日増しにこの国の「戦時下体制」は構築され、強化されている。
自衛隊が、富士山麓でのイラク・サマーワ駐屯地模擬キャンプ構築と訓練に引き続き、グアムでの米軍指導による「市街戦訓練」の為に飛び立った。
来年3月に予定されているオランダ軍サマーワ撤退に向けての、自衛隊中枢部隊の特別訓練の為と言う。
グアムでの訓練は、言わば韓国映画「シルミド」で、死刑囚たちが「金正日の首を取るため」に「殺人兵器化」されると同質の過酷な訓練だろう。
もうこれは小泉がなんと言おうと、石破がなんと喚こうと、人道支援や復興支援では全くなく、文字通り自衛隊がイラクの抵抗勢力壊滅のための「特別対ゲリラ戦争遂行部隊」へと踏み込んでいくことを示している。
自衛隊がイラクの人々を殺す目的を持って、いよいよ派兵されると言うことである。
私たちはこれらエスカレートを座視してはならない、全力で阻止して行きましょう。
さて私の住む地区の小中学校では、先生たちの「平和教育」の一環として戦前の学徒勤労動員の様子を書いた独自の補助教材を使用し、懸命に「平和教育」に取り組まれている。
ところがあるきっかけで当時のことを調べて見ると、教材に書かれていることと違う事実が判明した。
良心的といえ、書いた人も人の子である、どうしても自分が体験したことは肯定してしまう、被害事実や苦労話しはまともに書けても、実際自分がした仕事とその成果は肯定してしまうのだ。
その一部を紹介する、学徒動員された彼は戦闘機の製造に携わった、彼が製造した戦闘機は高性能で、米軍戦闘機との戦闘で多大な戦果を上げたという、そう誇らしげに書かれているのだ。
ところが新しく判明した事実は、その戦闘機はアメリカやイギリスの墜落機を分解し、模倣して製造したものだった。
そして1、2回の戦闘実績はあるものの、殆ど戦果を上げることなく敗戦を迎え、火をつけられ燃やされてしまうのである。
このことをある懇意なお寺の住職さんに話すと、彼はきっぱりこう言い切った。
「戦闘機は人殺しの武器です、たとえ誰が作ろうと、どんな経緯であったとしてもまともに戦場に行けず、戦果が上げられないでよかった。人殺しの戦闘機など必要ないですよね」と。
新事実発見に夢中であった私は、その一言にガーンと頭を殴られ、やっと正気に戻されたのである。
戦争擁護のための「平和教育」は要らない、その戦争教材もいらない、人殺しの武器も戦争も要らない、この戦時下において私たちには、如何に「非国民」であるかが、求められているのだ。
決して戦争を擁護してはならないし、騙され、静観し、沈黙していてはならない。
今こそ「私は非国民だ」と宣言することこそが、重要なのである。