どうも詳細なレス有難うございました。
1)私は、不破は理論家ではなく、「単なるマルクス=エンゲルス=レーニン全集生字引的文献引用主義者」に過ぎないと思ってきました。
2)少なくとも宮顕単独指導だった60年代までは、(宮顕に不破程の文献引用能力がなかったこともあり)「その時々の党の政策を全集の都合のよい個所を取出してきて権威付け正当化する」というような手法は汎用されませんでした。70年に不破が書記局長に就任して指導するようになってから、こうした手法が常套化してきました。
3)しかし、こうした手法がもたらしたものは「党中央(不破)=考えて指令を出す頭」と「下部党員=指令に従って動く手足」の分離でした。少なくとも(不十分とはいえ)60年代まであった「全員が頭となり、全員が手足となる」風潮は著しく廃れました。
4)党員の理論水準も低下しました。「全集」を読まなくなり、「党の決定」や「幹部の著作」しか読まなくなりました。
5)そして現在に至っては、「党の決定や幹部の著作さえ読まない党員」が多数を占めています。
6)結論的に、私は「マル=エン=レーニン科学的社会主義」を現在の日本共産党の「理論的基礎」にすることが正しいのかさえ疑問です。しかし、何よりも大事なのは、貴方の御指摘のように「党員一人一人が理論的問題を党首任せにせず、自分の頭で考え行動するようになる」ことだと思います。