投稿する トップページ ヘルプ

「組織論・運動論」討論欄

2月26日のH・Hさんへ

2003/8/7 尚、30代、レントゲン技師

 新歓拡大は学生運動にとって節目の一つですね。
 私の学生時代には拡大マニュアルなるものが有り、それが嫌いでした。相手の反応を見ることもなくただひたすら読み上げるそのやり方はいくつかの欠点を持っていたからです。というのは対話によって相手の同意を経て加盟にこぎつけねばならないのですが話しをする糸口は人によって異なりますが(先ず興味を持ってもらわねばなりませんから)それが限定されてしまいます。次に同意を積み重ねて行くには対話の反応を見ながら話題を選択せねばならないのですが、長文の読み上げでは反応のつかみが困難でした。私の所属していた学生班は幸いにしてそのような物を用いませんでしたが他大学に応援に入ったときには面食らったものです。
 相手の興味関心に合わせた、もしくはせめて自分の語りたいことを主題にして語るのでないと相手に熱意さえ伝わらないんではないかと思うのです。
 話は変わりますが私の時代でも(90年代初頭ですが)多数者を結集し、いわゆる政治目標を達成することは無かったのですが、大半の学生から冷たくあしらわれる中で学生の声を集めたことや、湾岸戦争の時には珍しく反応が良かった事など思い出し、悪いことばかりでは無かったような気がしております。
 大学に四年もいて党が多数者に支持された事などないのですがそれ自体はたいした関心ではなくて、自分の能力の限りを尽くして活動できているかどうかの方が重要でした。(変な話ですが活動に熱心な時には党批判文書なんか見ないし、党活動が嫌なときは綱領改訂があっても無関心という党員は少なくないと思います。私もですが)学生運動はマスターベーションだといわれる由縁ですが、だとすれば止められますまい?私のように独身で風俗に行く根性も無ければなおさら。・・この辺で終わります。