「君が代」問題に関連して、私が先の戦争の史的総括を迫るべきと発言したことに関連して、「澄空」さんより史的総括が[君が代」の国歌制定の呼び水になるようでは問題があるとの趣旨の意見を頂きましたので若干補足させて頂きます。
私が云いたかったことを少し要領よくまとめたいと思います。なにせ専門のもの書きやではありませんのでうまく趣旨が表現できなかったことを反省しています。不破さんの発言は、「君が代」・「日の丸」を前提としてのことになると思われますが、そろそろ正式な国歌.国旗の制定をしてもいい頃であり、その為の国民的論議を起こそうという発言であったように思います。先進国において正式な国歌・国旗をもたない不都合を背景にしているものと思われます。私は、「君が代」・「日の丸」が先の世界大戦の経過と深く関係しており、未だに国歌・国旗の認定が為されていないのは、先の戦争に対する史的総括が為されていないことが深く関係していることに注意を喚起させ(「君が代」・「日の丸」の拒否化運動に対して広島と沖縄の日教組が特に戦闘的であるのも故無しとしない理由がここにあります)、この問題と切り離して一般的に国歌・国旗が必要であるとの国民的論議を呼びかける姿勢に対して、党の幹部として腐敗堕落であるということを指摘したかったのですが。
常識的に考えて、自民党が国歌.国旗の制定を持ち出してきた際に、上述の観点から今こそ「君が代」・「日の丸」の果たしてきた歴史的役割を問い、先の大戦の総括と教訓を得ようとする流れに持ち込むのが党の指導者としての力量ではないかと思われます。それをこともあろうにノンポリのような観点から国歌・国旗の必要有無の論議を呼びかけているが故に腐敗堕落の極みといいなしているのです。
そこで、先の大戦の史的総括をしようという運びになった場合に、この問題がちょっとやそっとで解決できるものではないことは明らかです。最近の「自由主義史観」とも大いに論議すべき難題となりましょう。最低10年はかけて、学識者委員会・国会は言うに及ばず戦争体験者から国際的テーブルまで用意して、さらに10年・20年かけてでも取り組むべき課題のように思っております。問題は、民衆史観とでも云うべき観点から、二度と大和民族だけが好都合であったり、時の支配階級とその子弟に有利で大衆が馬鹿を見せられるような悲惨な戦争を避ける為の具体的な方策を練る制度と思想を確立することにあります。詳細は知りませんが、十分なものかどうかの詮議は別としてドイツではそれなりの教訓化が為されているということです。こうした論議・論争に引き込んでいくのが党指導者の役割ではないでしょうか。そう云う意味で、不破発言はノー天気過ぎる明白な背信であるのに、党内部から追従意見が大勢を占めるとしたら口がアングリしてしまうばかりということが云いたかったのです。
従いまして、澄空さんのご心配は私の趣旨とは少し離れておりまして、私の主張が、早く史的総括を済まして国歌・国旗を制定しようという趣旨に受け取られたのでしたら筆足らずということをお詫びします。
なお、これは個人的感想ですが、日教組さんにお願いするとして、例えば校則の改良とか体罰の是非とか能力別編成の是非とか教頭・校長選出の民主化とか学校崩壊の様子とその対策について、国民的論議を生み出すよう不破さんに呼びかけて頂きたいのですが。