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「現状分析と対抗戦略」討論欄

前泊博盛氏の『日米地位協定入門』を読む

2012/4/3 櫻井智志

 この領域の研究には、孫崎享氏の『戦後史の正体』『日本の国境問題』『日本人のための戦略的思考入門』『情報と外交』それを新書化した『日本の「情報と外交」』などの労作がある。
 孫崎氏が外務省の国際情報局長や防衛大学校の教授などを歴任しているのに対して、こちらの著者前泊博盛氏は、沖縄の最前線で琉球新報の記者を27年間務めてから、今は沖縄国際大学の教授である。

 日米両国の「属国・宗主国関係」は、単に外交上の圧力や力関係から生まれたものではなく、きちんとした文書に基づく法的な取り決めにある。戦後日本という国家は、根源に重要な法的取り決めとして、日本国憲法や日米安保条約でもなく、日米地位協定にあることを読者に解き明かしている。
 もしも、本土で飛ぶオスプレイが東京大学の安田講堂に激突し、墜落・爆発事故が起きて機体の破片が広範囲に飛び散ったとき、米軍は東大の敷地内を封鎖し、警視総監の立ち入りを拒否する法的な権利をもっている。日米で合意文書も作られた事実である。米軍基地に関して、本土には沖縄と変わらない現実があることを、と著者は実際に起きた沖縄の大学に米軍機が墜落した時の事実をあげながら、叙述している。
 現在日本で起きている深刻な出来事がひとつのまとまった原因があるとしたなら、読者諸氏は驚かれるであろう。

①原発事故と再稼働問題
②不況下での大増税問題
③オスプレイ配備問題
④TPP参加問題
⑤検察の調書ねつ造問題

 前泊氏は、これらが「日米地位協定」を源流としている(p.16)。
「日米地位協定」は、「アメリカが占領期と同じように日本に軍隊を配備し続けるためのとり決め」であると鋭く本質を規定している。
(U.S-JapanStatus of Forces Agreement=SOFA)とは「在日米軍の法的地位」が直訳だから、「米軍地位協定」と呼んだほうが正しいと著者は言う。さらに「日本における、米軍の強大な権益についてのとり決め」とも言いうる。この協定の本質は、主権国家同士が結んだ対等な条約の細則にはなく、1945年、太平洋戦争の勝利によって米軍が日本国内に獲得した巨大な権益が、戦後70年たつといういまでも維持されている。
 日米地位協定は、1952年に旧安保条約と同時に発効した「日米行政協定」を前身としている。その協定はアメリカ側がもっとも重視した目的は、

① 日本の全土基地化
② 在日米軍基地の自由使用
であることが二人の大学教授の精緻な研究であきらかになっている。

「日米行政協定」と「日米地位協定」とは、一見条文は改訂時に米軍側が譲歩してようにみえるが、重要な権利については付属文書や非公開の密約という形できちんと担保されている。日本における米軍と米兵は、かつての占領期と同じで、日本の法律に拘束されず自由に行動することができるというものである。
 2009年9月、圧倒的な国民の支持で誕生した鳩山政権は、市街地の中心にある非常に危険な普天間基地を「県外または国外」に移転させるといっただけで、七か月後、辞任に追い込まれてしまった。外務省、防衛省を中心に、政治家、官僚、大手メディア、学者、評論家などだれひとり鳩山首相を助けようとせず、むしろ攻撃に回った。2010年6月、鳩山首相が辞任に追い込まれたとき、一番責任があるはずの関係閣僚の岡田克也外務大臣、前原誠司沖縄・北方担当大臣、北澤俊美防衛大臣は、みな責任を問われずそのまま留任した。

 さらに鳩山首相が辞任したあと、あいついで首相の座についた菅直人、野田佳彦という二人の政治家は、不思議なことになぜかわざと党を分裂させ、国民の支持と信頼を失うような政策ばかりを選択し続けた。その結果、2009年に有権者の大きな期待を背負って政権交代した民主党は、鳩山首相の辞任後わずか二年半で議席を五分の一に激減させてしまった。

 なぜこのような理屈に合わない現象が起こったのか。
 前泊氏は、これらの問題とサンフランシスコ条約、日本国憲法、日米安保条約らの法規が「日米地位協定」よりも優先権をもたない事実を解き明かしている。

 米軍関係者には「日本の国境」は存在しない。日本政府は、日本国内にどんなアメリカ人が何人いるかまったくわかっていない。どんな国の外交官も出入国のとき、一般とは別の出入り口にちゃんとパスポートを提示して出入国審査を受ける。
 しかし米軍には基地内ではすべて好き勝手にできる権利として基地の排他的管理権がある。さらに米軍関係者の「出入国自由の特権」としての出入国管理法の適用除外が認められている。アメリカのCIA要員がどんな国へ行くのにも身分を偽ったり、ある種の変装をしていく。しかし日本だけは、軍用機で行けば、服を着替える必要もないし、普通のスーツで米軍基地に到着し、そのままフェンスの外に出ればよい、という驚くべき実態を著者の前泊氏は執筆し ている。

「日米地位協定 第九条2項
合衆国軍隊の構成員は、旅券パスポートおよび査証ピザに関する日本国の法令の適用から除外される。合衆国軍隊の構成員および軍属ならびにそれらの家族は、外国人の登録および管理に関する日本国の法令の適用から除外される」

 驚くべき米軍支配を認識する上でも、沖縄県の土地で実態を知り尽くしている著者の論述は、迫力がある。