1 中国政府の「退耕還林計画」なるものを最近、ある論文で知った。読んで字のごとく、耕地の一定部分を林に転換するという計画である。まぎれもなく、以前のこの欄で僕が紹介した土壌流出、砂漠化など、極めて深刻な問題現象への政府の対策なのだ。しかもこの「退耕還林計画」は、中国が現在最も力を入れている大々的な長期計画の一つ、「西部大開発計画」の中の4大政策の内の1つに掲げられているものだ。揚子江と黄河の上流地域開発などの最大課題の一つということなのである。
こんな内容の計画である。天然林はもう伐採してはいけない。傾斜角25度以上の斜面耕地は林に転換すること。土壌流出の最大原因となっているからだ。林や草原や干拓地に最近作った耕地もなるべく取りやめて林、草地に戻すこと。土壌に過度の負担を与える放牧の禁止。これらの計画の為に耕地を犠牲にした家には面積に応じた補助金、食糧を一定年限与えていくし、彼らの新就職口のために、地域産業の育成を図る。
こうして現在18%ほどの森林被覆率をこんなふうに増やしていく。2010年19%、30年24%、50年26%と。
2 退耕還林政策の展望の概要
現在この計画は順調に進んでいるように見える。国としての耕地は減ってきているし、市県段階でも今の耕地の半分以上を林、草地に戻すという長期計画を持った所も多いようだ。最近まで山間部であった所などは当然、そんな計画を持っても不思議はないだろう。それならば、この長期的大計画は進むのだろうか。見通しは良くないと思う。04年には既に、前年度までに比べて、国が大幅に退耕地予算枠を減らしているという事実もある。
問題点はこのようなものだ。①国家としての、将来的な食糧不安の問題。②退耕農民への補助金を巡る問題。③退耕農民の職業保障の問題。④中国に多い法律違反や、羊頭狗肉・本末転倒と言いうるような、いうならばインチキ行為の問題、などなどである。
3 政策遂行への諸障害の実際
①将来的な食糧不安の問題は極めて深刻と思われる。
今でさえ農産物は輸入超過であり、国民1人当たり耕地も世界平均の2分の1で、食糧・人口問題がこの上なく深刻なアフリカのルワンダ並みなのだ。肥料をいっぱい使って耕地単位当たり収穫もほぼ限界まで来ている。多少の成果が上がっていると言えるのは、大規模化のメリット追求ぐらいであろうか。一人っ子政策の継続問題と絡んで、人口抑制ができるか否かという難問も、これにプラスして加わってくる。
近い将来もし穀物問題が深刻になるならば当然、食肉生産も危機に陥るはずだ。既に現在、牧草地も危機に貧しているのだから。
②補助金の問題では、中央の金が地方政府にほぼそのまま下りていることが財政の数字によって示されている。つまり、行政レベルの数字では計画遂行は順風満帆に見える。が、地方政府から退耕農民に補助金が未払いになっている例が多い。これは、中国でよく起こる大問題である。中国で非常に多い役人のピンハネが絡んでいるのは間違いないところであろう。
③職業保障の問題もはっきり言って上手く行っていない。現在でも都市浮遊農民が3500万人などと言われている。
雲南省の例を見てみよう。次の三つが、今後の重点産業になっている。「グリーンエコノミー立省」は、豊富な動植物を活用した医薬、健康食品、花木などに目を付けたものだし、「民族文化大省」は、多くある少数民族文化を活用した、文化、観光である。「国際交流拠点」とは、チベット、四川、ラオス、ミャンマーなどを結ぶ狙いだ。
僕はこれらの成果を確かに雲南旅行で体験した。「民族文化大省」に関しては、拠点である麗江、大理を訪れたのだが、現在特にそう感じている。少数民族総動員の大レビューは連日満員御礼であったようだし、おまけに中央政府要人の仰々しい「視察」にまでも出くわしたものだ。あちこちの「民族村」などは、常に繁盛していた。
しかしながら、日本が同じ政策を遂行した60、70年代と比べて、世界の経済情勢は現在、格段に厳しいはずだ。「農村の整理、農地の統廃合。都市に余剰労働力の受け皿を作る」。これが、そんなに上手く行くとは思えない。
④違法行為、インチキにはいろんなものがある。
補助支給の退耕地植林樹木に対して、補助の条件である義務的な世話をしないなどから樹木の生存率が極めて低いということ。これは、木は少なくとも草本地にはなっているところがほとんどだという現実があるから、土壌浸食防止の目的は果たされているとも言える。そうには違いないが、これは、還林という標語からは「羊頭狗肉」ということにはならないか。ただし因みに、本来の森林土壌再形成は学問的に見て百年単位の事業ということであるらしい。
最も深刻な本末転倒は以下のものである。道路周辺の耕地で退耕が進み、本来目的の斜面退耕などは進んでいない地域も多いという事実である。中国お得意の「視察のための退耕」であって、豊かな平地で退耕がなされ、割り当て予算がそのように利用されることによって斜面耕地などが放置されるという、典型的な本末転倒である。土壌浸食・流出防止に効果が上がらないだけではなく、食糧問題の深刻化にも大きく繋がっていく。このようなインチキ例では当然、役人のピンハネも疑われるという深刻なものとは言えまいか。
4 今後に予想されること
こんな訳で、国家補助枠も減っていることだし、今後は、退耕ではなく、荒廃地緑化重視に替わっていくのではないかという声もあるようだ。しかしながら、補助金があって急に進んできた対策がもしそれ無しになるならば、過去の例から見ても還林政策成功は実に心許ないことである。
5 総括的考察として
①中国国土全体の様子
僕は、以前の投稿「激流・中国」で以下のようなことを、2冊の著作から紹介した。
中国の人口は13億人、地球上の2割が住む国となった。農村人口が6割、国の労働力人口で言えば、農民が5割を占めている。
水不足問題が深刻である。もともと世界2割の人口に世界淡水の6%しかないのだ。その水、水流停滞と汚染が酷い。水流停滞では、黄河下流で全く流れないという水流停滞、一時的断流が88年の年10日から、97年は230日へと増えている。揚子江、珠江も乾期にはよく停止する。汚水処理率も悪く、先進国平均が8割に対して、中国は2割だ。北部の淡水量は南部の5分の1で、以下に見るように土壌浸食、砂漠化、農地問題を深刻なものにしている。また都市の多い海岸地帯の水は3分の2が井戸からのもので、その急激な枯渇、塩水化、地盤沈下が問題になっている。
土壌浸食・流出が激しい。もともと森林は日本74%に対して中国は16%しかなく、乾燥した北部を中心に国土の40%が自然草地だが、そこの土壌流出、劣化が激しい。例えば、黄河中流域の黄河高原が、その70%の地域で浸食が進み、社会問題となっている。全国土の4分の1が、過放牧と開墾による砂漠化の影響を受けている。浸食土壌はその最後においては三大河川に流れていき、先述した水流停滞、汚染などの原因になっていく。
こうして一人当たり農耕地が世界平均の半分になった。これは、人口の多さの割に農地が少なくて食糧問題が世界で最も深刻になっている国、ルワンダ北西部と同等の狭さだ。
②中国国土の未来に関わって
さて、以上全ての難問への最大の「結節点的対策」が、この「退耕還林政策」であることは間違いない。それがもしも失敗もしくは大後退となるならば、中国行政には極めて大きな問題が内在しているということになるのではないか。僕が現在最も恐れている結末、恐ろしい中国の将来構図を夢想して、終わりに替えたい。
土壌浸食対策が進まなければ大洪水は繰り返され、、砂漠化、水問題などがさらに深刻になっていく。食糧の自給も絶望的になるだろう。都市遊民が溢れ、近隣諸国の穀物なども高騰していくはずだ。こうして、もの凄い難民問題が生じるのではないか。そして何よりも、こんなことが世界人口の2割が住む広大な隣国で起こるということが地球全体や日本にとって無関係であるわけはないと強調したい。
またなお、こういう未来が一定見えているのに対策に失敗する政府というものを考えてみたい。役人による予算のピンハネとか、出世目的の「本末転倒の見せかけ実績(これを中国では「形象工程」と呼んでいる)」とか、違法行為とかの馬鹿馬鹿しい障壁によって。このような国家の有様は文字通り、「我が亡き後に洪水は来たれ」というような管理能力のなさを示していると言えるのではないか。チェルノブイリ事故を起こしたような政府、また北朝鮮のように棄民を行う政府というものを想定してみて欲しいのである。
結論である。他国の問題であるからと言って、これを放置していて良いのか。放置するどころか、この隣国と子どものように『靖国の鞘当て』を演じ、発言権も失っているという有様で良いのか!