11、民主党への「激流」の実情(1)
すでに見たように、選挙戦術に創意工夫を発揮するのではなく選挙戦の敗因隠しに
悪知恵をこらし、自らを単なるサークルへと退化させてきた不破・志位ら指導部に自
己改革を期待するのはむずかしい。しかし、立ち止まっているわけにはいかないの
で、来るべき衆議院選で自民党を下野させる準備として民主党への「激流」の姿をあ
りのままに観察しておく必要がある。
産経新聞の調査(7月31日)によれば、今回の参議院選の得票実績をそのまま衆
議院選に当てはめれば、自・民の単独対決ならば89:350になるという。自・公
協力ならば、245:220になる。定数480であるから、与党がぎりぎりで過半
数を上回るわけである。これは容易なことでは自公連合を崩せないことを意味してい
る。
今回のような天与の風を次回も期待するわけにはいかないし、民主党内には党内攪
乱をねらう前原・長島のような愚かな若手右派がおり、マスコミも与党応援団として
狂奔するであろう。野党側にはよほど周到な準備が必要なことを示しているのであ
る。
12、民主党への「激流」の実情(2)
比例代表の得票数を前回と今回との対比で見ると、自民1679万(前回):
1654万(今回)、民主2113万:2325万、jcp436万:440万とな
る。選挙区で見ると、自民1968:1860、民主2193:2400、
jcp550:516である。投票率は56.57から58.64%へと2.07%
増え、投票総数が約300万票ほどふえているから増えた分の2/3が民主に流れた
計算になる。
この数字からわかるように、自民の比例区は前回なみ、選挙区で100万票減らし
ているにすぎない。自民党はあれだけ叩かれながら、100万票減で踏みとどまって
いる。自民党を侮ってはいけないのである。一方、民主が比例区で増やした得票は
212万票増、選挙区では207万票増である。得票率で見ると、比例区は37.
8%から39.5%へ1.7%増、選挙区では39.1%から40.5%へと1.
4%増えたにすぎないのである。得票率の大幅増と言えるような数字ではなく、とて
もじゃないが志位の言うような「激流」が起きたと言える数字ではないのである。
それにもかかわらず、議席に大変動が起きたのは、小泉バブルともいうべき
2001年の参議院選で水ぶくれした自民の改選64議席(当選時、比例20+選挙
区45)が37議席へと激減したからである。27議席減の大半を占めるのは選挙区
の議席であって、43から23へ20議席も減少したことである。一人区で見ると、
定数29議席のうち6議席しかとれず、前々回の25から19議席も減らしている。
小選挙区制のレバレッジ(てこ)がかかっているのである。
衆議院には300の小選挙区があり、票のわずかの差が、参議院選以上に議席数の
大変動に結びつくということである。5000票、1万票が勝敗を大きく分けるので
あり、jcpがどういう選挙戦術を採るか、選挙区平均1~2万票を持つ党員・支持
者の投票行動が政権交代の帰趨を決めるのである。今回のような”天の声”が何度も
下るわけではないのだから、人智をつくさなねればならない。
13、党員、支持者の”戦略投票”の功績
参議院選挙の結果を見ればわかるように、安倍政権が窮地に陥り、安倍の改憲ロー
ドマップが一頓挫し、今後は強行採決が不可能になるほど政治状況が変わったのであ
る。参議院の護憲派議員も優に1/3を越えた。障害者自立支援法のさらなる改善の
可能性も出てきた。今秋の消費税引き上げのもくろみも後退した。選挙区でjcp以
外の野党に票を集中したメールの女性の投票行動は正しかったのである。
jcp(共産党)指導部の言う自民と民主は「同じ穴のムジナ」という議論を信奉
し選挙区でjcpに投票していれば、これほどの打撃を自民党に与えることはできな
かったであろう。一人区で野党が新たに議席を奪った選挙区のjcpの得票を前回と
比較してみよう。
青森82.2%、秋田88.6%、富山91.6%、鳥取60.4%、島根76.
8%、岡山89.6%、徳島76.3%、香川76.4%、愛媛72.5%、佐賀
64%、長崎75.4%、熊本65.5%、宮崎76.4%、議席はとれなかったが
2664票差までせまった鹿児島は50.1%である。
単純平均で74.7%である。今回は年金問題などで怒ってjcpに投票した新た
な票もあるはずだから、従来の党員・支持者の3割程度は”戦略投票”で有力野党候
補に投票したと見ていいであろう。党指導部は、この数字をどう総括するのであろう
か? 投票率が上がったのに得票数が減ったと嘆くべきなのか、党員、党支持者の”
戦略投票”をほめるべきなのか?
党指導部が与党の大敗で、「新しい政治的プロセスがはじまった」と事態を肯定的
に評価するのならば、党員、支持者のこの”戦略投票”をこそ褒め称えるべきであろ
う。翻って、指導部が全小選挙区立候補戦術に固執し、敗因を小細工で隠す態度こそ
が自己批判と辞任に値する。
今度の選挙結果の得票を見ればわかるように、鹿児島や福井、新潟、北海道などで
jcp支持者が有力野党候補へもう少し票を集中すれば、自民党を33議席まで追い
込むことさえ可能であった。しかも、それらの選挙区の野党候補の多くは護憲派であ
る。自民党の強い選挙区から立候補する民主党の新人候補は法則的と言っていいほど
護憲派なのである。おしいことをしたものである。
東京や大阪や大分で社民党とjcpが共闘すればさらに3議席を確保できたのであ
る。だから、jcp指導部が賢明ならば、都合、6、7議席も護憲派を増やすことが
できたのである。そうなれば、自民は30議席へと半減以下になり、前代未聞の大敗
北をなめ、与党への打撃はさらに深くなったばかりか、jcpの議席を増やし参議院
の護憲派議席の比重はもっと大きくできたはずなのである。
jcpの議席を減らしたのは不破や志位ら指導部の責任だが、指導部の方針に逆
らった党員・支持者の投票行動は政治革新を進めるうえで大きく貢献したのである。
14、jcpの2大政党制論の誤り(1)
そこで、愚劣な全小選挙区立候補戦術の理論的基礎になっているjcpの2大政党
制論(同じ穴のムジナ論)を検討してその誤りを指摘しておこう。
jcpの議論では2大政党制の代表的事例として英米をあげ、その政治的役割は似
たような保守2大政党間で政権交代を演じて政治体制の根本的転換を封ずることにあ
るとする。このような仕組みのもとでは、国民の利益を守ることはもちろん改善もほ
とんど期待できないという。
この2大政党制の仕組みでは少数政党が排除されるため共産党の発展を阻止するた
めの政治システムにもなっており、多様な民意が反映されにくく民主主義の観点から
も問題の多い制度である。特に、日本でも形成されようとしている二大政党制につい
ては、jcpは独特の自・共対決史観に基づきjcpを「主敵」(不破講演)とし、
jcpを排除することを主なねらいとする政治体制であると把握するところから、批
判は二乗化された激しさを持っている。
こういう理屈でjcpは民主党が2大政党へと成長するのを妨げ、2大政党制の成
立を阻止しようとしているわけである。「確かな野党」もその一環である。
jcpの議論の根本的誤りは、政治体制の根本的転換を阻止する英米の政治システ
ム(この把握は間違いではない)=2大政党制が日本で成立した場合でも、その政治
的役割はまったく同じだと一面的に把握していることにある。
jcpはその議論の補強として、①民主党の基本政策は自民党とほぼ同じであるこ
と、②民主党の主要幹部が自民党出身者であること、③実際に民主党が地方自治体で
は自民党と手を組んで「オール与党」となっていること、④財界がバックアップして
いることなどをあげている。
15、jcpの2大政党制論の誤り(2)
jcpはこれらの議論でもって日本における保守2大政党制として十全に把握した
と考えているようであるが、主要なものを含めて個々の要素をいくら並べても十全で
はないのである。この2大政党制が日本でどんな役割を果たすかはこれら4要因程度
ではわからない。
どんな制度であれ、他国に移植された場合、元のものと同じ役割を果たせるとは限
らないのである。導入しようともくろむ勢力の意図どおりに機能するとは限らないの
である。その証拠に、今回の参議院選が自民党に与えた打撃は大きく、志位も言うよ
うに「政治の大きな激動」(同講演)がはじまったと言えるのである。
アメリカでは共和、民主の政権交代があっても「政治の大きな激動」ははじまらな
い。日本では政権交代ですらない参議院における与党の過半数割れでさえ「政治の大
きな激動」がはじまるということは、英米型の2大政党制と同じ政治的役割を日本で
は簡単には果たせないということを意味している。導入をもくろむ勢力の意図を越え
て、日本独自の独特の役割を早くも顕し始めているのである。政権交代が行われれ
ば、この独特な役割はさらに鮮明なものになるであろう。
16、jcpの2大政党制論の誤り(3)
さて、2大政党制の日本独自の独特の役割ということであるが、この点を理解する
ためには、現在の政治状況をつぶさに見るだけでなく、もうすこし広い視点、jcp
に欠落している視点から見る必要がある。 一つは日本の政治史の視点であり、もう
一つは日本経済の発展段階との関係で見る視点であり、最後に英米で2大政党制が成
立した時代との歴史的な段階の違いという視点である。jcpにも政治史から見る視
点はあるが、その見方は日本政治史の視点ではなく自・共対決史観からする一面的な
見方である。この点は不破の講演を検討する際に詳述する。
簡単に言うが、戦後の日本の政治史を見ても、戦後の混乱期をのぞいて自民党が政
権を追われたのは細川内閣の1年間だけであり、言わば、半世紀にわたって自民党に
よる万年支配が続いてきたと言っていい。これは世界でも特異な例である。
自民党が派閥の形で国民の多様な政治意識を吸収し、右から「左」まである派閥が
疑似政党の役割を果たして政権を維持してきたのである。いわゆる「振り子の原理」
とはそうしたものである。あるいは、党内における派閥による疑似2大政党制で政権
を独占してきたと見ることもできる。
このように自民党が疑似政党を内部に抱え万年支配する政治は近代の政党政治の見
方を基準にすれば遅れた政治形態であることになる。
17、jcpの2大政党制論の誤り(4)
この遅れた政治形態は戦前における政党政治の未確立(大政翼賛会への合流と
jcpの壊滅)に示される日本の前近代性に規定された遅れた政治形態の戦後への越
境、その「尻尾」のようなものであって、その「尻尾」が清算され少なくとも政党政
治の本来の形態に変わろうとしている過程にあるのが現在であり、この変化はまぎれ
もなく日本の政治の進歩であると評価しないわけにはいかないのである。
安倍政権はその政治思想とともに「尻尾」を体現する者であり、戦前が越境してき
た万年自民党支配の終焉を飾るにふさわしい人物でさえあると言えよう。
政権政策上の妥協でさえ、派閥間、族議員の取引でではなく政党間の取引に変わ
り、それだけ透明性が高くなり国民の利害も反映しやすくなるし、政治がわかりやす
いものになり政治が国民に近づいてくる等々、様々な政治領域で肯定的な変化が生ま
れてこざるを得ないのである。
特に重要なものは、万年支配で形成された自民党と戦前来の官僚機構との肥大化し
た癒着構造が断ち切られ再編を迫られること、また、各種利権・業界団体と自民党の
半世紀にわたる癒着構造も断ち切られ、新たな関係の形成へ進まざるを得ないことで
ある。
これらは日本の国家機構の一部であり、その総体としての変化は可視的に見えるも
のを超えて巨大なものがあるのである。これらの変化が日本の政治にとっては明らか
にプラスであり、「政治のおおきな激動」が進まざるを得ない理由なのである。
jcpの2大政党制論では遅れた日本の政治におけるこうした変化がまったく視野
に入っていない。
18、jcpの2大政党制論の誤り(5)
次は日本経済との関係である。今日の2大政党制の動きが本格化したのは1993
年に成立した細川非自民8党・会派連合政権の頃からである。この動きを根本で促進
した社会的要因はバブル経済の崩壊である。この崩壊からの立て直し(リストラク
チャリング)の過程は、ソ連の崩壊と経済的に破綻しつつあったアメリカの対日政策
の根本的転換(1985年のプラザ合意起点、保護育成基調から収奪基調へ)と同時
進行で絡み合い、アメリカのグローバリズムの世界展開という世界環境の下で進めら
れることになるのであるが、先立つものはその原資である。
相互に入り組み先後が必ずしも一致しない政治経済の動きもこの視点から見るのが
わかりやすい。
庶民負担で進めるには、規制緩和一つとっても従来型の自民党政治(相対的福祉重
視と業界団体との癒着・利権)ではなかなか進まなかったのであって、財界筋の要求
ではドラスチックな対応が必要であり、それには2大政党による政策の競い合いの形
を作る方が財界要求が通りやすいということがあった。経済の再編成が政治の再編を
促進する。
他方では、自民党の内部でも時代の変化に対応する政治=近代政党政治+新自由主
義の必要が痛感され、小沢一派の脱党=新党形成という動きが出てきて本格的な2大
政党制の動きが進むのである。いくつかの紆余曲折を経て、2001年に成立した小
泉政権は新自由主義経済政策をドラスチックに進めたのであるが、わずか5年でその
結果はどういう状況をむかえているであろうか? 万年与党の破局的事態である。な
ぜ、こうなるのかは、もう少し視野を広げてみなければわからない。
19、jcpの2大政党制論の誤り(6)
21世紀に入って2大政党制を実現しようとする日本場合、その成立環境は英米型
2大政党制とはまったく別の経済的土壌に据えられるのである。はっきりしているこ
とは、この2大政党制は最初から四つの十字架を背負っているということである。一
つは1000兆円に上る公的債務の重圧である。第2は、1500兆円の個人金融資
産を形成した経済土壌たる高度経済成長はもはやないということである。社会保障制
度の後退と賃金水準の低下で勤労者の貯蓄は取り崩されている状態である。三つ目は
アメリカの金融的収奪にさらされる従属国である。第4はグローバリズム時代での発
展途上国との過酷な賃金・価格競争にさらされていることである。
小泉の新自由主義は4つの十字架の重圧すべてを中下層階級に負わせたことであ
る。ここに自民党が破局的事態を迎えた根本的原因がある。この破局的事態の進行を
小泉は「改革」の夢を振りまき、「官」と「抵抗勢力」のバッシング、その独特の
キャラクターとナショナリズムを煽ることで隠蔽できたのであるが、カリスマなき安
倍政権の下で破裂したのである。自民党の万年支配の岩盤であった地方・農村部が破
壊され、地方が2大政党の争奪戦の中で政治的に覚醒する。
こうした経済的事情の下で政権を奪取しようとする民主党は4つの重圧のいくつか
を富裕階級と大企業に転嫁させる政策、あるいは対米関係を一定変化させることなし
には政権に上り詰めることは不可能である。「国民の生活が第一」の小沢民主党にな
るのである。
元祖新自由主義者の変身であるが、彼自身、15年前にはこういう自分の姿を想像
することはできなかったであろう。だから、小沢の生活重視路線、あるいは相対的な
社会保障政策重視路線はマヌーバー(だまし)ではあり得ないのである。マヌーバー
では政権に到達できず、政権についてもそれを維持できないからである。
こうした2大政党制の担い手の変身化や、2大政党制が体制の安定ではなく自民党
万年支配の岩盤を破壊し、地方の国民を政治的に覚醒させていることもjcpの2大
政党制では視野に入らない。
20、jcpの2大政党制論の誤り(7)
最後の歴史段階の相違ということであるが、もともと、英米両国の2大政党制は、
共産党が皆無、ないしは無視し得るほど小さな存在であった頃に形成されたものであ
るが、二つの世界大戦とロシア革命・中国革命までの時代では、この2大政党制は共
産化への有力な防波堤であった。
しかし、この2大政党制はどこでも形成できる政党システムではなく、よく言われ
ているように、分厚い中間層、中産階級の存在を必要としているのである。
イギリスの場合は、19世紀以来の植民地超過利潤や貿易、工業独占による超過利
潤が労働者階級の中産階級化の原資になっていたし、アメリカの場合は広大なフロン
ティアの存在が自作農の発展を保証していたうえに、戦後は世界最先端の農工業を擁
し、基軸通貨の特権や債権大国による金融的収奪の世界展開が分厚い中産階級をもた
らしていた。
しかし、すでに述べたように、21世紀の日本の2大政党制にはそれを成立させる
経済的基盤が失われているばかりか、4つの十字架を課せられているうえに、IT革
命、ネットワーク社会と言われるように、民主主義の強圧が強まっている時代であ
る。世界最強のブッシュ帝国主義でさえ、孤立しイラク戦争を完遂できずに敗北に追
い込まれている。
ここに、在来2大政党制が成立した時代とは歴史の地盤が異なる21世紀という歴
史段階の問題が登場するのである。
この問題はここでは詳述する余裕はないが、さしあたって言えることは次のような
ことである。一つは民主主義の強圧は、4つの十字架の重圧ともからみあい、在来型
とは異なり、日本の2大政党の政策上の距離を広げるように働くということ。対決型
への圧力がかかる。政権をめざす民主党に民主主義の強圧がかかるのである。
もう一つは、ソ連崩壊に象徴される世界共産主義の崩壊とjcpの化石化・凋落
(その機械的図式思考がもたらす時代対応能力の喪失)のために、2大政党の左ウイ
ングに真空地帯が広がっていることである。
いずれも、政権をめざす民主党を革新的方向へ押しやる圧力になる。保守党を出自
とする民主党が政治革新を担う可能性さえ生まれてきているのである。民主党がより
多数の国民の支持を得ようとする以上、どうしても中・下層階級の要求を反映せざる
を得なくなるのである。
jcpの議論ではjcpだけが理論上、真の革新であるから夢想だにできない動向
であるし、その2大政党制論でもとらえられない政治動向である。しかし、政治革新
の運動はjcpの化石化にかかわらず進むのであって、必要な担い手を作り出すか、
古いものに新しい内容を盛り込むか、多様な形、場合によっては奇想天外な形態を作
り出してでも前進していくのである。
21、jcpの2大政党制論の誤り(8)
以上のことをまとめると、第1に、日本における2大政党制とその下での政権交代
は、まぎれもなく進歩的な側面をもっており、旧来の自民党支配の国家機構に大きな
変化をもたらすということ。
第2に、21世紀の日本には英米型2大政党制を強固に形成できる経済的条件はな
いということである。逆に保守の岩盤であった地方・農村を破壊し地方の政治的覚醒
を促さずにはおかない。 そこから出てくる結論は、日本における2大政党制は国民
の政治意識を非常に敏感に反映せざるを得ないということ、小選挙区制で議席の変動
幅が大きいため政治が激しく動くということである。
第3は、4つの十字架と民主主義の強圧のために、この2大政党制は、在来型の協
調型とは異なり、対決型への圧力がかかっており、双方が新自由主義的合意の下で政
治・経済を運営していくことはできないということである。
第4は、社会主義世界体制の崩壊とjcpの化石化・凋落により、民主党の左ウイ
ングが伸びやすい環境が出来上がっており、出自を保守におく政党=民主党が政治革
新という歴史の課題を担う可能性が出てきている。小沢民主党の政策が注目されると
ころである。また、人材の面でも、第2世代の人材が民主党に結集しつつあり、その
新しい人材が民主党を変える可能性がある。参議院民主党の護憲派議員の過半数化と
いう事態をみよ。
民主党は保守というその出自にもかかわらず、単純に在来2大政党制の概念に収ま
らない流動的な要素を刻印されているのであり、この収まらないところが民主党に対
して採る戦術上の鍵になるのである。
しかし、こうした把握はjcpの2大政党制論ではまったくとらえられないのであ
る。jcpの2大政党制論は、欧米で2大政党制が成立した歴史的条件や日本の政治
的・経済的条件との違いを考慮せずに、単に既得の古い概念を日本の現実へ当てはめ
ただけものであり、単なるドグマにすぎないからである。
22、jcpの2大政党制論の誤り(9)
バブル崩壊後の日本経済の再建に向けて、新自由主義的経済政策を導入するために
独占資本は2大政党制を仕掛け、保守2党を競わせ、旧来の自民党が持つ”しがら
み”を強引に断ち切らせようとしたのであるが、事態は彼らの目論んだようにはいか
なかったのである。
小泉は民主党から新自由主義の旗を奪い、新自由主義的政策を強引に進めたが、そ
のことによって旧来の自民党の支持基盤を破壊してしまった。万年与党がおのれの永
久支配の岩盤を爆破してしまったのである。
そのことによって、民主党の故郷でもある保守全体が漂流をはじめることになった
のである。独占資本の望んだ新自由主義政策の推進と2大政党制による政治の安定
は、いずれも5年で危機に瀕することになったのである。保守2大政党を安定的に養
うにたる旧来の保守の地盤も満ち足りた中産階級の地盤ももはやないのである。
「姫の虎退治」には二人のキーマンが必要であった。万年与党支配の岩盤である農
村・地方を破壊する「改革者」の顔を持つ保守・小泉と、破壊された農村・地方の政
治的覚醒を促した保守の顔を持つ「改革者」小沢である。
歴史を振り返れば、戦前の寄生地主制の下で呻吟した小作農が、戦後の農地解放に
よって自作農(零細農)へ転化したのは、彼ら旧小作農にすれば革命であった。しか
し、労せずして得られた革命の成果を享受することによって、彼らは私的所有の最強
の陣地、揺るがぬ保守の岩盤に身を納めたのであるが、ようやく半世紀強の時間を経
て革命の呪縛が解かれたということである。
この呪縛からの解放がどれほどの重大性を持つかは、寄生地主制が戦前の絶大な天
皇制権力の岩盤であったことを想起すれば多少とも想像がつくのであるが、日本史の
うえでは一度も支配者に成り上がったことのない独占資本(現在の主人筋はアメリ
カ)は目先の規制緩和等にかまけて、ことの重大性を理解しなかった。また、プレス
リー好きの横須賀ボーイである小泉にもわかるわけがなかったのである。
もはや、保守に安住の地はなく、彼らはどういう形であれ「改革者」になるほかな
いのであるが、他方では本来の改革者であるjcpが55年体制の旧習を繰り返し化
石化するのは何とも皮肉なことである。
マルクスは封建制とはどんなものかを知りたければ日本を見よと言ったのである
が、戦前の日本資本主義論争や戦後の自立・従属論争を回顧するまでもなく、明治維
新以来、日本の歴史が図式化されたマルクス主義の一般理論の枠に収まったためしは
ないのである。
23、jcpの2大政党制論の誤り(10)
大雑把ではあるが、このように日本における2大政党制を考察してみると、jcp
の2大政党制論が一面的固定的な理解であることがわかるであろう。ところが、この
一面的理解だということが、どうしてもわからない人たちがいるのである。参議院選
の冷厳な結果が出てもわからないのである。不破指導部と同様に、本質還元論者とで
も言うべき思考をする人たちである。
体制変革防止政治システムということが本質把握だから、間違っておらず、実際に
持っている様々な側面(ここで検討した点など)はどうでもいいことだと考え、一
路、2大政党制反対、自民と民主は「同じ穴のムジナ」だ、全小選挙区立候補戦術賛
成、jcp中心の第3極づくりを目指せ、という議論をするのである。
彼らの場合、本質把握がイコール現実把握と理解され両者が混同されている。現実
の観照者ならばそれでもいいのであるが、現実の変革者としてはまったく不十分、と
いうより誤りなのである。というのは、実践は抽象的本質を考慮するだけでは足り
ず、その本質が現実に持っている具体的な姿、具体的な諸条件、相互の諸関係を考慮
にいれなければ作戦の立てようがないからである。彼らに誤りを気づかせるには次のような例をあげてみるのがいいであろう。
彼らの主張は、第一次世界大戦の時のように暴力革命が避けられない時代に、暴力
革命の時代だからといって、政治情勢にかまわず武装闘争をはじめるようなものなの
である。暴力革命の時代であっても、武装闘争をはじめる時期と条件がある。2大政
党制をつぶすにも政治情勢と時期があるのである。
それを無視すれば失敗するのである。 だから、結果は何度やっても失敗し、評価
を落とし(自民党の別動隊)、議席を減らし、支持者に「苦肉の策」を強制し組織力
を消耗させるだけなのである。
単純な戦力比較からしても、2大政党を正面から敵に回して闘う全小選挙区立候補
戦術は馬鹿げた自殺戦術でしかない。jcpはそういうことを繰り返しやっている。
そういう単細胞が不破、志位らの指導者なのである。jcp指導部の化石化が、サー
クル化が、小児病化が進行している。
ちなみに紹介すれば、このようなわからず屋と全く同じ特徴を持つ連中がレーニン
の時代にもいた。「どんな政治行動をとるにあたっても階級勢力とその相互関係を厳
密に客観的に考慮しなければならないということを、どうしても理解しようとはしな
かった(そうすることができなかったというほうが、おそらくは正しいであろ
う)。」(「共産主義内の『左翼主義』小児病」レーニン全集31巻18ページ)
このわからず屋が誰かと言うと、社会革命党の急進派、農民党の左派でエスエル左
派とも言われていた。古い言葉で言えば、小ブルジョア特有の思考形態を持つ者たち
なのである。
自民党の万年支配に代わる2大政党制は日本の政治においてはまぎれもなく進歩的
な役割を持っているということ、その限りでこの流れは止められないということであ
る。レーニンが言った庶民の政治意識の変化の視点から見ても止められないのであ
る。だから、工夫した戦術が必要なのである。戦術の工夫にはここで検討したような
多くの要因を考慮に入れなければならないのである。
庶民の大多数の目から見て、まだ「同じ穴のムジナ」に見えないうちは全小選挙区
立候補戦術で総攻撃をかけるのは誤りなのである。口先とは異なり、彼らjcp指導
部は事実のうえではおのれを弱体化させ2大政党制の促進要因になっているのであ
る。誤った戦術は予想とは逆の結果を生むだけである。