レーニン=トロツキーの理論の根本的誤りは、彼らがカウツキーと全く同じように独裁 と民主主義を対立させている点にある。ボルシェビキの場合もカウツキーの場合も 「独裁か民主主義か」で問題が提出されている。カウツキーはもちろん民主主義を支持しているが、それは、ブルジョア民主主義の ことだ。というのも、かれはブルジョア民主主義を社会主義変革と二者択一の関係に 置いているからである。
レーニン=トロツキーは逆に、民主主義に対して独裁を支持しているが、これは 一握りの人間の独裁、つまり、ブルジョア的な独裁を支持しているのである。
これは、二つの対極だが、何れも真の社会主義の政治からは、同じように遠く 離れている。権力を握ったプロレタリアートは、カウツキーの忠告に従って、「国の未成熟」を 口実に社会主義的変革を諦めることは、ありえない。また、自分自身を、インターナショナルを、革命を裏切らない以上、民主主義にだけ 献身することはできない。
プロレタリアートは、直ちに、極めて精力的に、断固として、容赦なく、社会主義的な 処置に着手すべきであり、そうしなければならない。つまり、独裁は行うのである。 しかし、この独裁は階級の独裁であって、政党や派閥の独裁ではない。
階級の独裁とは、もっとも広く公開され、人民大衆が極めて活発、自由に参加する、 何の制限もない民主主義の下での独裁である。(略)
われわれは形式的な民主主義の偶像崇拝者であったことは一度もない、という ことは、ただ、われわれは常にブルジョア民主主義という形式から社会的な核心を 選り分け、常に形式的な平等や自由の甘い皮の下にある社会的な不平等や 不自由という苦い核を剥き出してきたという事に他ならない―それも平等や自由を 投げ棄てるためではなく、労働者階級が皮で満足せず、それを新しい社会的な 内容で満たすために政治権力を握るように鼓舞するためにである。
プロレタリアートの歴史的な使命は、権力を握った時に、ブルジョア民主主義の 代わりに社会主義的民主主義を創造する事であって、あらゆる民主主義を 廃棄してしまう事ではない。
しかし、社会主義的民主主義は、社会主義経済という土台が創られた時に、 はじめて、それまで一握りの社会主義的独裁者たちを忠実に支持してきた おとなしい人民への素敵なクリスマスプレゼントとして、約束の地で始められる、 というものではない。
社会主義的民主主義は階級支配の廃止、社会主義建設と同時に始まる。 それは社会主義政党による権力の獲得の瞬間に始まる。社会主義的民主主義 こそは、プロレタリアートの独裁に他ならないのだ。
まさしく、独裁だ ! しかし、この独裁は民主主義の摘要方法の事であって、その 廃棄の事ではない。ブルジョア社会の既得権や経済関係への精力的な、断乎とした 介入であって、それなしには社会主義的変革は実現され得ないからである。
しかし、この独裁は階級の活動であって、階級の名の下に少数の指導者が 行なうべきものではない。つまり、それは大衆の積極的な参加から一歩一歩生まれ、 大衆の直接的な影響下にあり、全公衆の統制を受け、人民大衆の政治的訓練の 高まりの中から生まれてくるものでなければならない。
ボルシェビキにしても、世界大戦、ドイツ軍による占領、それと結びついた一切の 異常な困難という恐るべき圧力に苦しむことがなかったら、確実にそうしたことだろう。 これらの困難が、最善の意図とこの上なく美しい原則に満ちた社会主義の政策の 全てを歪めずには措かないのだ。(略)
ロシアで起っていることは、全て理解出来る事であって、ドイツのプロレタリアートの 無気力とドイツ帝国主義によるロシアの占領を出発点と終着点とする因果の 不可避的な連鎖である。
このような状態の下で、レーニンとその同志たちが最上の民主主義を、模範的な プロレタリア独裁と花咲く社会主義経済を魔法で呼び出す事を期待するとすれば、 それは彼らに超人的な事を求めるようなものである。
彼らはその断乎とした革命的態度と、模範的な行動力と国際社会主義に対する 確固とした忠誠によって、このとてつもなく困難な状況の下でも為しえる限りの事を 行ったのである。
危険は、彼らが苦し紛れやった事を価値あるものとし、この宿命的な条件の ためにとらざるを得なかった戦術の全てを、後に理論に固定化して、国際的 プロレタリアートの社会主義的戦術の手本として模倣させようとする時に、 危険は始まるのだ。
その事によって、彼らは全く不必要な事に、自分で自分の志を遮って、自分たちの 本当の争う余地のない歴史的功績を、やむを得ぬ失敗の陰に隠す事になる。
また同様に、もし彼らがロシアに於ける苦難によって生じた、結局は、今次大戦 に於ける国際社会主義の破産の余波に他ならなかった歪みの全てを、新しい 認識として、国際社会主義の武器庫に加えようとすれば、彼らがそのために 苦闘した国際社会主義に対して、有害な働きをすることになるのだ。
ドイツの政府派社会主義者たちが、ロシアにおけるボルシェビキの支配は、 プロレタリア独裁の戯画だと叫ぶなら叫ぶがよい。もしそれが戯画であったか、 或いは戯画であるとすれば、それは社会主義的階級闘争の戯画であった ドイツプロレタリアートの態度が生み出したものに他ならないのだ。
われわれは全て歴史の法則の下にあり、社会主義的な政策は国際的にしか 実現されない。ボルシェビキは真の革命政党が、歴史的な可能性の限界の中で、 なし得る限りのことは、全てやり得ることを示した。彼らは奇跡を起こそうと すべきではない。
孤立し、世界大戦で疲れ、帝国主義によって絞め殺され、国際プロレタリアート によって裏切られた国で、模範的な、完全無欠な革命をやる事は一つの奇跡で あろうからだ。
肝心な事は、ボルシェビキの政策の中の本質的なものと非本質的なものを、 核心に属するものと偶然的なものを見分けることである。
全世界における決定的な最終闘争を眼前にしたこの最後の時期において、 社会主義の最も重要な問題、目下の焦眉の問題は、戦術のあれこれの些細な 問題ではなく、プロレタリアートの行動能力、大衆の革命的な行動力、社会主義全体 の権力への意思である。
この意味で、レーニン、トロツキーとその友人たちは、世界のプロレタリアートに 身をもって範を示した最初の人たちであり、今日でも依然として、フッテンとともに、 次のように叫ぶことができる唯一の人たちなのである―「われそれを敢行せり !」と。
これこそが、ボルシェビキの政策の本質的なものであり、不朽のものである。 政治権力を握り、社会主義の実現という実践的な問題を提起する事によって、 国際プロレタリアートの先頭に立ち、資本と労働との間の対決を全世界的に強力に 押し進めたというその意味で、彼らの不滅の歴史的功績は、後世に残るもので ある。
ロシアでは、問題は提起することしかできなかった。問題はロシアでは解決され 得なかった。それは国際的にしか解決されない。そしてこの意味では、未来は 至る所で「ボルシェヴィズム」のものなのである。(ロシア革命論 ローザ.ルクセンブルグ)
ローザは以上のような数々の批判にも拘わらず、ロシアに関する限り、ボルシェビキの
成果を認めている。ボルシェビキがロシアにおいて極めて困難な中でやむを得ず実施した社会主義的
民主主義の原則に反した政策を国際的規範しようとしたことを批判している。
しかし、私は、ロシアのおかれた困難の結果、実施された政策と言うよりも、レーニンの党組織論の帰結ではないかと思う。