川上さん、はじめまして。
最近の議論ではお世話になりました。お礼を申し上げます。
最初に、川上さんの質問に対する総括的な感想を述べておくと、私が述べた5項目のそれぞれを取り出していろいろな視点から議論することは可能です。しかし、権力獲得の方法を論じようとする場合、現在の社会情勢のなかで一体何が問題の主要な環となっているのか、主要な要因はなにか、という点を押さえておかないと、様々な議論の是非を決めかねるのではないかと思うのです。
たぶん、この主要な要因は何か、その評価は? ということをめぐって川上さんと私の議論がわかれるのであって、その相違が個々の論点について論ずる視点、評価の差となって現れてくるのです。
すでに銀河さんとの議論で間接的に述べたことですが、普通選挙権や議会制度など合法的な政権交代のための民主主義的な政治制度が存在すれば、その可能性を徹底的に追求・利用すべき事は、マルクス、レーニンを引用するまでもなく自明のことです。問題はそのブルジョア民主主義の存在の仕方、その定着の度合い、その広がりと深さにあったわけで、マルクスが1870年代以降の西ヨーロッパ各国におけるブルジョア民主主義の発展に注目し、フランスやオランダについてまで平和革命の可能性を指摘するようになるわけです。 したがって、このブルジョア民主主義の存在の仕方、その評価が平和革命論をめぐる主要な環になっているわけです。
そこで現代の民主主義について述べることからはじめます。
このブルジョア民主主義は歴史的なものであって、時代の変化とともに発展してきたと言って良いでしょう。そこで問題をより限定的に述べれば次のようになります。革命論の見地から見て、今日現存するブルジョア民主主義は、マルクスの時代やレーニンの時代に存在したそれと同列に論じられるのか否かということに帰結します。同列に論じられるのだとすれば、マルクス、レーニンの議論をそのまま適用できることになるでしょうし、論じられないとすれば、別な議論になるということになりましょう。
結論から先に言いますと、私は同列には論じられないと思います。今日の日本を含めて、資本主義の発展している諸国において現存するブルジョア民主主義は古典家たちの規定したブルジョア民主主義の範疇を越えて発展していると思います。簡単に言うと、マルクスの時代もレーニンの時代もこのブルジョア民主主義は脆弱なものであり、彼らもそのように評価してきたことは周知のことで、ブルジョアジーの意思で圧殺することが可能でした。しかし、第2次世界大戦後のブルジョア民主主義は、ブルジョアジーの意思で圧殺することは簡単にはできないものに成長してきました。その意味では、ブルジョアジーにではなく、労働者、人民に担われ、ブルジョアジーの意思に反して強固に成長してきた民主主義なのです。日本ではヨーロッパ諸国と比較して脆弱さがありますが。
それに加えて、マルクス主義の古典的展望からすれば、ブルジョア民主主義のエートスは社会主義世界革命を通じてプロレタリア民主主義へと吸収されていくべきところですが、この展望はレーニンがロシア革命を成功させた一時期に片鱗をみせただけで、社会主義諸国に現存したプロレタリア民主主義が戦後のブルジョア民主主義に劣るものであったこと、それゆえに、戦後のブルジョア民主主義に粉砕され、否定されたことは歴史の冷厳な事実として受け取るほかありません。
以上、二つの点で、これらの歴史的な現象は古典家たちの理論的展望にはなかったものであり、私が古典家たちの規定した範疇にはおさまらないブルジョア民主主義だという理由なのです。レーニンをして「帝国主義が社会主義革命の前夜である」(『帝国主義論』)と言わしめながら、資本主義が二つの世界大戦を越えて生き延びる一方、インターネットの勃興と社会主義国の大半が崩壊するという特異な今日の歴史が生み出した世界史的産物なのです。
何と名付けるかは別にして、もはや、ブルジョア民主主義とはいえない、「ブルジョア」ぬきの、文字通りの民主主義へと成長してきているのだと思うのです。かつて、レーニンはブルジョア民主主義でもない、プロレタリア民主主義でもない民主主義は民主主義の階級性を捨象した観念上の抽象論であり、純粋民主主義であり、そんなものは現実には存在しないとカウツキーを批判していました(当時としてはそのとおりです)が、現代の民主主義はその批判を過去の歴史に属するものとする歴史的実体を持つ民主主義へと成長してきており、古典家たちの範疇を超える歴史的地平へと進んできているように思うのです。この現代民主主義の到達点を測定するために、マルクスによる原理的なブルジョア民主主義理解を置いてみましょう。
「皇帝制度(imperialism)こそは、生まれ出ようとする中間階級社会が封建制度からの自分自身の解放の手段としてつくりあげはじめ、そして、成熟しきったブルジョア社会がついに資本による労働の奴隷化の手段に転化した、あの国家権力の最もけがれた形態であると同時に、その終局の形態である。帝政の正反対物がコミューンであった。」(「フランスにおける内乱」全集17巻315ページ、1871年)
この議論に本質と形態を統一的に把握したマルクスによる古典的なブルジョア民主主義(本質としてのブルジョア独裁)理解があります。しかし、現代の民主主義は皇帝制度を決して許容しないでしょう。
最近ではこの現代民主主義の担い手をプロレタリアートならぬ「マルチチュード」と呼ぶ論者(ネグリ、ハートの『帝国』以文社2000年)も出てきています。
この現代の民主主義を拡大・発展させることの延長線上にしか革命の展望はあり得ないというのが、私の基本認識なのです。その意味では戦後民主主義をブルジョア民主主義と呼び、過小評価してきた左翼陣営の誤り(反スターリン主義を呼号する新左翼にとりわけ顕著に現れた日本の歴史の皮肉)は致命的なもので、今日でも左翼陣営が時代の趨勢に乗り遅れている主要な原因(共産党のいわゆる「民主集中性」に集約されるそれ)なのです。現状は国民が担う現代民主主義を左翼陣営の教条的なプロレタリア民主主義がよたよた追いかけている有様なのです。
以下、川上さんの指摘する論点(「組織・運動欄」2月17日付)にそって簡単に述べることにします。
(1)チリのアジエンデ政権の崩壊の事例をあげて、私が合法的に成立した政権を暴力的に転覆することは「困難だ」ということへの反論にされていますが、ここ30年来言われてきた反論だと思いますが、論理が飛躍しすぎていませんか? 「およそ起こりえないことが起きた」という事実を、どこでも起こるという論理づけの代用にすることは無理ではありませんか?「困難」かどうかの判断は、それぞれの国における具体的な社会的・政治的・経済的諸条件に依存しているのですから、チリで起きたから日本でも米帝はやる、という議論は飛躍しすぎていると思います。
それにアジエンデ政権が成立した70年代初頭とは異なった世界史的条件、たとえば、冷戦体制の崩壊や最近のラテン・アメリカにおける政治の地殻変動(これについては『革命のベネズエラ』などという記事を含めて「赤旗」の連載2004年4月、5月もありました)など、世界の政治情勢は大きく変化してきているわけですから。もっとも、ブッシュ政権は何でもやりそうですが、あの超絶的な軍事力をもってしてもイラク人民の徒手空拳に食い止められている事実は特筆すべき世界史的出来事です。
(2)平和革命の事例があるのか、ということですが、私は20世紀末に起こったいわゆる東欧革命をあげたいと思います。あの革命をどのように性格づけるかは議論があるところでしょうが、いずれにしても『人民革命』(マルクス「クーゲルマンへの手紙1871年4月12日」、全集33巻174ページ)であることはまちがいないでしょう。ルーマニアでは流血の革命となりましたが、他の諸国はおおむね平和裡に事態は展開-収束をみたのであって、旧社会主義諸国の名誉に属することです。
なお、あれは社会主義革命の事例ではないという反論があるかと思いますが、マルクスにしても『共産党宣言』で暴力革命を鼓吹したとき、社会主義革命の事例など一度も経験していなかったのです。彼らのいう歴史の経験にしたところで、パリ・コミューン前はすべて、社会主義革命を含まない『人民革命』でしかなかったのであり、パリ・コミューン後は彼らはイギリスを中心とする平和革命の可能性を注視するようになったのです。
(3)私が自衛隊につき「実戦の経験がない」と言ったのは、何も他国との戦争に限定して述べたわけではありません。国内での社会運動に対する武力鎮圧も実戦です。命令一下、平然とデモ隊に射撃を繰り返し、国民を射殺することができるか、できないかは一つには経験によるのであって訓練だけではたりません。
(4)合法的に成立した政権を暴力的に転覆するのは困難だという判断が「安直」かどうかの判断基準は、国家の階級性や国家権力の暴力に対する警戒感を鼓吹するかどうかにあるのですか? その意味で言うならば、私も人後に落ちないつもりです(若い頃はよく機動隊に殴られたから)が、しかし、国家の階級性にしろ、国家権力の暴力にしろ、一つ一つ具体的に論じ、運動の中で明らかにしていかないと説得力がない時代じゃないですか。
(5)暴力革命を否定する国民の強い意思について、川上さんは「これを避けては進むことができない問題だという認識は私にもありますが、これは別の問題として考えるべきものでしょう。」と述べていますが、その言わんとするところが私には理解できません。革命はそれを求める人間の意思として結実しなければ成就するものではありませんから、国民の大多数の意思がどうなっているかは、直接的な関係があります。もっとも、私は国民の意思を固定的に考えているわけではありませんが、この意思がもし崩れるとすれば、そのためには全国的な規模で発展する国民運動が大規模な流血の弾圧にあうという歴史的な経験を必要とするでしょう。レーニンが1905年は1917年の予行演習であったと述べたことが想起されるところですが、こんな予行演習など願い下げにしたいものです。
(6)私は川上さんが言うように「絶対平和主義の思想を不動の原理として民衆の中に定着させるべき努力」をしろと述べているわけではありません。それが現にあると言っているだけであり、暴力革命の思想で国民を説得しようとするとき、ほとんど例外なくぶつかる思想だと言っているのです。さらに私は「これを革命運動の根底に据えることが可能」だと述べているわけでもなく、「革命運動の根底に据える」必要があると述べているわけでもありません。革命運動を進める上での与件、与えられた客観的な社会的条件の重要な一構成部分だと述べているのです。
(7)私が合法的に成立した政権を暴力的に転覆することは「困難だ」と述べ、他方では、山本さんほどに平和革命唯一論を言う自信はありません、と言ったこととが相互に矛盾しないか?というご意見ですが、矛盾していないと思います。平和革命と暴力革命は万里の長城で遮られているほど遠く隔たっているものではなく、ロシア革命でさえ、レーニンは二度の平和革命の機会(暴力革命と平和革命の相互移行)について述べています。問題はどちらが主要なものなのかということであって、「困難だ」ということは不可能だ、絶対あり得ないということではありませんし、社会情勢はたえず変化していくのですから、ここでは絶対という言い方は誰もできないはずです。
(8)「大土地所有の廃止」がなぜここで出てくるのか、私にはわかりません。「大土地所有の廃止」とは、土地国有のことなのでしょうか? それとも一定の大きさ以上の所有地は「廃止」=没収?し、それを国有化したり、あるいは分割地にして農民に分配することなのでしょうか? たぶん、社会主義革命だから土地国有は必然であり、大土地所有者からの没収となるのだから、革命は暴力的になるだろうし、そうなれば、暴力革命の思想が不可避となり、絶対平和主義の思想は崩れていくのではないか、というような議論なのでしょうが、このような議論ならば、川上さんが多くの自分なりの前提条件をすえた議論なので、私には奇妙な議論に感じられます。
まず、土地国有はご存じのように社会主義特有の政策ではなく、ブルジョアジーが歴史的に提起していたものです。土地に投ずる資本の節約はブルジョアジーの歴史的な要求でしたし、社会主義の土地政策にしても、今日では権力を支配するほどの地主階級がいるわけではなく、大企業の所有地が増えたり、小規模な零細自営農が多くなどなど、具体的な条件によってちがってくるのであって、一概に「大土地所有の廃止」というような前提で議論はできないでしょう。
(9)田中角栄の例にしても、米国に弱みを握られていたからロッキード事件が可能になったことで、新政権の首班が必ずしもそうした人物である必然性はなく、でっち上げであれ、何であれ、米国が手下の日本の支配層を使って何でもでき、それが必ず成功するというわけではないでしょう。ロッキード事件にしても米国の陰謀論を主張する議論があることは知っていますが、川上さんは弱みを握られた角栄が米国の陰謀にはめられたと主張するわけですか?
私は裁判記録を読んでいるわけではなく詳しいことは知りませんが、裁判記録では陰謀論が認定されているわけではないでしょうし、陰謀論を採るにしても、三木内閣の成立などいくつかの条件がなければ成立しなかったことだけは確かなことで、そうなると、三木も陰謀へ一枚噛んでいたか、無自覚な加担者ということになるわけですが、具体的に考えてみればわかるように、それなりの条件が必要なのであって、いつでもどこでも成立する米国の陰謀ということではないでしょう。
(10)在日駐留米軍の問題ですが、川上さんが言われるとおり、単に米軍の世界戦略の一環としてだけ存在しているわけではなく、旧日本共産党綱領が「サンフランシスコ体制」と呼んでいた日本支配の一環であることはまちがいのないことです。だから、米軍は「出て行け」といわれて、「はいそうですか」とばかりに簡単に出て行くはずがない、と川上さんは言いたいのでしょう。私もそう思います。しかし、米軍が簡単には日本から出て行かないということは、新政権と日本国民の意志、動向を無視してクーデターを画策したり、あるいは日本を軍事占領することなどを必ずしも意味するわけではありません。
確実なのは新政権との争いになるということであり、この争いが必然だということは新政権が強大な国民的支持を必要とするということなのであって、暴力革命の必然性の問題ではありません。問題の中心は新政権が強大な国民的支持を獲得できるかということにあるのであって、米帝の侵略性・凶暴性の程度とどうとらえ、どのような対策をとるかは、その時代の日米の具体的な歴史的条件に依存する従属的な要因だと思います。
今日では「アメリカの裏庭」と呼ばれたラテン・アメリカの諸国ですら、アメリカは自由自在に操ることはできなくなっていることも考慮すべきではないでしょうか。
最後になりますが、米軍の存在からして、新政権が強大な国民的支持を必要とすることは、この国における革命運動なり、大衆運動なりの進め方や議会闘争の進め方を大きく規定してくるものであって、内乱的死闘たる暴力革命が不適当であることことを重ねて示していると思います。というのは、国内を二分したままでは米軍とは争えないからであり、内乱になれば米軍による干渉の可能性が高くなるわけです。したがって、日本の支配階級を孤立させ、国民の圧倒的多数で包囲する前段階が是非とも必要なことを示しているからです。ここでは拙速は致命傷になりましょう。
私が言いたいことは、このような強大な新政権ができ、国民の圧倒的多数の支持に乗って交渉するならば、米軍の駐留継続は困難だということなのです。日米の経済関係については省略させてください。
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こんな場所になって恐縮ですが、樹々の緑さんとロム3さんの議論は興味深く読ませていただきました。樹々の緑さんの原則論からする権力獲得のための努力の必要性についての議論に対し、ロム3さんの具体論としての「権力が転がり込むのを待つ」議論。いささか議論は平行線ですが、ロム3さんのこの議論を権力獲得の「構え」として理解すれば、平行線は解消され、長年活動されてこられたロム3さんの老練の知恵(具体案)として一考に値する議論だと思います。この具体案は人民革命の伝統が欠如する日本の歴史を回顧させる力を持っているからです。
こんなことを思いついて書き出したのも、上に書いた「拙速は致命傷」という自分の言葉に触発されたからですが、お二人の他にも参考となる貴重な投稿を読ませて頂きました。
過去へのこだわりさんが「一般投稿欄」に寄せた1月31日付の投稿における体験的公務員労働者・組合運動・論、一支持者Wさんが一般投稿欄2月4日に寄せた外資系ホテルにおける人事管理の「逆ピラミッド」論は、大変参考になりました。教条的な議論よりも、具体的な事実を収集することの重要性を痛感しておりましたので、どうかまた、いろいろな事実を教えてくださるようにお願い致します。
なお、仕事の都合で当分は投稿できないと思いますが、あしからずご容赦下さい。