ある労働組合の「国際反戦デー」の催しものとして映画祭が開催され、「ブラッ
ク・ボード」という映画を見た。
学校制度そのものが確立も保障もされてなくて、学校自体が存在しないクルドの山
岳地帯で、クルド人の先生達が、重い黒板を背負って急峻な国境地帯を、勉強の必要
な子供達を求めて彷徨い歩く映画である。
ご存知の様にクルド人は「クルディスタン」と言われ、トルコ、シリア、イラク、
イランの国境地帯に存在する、人口2500万人から3000万人の「世界で最大の
国家を持たない民族」である。
クルド語と、独特のやや膨れたズボン姿が、彼らとアラブ人、ペルシャ(イラン)
人を区別するだけだ、私たち日本人には外見からはとても区別がつかない。
クルドといえば、イラク北部の石油産出地帯にすむ人々がサダム・フセインの化学
兵器によって大量虐殺されたことが一番よく知られているし、また最近ではトルコで
の迫害に遭い、日本に入国して難民申請するも認められず、今強制送還の危機と闘っ
ているクルド難民の事くらいしか、この国では知られていない。
彼らが今味わっている民族的な否定、人間としての存在の存在すら否定する苦難の
原因は、かつて中東を植民地支配したイギリス、フランス、そして何かと影響力を行
使したアメリカ、ロシアによって、一度は「クルディスタン」として独立を認められ
ながら、結局は大国の思惑によって裏切られ、必要のない民として国境の山岳地帯に
追いやられたことである。
この映画の本質は題名とは違い、子供を求めて歩く先生たちの事ではなく、国際社
会から見捨てられたクルドの人々が、極限状況の貧困におい込まれていること、その
支援が緊急である事、そして未だかつての植民地支配を清算もせず、知らん顔して放
置している西欧大国への告発なのだ。
国連も含めて世界はここでも3000万の極貧の人々を放置し続けている、彼らは
トルコから迫害されればイラクに逃れ、イラクから迫害されればイランに難民として
移った。
サダム・フセイン時代イラクでは、クルドに対し全く不十分と言え、それなりの自
治権を認めていた、親イラク派の政党、反体制派の政党が存在し、しのぎを削ってい
た。
だが今日の米軍占領下、クルドの人々に独立を認める政治的自由はあるのだろうか?
アメリカの言いなりの暫定イラク政府に、追い詰められたクルドの人々を救う力があ
るのだろうか?
この前、日本で誤魔化しだらけのイラク復興国際会議が開催され、日本政府は大き
く見栄をきった、彼らにとっての関心ごとはチェイニーなどに聞くまでもなく文字通
り、イラクに介入して幾ら儲けるかである。
イラクの人々にとって石油が全て元通りになれば、どこの国からも復興支援など受
ける必要等、どこにもない。
しかしクルドは違う、クルドの人々の要求を実現すればアメリカの中東支配も、そ
して石油支配も根本的に変わってしまう、いや世界そのものも変わるかも知れない。
クルド問題はトルコのEU加盟障害どころではないのだ、全世界的なしかも緊急の課題
として存在している。
この映画を見て、より深く考えさせられた。
映画を主催した労働組合はその深刻性を何一つ、考えてはいなかったがー。