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「現状分析と対抗戦略」討論欄

「生活者の政治」、今度こそできるか?

2007/9/21 さとうしゅういち 30代 サ ラリードパーソン(連合組合員、社会市民連合事務局長、一応 民主党員)

 報道のとおりであるならば、「福田政権」がまもなく誕生し ます。当面は「自民党内たらいまわし政権」です。

 そのことについては批判してまいりました。しかし、結局必 要なのは、「えらい人」の政治から「生活者の政治」にするこ とではないかとおもいます。

 筆者が高校のころ1993年ころ一度だけ自民党が政権から 転落し,「生活者の政治」ということが一世を風靡しました。

 今、その実現の可能性が再び近づいてきた、ともいえます。 参院選で野党が多数を占めました。「思い切り古臭い」安倍総 理が、「思い切り醜態」をさらしてくれたお陰で、古臭いもの への「反撃」に福田政権下では時間を取られる心配もない。今 までは「空襲」に対応する必要があったが、その心配はなく、 「民主主義の復興作業」に務められます。しかし、一方で、そ れは実は自民党政権を倒す以上に困難な作業だと考えてもいま す。

■15年前に既に「耐用年数」の「日本型社民主義」

 1993年まで,自民党の「日本型社民主義」政治が長く続きま した。野党である「日本社会党,民社党=組合を基盤」と与党 である「自民党=業界を基盤」,の中で,正社員男性世帯主を 対象に企業を通じたセーフティネットというのが,この体制の 大枠,と理解してよいでしょう。

 そこからはみ出した人を公明党が救い上げ,また,共産党は そうした庶民の一部と,大学教授や医師,弁護士などのインテ リにかなり支持を広げました。政治的意思決定システムとして は,「族議員」と官僚政治の微妙なバランスだったと理解しま す。

 しかし,そうした体制は経済の発展には都合が良かったとお もいます。

 ですが,1980年代以降,とくに限界を露呈しました。以 下のような問題が噴出しました。

 地方では国の指導で公共事業が行われたが,案外地元に落ち るお金が少ないという問題がありました。

 地方で,地域のことが決められない。地域住民のニーズに適 したサービスが提供できない。こういう問題が指摘された。こ のことを背景に「地方分権」が叫ばれた。

 官僚政治への批判も高まり、情報公開や住民参加を求める動 きが盛んになりました。

 また,介護や育児などの生活点でのセーフティネットが不足 しているという問題がありました。これは,男性正社員に「年 功賃金」さえ保証すればよいという暗黙の了解の上に成り立っ ていました。

 そして,そのシステムから外れたシングルマザーやフリータ ーに厳しい。

 また,諸外国に比べ物価が高い,などの議論がありました。

 これが,1980年代半ば以降の状況でした。

 それまでは「生産者サイド」だけで政治が論じられてきたが これからは「生活者サイドも見ようよ」というのが「生活者の 政治」だったと記憶しています。

■アメリカや経済界に悪用された自民党政治批判

 一方,アメリカや経済界は,こうした自民党政治への不満を うまく悪用し,自分たちの利益を図ることを考えました。

 アメリカは,巨額の対日貿易赤字に業を煮やしていました。

 アメリカは,1985年にいわゆるプラザ合意で,円高圧力 をかけました。さらに,1989年ころからはいわゆる日米構 造イニシアティブ,さらない1994年からはあ毎年のように 年次改革要望書」を日本に突きつけるようになりました。

 アメリカは,とくに,「日本の構造」のせいで,アメリカが 進出できない。それは日本の消費者の不利益でもある,と宣伝 しました。

 経済界は経済界で,日本の労働者を安く使うことを考えまし た。「日本の物価は高い」→農民がけしからん,中小商店がけ しからんという議論,また,ついには「サラリーマンの給料が 高い」という議論をおこしていきました。

 また,国は余計な仕事をせずに,外交と防衛などに限るべし ,という議論が出された。これが経済界発の地方分権で,地方 に面倒な仕事は押し付け,国は身軽になりなさい,そして,軍 事は大きくして海外に自衛隊を派兵して大手企業を守ってくだ さい,という流れです。

■せめぎあう様々な「改革」の流れ

 国民の旧来の自民党政治への不満を受けて,男女共同参画や 環境への取り組みが一応進められた。労働時間短縮も,小泉政 権になる直前までは一定の前進を見ました。

 一方で,大店法緩和・撤廃,商法「改正」(ホリエモン事件 の背景),建築基準法「改正」(耐震偽装の背景)などが強行 された。

 さらに,21世紀にはいると,小泉純一郎政権は外資による 対内投資を促進し,三角合併解禁などを強行しました。さらに 、自民党内の反対を押し切り、反対者を追放してまで「郵政民 営化法案」を強行し、この10月から実施されようとしていま す。

 また,「不良債権処理」加速化やペイオフ解禁を強行。金融 庁の指導の下,銀行から中小企業への貸し出しは減らされ,そ のかわりアメリカへの投資が増えたのです。こうした中,乗っ 取りを恐れた企業が恐怖に駆られ,近視眼的なリストラをして いる実態も見られます。

 1998年には,労働者派遣法が「改正」され,本来「専門 的」分野に限られた労働者派遣が,原則自由化され,2003 年にはさらに緩和され,有期雇用も緩和されました。そのこと を背景に,企業は労働者の賃金を抑えつつ,利益を増やしまし た。

 また,2000年に地方分権一括法が施行された。一見よさ そうに見えたが,実際は「分権の受け皿」ということで,合併 特例債を飴に,地方交付税カットを鞭に,合併を強要しつつ, 東京の大きな会社だけが儲かるような不要不急の事業を地方に させている実態は続いています。

 地方は,財源も人も渡されず,仕事だけを押し付けられた。 権限も移ったかに見えたが違う。省庁が省令や通知で事細かに やり方をしばっているのです。

 橋本龍太郎さん以来、特にすすめられた「行政改革」も,結 局天下りなどはなくすものではなかった。一方で,実際にサー ビスを提供する現場,とくに女性が多い現場が切り捨てられる という状況が進んだ。人々は「税金の割りにサービスが低い」 と考え,さらに行革を要求,それがさらなる現場切捨てにしか ならないという悪循環が各地で進みました。

 「改革」は必要,では多くの人が一致した。だが,方向の違 う流れがせめぎあったのがこの10年か程ではなかったでしょう か?

 「改革」といっても,旧来の自民党政治への批判を受けた「 改善」も一定は行われた。

 だが,それに便乗した「改悪」のほうの流れが圧倒的に強い ように見えた,というのが特に小泉政府以降の状況ではないか ?だが、さしもの、自民党もグロッギー状態に陥ったというわ けです。

■「政権交代」は「十分条件」ではない

 こうしたなか,庶民が暮らしを良くするにはどうすればよい か?

 むろん,今まで私が主張してきた自民党政権からの交替は必 要条件だと思う。しかし,十分条件では毛頭ないとも思います 。あくまで短期目標に過ぎません。

 自民批判は,大雨災害復旧で言えば「泥水排除作業」。そこ から,新しい家を再建したり,家の中をリフォームしないとい けない。

 何党政権であろうが,主権者の権利維持へ向けた努力が大事 です。

日本国憲法

第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。 この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない 永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不 断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民 は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉の ためにこれを利用する責任を負ふ。

■「生活者の政治」を古臭く見せた「分断状況」

 しかし,それは,実は組合や業界団体などの「組織」が壊れ ,グローバリズムが進む中,大変な作業です。

 おかげさまで、「しがらみ」がなくなった反面,「社会的つ ながり」もぶっ壊れたといえます。個人個人がいわば「砂粒」 のような状況になりました。

 そうした中,「分断状況」が生じています。そして,グロー バリズムが人々を苦しめ,「リベラルなこと」をすることから 遠ざけている状況があるのです。

 具体的には以下のようなことです。

 80年代から90年代前半ごろ,「生活者のための政治」を 主張してこられた方々,ないし環境運動や女性運動などをして こられた方々の多くを占めておられる50代後半以上の年配者 です。やや余裕があるように若い者からは見えてしまう。

 一方,多くの若い者にとっては,「飯が食えそうにない」と いう問題が一番大きいのです。そこで齟齬が起きる。年配者の 市民活動などが,「貧しいものに手が出ない高級なもの」にみ えてしまうのです。

 例えば、政府の後押しで,大手の会社ではかなり育児支援が 充実しています。だがそれは,正社員しか恩恵にあずかれない 場合が多い。

 政府機関や自治体でも、非正規社員は,妊娠したら解雇とい う例も後を絶たない。これでは,育児支援以前に「飯が食えな い」のだから話になりません。

 一方,もちろん,年配者も「飯が食えない不安」は,若い者 ほどはないかもしれないが,介護とか生活に関するセーフティ ネットの不十分さにくるしまられているのは事実です。そして ,女性の方の場合は,時代に合わない慣習と戦い、差別と戦っ てこられた歴史は私もじゅうじゅう、承知しています。

 どちらも「大変」なのですが, マスコミや「えらい人」の 宣伝もあるのでしょうが,社会的対立があおられます。

 例えば以下のようなことがありました。

 参院選の開票を見て,「護憲政党が後退した」,「若い者が 憲法改悪反対の運動に参加してくれない。」こう嘆く年配の専 業主婦の左翼の人がおられました。民主党や国民新党に考えが 近い私は思わず「若い者は飯のほうが深刻だから民主党だ」と 申し上げようと思いましたが、喧嘩になるので止めました。

 「なんで民主党と言うだけで若造が」「自民が落ちても民主 が通るだけじゃないか」という彼女の言葉と、比較的リベラル な若い人との間に断層があるのを感じました。

 また,春には30代,20代の男性のフリーターを大量擁立し た民主党が東京の区議選,市議選で躍進し,女性の無所属市民 派候補が案外苦戦しました。

 そうしたなか,「生活者の政治」が古臭く思われたという無 所属女性議員の声も伺っております。

■問題意識の座標分析

 右の図を見てください。上下軸は「要求」が下へ行くほど基 礎的。上へ行くほど「より高位」な要求です。

 一方軸の左右は左が「主権者中心」、右は「一部のえらい人 中心」です。

 民主党は今回は、左下(基礎的要求&主権者中心)に陣取り 勝ったのです。安倍さんは、右上(=えらい人中心の観念的イ デオロギー)に陣取って敗れた。私たちの庶民の運動で言えば 、若いものの要求はむしろ左下であり、年配者で少し所得が高 い人は左上が多いと言うことです。

 しかし、もし、右下、すなわち、「えらい人」がメシを食わ せてやる、という考えで登場したら、左上中心の左派が見放さ れ、とにかく、右下課題に食いつこうとするかもしれません。

 若い人にとっては,男女平等的なものや環境問題への取り組 みが良いと思うは、実は当たり前です。ただ,グローバリズム の中で飯を食うのが精一杯。だから,生活者ネットなどの運動 も「立派」だと思っても、参加しづらいわけです。基本的には 、年配者よりもリベラルだと思います。

 だが、「メシを食う基盤」が崩れているのでそちらの建て直 しが大事なのです。

 下手をすると赤木智弘さんhttp://www7.vis.ne.jp/~t-job/たち のように「希望は戦争」とまで言う方もおられる。

 むろん、そこまではいかない人が多い(中国新聞の世論調査 でも9条改憲派は20代で最低でした)が、さりとて積極護憲と 言うわけでない人が多い。

■「他者への共感」を

 だが、例えば若い者vs年配者など、圧倒的多数を占める庶 民が、おたがい,「なっとらん」と非難しあっても仕方があり ません。

 こういう状況で,第一に必要なことはグローバリズムの中で ずたずたにされた者を取り戻すことです。それは、アダム・ス ミスの道徳感情論における「他者への共感」ではないかと思う のです。

参考 利己的諸個人を前提としたアダム・スミスの「共感」と 今日の「協同」
 http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n0411dan.pdf

 多分、我々の世代の若い者でも、それなりに飯が食えるよう になったら,たとえばフェアトレードなどももっと盛んになる 、経済的余裕のなさから刹那的に安物ばかりを買ってゴミを増 やすのではなく、かえって長持ちするものを買う、など、いろ いろな悪循環が好循環になる、と30代の私は踏んでいます。 先ほどの図で言えば、左下を満たすことで、左上に進むことが 出来るのです。そうでないまま、左上ばかりを年配者が若い者 に押し付ければ、若い人は赤木さんの様に右下(えらい人に動 員されて=戦争をして)のほうが立ち位置が近くなり、飯を食 おうとする危険さえ出てきます。

 ジェンダー問題でも古典的な「差別反対」だけでは、逆に「 左上に偏っている」ということになりかねない。

 以下のような「左下」にも掛かってくる視点がこれからどん どん必要であると思います。

 非正規労働者は,勤務先会社ではグローバリズムの中で「親 に食わせてもらっている」という前提で賃金を値切られる。

 男性の場合,「男の癖に稼げない」と古臭い人たちから非難 にあう。これもジェンダー問題です。

 また,女性の非正規のほうがやはり多いのに,稼がなくても 良い,という固定観念が政治を仕切る年配者に根強くあるため ,案外,既存の組合などから無視されてしまう場合も依然あり ,これまたジェンダー問題です。

 一方,若者も,「介護などは高齢者や地方の問題」などと切 り捨ててはいけないのです。切り捨ててはいないでしょうが, 自分のことで精一杯かもしれない。しかし,頭の片隅でよい。 将来の自分の問題として考えることです。

 とにかく,老若男女、個々の事情の違いを認め合い,そこか ら連帯しあうところからはじめないとどうにもならないと思い ます。「苦しさ合戦」をして,「俺のほうが大変だからお前は 我慢しろ」では問題の解決が遅れます。

 「お互いの苦しさを解決するにはどうすればよいか。」そう 考えるプロセスが大事だと思います。

 過去,私がいろいろJANJANでも政策提言をしてきましたが, 「結論ありき」ではなく,プロセスが大事だと思います。中に はわれながら、過激なものもあり、ご批判もいただきましたが 「あくまで議論のたたき台」になる「提起」のつもりであり、 ご批判は大変結構なことです。

■「恩恵」ではなく「権利の保障」の視点を

 第二に,「権利の保障」を目標として考えることです。

 自民党であろうが民主党であろうが共産党であろうが,どこ の党が政権の座にあろうがこれも必要なことです。

 今までの傾向では,福祉でも公共事業でも,「お上からの恩 恵」と考えてきた人が,とくに高齢者では多いと思います。す なわち、右下領域の問題意識にとどまっている人が多いのでは ないか?

 一方,若い人だと,政治にあきらめてしまっている人も多い のが実情ではないか?

 しかし,そのどちらも不毛であると思います。

 福祉でも,公共事業でも「「えらい人」が国民の痛みを緩和 する」ためのものではなく,人権の保障のためのものである。 恩恵として「格差是正」をするのではない。

 格差が大きすぎたら教育の機会の平等も損なわれますから, 一人一人が能力を発揮できるようにセーフティネットを張るの である。そういう考え方でいくべきでしょう。

 小泉純一郎さんらネオリベラルないしネオコンが,旧来自民 を否定する振りをして,一方的に予算をカットしたり,非正規 労働者を使い捨てにできるようにしたこと,これらは,暴挙だ と思います。

 だが,たとえば,福田政権が修正して「多少ばらまいたくら い」で,「ありがたや」と思ってはいけない。

参考記事

須田編集委員:2007年体制-市民社会強化戦略を描こう( 編集委員時評)
http://www.news.janjan.jp/editor/0709/0709172490/1.php

 「えらい人」の恩恵ではなく,自分たちで決めて自分たちの 「権利」として確立することです。これほど「お上」に左右さ れない強いものはないのです。

 その延長線上で,気に入らなければいつでも政権を取り替え る力もつくのではないでしょうか?

■「組織型」でも「劇場型」でもない第3の道へ

 要は,小泉流「劇場型」でもない,旧来自民や昔の野党の「 組織型」でもない住民主体型の新しい政治をめざすのです。

 広島市の秋葉忠利市長が目指しているのが,こういう形だと 思います。あるいは,浅野史郎都知事候補がめざされたのもこ の方向だと思います。

 「「応援する」という言葉は良い。何をあなたがするか言っ てほしい。」という趣旨の支持者への言葉を,お二人から伺い ました。

 統一地方選の大きな選択肢-「えらい人中心の政治」か「市 民参加型の政治」か
http://www.janjan.jp/election/0704/0704053126/1.php

広島市長選挙:最終日に前職候補「広島はすばらしい街」と反 撃
http://www.janjan.jp/election/0704/0704080344/1.php

 あまりに犠牲は大きかったが,いわゆる「ショック療法」に より,人々の意識が変わったとすればそれはとくに「「えらい 人」に任せてはだめなんだ」と思わせた安倍さんの偉大な功績 だったかもしれません。

 互いの違いを認め合った上で,連帯していく。そして,「お 上による恩恵」ではなく,権利の保障として福祉や公共事業を 考えていく。

 表面上は「リベラル」にせざるを得ないとみられる福田政権 下で、上記のような流れを強めていきたいものです。