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「組織論・運動論」討論欄

日本共産党のセクト性~新社会党との共闘撤回について

2006/05/05 反戦・反ファシズム・日本国憲法擁護連合 20代 自営業

 日本共産党と新社会党との共闘を日本共産党が撤回した件に対して、日本共産党のセクト的な部分が見えているとおもう。
 もちろん、日本共産党も政党の一つであり、「選挙に勝たなくてはならない」だろうが、私は日本共産党のセクト的対応なんだとあらためて考えているのである。

 新社会党は部落解放同盟と接点があり、解放同盟と日共は長く対立してきたことを理由にして新社会党との共闘を撤回するのであるのであれば、最初からそんなことはわかりきっていたはずだから理由になるわけがない。つまり建前でしかないのだ。

 しかも、私の論敵である風来坊氏がのべてるように、解放同盟との対立を理由にするのであれば、解放同盟中央本部の松岡書記長などを出している民主党を攻撃しなくてはならないのが、日本共産党の筋なのである。この意味で論敵ではあるが、私は、風来坊氏の意見の一部を支持する。

 確かに、新社会党委員長に新社会党広島県連の栗原君子元社会党参議員(私は個人的に尊敬している)を選出しているし、かつては解放同盟書記長の小森元解放同盟書記長(闘争を放棄している本部を広島県連は批判している)を委員長にすえていたし、旧総評系の地方公務員組合の執行部争いが、原水禁系と原水協系の縄張り争いにまでも広がっていることも実際あるようだが、それならば最初から共闘は成り立たなかった話なのである。しかし共闘にこぎつけていたのは、共産党も新社会党もそれなりの危機感があってのことだったはずだ。

 ちなみに私は部落解放同盟の側を支持する立場であり共産党の独善的セクト主義や、解放同盟キャンペーンには批判的である。だが、新社会党と共闘し、社民党と共闘をくんだ日本共産党は評価している。
 だが、新社会党との共闘を撤回したことは、非常にナンセンスだとしかいいようがない。京都や中野区では共闘は維持されているようだが、全国規模での共闘をやめたのは間違いだろう。

 私は、風来坊氏などの理由とは逆に、新社会党との共闘をやめたのは、新社会党が弱く社民党のほうが議席があるからではなくて、兵庫県の新社会党の強さに日本共産党が嫉妬しているがためだとおもう。

 実際、兵庫県の旧社会党は、県教祖などの右派が民主にほとんど移動したが、全逓や県職労などの左派は新社会党として結束してきた。さきの衆議院議員選挙や参議院選挙で、新社会党は独自候補をだし、社民の推薦をえてかなり善戦した。

 ここに、日本共産党は嫉妬しているのである。つまり、社民と新社会の共闘にすねているのである。本来であれば、共産党は新社会から推薦してもらって戦うつもりであった可能性すらあるが、それが社民と新社会の共闘候補が出てきたことに鼻持ちならない思いをしたということなのだろう。

 従来、共産党は社会党に対する対抗心を持ち続けており、それは旧総評における対立、原水爆禁止運動に対する対立、部落解放運動に対する対立を生じてきたのである。だから新社会党の核でもある解放運動をケチ付けして共闘を取りやめるといいだしたのである。

 またこれは、新社会党と社民党が共闘関係を高めて、旧社会党のような再結成がされれば、共産党にせっかくきていた旧社会党支持票が激減してしまうということも想定しているのですらある。それよりは、社民と新社会を分断するのが得策だと判断しているのではないかとおもう。そのために、新社会党から社民党への共闘に切り替えているといえるだろう。(また、過去、共産党は社会党土井ブームのときでさえ共闘を拒み続けたくせに、民主党へは色目を使ったが、共闘がうけいれられなかったことはどのように総括するのだろうか?)

 事実、沖縄選挙区において、照屋寛徳社民党候補を沖縄社会大衆党が推薦したため腹いせに革新共闘をぶっ壊して独自候補をたてて妨害したことが日本共産党にはある。確かに瀬長亀次郎さんいらいの人民党の自負があるかもしれないが、明らかに妨害である。それは沖縄大田革新県政が終わり、次の革新共闘を候補者として選定するときも、元副知事の社民系候補を嫌って、共産党は対抗候補を立てようと策動したりと、沖縄革新共闘の揺らぎを自ら牽引させてしまうこともあった。

 このように、日本共産党は、革新共闘や組合や解放運動をセクト的に分裂してきたのである。
 本当に、日本の右傾化に対抗したいのであれば、今こそ新社会党と共闘関係を戻しつつ、社民党とも共闘をつよめていくしかないのだと私は考える。