3.20国際統一行動日、ご苦労さまでした。
何か天気まで私たちの味方をしてくれたのかも知れません。
東京は朝からドンドン気温が下がり、日中の最高気温は2.9度「もう桜が咲くぞ」など浮かれていたのに、とうとう彼岸の中日の雪模様となってしまいました。
日比谷でも芝公園でも皆さん傘を差し雨合羽を羽織りガタガタ震えながらの結集であり、ピースウォークだったと思います。
これこそ天が与えた私たちへの意図する苦難、闘うものへの試練なのかも知れません、これで2004年3月20日は私たちにとって忘れられない日になりました。
苦難を与えてくれた自然に感謝?します、ところで長壁さんや天邪鬼さんたち志を同じくする人たちの感激的対面は実現したのでしょうか?
私は同乗したバスが渋滞に巻き込まれ日比谷への到着が大幅に遅れ、皆様のお顔合わせを「垣間見る楽しみ」は先延ばしにしました。
私たちの闘いはまだ始まったばかりであり、お会いできる機会はいくらにでもあると思い、楽しみは後回しにしたのです。
軍人55000本、民間人12000本米英他占領軍550本、
これは3月20日、ある地区でピースウォークの若者達の計画による、イラク戦争の犠牲者を道行く人々に訴える為に購入した「つまようじ」の本数です。
つまり戦争の犠牲者を一本の「つまようじ」に見立てて、道行く人々に白いボードに突き刺していただいて、その被害の甚大さを訴えるイベントの一つです。
私もその準備作業に参加したのですがその作業は大変なものでした。
日ごろ何の気なしに使っている「つまようじ」、それを溶かした水性ペイントの容器に入れて色別に染めていく作業ですが、大の大人が4人もかかって3時間余り、手は黒や赤に染まり、「つまようじ」がチクチク刺って痛い、それをドライアーで乾かす、本当に大作業でした。
しかし、その色つきの「つまようじ」一本一本がそれこそかけがえのない、愛しく失ってはならない家族の一員であり、子どもであり息子、恋人であると考えると、いかに戦争というものの残忍さ、非道で犯罪的で、虚しいものであるか思い知らされました。
戦争、特に核やハイテク兵器を使用する近代戦争の恐ろしさを、ダンボール2箱に入った「つまようじ」を見ながら考えさせられ、気が遠くなりそうでした。
しかし本番はこの後の、ピースウォークでの人々によるボードへの「つまようじ刺し」がメインなのです。
私たちは平気で、五桁や六桁の数字を簡単に口にし、書いてしまいます。
だが一人一人の犠牲者を一本のつまようじに見立て、戦争反対の心を込めて突き刺していく、この行為の余りにもの重さ、しんどさ、そしてやはり私たちが戦争止める事が出来ず始めさせてしまった以上、本当にこの重い重いつまようじ=命の尊さをズッシリ背負っていくしかないと思いました。
3月20日世界統一行動に参加された皆さん、もっともっと戦争反対の声を上げて行きましょう、みんなの団結の力で戦争を止めさせ、自衛隊を戦地から直ちに引き揚げる闘いを更に続けて行きましょう。
スペインの人々が指し示してくれたように、「戦争を止められるのは私たち民衆」なのですからー。
一本の「重いつまようじ」を皆さんの心に届けたいと思います。