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「組織論・運動論」討論欄

掌編小説という趣向で

2004/3/24 人文学徒

詩を借りて訴えを強調される方がいらっしゃるならば、掌編散文で同じことをする者 がいてもよかろうと、僕がそれをしてみます。

左翼内左翼の方々には窮乏革命論が多いように日ごろ感じます。貧困、困難からこそ 変革が起こるというこの理論からは「贅沢は敵だ。貧乏が善だ」というに近い感覚し か出てこないように感じるのです。何百万円の給料だと高すぎるかとか、H氏(を僕 は、例えば嘘つきと思うから、大嫌いだけれど)の収入二千万余が安いか高いかとか、 こういう大上段の討論もこのサイトで大真面目にありました。「今はそんな贅沢がで きる時代じゃない」、「こんな酷い国があり、日本はそこを搾取してきたのだから、 お前にも罪があるのに」式の話もあったように記憶しています。ご自分の収入や社会 一般の収入がいかにも少ないと抗議するのは良いけれど、他人の収入やささやかな楽 しみに対するこんないじけたような了見では、この日本で民主的統一戦線は作れない と思うのです。統一戦線ができなければ、戦争勢力やグローバリゼイションの害悪や にいくら歯軋りしてみても、これらを阻止することはできないでしょう。マルクスは、 資本家をばら色に描かないのはその個人についてではなく、立場についてなのだと述 べましたし、僕が例えば民主集中制を批判してやまない日本共産党でさえ、中小資本 家は味方なのだと言ってきました。少々の収入や贅沢を敵に回すなんてとにかく愚の 骨頂ですし、そういう「思想」ではおそらく変革の理論としても失格なのだと思うも のです。

また、左翼の好きな学習が統一戦線の第一の突破口とはなりえないのだとも思い ます。国民の日常的・政治的な民主主義的・文化的生活、体験がなければ宣伝、学習 は入っていかないのですから。これは生きた政治学の天才レーニンの言葉で、彼をい かにきつく批判する歴史学者も、この面での彼の天才ぶりは認めてきたところと考え ます。そして同時に、ここが日本共産党の最大の弱点の一つなのだとも思ってきまし た。

以上の意味全てを込めて、こんな掌編創作文をあえて挑戦的にここに投稿するしだい です。今後もたまにやっていきたいと考えています。今の世界、日本で万一こんな文 章に抵抗を感ずるとしたら、社会変革などできはしないと思うものです。

   競争時代のレストラン

我々夫婦は、退職した今もよく外食をする。ずっと共稼ぎを続けてきたのと、ちょっ と「美味しん坊」であることとのせいだろう。「二人分の稼ぎで軽自動車に乗ってい れば、美味しん坊はできる」という理屈を、ずっと通してきたと言えるのかも知れな い。長年こういう生活をしてくると寿司、和食、中華、フレンチ、イタリアンそれぞ れ、通う店が決まってくる。今日はそのうち、十五年も通っているイタリアンの話を しよう。いわゆるレストラン(イタリアンだからリストランテと言うべきか)ではな く、ファミレスをちょっと上等にしたという程度のたたずまいの店の、早春の話だ。

前菜は真鯛のカルパッチョで、次が桜海老のパスタ、定番のメインディッシュピザに は塩味薄焼きベース、筍とジャガイモのトッピング、ジューシーなピリカラミートソー ス一枚を選び、温泉卵のシーザーサラダと僕の定番グラスワイン、ロベルトストゥッ キという名前がついたキャンティも注文する。やがて、やってきたサラダソースの味 が風変わりだとひとしきり話題にしていると、顔なじみの店長さんがこんなふうに声 をかけてきた。

「塩味の方、お加減などはどうですか?」

大したものだ。我々は正にその変わった塩味の話をしていたところだった。そして話 が一しきりして去って行った彼は、六、七メートル向こうの空テーブルで一新人の指 導を始めている。何やら水差しとグラスとを持って水を注ぐその構え方、その際のテー ブルへの向きなどを実演付きで講義しているようだ。先ほどたずねてみたところでは 入社二週間というその新人の教育される態度も含めて、熱心で、すごく感じの良い光 景だった。

と、こんな具合にこの店長さん、店を飛び回っているのである。

その日も、いやその日は特に美味かったこともあって、連れ合いがレジに向っている 間にそんな店長さんを捕まえてこんな会話を始めてみた、

「前にも言いましたように、おタクはホントに美味い。本店はどこにあるんですか?」
「東京の御茶ノ水の側で、『○○○』というフレンチ出身の店です。東京には五十店 以上などと、関東には多いんですが、この特大都市にはここだけなんです。」
「これだけ上手に作られるのには、なんかそういうシステムでもあるんですか?」
「季節ごとに料理を替えますから、その直前に料理長や店長たちが集まってコンクー ルをします。侃々諤々でもうけんかも起こるほどの、大変なコンクールですよ」

ここが美味しい訳は分かったが、少々複雑な気分になった。こんな競争の結果を僕ら は十数年もただ能天気に賞味してきたのだ。店長さんもなんか凄く痩せて、青白かっ たし。