封建制時代は、身分の差別がありました。庶民はどんなにもがいたって、武士や、貴族にはなれませんでした。
資本主義社会では、階級の差別があります。生まれ持った資本や 土地の力で持てる者は上に立ちます。
学歴の差別は、20世紀著しいものがありました。男女差別もはげしかったです。このサイトで問題になる慰安婦など、今の社会では考えられないことではないでしょうか。
戦前は、職業婦人は非常に稀でした。「嫁に行かないでどうやって
生きてゆくのだ」と、いうのが、親の常套句でした。
ちょっとした小金持ちは、お手伝いさんを使っていました。戦後でもテレビドラマでお手伝いさんシリーズがよくはやりました。
戦中、働いて居ない娘さん達が、徴用にひっぱり出されましたが、働いていないといっても、昔は、洗濯機もないし、レンジもないし、ガス、水道もない場合もあるし、食事ひとつ作るにも火起こしから始めなくてはならなくて、とても生活労働が大変だったのです。
戦中は、食べるものが充分にないので、ぞうすいか、すいとんをつくるだけでよかったし、服装もモンペだし、生活が単純化されたので働きに出れる余裕が出来たのだと思います。
今は、やっと男女が対等になってきたようです。これからの差別は、生まれもった差別はだんだん少なくなると思います。
これからの差別は、階層的差別だと思います。支配、被支配的な差別ではなく、役割的差別だと思います。
重要な役割をやった人が収入を多く得る。という差別だったら納得
ゆくのではないでしょうか。
IT産業のトップの人など、とてもふんぞりかえってはいられないと
思います。(明日がどうなるか心配しない日はない。)と、楽天の三木谷さんは言います。
これまでの差別は末端で一番苦労している人が一番給料が少なかった。下請けとか、臨時工はみじめなものでした。今まだそういう支配構造がなくなったわけではないけど、徐々に無くなって行くのではと思います。
まだ、貴族社会と同様に奴隷的な人生を送らざるを得ない国のひとびともいますけれど。
差別の状態から、その国の成熟度がわかるのではないかと思います。
今の日本の実態がどうなのか私はつかんでいません。「しんちゃん」さんの言うような事があるならば、かなり遅れた状態ですね。
身分差別や、階級的差別を早く無くしたいと思います。
階層的差別は、今は仕方ないと思います。
階層的差別が社会主義という発展段階における特色ではないかと思考します。