前回は、党綱領の基本的構成について述べる中で、社会革命に対する政治革命の先行性を主張するのがマルクス主義であるとして、ここから必然的に実践綱領は政治革命綱領として構成されるべきであること、この点で我が党の綱領はまさに逆立ちしていること、を説明した。今回はここに関連して、国家権力の二重化という問題をとりあげることからはじめたい。
近代国家は「夜警国家」として誕生する。この頃の国家権力は、「経済は自由放任の状態のもとでもっともよく発展する」という考えのもと、経済活動には積極的にかかわらない、純粋の政治権力であった。この国家権力は、企業などの市民社会の権力(社会的権力)とは区別されるものである。
しかし、資本主義の発展に伴って、国家権力と社会的権力とは相互に浸透しあい、両者の中間的な存在が登場してくる。一方では、国家権力が社会的・経済的活動(財政投融資や公社・公団等の活動など)を行うようになり、他方では市民社会の中にも政党や各種の圧力団体のような政治的性格を持った権力が登場してくるのである。
ここでは前者の国家権力に的を絞って論じるが、現代日本のように国家独占資本主義と呼ばれる段階では、社会的権力との相互浸透がかなりの程度まで進展しているので、国家権力は明確に二重化している、すなわち本来の政治的権力(政治的国家)と社会的=経済的権力(社会的=経済的国家)に二重化しているのである。これはもちろん国家意志の二重化をも意味している。すなわち、一般的かつ理念的な政治的国家意志と具体的かつ個別的な経済的国家意志との二重化である。
本来共産党が指導すべき革命闘争の核心を構成しているのは、あくまでも政治的国家(意志)に対する闘争、つまり政治闘争である。これに対して、例えば「消費税を3%へ」とか「社会保障制度の拡充を」とかいう要求実現の闘争は、たとえ共産党がこれを指導していても、国家意志の具体的かつ個別的な社会的・経済政策の次元での闘いであるので、政治的経済闘争と呼ぶことができるのである。これは社会的=経済的国家に対する闘争である。
政治的経済闘争は自然成長的に発生してくるが、政治闘争を行うためには、プロレタリアートの前衛は、自己を明確な階級意識に基づいて結集した党にまで高めなければならない。党は政治的経済闘争を利用して、これを政治闘争にまで転化させる任務を負っている。そのためには、前回説明したように、政治綱領として構成された実践綱領、社会的=経済的綱領が政治綱領に従属した形になっている実践綱領が必要なのである。
簡単には、例えば「消費税を3%へ」という要求が、どのように資本主義的な法的かつイデオロギー的な体制的秩序に対する闘争にまでつながるのか、ということを党綱領は明らかにしなければならないのである。
次回は、レーニンの著作を参照しながら、今回説明した政治的経済闘争から政治闘争への転化を、革命主体の意識の転化の問題として捉え返したい。そのことによって、「一歩一歩階段をのぼるように」進んでいったのでは、社会改良主義に必然的に陥ること、従って革命など絶対に不可能になることを明らかにしたい。