京都市長選で、現職に対抗する有力候補広原盛明氏は、共産党の「推薦」を断ったとのこと。ジェスチャーなのか、真意なのか知らないが、あの京都で、という思いはする。先日の大阪知事選でも、共産党推薦候補の得票率は、70年代以降10回の選挙で最低の20%割れだった。
そういう状況が、京都市長選の政策主張にどのように表れているのか、争点の一つ「町並み景観」問題に絞って、両候補の「マニフェスト」を読み比べてみた。このテーマでは、桝本頼兼氏(現職)は開発優先で景観破壊を招き、対する広原盛明氏は景観保全の立場--というのが、一般的なイメージだろう。それが先入観ではないのか、高層建築、高速道路に関する主張を具体的に見てみよう。
まず、高層建築について広原氏は
「美しい京都の盆地景観をまもるためには、高層ビルや高層マンションを規制する高度制限が不可欠です。また既に建設された高層建築の低中層化も必要です」
という。これに対し桝本氏も
「地区計画の策定による建築物の用途や高さ規制の強化など、都心再生の取組を進めます」
と書いている。すなわち「高層規制強化」という限りでは、両氏は同じことを言っている。
京都は戦災を免れたこともあって、大都市としては比較的、古い景観がよく保たれており、建築規制もかなり厳しい--という見方がある。もちろん、その反対の見方もある。京都の町並み規制の具体例をここで紹介する余裕はないが、桝本氏は現職として8年間の実績を背負って、モノを言っている。
広原氏は、批判者の立場であるなら、自ら考える高層規制の内容をもっと具体的に、地域名まで挙げて示すべきだろう。単に「高度制限が不可欠」と言うだけでは、現規制のどこが悪いと言うのか、有権者には分からない。
広原氏の上記文言で特徴的なのは「既に建設された高層建築の低中層化も必要です」の部分である。これは「国立市の高層マンション判決」(東京地裁、02/12/18、現在控訴中)を背景にしているのだろう。同市内の通称『大学通り』の景観を守るために、既設マンションの高さ20メートル以上部分の撤去を命じたこの判決が、各地の高層反対住民運動を元気づけたことは確かだろう。
しかし、広原氏は今、単なる住民運動リーダーの立場ではない。市長に当選したら、既設高層建築の上層部分撤去を推進しようと、本当に考えているのなら、具体的に市内のどのビルを念頭に置いているのか、明言しないと無責任だろう。もし「将来、住民の合意に従います」とでも言って逃げるのなら、どこかの政党の新綱領と同じで、流行の「マニフェスト」と名付ける意味がないのではないか。
実は、京都に限らず、町並みの景観・雰囲気を壊しているのは、高層ビルよりもむしろ、安っぽい中低層ビルやプレハブ一戸建ちである。これらから伝統的町並みを本当に守るには、相当の私権制限と公的補助を避けて通れない。東山の高台から京都盆地を見下ろして、高層ビルが目障りだなどと言うのは、観光客のノスタルジアに寄り掛かるようなものだろう。京都市長候補としてなら、町中に下りて、違和感ある中低層ビルを指さして、どうするつもりか具体的に述べてもらいたい。「醜悪な中低層ビル」「私権制限」などと敵を増やす言葉は禁句で、せいぜい「住民みなさんの合意で…」くらいしか言えないのだろうけれど。
問題を避ける傾向は、高速道路問題にも見られる。広原氏は次のように言う。
「高速道路や清掃工場の建設計画など大型公共事業、3セク事業を市民参加・情報公開のもとで全面的に見直します」
「高速道路計画を見直し、LRT(新型路面電車)を導入して自動車に過度に依存しない環境にやさしい交通体系づくりを進めます」
「京都高速道路の道路建設・計画を一時中止し、交通体系・環境・まちづくり等の観点から環境アセスメントを実施し、幅広い市民参加に基づき事業の必要性を再検討します」
すなわち、高速道路計画を「見直す」とは言っているが、「反対」とは一言も言っていない。
これに対して桝本氏は
「市内の慢性的な交通渋滞を緩和し、本市の活性化に大きく寄与する京都高速道路(新十条通、油小路線)の整備を進め、油小路線については広域道路網への接続などを考慮しながら、18年度完成をめざします。京都都市圏の環状道路機能を強化する京都第二外環状道路(大枝~大山崎)については、西山の自然景観に配慮しながら、国や日本道路公団と協力して早期着工をめざします」
と、路線名を明示して推進すると言っている。
広原氏が、路線名も挙げず、反対とも言わないのは、それでは大方の支持を得られないことを知っているからだろう。
広原氏は「大型公共事業」を財政悪化の原因に挙げ「市民参加・情報公開のもとで全面的に見直します」と言っている。しかし、見直すべき大型公共事業の例を具体的に挙げているのは、上記「京都高速道路」と、もう一つ固有名詞ではないが「清掃工場の建設計画」だけである。清掃工場について桝本氏は「クリーンセンター5工場体制を4工場体制に(17年度まで)」と具体的だ。
こうして見て来ると、広原氏は公共事業、高層建築、高速道路…と、マスコミが作り出したマイナスイメージの強いキーワードを羅列して批判しているものの、市長としてそれらの抑止を明確に公約することについては、腰が引けていると言わざるを得ない。
一般に、マニフェストを読み比べてみると、桝本氏のは官僚の執筆だろうけれど、現職の強みを生かして実績を具体的に示し、今後の政策公約も実施期限が一々明示している。これに対し、広原氏のはいずれも期限の明示がない。そして
「市民力にあふれた参加・分権社会の実現」
「独立司法調査委員会を設置し、オンブズパーソン制度を導入します」
「『区民協議会』を設置して区役所をまちづくりネットワークの拠点にします。
「専門家集団の協力を得てコミュニティレベルのまちづくりを推進します」
「市民・NPOなどとの協働を通して活力ある公共・社会サービスの供給体制をつくります」
「事務の外部化を検討するための諮問機関を市民とNPOの参加を得て設置します」
「各行政区に福祉・保健・医療の専門家と市民が参加するワーキングチーム『地域福祉・保健・医療協議会』をつくり」
「調査権のある福祉オンブズパーソン制度を創設し、福祉の現場の改善を図ります」
「学校教育、児童福祉、教育NPOが互いに連携・協力・結合する学区ネットワークをつくり」
「父母と学校が一体となった学校安全管理委員会をつくります」
といったフレーズがやたら目につく。住民参加はもちろん地方自治の原点だろうし、広原氏の基本姿勢を示すものだろう。思想・立場の雑多な“無党派層”や住民団体を一からげにするのには、「あなたのご意見をお聞きしますよ」というしかないのかもしれない。しかし、意見・利害の対立する問題について、候補者自身の考えを明示しないのでは「マニフェスト」の意味がない。単なるムード作りでは、住民運動の勢力拡大には多少役立っても、市長候補としては信任されないのではないか。
実際の選挙運動現場では、もう少し具体的に述べているのかもしれないが、世論調査によると「マニフェストを見て決める」という有権者も結構多い。私は桝本氏を無条件に支持するものではないが、「広原マニフェスト」にはやや失望した。