2000年1月1日付の『しんぶん赤旗』に不破委員長のインタビュー「歴史の転換点に立って」が掲載されていますが、そこに少し気になる発言が出ていますので、紹介しておきます。不破委員長は、日本共産党の綱領路線について次のように述べています。
「39年前に党綱領を決めたとき、日本の現状をよく分析した結論として、民族の主権・独立と民主主義の立場で、アメリカへの従属関係をなくしてゆく、また日本の独占資本の横暴な支配をおさえ、なくしてゆく、これが日本の社会のまともな発展の方向だという結論をだしました。社会科学の言葉でいえば、『反帝・反独占の民主主義革命』ですが、その内容をわかりやすくいえば、『資本主義の枠内での民主的改革』ということです」。
つまり、「反帝・反独占の民主主義革命」をわかりやすく言いかえたものが「資本主義の枠内での民主的改革」だというわけです。私は、「資本主義の枠内での民主的改革」というのは、「反帝・反独占の民主主義革命」に至る過程での過渡的改革のことかと思っていたので、この部分を読んだ時には少なからず違和感を覚えました。しかし、不破委員長が自らそう言っているのですから、以前からそうだったのでしょう。私の単なる勉強不足なのかもしれません。しかし、そうするといくつか疑問が生じてきます。
まず第1に、社会科学の言葉で言おうが、わかりやすく言おうが、単なる「改革」は「改革」であり、「革命」とはまったく違う事柄ではないか、それをあっさりと「革命」を「改革」に言いかえることができるのかどうか。もし、そのような言いかえが可能なら、かつて構造改革論を革命論の放棄として批判した経過はいったいどうなるのか、これが1点目の疑問です。
第2に、本来、綱領路線における「反帝・反独占の民主主義革命」は、社会主義革命に至る段階であり、それを切り開くものです。そしてその内容からして、単純に「資本主義の枠内で」と言い切ることのできないものです。なぜなら、現代の資本主義は独占資本主義以外の何ものでもなく、独占資本の支配をなくすことは、それ自体として、資本主義の枠の――完全ではないにせよ――大きな部分的突破の意味を持っているからです。もし、独占資本の支配の転覆という革命的課題が、「資本主義の枠内で」単純に可能ならば、資本主義全体における独占資本の支配的地位はいったいどうなるのでしょう。不破指導部の社会認識においては、あたかも独占資本が、資本主義にとって外在的なもので、資本主義という土台の上に積み上げた単なるブロックのようなものとみなされているようです。
疑問は以上の発言だけでなく、他の部分にも感じます。不破委員長は、民主的改革の一種のモデルとして、日本の「ルールなき資本主義」に対比してヨーロッパの「ルールある資本主義」を提示しています。たとえば、不破委員長は同じインタビューの中で次のように述べています。
「そのゆがみの異常な根っこがどこにあるかも、しだいに明らかになってきました。経済面でいいますと、一つは、『ルールなき資本主義』。これは、1991年の『赤旗まつり』で指摘したんですが、ヨーロッパなど他の資本主義国では、国民の長いたたかいのなかで確立してきているルール、国民の権利や生活をまもる世間なみのルールが、日本では確立していない、それが、大企業の横暴を外国に例をみないような野放図なものにしているんですね。
もう一つは、予算の使い方の逆立ちぶりです。これは、1997年の『赤旗まつり』で提起した問題ですが、いまでは、公共事業に50兆円、社会保障に20兆円、世界に逆行するこの逆立ちした税金の使い方が、悪政の最大の根源だということは、天下にかくれもない話になりました。
私たちの『日本改革』論は、この二つを柱にして、いちだんと具体的な説得力をもってきました」。
このように、不破委員長は、「日本改革」論の「二つの柱」として、「資本主義のルール」の確立と予算の正常化を上げており、どちらもヨーロッパをはじめとする他の国の資本主義国をモデルにしています。ここで再び二つばかり疑問が浮かびます。
まず第1に、「資本主義のルール」を確立することと、予算の使い方を変えること、この二つを実現することがどうして「独占資本の支配をなくす」ことになるのか、という疑問です。これら二つの基準をクリアしているヨーロッパ諸国を始めとする他の国の資本主義が、独占資本主義ではないというのならわかりますが、もちろんそんなことはありません。いずれの国も独占資本主義国であり、独占資本の支配が存在し、さらには帝国主義国でさえあります。ですから、「日本改革論」の「二つの柱」として打ち出されているものはいずれも、独占資本の支配を打ち破るものでもなければ、「革命的」なものでもないはずです。なるほど、たしかに、そうした改革は進歩的な改革であり、私はそれを支持しますが、しかし、それは「反帝・反独占の民主主義革命」と呼ぶことのできないものです。
第2に、ヨーロッパ諸国が改革のモデルとして打ち出されていますが、ヨーロッパ諸国がそのような水準に到達したのは、社会民主主義政権のもとでの社会民主主義的改革によってであって、けっして共産党政権による民主主義革命の結果としてではありません。先の「二つの柱」が「民主的改革」の要なら、その実現は「民主主義革命」によってではなく、「社会民主主義的改革」によって可能になるはずです。
以上のことから導き出されるのは、不破指導部は、事実上、綱領路線である二段階革命路線を放棄して、第一段階の革命を単なる「社会民主主義的」改革に解消しつつある、ということです。もちろん、安保廃棄を始めとする「反帝」の課題は建前上残っていますが、「反独占」の方は、ほぼ完全に「社会民主主義」レベルに解消されたと見てよいでしょう。
しかも、二段階目の「社会主義革命」の方は限りなく先送りされているので、現在の共産党指導部は、二段階革命路線とともに、基本的に革命路線そのものを放棄しつつあると見てよいのではないでしょうか。