『今、いわないで、声をあげないで、いつ、あげるのですか。』(「イラク戦争討論欄」2003/5/22長壁さんの投稿より)。
私の立場は明確であり、いかにアメリカやイギリスなどの帝国主義諸国が軍事的に勝利しようとも、この戦争は不正義の侵略戦争であり許されるものではないこと、あるいはこの戦争によってフセイン独裁政権が壊滅したけれども、平和、民主主義、民族独立、社会進歩の観点から見てまったく合理化できないものであり、いまなお糾弾され続けるべきものであると考えます。
およそ2か月ぶりの投稿です。イラク戦争はひとまずアメリカ帝国主義の軍事的勝利に終わりました。この間、多くの人々がこの欄へ投稿され、ほとんど毎日のように拝見しました。この中には、私にはとうてい同意できない投稿もあり、反論の投稿をしたかったものも少なくありません。しかし、残念ながら、私のおかれた環境は私にその時間を与えてくれません。この投稿の冒頭に引用した長壁さんの文章は、この討論欄の最初の投稿を書いたときの私の気持ちそのものでもありました。いまでもその気持ちに変わりありませんから、ほとんど投稿できないことに内心忸怩たるものがあります。私が投稿することができなかった2か月の間、長壁さんの真摯な反論、菅井さんの説得力のある反論があり、新谷さんや東さんなどが投稿され、率直に言って私は救われた気持ちでした。私は自らが投稿できなかったことを申し訳なく思っておりますし、適切な批判投稿をされたこれらの人々に感謝しています。
冒頭の長壁さんの言葉は、私にグサリと来ました。私にはわずかな可処分時間しかありませんのでなかなか書けませんが、とりあえず私なりの投稿をします。
イラク戦争は、大局的には「安定的に石油資源を確保するためのアメリカによる中東支配のための戦争」であり、「ソ連崩壊後のアメリカの世界支配戦略の極めて重要な一環である」と考えるべきです。このため、あるときはイスラエルをテコとして、あるときは中東産油国同士に分裂と対立をもちこんできたことは、数次にわたる中東戦争やイラン・イラク戦争など戦後の歴史を見ると明らかでしょう。アメリカはその手段として、あるときは独裁権力=王制を支持し、あるときはフセインのような独裁を支えてきました。アメリカの中東戦略に「民主主義」などの旗印は一度も存在したことはないし、現在もないと言わなければなりません。アメリカによるイラク侵略戦争は決して「独裁政権を打倒する」ことが目的ではないことを確認しておかなければなりません。
ブッシュ政権がイラク戦争の名分・口実としたのは「大量破壊兵器の保有」であったことは、多少ともイラク戦争に関心を持った人ならば、知らない人はいないでしょう。ならば、核保有国である米、英、仏、露、中、インド、パキスタンなどが保有する核兵器はなぜ許されるのでしょう。「独裁政権が核兵器を持つことは許されない」のであるとすれば、アメリカ流の思考方法からすれば、社会主義国などはその最たるものであり、中国の核兵器はなぜ非難されないのでしょう。「ならず者国家」論もあるでしょうが、第二次世界大戦後、世界で起きた戦争に最も広範囲に深く関わりを持った国はほかならぬアメリカです。「北朝鮮の核開発反対」は正しいけれども、それは同時に世界中の核兵器全廃の一環でなければなりなません。今日、世界平和の最大の脅威はアメリカ帝国主義であることを見落としてはならないのであって、フセイン・イラクや北朝鮮の「脅威」とは比較すべきもないのです。巨大な軍産複合体の政治的代弁者ともいうべきブッシュ政権のさまざまな衝動を理解しないで世界平和や民主主義を語ることはできません。
フセイン・イラクがアメリカの標的になったのは、「イラクに大量破壊兵器があった」とか「フセインが独裁政権であった」とかが本質的な理由ではなく、エジプトなど多くのアラブの大国がアメリカに屈服したいま、最も強硬な「反米」を貫いたほとんど唯一の中東産油国であり、アメリカの世界支配とりわけ中東支配の最大の障害となっていたからではないでしょうか。
私はフセイン政権を弁護するつもりはありませんが、これが「独裁政権であった」としても、イランイラク戦争のときにアメリカは対イラン戦略の必要からフセイン政権を支援したのであるし、アフガニスタンのタリバン政権を支援したのもアメリカでした。アメリカの外交、軍事の基本に「独裁政権を倒し、民主主義を確立する」などという崇高な方針があるなどと考えることはとうていできません。時に応じて、アメリカの帝国主義的な利益にかなうものを利用することがアメリカの外交、軍事の基本であり、イラク戦争が「独裁政権を打倒する目的で行われた」などと考えるとすれば、その考えはおよそ常識からかけ離れたものといわなければなりません。イラク戦争は「独裁政権を打倒する目的」で行われたものとはいえません。
「大量破壊兵器の存在」などはもともとアメリカにとってどちらでもよかったことは、その後、「大量破壊兵器」が発見されないにもかかわらず、そのことがほとんど話題にもならなくなりつつあることを見れば明らかでしょう。
湾岸戦争から十余年。以来、フセイン・イラクは武器の輸入は禁じられ、軍事施設などは頻繁にアメリカ軍などによる空爆を受け、経済制裁により著しく軍事力が低下していたことは、この戦争の推移を見れば一目瞭然です。周辺諸国に軍事的脅威を与えるほどの力はすでに喪失していたし、戦火を開けば赤子の手をひねるようなものであろうことは、おそらくは専門家が見れば簡単に見抜くことができたであろうし、アメリカはとっくにこのことを承知していたと私は思います。「共和国防衛隊、○○親衛隊」とか、○○機甲師団とか、マスコミが仰々しく騒ぎ、イラクの脅威を誇大に宣伝したに過ぎません。
近代の戦争というものは、国の人口、経済力、工業力などの、いわば総合的な国力によって帰趨は決するのであり、「弱い国、小さい国」が「強い国、大きい国」に対して勝つことなどできるはずがありません。それは第二次世界大戦の教訓でもあります。戦争推進勢力はつねにこれらの脅威を誇大に喧伝するものだということを忘れてはならないと思います。北朝鮮問題も然りであります。金正日政権は、したたかにもミサイルも核開発も取り引き材料として持ち出してきているのであり、外交努力で解決可能な課題であろうと思います。