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「イラク戦争」討論欄

「自己責任」論なるものに関する議論について

2004/04/26 N.K

 標記について感想です。
1.イラクにおける日本国民に対する拉致・監禁事件に関して、「自己責任」なる言葉を振りかざして犯罪被害者とその家族への攻撃について、本サイト・トピックスにおける編集部のコメントや本欄さすらいさんの投稿の内容に基本的に賛成します。外国メディアが批判的に紹介していることでもわかるように、「自己責任」論を振りかざしての犯罪被害者攻撃の悪辣さは、自衛隊派遣への賛否以前の問題です。もちろん保守か革新かとか、資本主義市場経済を是認するか社会主義計画経済を支持するかとは次元をまったく異にする問題です。
2.しかし、世論調査を見ると、この事件への小泉内閣の対処の仕方は7割くらいが(回答者のうちのですが)支持しています。衆院補選でも自民は全勝のようです。「自己責任」論を受け入れ、さらにそれに共感した人々は、官邸・与党・ネット右翼や大マスコミ・評論家だけではなく、かなりの層の国民がそれを受け入れたとも見られます。
3.「それはプロパガンダに洗脳された結果である、常に支配的なイデオロギーは支配階級のイデオロギーなのだ」というような、古くさいドグマにすがっていれば安心立命される方は、ここから先は読まれなくても結構です。
4.「自己責任」論を丁寧に批判し、<民主主義国家が国民の生命・自由・財産を守るために存立しているという原理に立ち返ること>や、<危険地域におけるリスク管理と人道・報道目的行動とのバランスをどうとるかなどの課題と「自己責任」論による犯罪被害者攻撃とがまったく異質であること明らかにしていくこと>は、今後のことを考えると、ますます重要になっていると思います。
 しかし、第一には、「自己責任」論を多くの人々が受け入れている社会的背景をさらに分析していく必要があるでしょう。このように「バッシングの嵐」が吹き荒れる光景は、(特に非政治的領域においては)80年代以降再三繰り返されています。教育現場や職場における「いじめ」が拡大する心性との共通点もあります。何よりも新自由主義的「自己責任」が浸透した近年の「構造改革」の動向もあります。
 第二に、「自己責任」論を批判することは重要ですが、当たり前のことですが、批判は罵倒ではありません。「怒りの表出」は(論争においては時には意識的やる必要がある場合があり得ることは認めますが)単なるカタルシスにはなるでしょうが、「自己責任」論を受け入れている人々を説得することはできません。
5.以上のような問題意識にたつと、多くの「自己責任」論に影響されている人々の意識を規定する諸要因を探りつつ、その人々に届く言葉を紡ぐ努力が必要な局面のように思います。
6.「非国民」という言葉と同じように機能するレッテル張り(たとえば「帝国主義の手先」たとえば「ゆで蛙」)や、「ここから出て行け」というようなインターネットのあちこちで見受けられる「左」「右」のグロテスクな罵倒戦は、この「自己責任」論を伝播させる土壌をつくり出すにふさわしいものの一つだと思います。
7.9.11テロ犯罪に歓声をあげたり無差別殺傷テロを擁護する「左翼」が今回の拉致被害者の人命救出を云々することは欺瞞であり政治主義的利用であり、そのような政治主義の影響下にある人々を批判することも同時に必要だと思います。