、ピンハネであ る。交通部門は全国的に、省段階でも不正が多くて、「油水部 門」という悪名まであるほどだ。なおこういう場合の中国では 、1族ぐるみの収賄は普通のことである。劉党書記一党で最も 派手だったのは娘婿で、「貴A80000」ナンバーの真っ赤 なホンダを乗り回す銀行員として知られていたという。
 次は、こういう悪代官育成の温床というものを見てみよう。
 党天国の下で、3権分立は中央でも地方でも機能していない に等しいのである。司法は実質的に公安の下にあり、立法の代 議員推薦名簿は行政、党官僚が作る。もっとも、最近やっと対 立候補名簿が提出されることも、所によりあるらしいが。こう して例えば、国に次ぐ自治体、省の党書記をチェックする存在 は地方にはなく、中央政府のみである。つまり、1級上が動か なければ、何も始まらないのだ。こうして、先に見た丁作明事 件のように、上級を動かそうとしている間に告発者が逮捕され たり、殺されるという事件は、現代中国では良く聞く話である 。

4 読み終わって。「激流・中国」に日本は部外者ではいられ ないのではないか さて、日本の食料自給率は40%だ。商業的農業は良い買い手 にしか売らない。この調子で行けば中国農業は、都市や日本を 相手の商売としての発展をますます図っていくという道もたど るのだろう。乗り遅れた、旧式の零細農家はどうするのだろう か。日本にこういう問題が生じた60年~70年代とは比較に ならぬぐらい世界の経済状態は厳しいのであって、都市流民つ まりホームレスのような道しかないのではないだろうか。
 また都市でも、軽工業、化学工業、機械、電子、医薬などの 分野は、外資の市場シェアがすでに3分の1を超えている。パ ソコンソフトの95%はマイクロソフト、タイヤの70%はミ シュラン、携帯の70%がノキア、モトローラで、国産自動車 はもうだめだろうと言われている。流通は、世界トップ50小 売業のうち40が中国に上陸、外資がほぼ全面支配を達成した ようだ。安い労働力以外に将来性のある部門は、中国に存在す るのだろうか。
 こうして見てくると、ただでさえ少なくなり、世界最大の肥 料生産率・消費率でやっと支えている農地の、減少、土壌浸食 、砂漠化などの問題に対処していく財源や展望までが心配にな ってくる。なにしろ長期の対策と、莫大な経費を要する大事業 なのだから。三峡ダムとか両大河の運河連結ぐらいではとても 追いつけまい。対処方を考えるべき政治は、犯罪的なぐらいに 、遅れているように見える。この遅れは、共産党の民主集中制 という制度が政治一般の隅々にまで浸透しているその結末とい う感があるのである。

 さて、食糧問題、生活難民が、日本にも押し寄せてくるので はないだろうか。現在も深く静かに進行していることだし。中 国問題は必ず日本自身の問題になる。中国を見ながら、アジア 、世界の食糧問題を今すぐ主体的に取り組んでいかなければな らないと思う。靖国を巡って、さや当て、意地の張り合いをし ている時ではないのではないか。そんなのは、眼前にはっきり している近い将来の問題から見るならば、まるで子どものケン カのようなものではないだろうか。