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「組織論・運動論」討論欄

「科学」の批判

2003/11/15 人文学徒、60代以上、年金生活

   初めに自己紹介です。長く、熱心に「さざ波」を読んできましたが初めて投稿します。民主集中制、特にその「異論の外部公表と外部討論禁止」という点を、世界・歴代共産党の中央官僚化の最大の元凶と見てこれをなくしたいと、田口・不破論争以来永年願ってきた者です。ここさざ波は左からの中央批判者が多いようですが、僕は右からのそれ、だから投稿者のなかでは例えばdemocratさんやn.kさんに共感を覚え、大鷹さんなんかにももっと書いて欲しいと願っている者と、初めに素性を明かしておきます。左の方々も含めれば、愚等虫、桜坂智史さんなどや、一介さんの民主集中制論考にも感心しましたし、澄空さん、川上さんとdemocratさんとの一連の長い討論も僕独特の一種特別な興味を持って読んできました。
 民主集中制の分派禁止規定をなくしたいという一つの共通点だけでもここの左右同志仲良く、様々な論を気長かつ誠実に、そして温和に育てあっていきたいと心から願って、以下一つの雲をつかむような論考をまーやや気軽な感じで討論の一石として投じてみようと思い立ちました。随筆でも読んでやろうというような軽い乗りで読み進んでくだされば嬉しいです。さらに、これを深めていただけるような投稿が続けばまた嬉しいです。いくら酷い時代、日本参戦の瞬間とあせってみても、主体的力が育たなければ世の中は変わっていかない訳です。それでも歴史は続いていくわけです。さらにそれで も一度しかない人生をそれぞれのやり方、境遇、能力、センスに応じてでですが楽しむ権利はありましょう。まーそんなわけで楽しく論じ、楽しく読める、そんなふうなものが書けたらいいかなーというような気持で臨んでみました。

 ・社会変革の主体的力量の育成という点で、東欧でも日本でも共産党は失敗してきたのだと思います。民主主義育成を誤ったということは、そういうことでもありましょう。
 ・資本主義の矛盾、悲劇をいくら告発してみても、主体形成の入り口の一つになりこそすれ主体形成自身にはなりません。例えば、窮乏革命論のような発想、もっと言うなら「この悲劇を前にして恵まれたお前が一人楽しんでいて良いのか! この悲劇の酷さはこんなふうだぞ! ちったー勉強しろよ。個人主義者め!」などという学習中心の方針では主体には育ちあえないのだと思います。また、「国政が変われば生活が良くなる」と「約束」するだけの改善論学習も、東欧の失敗や資本主義の悲鳴やを見、味わってきた国民からすれば全く説得力のない、無力なものなのではないでしょうか。
 ・こうして、この変革主体形成の問題では過去の世界の共産党は極めてナイーブで、方法論的に無自覚な方針しか持っていなかったのだと思うのです。「科学的理論の学習」、「中央方針文書の注入」という以外には特別なものはなかったのではないでしょうか。結局僕は、方法論に関わる哲学的な反省を避けることができないのではないかと考えることにしました。

 ・さて、五十歳以上の党員の方々の多くが真下信一という哲学者をご存知でしょう。戦前、戦後を通じて共産党を支持されてきた同志社大、一高、名古屋大、多摩美術大(学長)などの先生ですが、彼が科学という概念を哲学的方法論のように使うものとしては主体が欠けた一面的なものと終生警告されてきたこともご存知でしょうか。因みに、哲学史で主体が問題になるのはキルケゴールやマルクス辺りからだと思いますが、そのマルクスは主観・客観問題を最大のテーマとするドイツ古典哲学の頂点ヘーゲルの学徒で、真下氏はこのヘーゲル学者です。また因みにレーニンが唯物論者はヘーゲルからもっと学ばなければならないという遺言を遺したというのは有名な話ですが、レーニンのこの遺言が少なくとも世界・歴代共産党周辺で実行されてきたとは思えません。それ以降現在まで科学という概念が「科学の目」式にその守備範囲を越えた万能のような顔をさせられてきたところを見るとそう思わざるをえないのです。
 ・真下氏は「科学」概念を哲学の視点から考察すれば一面的なものだと、こんなふうに警告します。

 「自然科学のスタートはまず主体性を切り捨てるということ、ここから科学はスタートしたわけです。
 ところが、生きている人間にとっては、自分も含めて全体です。自分を省いたような単なる対象の世界みたいなものは、私どもの生きた世界ではないでしょう。人間が生きている、私が生きている、その世界が全体なのに、まず主観と客観とを区別して主観を一応削るのです。そこから科学はスタートしたわけです。
 その点で科学は、すでに主体性を捨象することによって始まったものです。」(新日本出版社「君たちは人間だ」、205ページ)

 同じ批判を、党文献によく使われる「知性」という概念に関わって、氏はこうも述べています。

 「かってドイツのある哲学者は知性の本質は『深みがない明晰さ』であるといい、他の哲学者はこれにつけくわえて『統一がない広がり』でもあるといっていますが、この場合『深みがない』ということは思想がないということであり、統一がないということは要のとれた扇のようにバラバラだということです。このような質の知性が、いわゆる『科学』なるものの直接の担い手であるわけです。」(同上書、81ページ)

 ・さて以上の警告はまー、僕流儀にコメントしますと、さしあたりこんなふうに説明しましょうか。以下「あなた方」とは党中央を指します。ちなみに、そこの代表者ここ2代は、自然科学出身ですね。
 「科学の目」などと大層な熱を込めて力説されるあなた方は、そのご自分ら自身を、その大変な熱の出所をどう解明されるのでしょう? 真理探究の道と見るからであって、それ以外の自分に拘るなんて間違いのもとでしょうと、この局面ではおそらく応えられるのでしょう。ならばお聞きしますが、そういうご自分も日常実践では、仮説にすらならないことを筆坂氏のように決断され、個人的に大切なことほどそんなふうに科学と無関係に扱ってらっしゃるとも思うのですが、そういう領域、ご自分の実践的決断を自覚するということなんかはどうなさってるんでしょうか? そういう個人の問題なんかはこの場合関係ないでしょうなどと応えられるかも知れませんね。いずれにしてもあなた方の主体のあるべきという姿はまー、客体を素直に受け取り、あとはその命じるままに行動するだけという扱いのはずです。僕たちはそこで、こう言わねばなりません。ヘーゲル哲学って人間意識の自覚の体系と言われるくらいですけど、あなたがたの哲学ってもしかしてヘーゲル以前の唯物論? あなたがたの周辺に残っている数少ない哲学者達もまさか、そういう唯物論者ばかり? だってあなたの主体自身があなたの哲学には無関係とおっしゃるんですもの?! マルクス主義の実践概念は一体どうなってしまったんですか?!
 このような批判にはあなたがたはすぐにこう応えられるだろうと推察します。科学というのはこの場合、「空想」と区別されるよということであって、あなたの方こそ失礼だが、歴史を勝手に「哲学」でもって切り盛りする空想、古くさい「諸学の王」という哲学観を振り回してらっしゃるのではないですか。
 これに対しては少し長くなりますが。

 ・この空想批判は「ドイツイデオロギー」に端を発しマルクスの死後エンゲルスがこれを受けた「空想から科学へ」なんかのことをおっしゃってらっしゃるんでしょうけれど、これらにあなたがたの「『諸学の王』批判」を読み込もうなんていうのは、よくある誤読ですよ。あれは当時のヘーゲル学派や機械的唯物論や空想的社会主義やを意識しているのであって、主観・客観問題を実践概念の中に食らい込もうとしている唯物論への批判が意識されてあるわけはないではありませんか。そういう唯物論者ならば、これらの著作の触りの部分をこう読むと思います。ほとんど真下氏の受け売りの「つ もり」です。ただし真下氏は、党に対してはいつも哲学者としての節度を守っていて、党自身にふれて以下の解釈を展開したことはありません。念のために。
 いわゆる土台のようなものでいわゆる上部構造のようなものを分析する方法論が、必要なものを将来に渡っておおむね提起できたから原理的に終わったとそれこそ原理的に言えるはずもなく、ましてやその時々の最もイデオロギッシュなものの何かをいきなり直接に、生産諸力とか生産諸関係とか階級関係とかその他土台に近い領域のものとかで切り盛りしようなんて?! 両者の間にはまだ、法律、制度とか、今で言えばテレビとかインターネットなどなどいっぱいあるんですよ。たとえばヒューマニズムのイデオロギーならまずそういう領域内で論じなければいけません。階級とか経済的なものの何か具体的な変化は、そういう領域を間接的に規定し、変えてはいくんでしょうが、その領域自身のなかに直接に何かを作るなんてことはまったくできはしないんです。
 そう、上部構造の独自性はそれらしくあつかわれなければならないと、昔から口では言われてきたことを僕は改めて言ってるだけです。それが分かってないから、「資本主義の全般的危機の顕れだ」とか「客観情勢は熟した」とかを「知らせよう」式に、抽象的に、怠惰に、例えば統一戦線という政治的実践に換えて百年一日のように政治的スローガン宣伝や、新聞を広めるという認識的方法論しか思いつけない。ちなみにこんな批判をする人もいましたが、全く当たっていると思います。

 「(わが国に輸入されたマルクス主義においては)社会発展のあるべき方向は、主体的条件とは無関係に、すでに所与のものとして あり、人びとに認識されるのを待っているかのような想定がなされたのである。したがって地域の共同社会の人びとが、日常の固有の生活のなかで、どのような社会的感覚をもっているのかということは、ほとんど問題にならなかったのである。」(大月書店、唯物論研究協会編、「社会主義を哲学する」所収、河村望著「社会主義社会とはどんな社会か」) 

 主体たちの実践というものが欠けた客観主義と呼ぶべきです。僕は客観主義的認識主義と呼んできましたが、とにかく実践らしい実践の位置付けがないんだと思います。

 ・こんな訳ですから例えば、「政治による文学の引き回し」が多発して、本質的に最もイデオロギッシュな文学者たちが戦後間もなくのころから今日まで、真っ先にかつ多く党を離れていくなんてことになりました。「諸学の王」派としか見られなかった心ある党員哲学者たちも外でしゃべれば方法論的批判発言誘導、分派工作で呼び出しがかかるかななんてウットウシサもあってか、ずっと沈黙してきたようです。真下氏の先の警告をレーニンの遺言まで意識した上で継承するつもりだった多くの党員哲学者たちもそうだったはずです。政治学専門の党員学者も、ご自分の組織外で民主集中制に触れればやっぱり分派。勇敢にしゃべった人はまー随分居心地が悪くなったはずですし、第一いつでも査問できるあなたがたの横柄でしかも誤りが明白と専門家としては思わざるをえない物言いには嫌気もさしたはずでしょう。その論が気にくわなくてそれを黙らせるという狙いを、分派禁止規則を持ち出して果たそうとするんですから、学者としてはさぞはらわたが煮えくりかえったことでしょう。こうして多くの得難い人材が東欧や中国のように実際に殺された訳ではないにしても、その理論、実際のスタンスが社会的に葬り去られたりして、逆に彼らから党はもううんざり、もう勝手にやってくれと扱われてきたのではなかったでしょうか。だからあらゆる分野の人材多数を実にもったいないことをしたものですが、よって「内部の方法論」の領域では貴方がたの天下、まさに無人の野を行くがごとし。ただあなたがたはこんな訳で外から見ればありのままの裸の王様でしかありませんから、実際の「実践的な」戦争には勝てる訳もなくて、二つの世界大戦、ベトナム戦争、スタグフレーション、グローバリズムなどなどの構造的悲劇はいっぱいありながら結局のところ連戦連敗を重ね、理論と実践両面で橋頭堡すら放棄せざるをえないという有様です。連敗の原因が方法論にあるのに、そういう根本的反省が実践的に培ってきた理論的プライドゆえかできないのでは、いわゆるなし崩しでつぎはぎの方針変更ばかりということにもなっていきます。私たちの生命だったような概念すら、どれだけこのように扱われてきたことでしょう。例えば社会主義とか前衛党とかいう概念すら、今はどう定義されているのでしょうか。定義的説明自身がこんなだから、それへの賛否さえ述べられないという現状じゃないですか。
 さて、こんな世界史的惨状のなかでもそれでも、「一将大罪ありて生き延び、万骨枯る」。スターリン、毛沢東、金日成などなど、分派禁止規定の産物だとも言えるのだと思います。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。