高さんの主張は次のように要約される。
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前提:たとえ人権侵害があっても、外国からの武力侵攻はしてはならない。
ただし例外がある。それは独裁国家に対する場合である。その理由は以下の通り。
1 独裁国家は国民にとって地獄である。(=倒さなければならない)
2 「独裁国家は外国からの武力侵攻によってしか倒れない」
3 よって外国(アメリカ)が武力侵攻して独裁国家を倒さなければならない。
適用対象:このことは少なくともイラク共和国・朝鮮民主主義共和国・シリア・イランに適用される。
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以下に僕の見解を書きます。
その1 まず、高さんの主張する「独裁国家は外国からの武力侵攻によってしか倒れない」という命題はまちがっています。
まず、高さんは、僕の「明白な反例がある」という指摘をうけいれています。
韓国の例については、アメリカが後見していたのが民主主義政権ではなく、独裁政権だったことも認めています。実際には、何度も民主化の動きはありましたし、民衆弾圧もありましたが、アメリカが軍事介入して力づくで軍事政権を排除したことはありません。むしろ、韓国に米軍がいることが、軍事政権を支えていました。
民主化は、民衆の絶えざる運動がある中、軍事政権が民主化に譲歩し、選挙を行っていくことで、あるとき急速に進みました。とともに、韓国の経済発展も進みました。内部的な成熟そのものでした。そして、現在では、過去には人権弾圧されていた民主主義派の政治家の旗手だった金大中氏が大統領になるまでになりました。
韓国の例は、高さんの命題「独裁は(外国からの)武力によってしか倒せない」の明らかな反例です。そんなものはなくとも、韓国は自前で民主化したのです。
さて、命題に合わない例が一つでもあったら、その一般命題は偽ということになります。だから、この命題はおしまいです。基本的に、と前につけたからといって変わりません。例外だといっても同じことです。特定のこの国、イラクならイラクが、外国勢力の侵攻によってしか民主化できないのだと決めつけることはできなくなりますから。
もう一つの例、東欧の非社会主義化の例は、確かにアメリカ等の封じ込めや宣伝が後押ししたものです。その点は韓国の例とは違います。しかし、これもまた、高さんがおっしゃっているとおり、長年の冷戦で、アメリカに対抗するための軍事支出を強いられたソ連でペレストロイカ改革がうまくいかず、社会主義経済圏(これは相互協力もありましたが、ソ連が援助している面もありました)が維持しがたくなっていたという経済事情が基本にありました。社会内部の成熟とはいえませんが、変化は内的な事情がもとになっています。
これも高さんの「独裁は(外国からの)武力によってしか倒せない」の反例になりますよね。
なお、これはこの前、挙げませんでしたが、ソ連の破壊自体もまた、外部からの軍事侵攻によって行われたものではありません。高さんでしたら、これも独裁の例に挙げると思いますので、付け加えておきます。
また、新谷さんが23日の投稿であげておられるチリのアジェンデ政権だって、選挙で実現した政府で、アメリカの軍事介入でそれ以前の政府を倒してもらったわけではありませんでした。新谷さんも言うように、逆にアメリカはピノチェットをあやつって民主活動家たちの虐殺・弾圧に力を貸しました。軍事独裁政権を支持したのです。
これは「独裁政府は外部からの軍事侵攻によってしか倒せない」ということの反対例になっていると思うので出しているのですから、くれぐれも間違えないように願います。
ケースバイケースはかまいませんが、それの元にしている命題がまちがっているかどうかはきちんとしてほしいです。
古くなりますが、ロシアの1917月の2月革命(10月革命はあげません。多分話がややこしくなるので)も、皇帝独裁を民衆が内部から倒したものです。武力は少し関係しましたが、外からではありません。第一次世界大戦自体の影響はありました。
同じく、もっと古くなりますが、1789年、バスティーユを襲撃して世界を震撼させた、フランス革命、民主主義のおおもとですが、外部の軍事侵攻の助けを借りておきたわけではありません。これも少し武力は関係しますが。
まだまだ、例を挙げることはできますが、この位にします。少なくとも、「例外は希」とおっしゃいましたが、違うと思いますよ。もし、これでも足りないとおっしゃるのでしたら、まだ並べることはできます。
その2 次に、高さんの1、2、3全ての論旨が正しいとしても、それをイラクに適用することは間違っています。
というのは、高さんは独裁の定義として、
国民に参政権が、与えられていない体制の国としていますが、イラクはこれにあてはまらないからです。
=国民に政治を変える手段が、用意されていない国
また、「軍事独裁」という言い換えもされていますが、イラクはいかなる意味でも軍事独裁ではありません。フセインは文民です。バース党支配というならまだ当たっていますが。同様に、キム政権も軍事独裁ではありません。さざ波通信の編集部でもこの言葉を使っているのですが、正確には軍事独裁ではありません。
軍事独裁とは、軍部がクーデター等によって合法政権を打ち倒して軍人が支配することです。今のイラクにおけるアメリカ軍の支配も、トップはブッシュですから、軍事独裁とは言えません。
したがって、高さんがご自分の論理をイラクに当てはめて、戦争を容認=支持したのは、まちがっているわけです。イラクは「独裁国」ではないのですから。
そもそも、独裁と、人権の侵害、制約ないしは制限とは別のことだと、僕は思っています。たとえば、さざ波編集部は僕たちにたいして、ホームページ上で独裁的権力をふるっているわけですが、誰も問題だと思わないですよね。それは、表現の自由その他、人権を犯す運営をやっていないからです。もちろん、ホームページの主旨、投稿規定に反するなどのことがあれば取り上げられないわけですが。
また、少々古くなりますが、専制啓蒙君主なんていうものがありまして、独裁なんですが、開明的だったりしました。もちろん、限界はあったんですが。
地獄でない独裁はいくらでもある。戦前の日本も高さんは独裁の例にあげてたけど、高さんにとっては地獄なんですかね。そうかもしれない。でも、僕はそう単純には言えない。侵略戦争したんだから、外部から倒されても仕方ないし、ポツダム宣言も心から受け入れてますけどね。
ですから、僕は、「独裁だからなにがなんでも倒さなくちゃならない」、という高さんの考えには同意できないです。問題は人権侵害だと思います。「いちじるしい人権侵害はなんとかしなくてはならない。といっても、外から武力侵攻で政権自体を倒すなんていうのは言語同断だ。」と考えます。
その3 さらに、たとえ適用も含め、高さんの主張は全てそうだとした場合でも、高さんは結果的にアメリカ以上の好戦主義者だと言うことになります。
アメリカのパウエル国務長官は 記者会見で、次のように述べています。
<イラクのフセイン政権を武力で転覆したのはあくまで「特殊なケースだった」。同政権が国連安保理決議を無視して大量破壊兵器開発を続け、隣国の侵略や国内の人権じゅうりんなどを繰り返した経緯を見れば、武力行使はやむを得ない選択だった。「現在(イラク以外の)どこかの国の指導部を転覆させたり民主的価値を押し付ける目的で攻撃を仕掛ける戦争計画はない」>(4月15日)(4.16読売)
米国がイラク戦争に続いてシリアやイラン、朝鮮を攻撃する可能性を否定しています。ブッシュ米大統領もこれを支持しています。高さんは、イラクは特別なケースではなく、全ての独裁政権はいずれは攻撃するしかないと考えているのですからこれとは違っています。「民主的価値を押しつける目的で攻撃を仕掛ける」高さんの方がはるかに好戦的です。
パウエル氏はアメリカ政府のなかでは「穏健派」です。それと対立するネオコンはどうでしょうか。4月12日の赤旗に次のようにありました。
<ネオコンのセンターとなっているシンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のM・リディーン氏はカナダ紙ナショナル・ポスト七日付で、「米国はイラクで軍事史の例外的な一ページを書いたが、それを…中略…白紙に戻すことはできない」「イラン国民は現政権を公然と嫌っており、米国が支持しさえすれば熱中して政権と戦うだろう」とし、政権打倒の作戦が「顕著な成功」となる可能性は高いと指摘。「カブール、テヘラン、イラクで専制政権を倒す民主主義革命が成功すればシリアが孤立していることはできない」と述べ、イランの後はシリアだと提言、それこそが「米国の革命的伝統を最も十分に表現する道だ」と語っています。
同氏はイラク侵攻開始後のAEIの会合で「米国民は戦争好きな国民だ」と公言しました。>
高さんの主張はネオコンの主張と一致しています。
なお、侵略については
ある国が他国の主権・領土・政治的独立を侵すために武力を行使すること。(三省堂 大辞林)
という定義がありますが、高さんが支持している行動は明確に侵略に該当します。つまり、高さんは侵略主義者です。
付け加えると、4月13日の高さんの投稿で、「(自分の書いていることは)多分、さざ波通信の趣旨にも、反していないと思います。」と書かれていましたが、それはまちがっています。さざ波通信の投稿規定には、「侵略戦争を正当化したり被害者を冒涜するもの…中略…は、ご遠慮ください。掲載を拒否させていただきます。」とはっきり書いてあります。取りあえず、2つの文について謝罪撤回されたようですが、以上見てきたように、明らかに文章の主旨自体が侵略戦争を正当化するものとなっています。
その4 なお、最後に、高さんの論旨展開を僕なりに考えてみて、正しく直したものを記しておきます。御自分の論とよく比較されて、もう一度よく考えてみてください。
よろしくお願いします。
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前提 基本的人権の侵害の事実があった場合、それは他国のことであったからということで無視してはならない。
だからといって、それを行っている政府を外から武力攻撃することはやってはならない。(それは侵略である)。理由は以下の通り。
1 基本的人権はすべての人間に保障されなければならない権利である。
2 基本的人権の侵害、制約、制限をもつ国家の変化は基本的に、その社会の内部の成熟(その国の人々の闘争を含む)によってのみ可能である。
3 よって外国(アメリカ)が武力侵攻して基本的人権の侵害等をもつ国家を破壊することは許されない。それは社会自体を破壊する行為であり、その国の人の尊厳をふみにじる殺人犯罪である。
適用対象:このことはすべての社会、国家に適用される。
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追記: 長文になって、すみません。
高さんはいろいろな人と議論をしているので、大変だと思います。さざ波投稿欄は実践を行う所ではないので、期限を切って結論を出す必要がありませんから、返事を急ぐ必要はないです。ゆっくり考えてみてください。でも、僕も人間なので、あまり後回しになるとちょっと寂しいです。
それから、チリの軍事独裁政権時代については
G.ガルシア=マルケス著/後藤政子訳『戒厳令下チリ潜入記 — ある映画監督の冒険 —』1986年12月刊(黄版359(岩波新書))という本がありますので、おすすめします。
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訂正注記(5月4日)
この投稿 その2 のところは初稿では
〈さざ波通信の編集部でもこの言葉を使っているので、ちょっとなんですが、でも、正確には軍事独裁ではないので、しかたありません。こちらも一応付け加えておきます。〉
となっていましたが、5月3日付長壁さんのイラク戦争討論欄の意見を読み、考えてみた上で、
〈さざ波通信の編集部でもこの言葉を使っているのですが、正確には軍事独裁ではありません。〉
のように訂正しました。