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「イラク戦争」討論欄

ベトナム戦争とトンキン湾事件ーー氷山の一角 米国の謀略

2003/6/23 長壁 満子、40代、金融

 しんぶん赤旗6月23日(月)、国際面を紹介

 トンキン湾事件は、アメリカがベトナム人民の独立のたたかいをおしとどめようとして、北部ベトナムへ公然と戦争を拡大する口実となった1964年8月の出来事です。
 8月2日、米国はベトナム北部のトンキン湾で、米駆逐艦マドックス号が同日、「国籍不明」の魚雷艇から攻撃を受けた、と発表しました。さらに、4月には、北ベトナム魚雷艇から攻撃を受けて応戦、二隻を撃沈したと発表しました。米政府は「報復」が必要だと大宣伝。議会では7日、戦時権限を大統領に「白紙委任」する決議が上院で、賛成88対反対2、下院で、賛成416対反対ゼロで可決。
 これに対しベトナム側は、事件が「ベトナム民主共和国に対し挑発、破壊を強化しようとするアメリカ政府の計画の一部である」と非難しました。
 その後、次々と真相究明がなされ、このでっちあげ事件によって、大規模な北爆が「国内からまったく批判されずに達成された。それによって政府にたいする支持は明らかに強化された」と、トンキン湾事件がベトナム侵略拡大の絶好の口実なったことをみとめています。

 以上、戦争がプロパガンダであることの証明ですが、おもえば、侵略戦争は、いつでも、先に画策されたプロパガンダを演出、遂行していくことで、完成します。
 その後の、湾岸戦争も、イランの独立を目の上のたんこぶと思った米国が、シナリオをつくり、フセインを手なずけ、武器を与え、クェートに侵攻させたのです。クェート大使の娘に「保育器」の赤ん坊を投げ捨てているイラク兵の捏造証言させたのが、多国赤軍を派遣するきっかけになりました。 ここで、初めて、米国は劣化ウラン弾を使い、10数年、イラクは、経済制裁と、この後遺症で、苦しまされたのです。
 イラクとかかわったこれらの国々には、責任がないのでしょうか。
 アフガン攻撃も、そうでした。証拠もないのに、アフガンを爆撃するために、2年以上の下見とシナリオができあがっていました。女性抑圧のブルカと、欺瞞だらけのタリバン政権のイメージが、マスメディアによって、煽られました。いまだに、これを信じている人がほとんどです。
 そして、イラク攻撃、今、渦中ですが、米国の欺瞞を頑として信じたくない人によって、「イラク開放戦争」のイメージがかたられます。ほとんど、妄想ですが、日本中が精神病院化していれば、少数の正気が孤立するのは、当然のことです。
 それにしても、人間は、学ぶものです。温故知新、教訓といった言葉もあります。これだけ、古くから新しきまで具体例があれば、知性があれば、真実はいずれか、わかろうというものです。
 真実がわかれば、何を優先順位に語られねばならないかもわかるとおもうのです。