10月25日付けJ.D.さんの「社会主義はいかにして可能か」に対してレスいたします。
「生産は社会的であるのに取得が個人的であるのが、資本主義の根本矛盾なのです。この矛盾を解決するためには生産手段の社会化(=生産手段の私的所有の廃止)をすればよいのです」
「この矛盾を解決するためには生産手段の私的所有の廃止をすればよいのです」。なんともまあ……、あっけらかんと断言されてしまいました。恐れ入りました(^-^;)。
「特殊な条件の下での社会主義への移行が失敗に終わったという歴史的事実のみをもって、この単純な事実のみをもって、「本来のマルクス主義」が歴史的に敗北した、と言う結論を出すのはどうかやめて欲しいと思います」
「あっけらかんと言うかぁ?」はこれに関連します。「特殊な条件の下での社会主義への移行」とはよく言われますが、ソ連のこれは、いったい、いつの年代をさしてこう言っているのでしょうか。もちろん、ロシア革命がマルクス主義に照らして特殊な条件下での革命であったことは事実。しかしソ連は、なにはどうあれ、世界有数の工業国に発展し、国内の共産党幹部は「共産主義国家が誕生した」と浮かれていました。出発点はたしかにマルクスの考えにはなかったタイプの革命だった。しかしソ連はそれにとどまらなかった。アメリカと雌雄を決するまでに発展しました(表面的にはですけどね、あくまで)。
あなたが理由としてあげている「労働者の管理能力」にしても優秀なノーメンクラツーラが誕生しました(これが労働者階級でないことは自明ですが)。「生産力が不十分」にしても、これは初期の時代こそそうでしたが、「生産力不十分」の状態がソ連74年間、ずっと続いていたわけではありません。
出発点の問題があとあとまでずっと尾を引くことは一般に否定しません。しかし、あなたが理由としてあげている「労働者の管理能力」、「生産力が不十分」の問題は、ソ連においてはいちおう克服されていたとみるのが妥当なのではないでしょうか?
したがって、「にもかかわらず」という問題の立て方をする方が自然でしょう。つまり、「労働者の管理能力」が十分で「生産力」も十分だったソ連において、「生産手段の私的所有の廃止」がなぜ見捨てられたのか?
今でこそソ連は「特殊な条件の下での社会主義への移行」だったと、さかんに否定的に言われますが、日本共産党にかぎってみれば、1994年まで、ソ連などに対する評価は「生成期の社会主義」などとして、そのプラス面を認めるものでした。「失敗した社会主義」などとおとしめて言及するようになったのはごくごく最近のこと。スターリン批判まではほとんど手放しでソ連を礼賛していたのではないですか? 結果を見て云々するな、ということであれば、日本共産党のこうした社会主義国に対する評価がえも「結果を見て」のことです。ロシア革命が「特殊な条件の下で」達成されたことなど、日本共産党は創立当時からわかっていたはずです。日本共産党が最初から、「ソ連は特殊な条件の下で生まれたから、救いがたいマイナス面を内包しているだろう。それは歴史の進行とともにあきらかになるだろう」などという見方をしていたというなら超脱帽ものですが、事実はまったく逆ですからね。宮本顕治も1946年当時、ソ連には階級がないと論文ではっきり述べているくらいです。
「この矛盾を解決するためには生産手段の私的所有の廃止をすればよいのです」と、いとも単純に言い切ったJ.D.さん。「科学的思考というのはある意味、単純な考え方を否定する考え方だと思います」とも書いておられますが、あなたのこの単純な言い切りについては、ご自分でどう評価されるおつもりでしょうか?
私は前の投稿で、「生産手段の私的所有の廃止」といった場合、管理はだれが行うかとか、計画経済なのかどうかとか、具体的に「科学的に」聞いています。将来の話として危惧される点としてこれらのポイントをあげたつもりです。あなたはこれらの条件をまるで勘案することなく、「この矛盾を解決するためには生産手段の私的所有の廃止をすればよいのです」と、なんともまあ実に簡単に、あっさり言い切られました。
J.D.さん。あなたの方こそ、もう少し「科学的に」解明してください。ことはそんなに単純ですか? ソ連などにおける生産手段の私的所有の廃止という壮大な実験の敗北は、かの国の特殊な条件に主たる原因を帰すことができるのですか? そこを聞いているのです。