何を、どう書き記せばよいのか、分からないままに、時だけが過ぎてゆき、重い
キーを、ようやく、叩いている。
ロシア連邦・北オセチア共和国で起きた「学校占拠事件」で、多くの子供たちを含
む300名以上もの人々が、殺され、重軽傷を負わされた。
情報は、未だ、錯綜している。
犯人たちが、いったい、何者なのか。要求は何だったのか。何を目的としていたの か。ロシア・北オセチア当局の対応はどうだったのか。このような形でしか、事態を 終結させることはできなかったのか……。
これほどの惨事となった直接のきっかけは、犯人側が爆弾の配置を変えようとした 際に誤って爆発させたことによる、「偶発的なもの」という見方が伝えられている。
事件の成り行きを、人質の解放を願いながら注視していた中、女性と2歳以下の子 供たち、26人が解放されたとの知らせに、一縷の希望が窺えていただけに、残念で ならない。
当初、現地で交渉したイングーシ前大統領アウシェフ氏によれば、犯人グループの 中には、チェチェン人はいなかったように、伝えられていた。
しかし、5日には、犯人の一人とされる男が逮捕され、その「証言」が、一部、カ メラの前で報道された。彼は、「アラーの神に誓って、撃ってはいない。生きた い。」「(犠牲となった)子供たちのことを残念に思う。自分にも子供がいる。」と 話していた。
7日付け「毎日新聞」によると、
>「我々は森の中に集まり、大佐からベスランで学校を占拠しなければならないと聞 かされた。理由を尋ねると、『カフカス全体で戦争を起こすため』と言われた」と話 した。この大佐が、マスハドフ、バサエフ両氏から学校占拠の命令を受けたという。 大佐が誰かは不明だ。
また、男は「我々のグループはさまざまな民族がいた。ウズベク人、アラブ人、 チェチェン人が数人だった」と話した。
男の供述内容は、マスハドフ、バサエフの両派を「テロリスト」と見ているプーチ ン政権の主張に合致する内容だ。だが、マスハドフ派はバサエフ派とは長年対立して おり、今回の事件で、北オセチア当局からの接触を受け、人質解放へ向けた交渉準備 を進めていたことが明らかになっており、男の供述は「不自然」との見方も出てい る。
同テレビは、人質となった女性2人にインタビューし、この男の写真を手に「犯人 だ」と語る様子も放送した。
とも、伝えられている。
当の、マスハドフ元チェチェン共和国大統領は「チェチェンに対するクレムリンの 虐殺的戦争と犯罪的政策こそがカフカス全域の不安定化の元凶であり、(実行犯を) 今回のような絶望的行為に走らせている」と指摘し、事件への関与を否定している。
***
今回の事件を考える中で、私は、澄空さんの「やつらのヒューマニズム、われらの ヒューマニズム」(2003/11/26)を思い出していた。
> もちろん、ここで問題にされている「無差別テロ」はわれらのヒューマニズムに も敵対するものであり、われわれは非難しなければならないし、実行者は公正に処罰 されるべきであろう(もっとも自爆死した実行者を処罰することはできないが)。…
> ただ、イラクやパレスチナで「急迫不正の侵害状況」が成立していると考えられ る以上、実際のさまざまなテロや戦闘行為については、「正当防衛」の権利行使に当 たるのか否か、また権利行使に当たるとしても、国際人道法に抵触しないか否かが問 われることになる。そのような検証作業をしてみるなら、「無差別テロ」と思ってい た事件が、実は「正当防衛」に相当し「容認」されるべきものもあるかもしれない。
澄空さんのこのような視点は、重要であると考える。
さまざまな報道の中で、犯行グループが、どのような勢力の者たちなのかは、きち んと検証されなければならない。
逮捕された人物(後の報道によれば、「チェチェン人、ヌルパシ・クラエフ容疑者
(24)」とされている)が、犯人グループの一人であったのならば、実際に現場で
起きた“事実”とその背景を含めた“真実”の一端が見えてくるかもしれない。
「大佐」とは誰か。組織はどうなのか。“背後”には誰がいるのか。武器・資金の
流れは…。
そうした疑問の解明のためにも、何としても、公正な裁判が行われることを、強く
願うばかりである。
そして、そのことは、安易に、「チェチェン独立派」の犯行と即断し、また、 「チェチェン人がいる」と聞けば、抵抗運動を続けている人々を、「目的のためな ら、子供たちを何百人でも殺しかねない人たち」と、決め付けてしまうようなことは してはならないということでもあると、私は、考える。
上記、記事のように、独立を求める人々の中にも、ロシアとの対話を模索するマス
ハドフ氏らと強硬派との「対立」がある、ということも指摘されている。
また、今回の事件に限っても、「爆発前に武装集団内で仲間割れがあった」とい
う、人質に取られていた人の発言もある。占拠を続けるか否かで言い争いがあったと
いうのである。
アウシェフ氏は、インタヴューの中で、現場の様子を、次のように語っている。
> 射撃というのは校内からですか?
いや、校内で起こったのは爆発だ。そして子どもたちが飛びだしてきた。それより 前に私が校内に入って、見たときには体育館内は女性と子どもがすし詰め状態だっ た。爆発が起こって、人々が出口に殺到して、その後は大混乱だ。 我々は射撃を止 めさせようと思った。で、電話をした。彼らは、「こっちは撃つのをやめた。撃って いるのは、そっちだ」と。こちらも命令を出した。「一切撃つな、射撃止めろ」と。
ところが、馬鹿なことに「第3勢力」がいたのだ。そんな連中が、一体なぜあそこ にいたのか、それは今、調べているところだが、自動小銃などを手にした「自警団」 の様な連中が、自分たちで人質を解放しようとした。そして彼らが学校に向かって 撃ったのだ。ということで、公的な部隊は撃たなかったし、占拠者も撃たなかった。 我々は互いに怒鳴りあっていた。「誰が撃っているんだ?」学校の中にいる連中は 「もうダメだ、ならば自爆だ」。で、自爆した。彼らは突入と解釈したのだ。自爆が あって初めて、こちら側でも突入命令が出た。
(ノーバヤ・ガゼー タ紙第65号・04/9/6)
だが、しかし、こうした、さまざまな事柄を踏まえ、また、情報が錯綜している事 も認めた上で、今回の事件は、私は、かぎ「 」なしのテロとしか言えないと考えて いる。それが、たとえ、直接的には「偶発的なもの」であったとしても、である。
その理由の一つは、何よりも、子供たちが通う、“学校”を標的にしていたことで
ある。
これは、すなわち、“子供たち”を殺すことも辞さない、ということにほかならな
い、と私は、考える。
学校を攻撃目標とし、多くの武器・爆弾を以って、人質作戦を採るような行為は、
「子供たちの命を何とも思っていない」と言われても仕方がない。このことは、私に
は、どうしても許す事ができない。
しかも、始業式に多くの親や市民たちが集まる事を知った上での、計画的な犯行で
あったことは、証言を待つまでもない事実である。
***
私は、以前の投稿で、“テロ”の定義について触れた際に、「“テロ”の定義とい
うものも、80以上にのぼるとも言われる。私には、あいにく、“テロ”と“レジス
タンス”を明確に区別する基準なり、定義なりというものが、今もって、判らな
い。」と述べた。
今も、その事には変わりはないのであるが、澄空さんの分析的な視点を以って、で
きるだけ、考えるようにしよう、と思ってきた。
国連における議論でさえも、パレスチナなどで抵抗運動を続けている側から異議が
出され、“テロ”の定義について、結論が出ていないのであるから、私ごときが、ど
のようなものと結論を見出せるものでもないと、思っている。
ただ、ここで一つ、混乱の原因は、“テロ”という言葉と“レジスタンス”という 言葉が、同レベルで論じられていることにあるように思う。そして、混乱しているの は、私だけかと思っていたら、そうでもないようである。
国会での党首討論で、小沢一郎氏は、「パレスチナなどでの自爆事件は、“テロ”
なのか“レジスタンス”なのか」というような旨、質問した事がある。小泉首相は、
何を言っているのか判らないことを、ブツブツと呟き、時間が来てしまった。
また、筑紫哲也氏は、多事争論の中で、「イラクでのアメリカによる民間人への攻
撃(「誤爆」?)は、どうなのか? こうなってくると、“テロ”にも、「いいテ
ロ」と「悪いテロ」とがあるというような、訳の判らないことになってきます」との
旨、述べていた。
そのことが、“国家テロを許すな!”という言葉に繋がるものだと思う。それは、 私も、そう思う。
“テロ(terror)”の本来的な意味は、言うまでもなく、“恐怖”である。相手に
与える恐怖によって、自分の目的を果たそうとすることが、もともとの、あるいは、
広い意味での“テロ”であろう。
ということは、“テロ”とは、基本的に、その“手段”である、ということになる
と思う。
これに対して、“レジスタンス”は、“抵抗”の意であり、特に権力や侵略者など
に対する抵抗運動のことを言う。
“レジスタンス”は、権利としても、抵抗権として、認められている、と言える。 そもそもが、アメリカ建国の精神であり、独立宣言にも取り入れられ、フランス人権 宣言でも明文化されている。今日ではこれを明記した憲法は少ないが、基本的人権の 諸規定の根底には抵抗権が当然に前提されているという見解が強い、と言われてい る。
こうしたことを考えるならば、「“テロ”を用いた“レジスタンス”は、認められ るのかどうか」ということが問われることとなるのであろう。
そして、思うに、このことは、“法の支配”が、どの程度、行き届いているのかど
うか、ということに関わらざるを得ない。
それは、憲法や人権規定をふくめ、主権在民、三権分立などの制度が、曲がりなり
にも確立しているのか、国民にそれらに対する理解がどれ程根付いているのか、
等々、各国・各地域の状況によって判断されるべき事柄であろうと考える。
かつて、自衛隊を憲法違反、とした長沼ナイキ訴訟では、札幌地裁判決において、 侵略に対する自衛権の行使についてではあるが、「民衆が武器を持って抵抗する群民 蜂起の方法」を、一つの手段として挙げていた。
つまり、真に“不当な”、侵略・占領・支配においては、「武装して抵抗する権利 がある」ということであろう。
しかし、その対象が、何であり、誰であるのかは、やはり、問われねばならない。
侵略軍やその指揮命令を行っている政府機関・要人・施設が対象とされるのは、当
然であろう。
では、「民間人」と呼ばれる人々は、どうであろうか。
今や、アメリカは、戦争ビジネス会社に、委託して、占領・支配を行っていること
などをも含めて、考えなければならない状況となっており、一括りに「民間人」とは
呼べなくなっている。
「イラク人質事件」の際の、今井さんたち3人とは異なり、安田さんは、「私は、
拘束を受けたけれども、“人質”にされたとは、思っていない。」と述べていた。そ
れは、何らかの要求が、なされた訳ではなかったからであろうが、レジスタンス側か
らすれば、不審な者を一時拘束し、その素性を調べることもあり得ると考える。
こうした事が検証されなければならないと考えるが、実際の戦場において、占領軍 から日々攻撃を受け、虐殺されている人々に、冷静に、個別、「敵と味方を区別せ よ」ということは、事実上、不可能であろう。
しかし、それでも、である。今回の事件のように、少なくとも、事前に、周到な計 画を持って、大量の武器・爆弾を持ち込み、学校を占拠し、子供たちを含め、千数百 名もの人々を人質に取ったということは、もう、すでに、その時点で、正当なレジス タンスとは、言えないし、その手段も「 」なしの、非難されるべきテロである、と いうことである。
***
私達が、目指す社会は、戦争も、暴力も、抑圧もない社会である。私達は、力ある 者の強権的支配に反対し、抑圧される者たちの抵抗を支持する。
チェチェンは、18世紀、ロシア帝国によって征服され、1859年、併合され た。第二次世界大戦中は、ドイツに占領され、スターリンによって、ドイツに協力し たという口実の下、多くの人々が中央アジア・カザフスタンに強制移住させられた。
ソ連崩壊後の、1991年。ドゥダーエフ大統領の指導の下、チェチェン共和国と して、独立を宣言。94年、反対派との内戦の中で、ロシア・エリツィン大統領は大 規模軍隊を投入。翌95年、首都グロズヌイ陥落。ドゥダーエフ大統領は、暗殺され た。(第一次チェチェン戦争)
96年。跡を継いだ、ヤンダルビエフ大統領の下、独立を5年間凍結するとの「ハ サブユルト和平合意」によって、97年、ロシア軍は、撤退した。そのヤンダルビエ フ大統領も、今年、亡命先のカタールでロシア特務機関員によって爆殺された。
97年、欧州安全保障機構(OSCE)などの監視下、民主的な選挙によって64%の 支持を得た、マスハードフ氏が大統領に選ばれた。
99年、モスクワなどで爆破事件が続発。8月、エリツィン大統領と首相に任命さ れたプーチン・ロシア政府は、チェチェン人の犯行として、9月23日、「テロリス ト掃討」のため、再びチェチェンへの空爆を開始した。(第二次チェチェン戦争)
2001年、「ハサブユルト和平合意」では、チェチェンの国家としての地位が再 検討されるはずであったが、ロシア側は、この「合意」を無視。
02年、ロシアの世論調査で、62%が、チェチェン独立派との交渉による解決を 支持という結果が出る。2年前には、交渉に賛成…22%、戦争の継続を支持…72 %であったことを考えると劇的な変化であった。
こうした中、02年10月。モスクワ劇場占拠事件。ガス弾による強行作戦で、死 者、約130名。ロシア全土の1600人を対象に実施した世論調査では、89%が プーチン大統領の対応を支持した。
03年10月、国際監視抜きの「大統領選挙」で、チェチェン人で親露派のアフマ ド・カディロフ氏が当選。カディロフ氏は、独立派を「テロ集団」とする連邦政府の 方針を支持していたが、彼もまた、今年5月、何者かによって、爆殺された。
チェチェンは、独立後の13年間で、人口の1/4、20万人以上をロシア侵略者 の手で失った、と言われている。
このような経緯を有し、今もなお、チェチェンを占領支配し、人権無視の抑圧・ 「失踪」・拷問・虐待・虐殺を続けるプーチン・ロシア政府に道理はない。
***
マスハドフ氏は、命の危険に曝されながらも、敢えて国内にとどまり抵抗運動の闘
いを指導している。
氏は、今回の事件を受けての「メッセージ」の中で、
> 身を守る手だてを持たない子どもの命という、私たち全てにとって最も神聖な存 在を手にかけることは、如何なる理由があろうとも許されるものではありません。そ して私には起こった事件に対する我々チェチェン国民の心の底からの憤激の気持ちを 表現しきる手だてを持ちません。(04/9/3)
と述べている。
私は、今回の事件が、チェチェン独立を要求する者たちの犯行として、喧伝され、 「テロには屈せず」との「名」の下に、チェチェンの人々の抵抗運動がさらに厳しく 取り締まられ、あるいは、一方的な「第3次チェチェン戦争」を仕掛けられ、チェ チェン人の日々の暮らしが、さらなる窮地へと追い詰められる事になることを、恐れ ている。
プーチン大統領は、「我々に子供殺しの連中と話をしろと言う権利は誰にもない」 と述べ、チェチェン独立派と交渉する余地がない考えを改めて強調した。また、国家 安全保障の強化を理由に、住民に直接選ばれている地方知事を事実上大統領の任命制 とするなど、中央集権を強化することを発表した。
また、ミロノフ露上院議長は、「ロシア当局が、(学校占拠事件へ)どのように対 応するかを、まもなくだれもが知るだろう」と話し、先制攻撃が近く行われるとの見 方を示した。
アフガン戦争の際、黒柳徹子さんは、「私達は、何をしたらいいのか」と問われ
て、「まず、知ることです」と答えていた。
ロシアによる情報封鎖という状況で、「チェチェン総合情報」の大富 亮
氏は、
> 武器は容易にチェチェンに流れ込んでも、ジャーナリストは入れない。その封鎖 が意味することは―――ロシア政府がもっとも恐れているのは、チェチェンで何が起 こっているかを、世界が知るという「危険」だ。 (チェチェンニュース・9/2)
と述べ、また、
> 91年以来のチェチェンへの侵攻がなければ、今、チェチェン戦争はない。暴力 は循環するのではなく、起点がある。それを見ずに「連鎖」を口にしてしまえば、被 害者にも責任の半分か、それ以上を負担させる偽善に陥ってしまう。起点の状況を変 更しないかぎり、何も終わらない。(9/6)
とも、述べている。
今回の事件について、モスクワ市民の59%がプーチン大統領の対応を「評価す
る」と答え、「評価しない」は28%だった。「劇場占拠事件直後の世論調査とは、
調査対象が違うため単純比較はできないが、大統領の対応に厳しい見方が強まってい
る可能性がある」「政府と治安機関はテロの再発を防ぐことができないと考えている
人が77%となっている」とも伝えられている。
ロシアの人々が、プーチン政府の強攻策ではなく、チェチェンの平和を望む人々と
ともに、ぜひとも、対話の道を追及する声を広げて行って欲しいと願い、私達も、
「知ること」そして、「伝えること」を、続けて行きたいと思う。
***
この投稿を書き始めたのは、9・11であった。
三年前のあの日、銀行員として働いておられた息子さんを亡くされた中村 佑さん の言葉が、半年後、次のように、伝えられていた。
>「テロは行きずりの殺人ではなく、歴史的な背景がある。実行犯は悪いけど、そこ だけ責めても解決にはならない。力でねじ伏せれば、憎しみや不満が絶対に出てく る」。日本を含めて世界各国がこの攻撃に賛同する状態に、「大国主義に引きずられ ているようで、恐怖すら感じる」と表情を曇らせる。(朝日・02/3/13)
私は、自分の家族が、このような事件に巻き込まれたならば、中村さんのように、 冷静に、判断できる自信はない。しかし、だからこそ、そのような事態を引き起こさ せないこと、そして、もし、万が一に、そのような立場に立ったならば、どのように 考えるべきかということを、心しておきたいと思う。
「知ること」から始めて、目まぐるしく変わる情報に追い着けず、今、想うところ を、書き綴ってきた。
私達は、“テロ(恐怖)”による支配を容認しない。
だからこそ、石油・鉱山資源を始め、公正な貿易ではなく、戦争で金儲けを企む勢
力を糾弾し、国家による軍事力の支配という“テロ(恐怖)”に反対し、絶対的な軍
縮を求める必要がある。
ニューヨーク、国連本部の前にある、あの武器廃棄のオブジェは、何故そこにある のか、そして、世界の人々に、何を訴えているのか、もう一度、深く、考えてみたい と思う。