以下は、これまでの劣化ウラン弾に関係する議論の過程で作成したメモなどを整理したものです。何かの役に立てばと思い、この場に残します。実際、以下の内容はインターネットで少しばかり検索した中には見当たらなかったので、それなりの意味はあると思っています。もし、同じ様なことを書いたサイトなどご存知でしたら教えて下さい。
さて本題に入りましょう。次の一文は明白な嘘、あるいは誤りです。
「イラクに放置されている劣化ウラン弾の主成分は238Uなのでα線しか出さない。」
この後に続けて「α線は紙1枚で遮蔽できるので安全だ」と言いたいのでしょう。実際には劣化ウラン弾はα線よりもはるかに多量のβ線を出します。悪意ある者が広めた嘘なのか、それとも・・・。特に、核化学や同位体化学をちょっとかじったくらいの人が一番騙され易い話なので悪質です。そこで、以下の文は「同位体化学入門」程度の心得のある人を対象にしました。そうでない人にもできるだけ理解し易いようにと心がけましたが、とにかく長くなるので、覚悟のない人はここで断念して、しかし、記憶の隅にだけは留めておいて下さい。話を分かり易くするために「精製」直後の劣化ウランの組成を238Uが100%と仮定します。この段階では確かにα線しか出ません。ここでのキーワードは「劣化ウランの同位体進化」です。「進化」という言葉が既に話の成り行きを暗示していますね。
1)同位体平衡と同位体非平衡
1つの238Uの原子核は13種類の中間娘核種の状態を経て、つまり14回の放射壊変をくり返して、最終的に安定な鉛(206Pb)になります(以下、α、βは崩壊の型、数値は半減期)。
238U(α:4億5千万年) → 234 Th(β:24.1日) → 234Pa(β:1.17分) → 234U(α:25万年) → 230Th(α7万5千年) → ・・・(中略)・・・ → 206Pb(安定)
この14回の放射壊変のそれぞれに、α線またはβ線、およびγ線の放射を伴います。純粋な238Uからなる劣化ウラン中でも、「精製」直後からこれらの娘核種が生じ、その量は次第に増えていきます。
一般に、半減期の長い放射性核種の系列において(条件1)、全ての中間娘核種の半減期が親核種の半減期に比べて十分に短い場合(条件2)、それら中間娘核種の半減期に比べて十分に長い時間を経過すると(条件3)、それら中間娘核種の個々の含有率は、あるピークの値に達し(結論1)、その後は親核種の減少と共にごくゆっくりと減り続けます(結論2)。この、ピークに達した以降においては、短期間の内に新たに生まれる原子核の数は崩壊する原子核の数と等しく、つり合っている訳です。つまり、この状態では全ての中間娘核種の個々の放射壊変は、親核種の放射壊変と同じ頻度で起こっています。このような状態を同位体平衡に達した状態と呼び、天然のウラン鉱石などがこの状態にあります。一方、劣化ウランは、当然ながら同位体平衡の状態ではなく同位体非平衡の状態にあります。
2)人工的に純化された親核種からの中間娘核種の回復過程
劣化ウラン中に新たに生成された中間娘核種は、それ自身崩壊しながらも増え続け、次第に同位体平衡の状態へと近づきます。このように、時間と共に同位体比や、親核種と娘核種の比率が変化することを同位体進化と呼びます。この過程の中で、中間娘核種の量は次式で計算されます。
N2=[λ1/(λ2-λ1)]・N1*・[e^(-λ1・t)-e^(-λ2・t)] ・・・・1)
N1:238Uの原子数=質量÷原子量(238.03)×アボガドロ数(6.022045×10^23)
λ1:238Uの壊変定数(=1.551×10^(-10) 1/年)
N2:次に現れる中間娘核種の原子の数
λ2:その中間娘核種の壊変定数
t:年の単位で表した経過時間
式1)から、最初に現れる中間娘核種の含有率を時間を追って計算することができます。同位体平衡の状態にある場合を100%として表すと、娘核種の半減期と同じ期間を経た時63.2%、半減期の5倍で99.3%、半減期の10倍でほぼ100%まで回復することが分かります。最初の中間娘核種であるトリウム(234Th)の半減期は24.1日なので、4ヶ月程度でほとんど回復することになります。次の中間娘核種であるプロトアクチニウム(234Pa)の半減期は1.17分と極端に短いので、234Thの回復と同期して、これも回復します。ところが、その次の234Uの半減期は25万年と長いので、人間の生活・歴史時間の間にはほとんど回復しません。
3)ベクレルの計算
以上の理由から、「原料」が六フッ化ウランとして精製された後、劣化ウランとなり、砲弾へ加工され、戦場で使用され、放置され、現在に至るまでに4ヶ月以上を経ていれば、238U、234Th、234Paの3種類の元素が、238Uの放射壊変率とほぼ同じ頻度で崩壊していて、なおかつ、これ以降の中間娘核種は無視してよい事になります。殆ど全ての劣化ウラン弾はこの条件をクリアーしているでしょう。この条件で、劣化ウラン全体の放射能強度をベクレル(Bq)の単位で計算することができます。Bq は、1秒間に崩壊する原子核の数のことです。条件より、劣化ウラン全体のBq の値は、238Uだけの値の3倍となります。「精製」されて4ヶ月以上を経た劣化ウランのBqは次式により計算します。
Bq=3×N1×e^{-λ1×[3.171×10^(-08)]} ・・・2)
3.171×10^(-08)は1秒を年の単位で表した値で、他は式1)に同じ。
一方、同位体平衡に達している天然ウラン中の238U系列では、全部で14ステップの放射壊変が同じ頻度で起こっているので238UだけのBqの14倍となります。このことから、5/23(一般投稿欄)では「劣化ウラン(のBq)は、天然のウラン鉱石のだいたい3/14となります」と表現しました。厳密に言うと、天然のウランは半減期が相対的に短い235Uを0.72%含むので、さらに放射壊変率は高くなります。これを考慮すると、劣化ウランは天然ウランの約21%のBq値となります。これは決して小さな値ではありません。なお、5/20(イラク討論欄)で示したBqは、劣化ウラン本来の組成に合わせて、235Uを0.2%含むものとして計算しました。
4)「放射線量率」の計算
ここで言う「放射線量率」は、特定の放射性物質から「自己遮蔽効果」にうち勝って外部へ飛び出す放射線の、1秒間当たりの総数のことで、6/2(一般投稿欄)で示した値です。γ線を加えると非常に煩雑なので、ここではβ線だけに限定して説明します。問題になるのは、234Th からの0.199 MeV のβ線と、234Pa からの2.27 MeV のβ線の2つです(MeVはエネルギーの単位で、百万電子ボルト)。どちらも238Uの放射壊変率と同じ頻度で発生しますが、その内のごく一部だけが、実際に劣化ウラン塊から飛び出すことができます。234Thからのβ線の内、外部へ放射される1秒間当たりの数(R)は次式を使って計算できます。
N1=S×d×ρ÷238.03×アボガドロ数 ・・・3)
R=F×N1×e^{-λ1×[3.171×10^(-08)]} ・・・4)
式3)で計算したN1を式4)へ代入する。
S:劣化ウラン塊の表面積(6/2(一般投稿欄)では24 cm2とした)
d:β線の金属ウラン中での透過距離(234Thからのβ線は約0.004cm)。試料表面よりこの値に相当する深さまでの部分が問題となる。劣化ウラン弾ではモリブデンなどを混ぜた「合金」として使用されるので、この値は少し大きくなるが、密度(ρ)が小さくなるので全体として相殺される。
ρ:238Uの密度。金属ウランの状態では19.2 g/cm3
F:線源効率(≒0.2)。試料内部から最短距離のコースを飛んで表面に向かう粒子線は、その試料中での透過距離以内の深さから抜け出る(解放される)ことが出来る。しかし、浅い場所でも斜めに飛ぶ時は行程が長くなるので解放されない場合もある。開放率は深さ毎に異なっているが、F値は、飛距離 d 以内のいろいろな深さでの値を平均したもの。本来「線源効率」という用語は、放射線検出器による測定において、センサーに届く線量の放射全体に占める割合の意味に用いられるが、ここでは、この概念を拝借した。
他は式1)および式2)に同じ。
234Paからのβ線量の計算は、dの値を0.08cmに変えるだけで、他は同じです。2つのβ線量を合計すると、全体のβ線の「放射線量率」が求まります。238Uからのα線も同様に計算できますが、dの値が極端に小さいので、合計値の概数に影響を与える程にはなりません。つまり、「使用された劣化ウラン弾」では、238Uからのα線より、234Thと234Paからのβ線が圧倒的に多く放射されます。式3、4)に示されるように、「放射線量率」は、放射性物質の重量ではなく、その表面積に比例します。変形したり、粉砕されたりすると表面積が増えるので、その分大きな値となります。微粉末になるとα線も無視できなくなります。
5)モナザイトの「放射線量率」との比較
モナザイトは日本の花こう岩中にもごく少量含まれる放射性鉱物ですが、純粋に放射性元素のみからなる単体鉱物ではないので、その化学組成を計算に入れます。平均的なものは、放射性元素として、ウランを500ppm、トリウム(232Th:半減期140億年)を8%程度含みます。これは同位体平衡に達しているので、β崩壊する全ての娘核種について計算し、合計します。中間娘核種の中には、確率的に分岐して複数のエネルギーのβ線を出すものがあるので、分岐率も計算に入れます。計算式の基本形は式3)と同じなので、詳細は省略します。
以上のようにして計算すると、6/2(一般投稿欄)に書いたように、劣化ウランは同じ重さのモナザイトの26倍もの多量のβ線を出すことが分かります。しかし、これによる外部被曝が人体にどのような影響を与えるのかは、良く分かっていないのが現状だと思います。それでも、モナザイトでさへ問題になるのだから、劣化ウラン弾と接した全ての人間の健康診断が実施されてしかるべきです。「劣化ウラン弾はα線しか出さない。α線は紙一枚で遮蔽できるので安全だ」などと、嘘の宣伝をするということは、イラクの治安が回復したとしても、そもそもそんなケアーなどやる気がない事を示しているでしょう。
6)最悪のシナリオ
5/25(一般投稿欄)では、0.1mgの破片からの放射線量について述べましたが、そこにも書いたように、これくらいのサイズでもα線については、自己遮蔽効果が残ります。私の想像しうる最悪の状況は、体内に入り込んだ破片が、周辺組織中に少しずつ溶け出すというケースです。しかも、あまり拡散せずに、一定の範囲内にとどまって、狭い領域にある細胞質がウラン濃度の高い体液に満たされているという状況です。この状況では、そこで生まれる放射線の100%が周辺組織に影響を与えます。劣化ウラン弾の材質は、劣化ウランに少量のモリブデンとチタンを混ぜた合金の微粉末をマグネシウムで焼き固めたものとのことです。マグネシウムは水に簡単に溶けるので、ウラン合金の微粉末はすぐにバラバラになるでしょう。ウランは酸化的な環境では溶けやすいので、そうした条件では最悪です。
野外に放置された劣化ウラン弾は、やがて風化し、微粉末となって砂塵にまぎれて飛び交うかもしれません。劣化ウランの粒が目に入れば、水晶体にフィッショントラックを生じ、白内障の懸念も高まります。最悪のシナリオを考えればキリがありません。もう止めましょう。こんなものを他国に打ち込むとは・・・、もう止めましょう。後は行動あるのみです。