やすしさんご意見ありがとうございます。私は、博学ではないですよ。ただ、高校生のころから岩波新書あたりをよみふけり、今もマルクスの古典なんかを、趣味でよんでますし、大学では労働法なんかを専攻していたぐらいです。あまり詳細はのべられませんが、私は学生運動の周辺で、ちょろちょろやっていました。そのへんでご勘弁ください。
社会主義には、社会民主主義・トロツキズム・スターリズム・反スタなどがあります。社会民主主義とは、ドイツ社民党の理論家、カウツキーが定式化した改良主義ですね。で、第二次大戦後は、ドイツ社民党はカウツキー主義も修正・放棄しました。分かりやすくいえば、帝国主義国で改良主義的に労働者への分配政策を主張する人々といっていいでしょう。もっとも、帝国主義ではないと主張する人たちもいますけれども。トロツキズムとは、レーニンの革命に参加したメンシェビキの理論家トロツキーに由来しますが、端的にいうと、世界市場を社会主義で覆わなければ、ロシア革命は失敗するだろうという理論のことですね。世界革命論といえるでしょう。私は、マルクスもレーニンも、世界革命の立場にたっていたと思っています。
スターリン主義とは、レーニン以後、ソ連を一国主義的に建設していった指導者の理論といえます。「レーニン主義の基礎」として一国社会主義路線を定式化した人です。世界各国の共産党は、スターリンの一国主義理論が影響しており、二段階革命論といわれるスターリンの理論を日本共産党なんかも影響として受けついでいるといえます。
反スターリン主義とは、第二次大戦後のフルシチョフ批判や、ハンガリー革命の影響を受け、スターリンの一国主義を批判的にとらえつつ、トロツキーの世界革命論を批判的に摂取したイデオロギーといえるでしょう。
さて、やすしさんは、マルクス主義の革命は先進国型でなかったから、民主主義の発達がおくれていたロシアだから失敗した論ですが、この理論は、学者からもよくいわれる意見ですし、日本共産党の不破議長なんかもよくいう意見ですが、私は、この意見は、スターリン主義の影響を受けていた人たちが、スターリンの一国社会主義建設路線が破綻したことを受けて、マルクス・エンゲレスの「イギリス労働者階級」の考察に先祖がえりしただけの意見だと思っています。
なんのことはない、ソ連の崩壊は、トロツキーの意見が正確だったにすぎないわけですが、スターリン主義の造詣を受けてきた人々は、トロツキーを暗殺したスターリンの一国主義理論に依拠しつつ、トロツキストネガティブキャンペーンを60年間してきたわけで、いまさら、トロツキーの「裏切られた革命」が正しかったなどと理論付けるわけにはいかない。だから、先祖がえりして、レーニンまで批判してしまうということをやっているのだと思います。
ですから、「社会主義と言われた国々では、もともと民主的な議会主義などの経験の乏しい国々だったわけです。」なんてことを空々しくいうわけなのです。しかし、ブルジョア民主主義をやたらと絶賛するが、最初は富裕のブルジョアジーのみしか参政権すらなかったのがブルジョア民主主義なんですよね。やすしさんは、そういう事実をご存知ですか?それを、労働者が自ら運動して獲得してきた歴史が、社会主義運動であって、民主主義の運動だなんてものではないのです。
また、「まわりには帝国主義の国々があるわけで、」ではなく、後発資本主義国家としてのロシア帝国主義が最弱の環としてロシア革命が切り開かれたのだということでしょう。レーニンもトロツキーもドイツ革命に期待をするけれども、ローザがレーニン型組織論を嫌ったために、スパルタくシストを結成するもすでに遅く、帝国主義社民のノスケに虐殺されてしまう。そのあとワイマール体制ができるが、スターリンの社民主要打撃論で、共産党と社民党はナチスに殲滅されてしまう。このように、ドイツ革命のチャンスがあったが、結局指導者の無能で革命は頓挫してしまったといえるでしょう。あと、スペイン人民戦線などのスターリ二ストらの、裏切りは映画「大地と自由」なんかで突き出されています。もっとも日本共産党幹部は、「大地と自由」は反共産主義映画だと詭弁を弄すが、ようは反スタが彼らからすれば反共に映し出されることになるのでしょう。だって、スペイン人民戦線の敗北も、社民打撃論ブラストロツキスト打撃論で、ファシストの台頭をゆるしてしまったのですからね。世界恐慌から第二次大戦への過程では、さまざまな局面で、ヨーロッパには革命のチャン・・・(文字化け)・・・ですが、スターリンはそれを指導せずに、一国主義路線で「革命後の国造りを率先してしまった」わけで、はじめからおおきな制約があったわけです。
ここが、講座派的な限界があるのですが、国内的には封建地主体制つまり農村がのこっていようが、ロシアは帝国主義化しているわけですから、社会主義革命にむかったわけです。やすしさんは、やはり二段階革命というか講座派的な、ブルジョア民主主義革命→社会主義へという理論でしかないと思いますね。しかし、ロシア革命は、ブルジョア民主主義第一革命のあと、プロレタリア民主主義第二革命にむかいましたというような大学教養部の講義のようなものではなく、帝国主義段階における帝国主義戦争に対して、第一革命政権が無力であったこと、参戦してしまったことがから、レーニン率いる労農兵のソビエト評議会・第二革命を勝利させたわけであって、その後に定式化されるようなブルジョア民主主義革命→社会主義革命へということではないということです。レーニンの「帝国主義論」では二段階革命論を理論化してもいません。
そもそも、やすしさんは、ロシア革命を帝国主義から社会主義に転化したということを理解なされていないのではありませんか?
やすしさんのおっしゃる、後進国革命論であるような、「歴史的制約の中から生まれる政権」なにも、ブルジョア民主主義も、最初はブルジョアジーのみの権利しかなかったということをしるべきではないでしょうか?
「過度の期待をするほうがもともと無理だったと思います。」もなにも、ロシア革命をゆがめてしまつたのは、スターリン理論であり講座派の理論です。
「せいぜい社会主義の序章としての民主主義革命の段階だったのではないでしょうか?」 というやすしさんのご意見は、スターリンが定式化した二段階革命理論・講座派の理論でしかないと思います。
だから、二段階革命理論のスターリン主義総本山が破綻し、衛星国もぐらついてしまったことから、あわてて、エンゲレスの「イギリスの労働者階級」の考察のような理論に先祖がえりしてしまうわけです。
やすしさんの意見である、「本当の社会主義とは、民主主義的な議会制度など民主的な経験を経たうえでないと実現は難しいのではないかと思います。 」などという意見は、不破議長の講義でもよくいわれる意見ですが、ブルジョア議会から社会主義革命をと定式化しているようなもので、昔とかわらない二段階革命論を主張しているだけでしょう。もちろん、マルクスの「共産党宣言」にも、そういう理論はありませんね。この意味で、スターリン主義が破綻してしまった今日、世界各地の共産党の理論がぐらついて仕方ないのだと思います。しかし、理論は二段階革命論なんですよね。イタリア共産党はそれさえ放棄して、社民化しましたが、あれはイタリア社会党が政界汚職で破綻してしまったからです。
やすしさんは、日本共産党以外の社会主義理論にふれたほうがいいと思います。たとえ、それらの意見に同意できないにせよ、社会主義について考えさせることにはなるはずですから。
今までの、講座派的な社会主義理論ではなく、労農派的な理論だとかレーニンやトロツキーあたりをよまれてみたらどうかと思います。カウツキーやヒルファーディングなんかも参考としてよまれてもいいかと思います。また、エンゲレスの理論でいいのは、イギリス労働者あたりの考察と、家族論ぐらいで、あまりいとは思いません。とくに自然の弁証法や、反デューリング論はひどい愚作だと思います。ちなみに、この二作はスターリン理論に影響をそうとう与えた愚作だとおもわれます。
今後ともよろしくお願いします。