自分は、イラク戦争を正当化した訳ではないですよ。
容認すると言ったのです。
この戦争によって、独裁からイラク国民は、解放されると判断したのです。
そして現実にイラク国民は、フセインから解放されました。
だから判断は間違っていなかった、と言ったのです。
イラク国民の人権とアメリカの主権侵害戦争は別問題でしょう。
ただ反対派の人は、それを別々に論じる事はできても、賛成派はそうは行かないのです。
二つをワンセットで論じない限りは、賛成できないからです。
二つを合わせて解放戦争と解釈しなければ、容認はできません。
日本人は、イラクの事に直接関わる事は出来ないのです。
でもイラク国民が、長年フセインの独裁によって苦しんでいたのは、分かっていたでしょう。
それを助ける方法が他に有ったと言うのですか。
多分ないでしょう。
反戦では、誰も救われません。
民主主義が歴史の中では、ベストと言う事が分かっているのです。
自分は、そのようにしか考えません。
感性の議論を始めると、もはや結論は出ないでしょう。
事実を積み上げる事で、物事を語るしか無いのです。
普通の人間は、一般マスコミの情報は概ね正しいと感じるでしょう。
それをプロパガンダだと言われたら、仮にそうだとしても、普通は、そっちの方がおかしいと思いますよ。
よほどおかしくない限り、マスコミの流す情報をそのまま受け入れるでしょう。
どのように見るかと言われても、そのまま見るしかないでしょう。
ニュ-スを見るのに見方をいちいち考える人いますか?
『木を見て、森を見ない』ような見方は、自分はしません。
スターリンの率いるソ連と現在のアメリカを同様に扱うのは、無理があるでしょう。
少なくともソ連が、同じ事をやれば、侵略以外に解釈しようが無いと思います。
ソ連からは、民主主義はどうやっても生まれません。
意見の不一致の記述は、投稿者同士の事では、ありません。
(赤旗やさざ波)と高弘の意見が違うと言われたので、意見の不一致を問うのにどんな意味があるのですか? と問い返しただけです。
女学生は、何故自爆テロを行う必要があるのですか。
教育が間違っているとしか思えません。
悲しみや怒りの感情を否定はしません。
しかし、いつまでもその感情に身を委ね、現実的な対応をしなければ救いの手は、目の前を通り過ぎるだけです。
命さえあれば、いくらでも再起はできます。
パレスチナ人のテロ行為が、イスラエルの報復を呼んでしまっているのです。
イスラエル軍の行いは、容認できませんが、まずパレスチナ人は、テロを止める事です。
そうすれば、暴力の連鎖は止まります。
テロの防止は、自治政府が絶対やるべき事です。
そうしなければ和平は永遠にやって来ません。
賛成派だけに責任を負わせるのは、公正さを欠くでしょう。
井鍋さんの批判は、自分でも納得する部分があるので、甘んじて受けます。
しかし自分も色々考えて、正しいと思って書いているのです。
世の中の流れをもう一度良く見て下さい。
世論や国際的な評価を軽視しない方が良いですよ。
反戦派の人は、身近な人すら説得できていないでしょう。
そんな状況で、どのようにして世の中を変えて行くつもりなのか疑問を感じます。
民主主義において多数派は、常に優位にあるのです。
力なき理念は、無力だと言う事です。