1、目的
いよいよ参議院選挙が始まり、マスコミの議席予想もでてきたので、それらを参考に若干のシミュレーションをした結果をもとにいくつかの事実を指摘し、参議院選における共産党の選挙戦について述べてみたい。
本来であれば、得票数の一覧を付けて議論すべきところであるが、煩雑になり、「さざ波」の投稿フォームにもおさまらないので、試算の概略を説明し、得票結果=議席数をあげ、問題となるところを論じることにしたい。
2、試算方法の概観
試算の基礎資料として、各党の得票数を昨年の総選挙の比例代表得票にもとめたこと。ならびに予想議席数を「週刊文春」、「サンデー毎日」、「週刊朝日」、「選挙でGO」(ネット・サイト、期間限定掲載)を参考にしたこと。選挙区での当落は総選挙の得票数のみを基礎にしており、特定の条件設定をした場合以外は、その他の要素(いわゆる「風向き」)などは一切考慮していない。
シミュレーションの基本は、選挙区選挙(一人区)については民主、社民に共産票を加え、野党の総得票と与党(自・公)の総得票を対比させ、野党の議席数を算出し、その選挙区議席数に各党の2~4人区、比例区議席を加え、概算として各誌予想数の大要からの変化を見たものである。
3、予想されている議席数と現議席数など
これら各誌の予測には、大きな変化はなく、自民57前後、公明11、民主45前後、共産4前後、社民2、その他3前後となっている。全改選議席数121。
なお、非改選議員は自民66、公明13、民主32、共産5、社民3、その他2(野党系2)、合計121。
野党系の非改選議席数合計は42で、今回の参議院選で野党系が総議席数の過半数を制するには最低80議席が必要となる。自民が単独過半数を獲得するためには56議席。自民の改選議席は50、民主38、公明10、共産15、社民2、その他9。
4、試算方法上の諸条件
一人区では最も得票の多い野党候補に全野党票を与えたこと、その結果として、沖縄を除いて社民、共産票は民主票に上積みされたこと、2人区では自民・保守独占の二つの選挙区については民主党に共産、社民を加え対抗させ、その他の2人区では、社民候補者のいない場合には社民票は民主へ加算、2人区の共産票は独自集計(民主票に加算しても民主の議席数はほとんど増えない。というのは、2人区は自民、民主で議席をほとんど分け合っている)、3人区・埼玉、神奈川、愛知、大阪、4人区・東京では各党別に、社民候補のいない場合は社民票は民主に加算し対抗させた。したがって、この条件を現実に当てはめれば、一人区では社民、共産を民主に全面協力させたことになる。比例代表区は各党別の集計である。断りなき場合、得票数は昨年総選挙・比例代表のもの。なお、計算の便宜上、沖縄選挙区の当選の場合、民主議席数に加えている。
5、試算結果による野党議席数の概算
(1)1人区・27選挙区での野党協力の場合、
民主43+(3)、社共5+(2)=合計48+(5)、与党73-(5)
この場合、一人区で民主党は4議席、共産票の加算による議席増分は3議席(前回の民主は一人区で2議席の当選のみ)、なお、当落線上(自・公との得票差1万票以内)に3議席浮上してくる。一人区では公明票の重みが際だって現れ、全野党協力もそれほど効果を示さない。自民の牙城である。
(2)、(1)に加え、投票率を10%アップ(69.8%)させ、アップ分の配分比率を与党1、野党2とした場合
民主49+(2)、社共5+(2)=合計54+(4)、与党67-(4)
この場合、一人区では民主は当選7名になり、2~4人区では民主はほぼ全員当選する
(3)、(2)の投票率アップ分の配分比率を与党1、野党3とした場合は
民主51+(2)、社共5+(2)=合計56+(4)、与党64-(4)
この場合、一人区では民主は当選9名になり、2~4人区では民主はほぼ全員当選する。社民、共産の比例区議席は増えない。しかし、この野党の議席数では全改選数の過半数に届かない。
(4)、(1)の野党協力で、与党票が10%だけ野党(民主)へ流れた場合、
民主59+(4)、社共6+(2)=合計65+(6)、与党56-(6)
投票率が上がらなくても、与党批判票が出て野党に10%流れると、1人区での民主の当選者は16人へと倍増、野党は改選議席の過半数を越える。与野党逆転。この場合、自民45-(6)、公明10。自民惨敗である。自民の比例票の減少の影響で共産党が一議席増える。
この事例について、計算例を示しておくと、①、自公の各選挙区の比例票を一律10%減票し、そのうえで、②、各選挙区(主に1人区)における野党合計比例区票に、①で減票した数を加算、③、こうして与野党の得票数を表出したうえで、与野党の得票数の差を求めている。1票でも多い方が当選である。
(5)、(1)の野党協力で、与党票の20%が野党(民主)に流れた場合、
民主72、社共6+(2)=合計78+(2)、与党43-(2)
野党協力に加え、与党票の20%が民主に集中すれば、野党は参議院の過半数に届く可能性がでてくる。一人区は自民全滅。
(6)、(5)に現実を反映させて、共産党を野党協力から離脱させた場合、
民主69+(2)、社共6+(2)=合計75+(4)、与党46-(4)
この場合、民主の一人区の当選数が3減るだけで、共産の離脱はそれほど響いていない。
(7)、(4)に現実を反映させて、共産党が野党協力から離脱した場合、
民主50+(1)、社共6+(2)=合計56+(3)、与党65-(3)
この場合、(4)と比べ民主の議席が10も減るのは一人区での減少による。与党批判票が10%流出しても、共産の離脱は一人区での民主の議席増をほぼ相殺することになることがわかる。
(8)、(7)で離脱した共産票の30%が民主に流れた場合
民主51+(2)、社共6+(2)=合計57+(4)、与党64-(4)
この場合、共産票の30%程度が民主に流れても、民主議席は一人区で1、2議席程度増えるにとどまる。
(9)、(7)に投票率が10%アップを加えた場合、アップ分の配分比は与党1、野党2
民主54+(1)、社共6+(2)=合計60+(3)、与党61-(3)
この場合、改選議席数の過半数にとどく可能性はあるが、(4)と比べ、民主の議席は5議席も少ない。減少分は一人区のものである。つまり、与党票の10%程度が民主に流れ、さらに、投票率の10%アップがあっても共産の離脱か否かは大きな影響を与えている。投票率アップ分の寄与度は4議席。
(10)、(9)で離脱した共産票の30%が民主に流れる場合、
民主56+(2)、社共6+(2)=合計62+(4)、与党59-(4)
この場合、全改選議席の過半数にとどく。
6、指摘すべき論点
以上の試算から明らかなように、共産による一人区全立候補がある現状の下では、小泉政権に一泡吹かせることは非常にむずかしいことがわかる。一泡吹かせるには、最低でも改選議席の過半数以上を野党が獲得することが必要で、それは(4)(5)(6)(10)の場合である。ここでの試算の中では最も現実に起きる可能性のありそうな(7)の場合でも、野党議席数は56+(3)にとどまる。
したがって、一人区での野党協力があれば、10%の与党票の流出(4)で与党連合に一泡吹かせる可能性が生まれてくるものを、共産の一人区全候補擁立により、一泡吹かせる条件が(10)へ、ハードルが跳ね上がるわけである。つまり、与党票の流出10%、投票率アップ10%、共産票の流出30%が必要な条件となっているわけである。また、(4)と(7)を比べるとわかることだが、与党批判票の10%流出の効果を共産の野党協力離脱が完全に相殺する役割を果たしているということである。
7、したたかな小泉政権
自民幹事長の安倍が51議席を下回った場合、幹事長辞任だとか、参院の青木が小泉退陣だなどとうそぶくのも、その言葉とは裏腹に自信の表れなのである。
今回の国会会期では年金改悪法案やイラク出兵、有事七法など、以前の国会であれば内閣を二つも三つもつぶさなければ成立しなかったであろう法案などが成立し、なおかつ、与党安泰の選挙予測がでているのである。
このまま与党安泰で参議院選を通過することになれば、むこう三年は国政選挙がなく、改憲国会が日程に乗ってくることは明らかであろう。小泉政治は、訪朝後の拉致被害者家族会との会合を急遽公開し、おのれが面罵される映像を放映させたように、国民心理を操縦することに長けたまれに見る政権である。
恐れるべきことは、年金法案審議に見られた乱暴な与党政治を許しておくことによって、改革を望む国民の中に無力感が広がり、政治的アパシーが蔓延してくることである。
8、選挙戦術の欠点を見直せ
こうした政治状況、こうした政権に対抗するにあたって、反戦平和と国民生活擁護の旗を掲げるだけで、他党との相違を強調し、政権に一泡吹かせるハードルを高くしても、我関せずと「我が道を行く」だけで良いのかと日本共産党に問いかけたいのである。
ここで指摘した論点は現実に政治の現場で作用しているものである。一方、将来の議席をめざして1人区で立候補することは可能性を育む活動である。その活動が現実の政治に作用している働きは自民1人区の牙城を防衛するものでしかないのである。おのれの将来の議席のために、現在は自民の議席を防衛することになってもしかたがないというのが、実際の共産党の1人区全立候補戦術なのである。
極々、初歩的な議論ではあるが、マルクス主義というのは、その諸関係の総体を考慮に入れて、戦術なり行動の指針を決定するのではないのか、ということなのである。議席の将来の可能性は考慮するが、自民議席防衛という現実の側面は無視するというのは、「科学的」社会主義以前の手前勝手な議論に他ならない。
12議席(比例5、2~4人区7)をめざしながら、1人区は自民議席を切り崩すために民主党に票を集中すべきである。そうすれば、党派選挙を闘いながら一方で自民補完の欠点を払拭できるのである。ここでは柔軟性が要求される。かつてレーニンが西ヨーロッパの左派を集めて力説したのも選挙戦術におけるこの柔軟性であることは周知のとおり。1人区で立候補しなければ、その選挙区の比例票を集める活動が停滞するというのは、自民補完の弁明にはできない。選挙活動上の便宜(お家の事情。そんなものは党内で工夫して解決すべきものである)のために自民補完を許容するという議論が成り立つのならば、それこそ、共産党は何でもありの政党だということになろう。共産党の将来の議席増のためには悪魔とでも手を組むという議論である。これをセクト主義という。
9、政治情勢を明確に区別すること
なるほど、民主党の基本政策は自民とほとんど選ぶところがなく、民主党が増えたからといって自民党「的」政治が変わるものではないが、しかし、与党連合が改選過半数を大きく割り込むことになると、与党連合に大きな衝撃が走ることは間違いないのである。その衝撃は改憲スケジュールを頓挫させるとはいかないまでも、見直しを迫るものとなることは間違いないのである。というのは、与党連合の大敗北は、少なくとも与党連合に対する国民の大いなる批判だからであり、与党連合が担ぐ年金改悪やイラク派兵、改憲論への厳しい批判だと与党連合は解さざるをえないからである。民主党という受け皿があるから与党連合は敗北しても安心だというわけではない。事実は逆で、自・民は各選挙区で熾烈な選挙戦を戦っているのである。だから、与党連合が敗北しても自民と似たもの同士の民主が増えるのだから意味はないと判断するのはまちがいである。
日本の支配体制全体にとってはそれほどの衝撃ではなかろうが、与党連合にとっては大敗北なのであり、衝撃なのである。この違いをしっかりとみすえなければならないのである。
なぜか?次にやってくるのが改憲国会だからである。改憲国会を迎えるにあったって、現在の参議院選挙でどういう事態をつくり出すことが改憲を困難にするかという視点から参議院選をみなければならないのである。単に年金法案や有事七法の審判というだけではないのである。
ここは重要なことなので、くどくなるが今一つ。
共産党中央は、さきの総選挙でも次のような主張をしていた。「民主党が政権をとっても、その政権は自民党政権と変わらない。民主党の基本政策は自民党と同じである。」というものである。今、それを主張し民主に対する選挙戦術の基本に据えるのはまちがいである。というのは、この主張は支配的な政治体制全体の転換=体制危機が日程に登ってきた時にこそ、真実の意味ある主張だからである。簡単に言えば、自民政権の崩壊を受けて民主と共産が政権めざして国民に信を問う時にのみ実践的な意味をもつのである。国民に政権-体制選択の基準を提示する主張なのである。ところが現在はそうした政治情勢ではないことはいうまでもない。
現在の参議院選挙のもとで、こうした主張を振り回すことは支配体制全体の転換(体制危機)と与党連合の政治体制の転換を混同・同一視することを意味している。自民も民主も「同じ穴のむじな」だから、民主が増えても意味がないという考えがそれである。その結果が、すでに指摘しているように、参議院選で与党連合を敗北させる重大な意義を見失わせているのである。
体制転換の危機の時代ではないからこそ、基本政策が同じ政党であっても、現在の政治情勢の環である改憲阻止の視点から自民と民主の争いに着目し、与党を敗北させる政治的意義に注目しなければならないのである。今は双方の争いを茶番とみてはならないのである。
共産党が数議席増加(それはありそうもないが)しても、与党が敗北するのでなければ、現在の政治情勢ではダメなのである。また逆に、共産党の議席が減っても与党が敗北すれば十分なのである。共産の議席減はほぼ確定(その分は他党に奪われる)なのだから、共産党は与党を敗北させるほかにどんな参議院選の成果をあげられるというのか?
10、鍵を握るのは共産票だ
現在、日本の政治全体にとって必要なことは与党連合を大敗北に追いやることである。
与党連合を大敗北に追いやる鍵は1人区で自民を惨敗させることにある。27選挙区中、20選挙区を野党側がもぎ取るような選挙戦にする必要があるのである。そのための条件は二つ、一つは10%以上の批判票の与党連合からの流出。これは最近の世論調査で小泉支持率が下落していることからも可能性としては十分あり得る。もう一つは、1人区での共産票の民主への積み上げである。これは党中央が決断すればできることである。今からでもできる。1人区だけを民主党に明け渡せばいいのである。与党連合が最も嫌がることは1人区で共産票が民主に上乗せされ、自民の議席が奪われることである。
このように見てくると、現在の政治情勢を大転換させる鍵を握っているのは民主党ではなく、共産党である。世評、泡沫化が揶揄される共産党が政治を大転換する鍵を握っているのである。世の中、摩訶不思議なものである。
ただし、党幹部防衛に必死な共産党中央は、残念ながら、この点に気づいていない、というより、そんなことは眼中にない。
「日本共産党が伸びてこそ、国民が希望のもてる日本への道が開けます。」というのは、公示日の中央委員会声明であるが、遠大な将来を展望するのは良いにしても、そのことによって、現政治情勢のキーポイントを見失っては百害あって一利なしである。「党勢拡大イコール国民の未来」という共産党得意の公式がここでも有害な役割を果たしているのである。空虚な公式がおのれを呪縛し盲目にさせているのである。当然、政治の大転換の鍵をおのれが握っていることも見えないのである。
ところと場所をわきまえず、公式を振り回して自縄自縛に陥り、自民議席の防衛隊に成り下がっている共産党に比べ、今回の参議院選挙を改憲への「ラスト・チャンスだ」という自民党の方が事態をはるかに正確に見通しているのである。
11、国民を躍動させる選挙戦に
小泉政治を変えることを望む国民にエールを送り、参議院選挙のおおかたの予想を覆す可能性を秘めた、与党に一泡吹かせる、改革を望む国民にインパクトを与え、選挙に行こうという意欲を喚起するような、選挙戦全体に大きな影響を及ぼす選挙戦術を共産党に望みたいのである。
その選挙戦術とは、何度も言うが、現在の政治情勢の中では愚劣なセクト主義というほかない一人区の全選挙区立候補をやめることである。ことここに及んで、民主党候補者の政策を選別する余裕はないが、私の調査でも一人区に立候補している民主党候補の何人かは明確な護憲派である。こうした候補は積極的に支援すべきである。支援の形式は問題ではない。
一人区の民主を支援することによって、一時的に民主党が漁夫の利を得ようとも、それは民主党が変わっていかないかぎり一時的なものである。現在の政治情勢の中では、小泉政権にどのような形であれ、一泡吹かせることが必要であり、あわよくば、小泉政権を引きずり降ろし(試算例(5)参照)、政治に変化をもたらし、改革をめざす国民の政治意識が変わる条件をつくり出すことが重要である。そして、その政治意識は政治的経験により更に変わりゆくものである。この変わりゆく国民の政治意識が、形ばかりの現在の2大政党制を破壊し、来るべき改憲国会の強力な防波堤になっていくのである。
それに加えて、戦後史における自民の長期政権と国民の政治的経験の不足、官僚制が盤踞する風土、国民の主体的な政治的経験だけが国民の政治意識を根本的に変化させるという証明済みの歴史の真実を想起して現政治情勢を見るべきである。
最近の新聞報道では、多くの1人区で自・民の接戦が伝えられており、共産党が現在の政治情勢を大転換させる出番となっているのである。この自・民の接戦に自民の別動隊として参戦することは千載に悔いを残すことになる。
今、共産党に求められているのは最大の戦術的柔軟性を駆使した政治情勢の打開である。政治情勢を大転換させる鍵が共産党の前に転がっているのに、なぜそれをつかもうとしないのか? 問われているのはそのことである。