雁古氏の投稿、及び前衛氏の反論をとても興味深く読みました。私はドイツ語は全くわかりませんが、雁古氏の投稿に対してはいくつか反論したい点がありますので、前衛氏への補足というタイトルにさせていただきました。
1.「党」について
In what relation do the Communists stand to the proletarians as a whole? The Communists do not form a separate party opposed to the other working-class parties.
という文章を、「どのような関係において、コミュニストは、全体としてプロレタリアを支持するか ? コミュニストは、他の労働者階級の諸党に対抗して別途の党を形成しない」と訳すのはいかがなものでしょうか。opposedは、明らかにpartyにかかっているわけですから、直訳するなら、「他の労働者階級の諸政党に対立するような、分裂した党を形成しない」でしょう。雁古氏は、意図的かどうかしりませんが、名詞にかかる形容詞を副詞として訳したがるようです。ちなみに、stand to the proletarians as a whole は、「全体としてのプロレタリアを支持する」です。stand to を「支持」と訳すのも実は冒険です。stand to で「~の側に立つ」なのは確かですが、toは、relationを受ける、とも考えられますから。岩波の「共産主義者はプロレタリア一般に対してどんな関係に立っているか?」で全然かまわないと思います。
ちなみに、英文のCommunist Manifestoでは、この文章の直後に
The communists are distinguished from the other working-class parties by this only
という文章があり、これは普通によめば「共産主義者たちは、他の労働者階級の諸政党と、以下の点で区別されるにすぎない」となり、「他の労働者階級の政党」と比較可能な集団という含意がなされているわけです。さらに、不破大先生が大好きな
The Communists, therefore, are on the one hand, practically, the most advanced and resolute section of the working-class parties of every country
は、共産主義者たちが(いくつかの)労働者階級の政党の中で、もっとも先進的かつ不屈の部分、という訳も可能です。日本人は、複数形にあまり気をつかわないのですが、上記の引用でも、労働者階級の政党は複数になっていますから、一つの国にいくつもある労働者階級の政党のうち、共産主義者の党が、もっとも先進的である、という解釈は楽勝で可能です。
2.支配、権力
「in the hands of a vast association of the whole nation」を「全国民の広大な連合の掌中」というのも随分教科書的な訳ですね。the whole nationを「全国民」なんで今どきそんな訳だれもしません。nationは国土であり、そこに住む人々であり、それらをひっくるめたすべてです。「国家」に属する人間、という意味をもつ「国民」という訳は完全な誤訳です。まあ、それを「個人」という一言で訳すのもなんですが、ちゃんと「結合された個人」となっているんだから、独裁を認めている、というのは言い過ぎでしょう。一人だけじゃ結合できませんからね。多分「個人」じゃなくて「諸個人」にすればよかったと思うんですが。
あと、properlyには「本来的には」なんて意味ありません。日本語の辞書にはそういう訳語ものってますけど、英語の辞書にはないですよ。
Political power, properly so called, is merely the organized power of one class for oppressing another.
は、「本来的に言われる政治的権力とは、他の階級を抑圧するためのある階級の組織されたパワーという程度のものにすぎない」ではないですね。だいたいこれじゃ日本語として意味をなさない。「正式には政治的権力といわれるものは、単純にいえば、他の階級を抑圧するための、1つの階級の組織された権力のことである」くらいかな。powerを一度権力と訳したんだから、パワーなんて間抜けな言葉を使うのはやめましょうね。if~の文章も、確かに仮定法ですが、日本語で「もし~ならば」とすると英語のifとは随分ニュアンスがかわりますね。別に「プロレタリアートが自らを階級として組織した暁には」という訳でいいと思いますよ。確かに必然的、というのは強すぎる訳ですけど。あと、廃止すると廃するは、意味が違う、って偉そうに書いてますけど、sweep awayを「廃止する」って書いてあるのも日本語の辞書であって、英語の辞書にはそんなこと書いてません。sweep awayは「一掃する」でいいんじゃないんですか。なんでわざわざabolishを「廃する」と訳さなければならないのかもちっともわかりません。最後に、supremacy!は、確かに「支配」ではありませんが、「覇権」とか「主権」とか別の言葉の訳語として定着している単語で置き換えるのはどうかと思います。つまるところ「最大級の権力」という意味ですから、「支配」は意訳ですが誤訳ではないですね。
ということで、マルクスがどう言ったか、ということはさておき、雁古さんの解釈も向坂・大内さんなみの主観と偏見に基づいているように思います。もちろん完全に正しい訳文なんてありえまえんが。なお、以上は全て英語をどう訳すか、という問題であって、原文のドイツ語に何が書いてあってかはまた別の話です。念のため。