何か争点が、ずれているような気がします。
自分は、今回のアメリカのイラク攻撃を容認しました。
それが、国際法的に正しいか誤っているか、という基準で、判断した訳でないと言う事です。
自分が容認したのは、人道上の理由なのです。
イラクを攻撃する事によって出る犠牲者と、独裁体制下で出る犠牲者の数を天秤に架けて、今回は武力介入した方が良いと、判断をしました。
イラクで、フセインの独裁のため、命を落とした人の実態が、明らかになりつつあります。
今回の解放で、イラク国民の状況を見ていると、間違ってはいなかった、と思っています。
イラク国民の様子を見て、今回の戦争が、侵略だというのなら、もう根本的に言葉の解釈が違うという事でしょう。
一部反発している国民もいるようですが、フセイン体制下で、優遇されてきた人や、新たに主導権を握りたい人でしょう。
優先されるのは、フセイン体制に抵抗をしてきた人です。
抵抗という義務を果たしてきたからこそ、権利があるのです。
では、普通のイラクの国民に権利はないのかというと、そんな事はありません。
しばらくは、アメリカが実権を握るでしょうが、時間が経てば、徐々にイラクに権限を移譲して行くでしょう。
自分は、国連が反対したとしても、国内世論が反戦一色に染まっても、多分容認しました。
国際法上、間違っている、というのなら仕方ありません。
だからこそ反対している人の意見は、否定するつもりはないし、それは自然な考え方である、と断っています。
ただ、人の命よりも、規則が優先されるべき、という考え方は、疑問を感じます。
今回の菅井さんの投稿に対して、お答えします。
「独裁国家は外国からの武力侵攻によってしか倒れない」という命題は間違っています。とありますが、そもそもこれは、自分が言ったことと違います。
自分は、『独裁は武力によってしか倒せない』と言ったのです。
菅井さんは、意図的にやっている訳ではないと思いますが、もとの文を変えられると意味が変わってくるので、なるべく原文を使って下さい。
菅井さんが、自分の見解を述べるのは構わないのですが、高弘の文章を取り上げて、イコ-ルで結んで、違う言葉で解釈されると、読んだ人が誤解する可能性が、あるので出来る限りそれは止めて下さい。
菅井さんは、例外があるからその命題が、間違っているといいますが、何故?
数学で使う命題と意味が違うのだから、例外なんていくらでもあるでしょう。
『それを証明せよ』みたいな反論は、本筋とずれるので、ちょっと勘弁して下さい。
自分は、原則論で取り上げたので、例外があっても全然構わないのですよ。
「明白な反例がある」という指摘を、受け入れた訳では、ないですよ。
多分例外もあるだろう、と考えて『例外もあるかもしれませんが』と言っただけです。
自分は、その例外を知りません。
韓国ですが、アメリカは、民主主義の成熟を見て、民主化に移行させただけです。
いくら民衆が民主化を要求しようとも、アメリカが、民主化を認めなければ、ずっと軍事独裁だったでしょう。
だからアメリカが、独裁政権を支援している間は、政権は転覆しません。
ソ連の解体も軍部が、多分抵抗しなかっただけですよ。
無抵抗という条件なら、もはや独裁の定義から外れています。
民主化の圧力ではなく、単に自滅しただけでしょう。
政権側が抵抗すれば、武力行使抜きでの民主化は、まず無理です。
チリの場合ですが、選挙で政権を変えられるのなら独裁ではないですよ。
単にそれは、独裁者がトップに居て、独裁的な政治を行っただけです。
独裁的な政治と独裁は、意味が違います。
独裁には、基本的に政権交代はないのです。
分かりやすい例は、ナチスドイツです。
ヒトラ-は、確かに民主的(?)に選ばれたと思います。
この時点では、単に独裁者がトップに居ただけです。
その後は、政敵を次々に粛清して、独裁に移行しました。
ヒトラ-に対して、文句を言う人間が居なくなった時点で、独裁の完成です。
自分の独裁の定義は、次の三つが、保証されていない状態を言います。
民主主義は、逆に全て保証されています。
『基本的人権が保証されている』
『言論の自由が保証されている』
『普通選挙が保証されている』
イラクは、独裁ですよ。
選挙の時は、バ-ス党員が監視していました。
仮にフセインに不信任票を入れたら、その人はどこかへ連れて行かれて戻ってきません。
これは、イラクの人が言っていた事なので、多分間違いないと思います。
選挙制度があっても、自由に投票できなければ、無いのといっしょです。
『さざ波編集部は、独裁的権力をふるっている・・・・』これは独裁とは言わないでしょう。
そもそもこのホ-ムペ-ジに来る人は、自分の意志で来る訳だし、編集部の人には、その権限がありますからその言い方は、変です。
編集部の人に失礼でしょう。
自分は、自分自身のことを好戦的とは、思っていません。
ただ他の人が、行動する場合は、特に反対しないだけです。
辞書で言葉を調べて、菅井さんは、高弘を侵略主義者と認定しているようですが、それはしょうがないですね。
多分違うと思いますけど。
ただ討論している相手に対して、使う言葉では、ないと思います。
今回の戦争は、解放戦争だと思っていますし、
自分は、それを容認しました。ただそれだけです。
次回は、もう少し短い文章でお願いします。
読むのも大変だし、返事も長くなってしまいます。