案の定、「無党派著名人」の候補者が手を挙げた。外食チェーン「ワタミ」創業者・会長である渡辺美樹氏(51歳)である。
小池晃氏とはほぼ同年だが、生活情報番組のコメンテータでもあり知名度は高い。「私は居酒屋チェーンを開業して成功しました。それは私が『素人』だったからです。ですから、都政に『素人』であることは強みだと思っています」という言明が世間に対して持つ「説得力」には、小池氏と格段の差がある。
昨年ヒットした書籍の第1位だったか第2位だったかに、『もしドラ』(岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』)が入っていたことを考え併せると、「都政に『経営』の考えを持ち込みたい」ということに頷く都民も多いだろう。
問題は、その「経営」発想の持ち込みが、小泉流「新自由主義改革」と同根の疑いが濃いというところにある。「ワタミ」の展開によって、居酒屋メニューの価格破壊・業態変化を促進したことを、「自由競争の成果だ」と肯定しているからだ。そこで働く労働者の雇用形態はどうなのだろうか。短期アルバイトを「使い勝手がよい」と多用してはいないか。「店長は管理職なのだから」と、過酷な不払残業を強いてはいないだろうか。他方では、既に行政が行っている保育園経営への「民間活力」導入などの結果、保育の質が著しく低下したと指摘されている状況にどう対処するのか。「ワタミの介護」が経営するような有料老人ホームには経済的理由から入れない高齢者に、十分な環境を保障する低廉な老人施設は、「経営」理念だけで実現できるのか。
不安定雇用に喘ぐ若者が、即自的なルサンチマンの捌け口を「身分保障があり収入も安定している」公務員に向けがちなように、トップ(である石原慎太郎氏)ではなく、実務的企画・執行者が「カスタマーズ・ファースト」の立場に立ち切れていないことが現在の都政最大の問題であると、都民を誤導してしまう危険は大きい。現に渡辺氏は、「石原都政は評価する」といっているようだ。「あくまで無所属で立候補するが、政党からの支持は拒まない」と強調する渡辺氏だが、これにさらに対抗して、不人気の民主党が蓮舫氏を担ぎ出すだろうか。それとも相乗りするだろうか。
「4選は長い」と自らいう石原現知事が、困難なたたかいに乗り出すだろうか。
つい先頃まで、「二大政党制はインチキだ」という趣旨の批判を重ね、「政権交代」についても「受け皿よりも交代した後の中身が問題だ」といって、自公政権の退場を切望する民衆の期待をどう実現するかについては超然としていた人たちが、「都政における政権交代を」などと言い出すのを見ていると、「都民はばかじゃないよ」といいたくなる。
小池氏は、出馬を受諾してから、いそいそとあれこれの民主団体や市民団体など回りをしているようだが、決定的に順番が逆転している。都民に失望を与えているのは、何も民主党政権だけではない。「自分たちの政策こそがいちばん『正しい』政策だから、これを支持するのが当り前だ」という「殿様商売」の姿勢では、「カスタマーズ・ファースト」に負ける危険が大きいのは当然ではないだろうか。
「靴を右足から履くべきところを左足から履いただけのことだ」くらいの認識ならば、また痛い結果にならざるをえない。「ゆで卵を作って食べるのに、茹でてから殻を割るべきところを、茹でる前に殻を割ってしまい、中身がぐちゃぐちゃになってしまった」くらいの認識が必要だと思う。渡辺氏が「泡沫候補に過ぎない」と笑うなら、いまの都民の期待を決定的に見誤ることになると心配だ。
それにしても、「順番を決定的に間違えて申し訳ありません。都民のみなさんの力を結集して『都政における政権交代』を実現するために、『革新都政をつくる会』にこだわらずにご意見を伺い、政策に反映したい」と頭と腰を低くして呼びかけることは、絶対に無理なのだろうか。(2月18日)