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「イラク戦争」討論欄

ある死者をすべての死者から眼をそらさせる道具にするな

2004/3/13 勘太郎、50代、教師

 今朝のテレビニュースで、マドリードの無差別テロに対するスペイン国民の抗議デモ参加者が一千万を越えたこと、アスナール首相も参加したことが放送されていました。
 無差別テロは憎むべき犯罪であり、スペイン国民の怒りそれ自体はもっともなことです。しかしアメリカ・イギリス・スペイン三カ国によるイラク攻撃(国家による無差別テロ)で殺されたイラク市民は数千人にのぼります。アスナールはその戦争犯罪での犯罪者です。
 なぜスペイン国民はアスナールのデモ参加を許すのか。なぜアスナールが今回のテロに便乗して「テロとの戦いを続ける」とぬけぬけと言うことを許すのか。またなぜ今回のデモが同時にイラク占領スペイン軍の撤兵運動にならないのか。私には残念に思われてなりません。
 昨年のイラク攻撃前の反戦デモ参加者数が、スペインはイギリス・イタリアと並んで百万を越えた国であったと記憶しています。おそらく今回の死者の中にはスペインのイラク侵略荷担に反対の人もおられたでしょう。今回のデモはそういった死者たちにとって(そうでない死者たちにとってもですが)その尊厳を護るものなのでしょうか。
 ある死者を、民衆にすべての死者から眼をそらさせる道具とすること(その方が多くの民衆にとっても頭や神経を使わなくとも済み楽なので効果がある)は、為政者のつねになして来たところです。
 だから民衆の中で自覚のある人々は、ある死者をすべての死者から眼をそらす理由(あるいは口実)にすることは、ある死者にとっても冒涜であること、すべての死者に思いをはせ、その死をもたらした原因を考え、その原因をとりのぞこうとすることこそ、死者の尊厳に応えることだと、屋根の上から大声で叫び続けねばならないと思うのです。