(一)はじめに
今回の都議選の投票率は43.99%となり、1997年の都議選(共産党が倍増し26議席となった)の40.8%に次ぐ過去二番目の低投票率であった。各党とも無党派層からの集票に苦労し、「地力」に頼らざるを得ない選挙戦であったと言ってよいであろう。その意味では話題に乏しい選挙戦であり、ネット上でもあまり議論が行われていないようであるが、しかし、注目すべき点がなかったわけではない。
都議選の選挙結果を報道する新聞各紙を読んでいて、眼に付いたのは朝日新聞の出口調査における政党別得票の内訳(7月4日付)である。この出口調査の結果を検討したうえで、共産党が抱える問題とその解決策を考えてみよう。特にその解決策の検討は、郵政国会の行方や共産党中央の対応とも関連し、緊急に必要なことである。
(二)基礎票に変化のあった二つの政党
自民党の得票のうち自民支持層からの得票(以下、基礎票ともいう)が80%ある。この80%という数字は自民党がその支持層以外からは今回の選挙では票が得られなかったことを示しており、議席減の主な理由である。
公明党は支持層の割合が64%となっており、組織政党として従来と変わらない。前回の都議選では66%である。
民主党の場合、支持層からの得票比率68%となっており、組織政党なみの比率になっている。これが第1の驚きであった。前回の都議選では60%、2004年の参議院選挙では48%(朝日新聞2004年7月12日)である。68%という数字は、過去何回かの国政選挙で民主党に投票してきた無党派層の一部が民主党支持(者)として定着しつつあることを示している。
共産党は53%となっており、従来より10%以上も下がっている。これもまた驚きであった。前回の都議選では64%(朝日新聞2001年6月25日付)である。
(三)共産党票が示す「謎」
共産党の場合、強固な組織政党であるから得票に占める基礎票の比率は高く、それが53%まで下がるということは、通常は支持層以外から大量の票が流入したことを意味していた。史上最高の得票を得て議席を倍増させた1998年参議院選の場合、比例代表の得票では支持層の比率は48%(朝日新聞1998年7月13日付)であり、今回の都議選はそれに次ぐ比率にまで低下している。また、1998年の参議院選で無党派層が共産党に投票した比率は18%(朝日新聞1998年7月13日)で、今回の都議選における比率も18%である。したがって、支持層以外からかなりの票が流入していることがわかるのである。
しかしながらである。基礎票以外の票が増えて得票に占める基礎票の比率が下がったのであれば議席増となるはずであるが、実際には2議席減となっている。この謎、つまり、得票に占める基礎票の比率が低下し、かつ議席減となる理由は何か、という問題である。出口調査の結果を掲載した朝日新聞の記事には次のような指摘がある。
「(共産党は-引用者・注)二大政党制が進む状況に疑問を投げかけてきたが、支持基盤からの集票を減らした形だ。」(2005年7月4日付)
53%という数字は、支持層以外からの目立った票の流入もあったが、同時に支持層からの票が流出した結果の数字なのである。2議席減という選挙結果は、基礎票の流出が支持層以外からの票の流入を相殺して余りある投票効果をもたらしたことを示しているのである。
(四)「謎」=基礎票の流出
この相殺関係を得票率で確認してみると、今回の都議選の得票率は15.57%、前回は15.63%であるから「横ばい」である。つまり、今回はかなりの流入票がありながらも、基礎票の流出のために得票率があがっていないのである。前回より6.09ポイントも低い43.99%という投票率を考慮すれば、むしろ、得票率は減少したと考える方が正しいほどである。
そこで、基礎票からの流出票を試算してみよう。
2001年の都議選(26議席から15議席に惨敗した選挙)における基礎票を試算すると、共産党の得票数748,086票、その64%が支持層からのものであるから、基礎票は478,800票ということになる。この基礎票の妥当性をみるために、他の選挙の数字と比較すると、史上最高の得票を得た1998年の参議院選の場合、比例代表の得票数は1,017,750票で、朝日の出口調査では支持層からの得票は48%であるから基礎票は488,500票となる。読売新聞の出口調査(20万人、こちらのほうが朝日の調査より規模が大きい)では44%であるから447,800票となる。
したがって、東京都における共産党の基礎票は45万票から49万票の間にあるとみてよい。ここではデータの中間をとって47万票とすることにしよう。
一方、今回の都議選では、共産党の得票は680,201票、得票率15.57%である。朝日の出口調査によれば、共産党票の53%が支持層からのもの、無党派層から30%、他党派からは17%が流入している。したがって、基礎票は 680,201票 * 0.53=360,506票 となる。この36万という得票数は2003年の都知事選で共産党候補・都委員長若林氏が獲得した得票364,007票(注1)とほぼ同じである。
以上の試算から言えることは、今回の都議選では約11万票(47万-36万)の基礎票が他党派へ流出したか、棄権に回っていることになる。この11万票は従来の基礎票の23.4%、約4人に1人の割合である。
<(注1)都知事選で党員候補若林氏が獲得した364,007票を従来の基礎票と見なすことはできない。というのは、知事選に党員候補を擁立することには党内からも多くの批判が出て、不破議長が党員候補擁立の利点を説く論文を発表せざるをえない事態に立ち至った経緯があるからである。この都知事選では、党員・支持者の少なからぬ部分が党員候補を石原の対抗馬たり得ないと考え、樋口候補へ投票(流出)した可能性がある。>
(五)基礎票と流入票の検算
共産党への支持層以外からの流入票は680,201-360,000=約320,000票である。この推定流入票の正確さを検算するために別の方法で試算して見よう。
朝日の出口調査の数字では投票者に占める無党派層の比率は22%であり、有効投票総数437万票、各社の出口調査による無党派層からの共産党への流入票は朝日18%、東京21.4%、NHK20%と若干のばらつきがあるので、3社の中間をとって20%ということにする。すると、無党派層で共産党に投票した数値は437万*0.22*0.2=192,280票となる。この数値が共産党の得票数に占める割合が30%(朝日出口調査2005/7/5)であり、その他に各党支持者からの流入票が合計で17%あるので、その得票数は192,280*0.17÷0.3=108,959票、合計すると192,280+108,959=301,239票が基礎票以外からの票となる。
別な方法での検算では30万票強が基礎票以外から流入しており、この数字は検算前に試算した数字32万票とほぼ見合う数字となっている。したがって、この32万票という流入票はほぼまちがいのない数字として考えてよかろう。流入票が32万票と見てよければ、当初試算した基礎票36万票の妥当性も再確認できるわけである。
(六)基礎票が流出しなければ獲得できた議席数
仮定の試算である。基礎票の流出がなかった場合、今回の都議選では何議席となっていたのかという試算である。
共産党の支持者以外からの流入票32万票と11万票の流出がなければ獲得できたであろう共産党の基礎票47万を合計すると、共産党の得票は79万票となり、得票率18.08%で公明党(得票率18%、得票数786,292票)を上回る得票数と得票率となる。
これらの数字を前回(15議席)と前々回(26議席)との数値と比較してみよう。前回は得票数が748,086票で得票率15.63%、議席数15、前々回は得票数803,378票で得票率21.33%、議席数26である。前回と前々回の得票率と議席数を見てわかることだが、得票率15.63から21.33までの6ポイント弱の差が15議席と26議席の差を生むのであり、1ポイント(43,700票)が2議席に相当し、流出票11万票の重さがわかるであろう。
この流出票11万票は、今回の得票数680,201票の16.17%に当たるので、各選挙区の共産党候補の得票に均等に16.17%だけ加算した得票(注2)を加えるとどのような結果が出るかを検討してみよう。
江東区(定数4)の現職・東巨剛は得票数25,671票で次点であるが、16.17%増加させると29,822票となり最下位当選者である民主・元の28,274を上回り当選できたはずである。
品川区(定数4)の新人・藤田美佳は得票数18,593で次点であるが、21,599票獲得できたのであり、最下位当選者・自民の20,120票を越える。
葛飾区(定数4)、新人・高橋信夫は24,620票で次点であるが、加算すれば28,601票となり、下位二人の自民候補をぬき3位当選者となれたはずである。
豊島区(定数3)、新人・渡辺久美子は次点で得票数15,349であるが、加算すれば17830票となり、最下位当選者・自民現職の得票18480と約650票差まで接近する。
北多摩1区(定数3)、現職の小松恭子は次点で得票数20,682、均等増加得票を加算すると24,026で、自民の最下位当選者の得票24,432と約400票差まで接近する。
以上の検討からすれば、次のようなことが言えよう。
①、共産党の基礎票が1/4も流出していること。
②、無党派層からの流入票が増えても基礎票からの流出が大きく響き、議席減少の主要な原因になっていること。
③、基礎票の流出がなければ、今回の13議席(前回からの2議席減)に加えて3から5議席増加し、16から18議席となったであろうこと。
<(注2)朝日の出口調査によれば、各党への共産党支持者からの流出票は自民党へ1%(自民得票に占める比率)、民主党へは「その他の政党支持層」2%のなかに含まれる不明の比率であるが、自民党並と見てもよいであろう。公明党へは1%、ネットへは2%である。したがって、共産党基礎票からの流出票は自民へ17,000票、民主党へは1万票前後、公明党へは7800票、ネットへは3600票、合計すると38,400票ほどとなり、共産党からの流出票の2/3は棄権となっていることが推定できる。したがって、試算上の操作は共産党候補への16.17%の加算だけで済ますことができるわけで、他党派候補からの減票の操作はほぼ不要とすることができる。>
(七)共産党中央の総括の欠陥
そこで、共産党による都議選の総括を全国都道府県委員長会議における志位報告(「赤旗」7月9日)から見てみよう。志位報告は、都議選の成果として三点にわたって述べているが、その一つを取り出すと以下のとおりである。
「第二に、無党派層の一定の支持を集めたということです。『朝日』の出口調査は、その党が獲得した票の中で無党派層および他党支持層からの得票の比率を紹介しています。それをみますと、自民党20%、民主党32%、公明党36%、共産党47%と、四党の中でわが党が最も多いという結果が出ています。わが党は今度の選挙で、もともとの共産党支持層をほぼ倍にする得票をえたことになります。・・・各報道機関がおこなった出口調査では、無党派層の投票動向も調べていますが、共産党は20%前後に達し、自民党、公明党をうわまわり、民主党につづいて二番目となっています。無党派層の一定の支持をえたということは、選挙戦におけるわが党の政治的勢いを反映しているものだと思います。」
このような「成果」を読まされると、共産党は各党の中で1、2位を争う人気政党であるかのごとくである。しかし、この発言は各報道機関が伝える数字を除けば、すべて誤った主観的な評価であると言わざるをえない。
「わが党は今度の選挙で、もともとの共産党支持層をほぼ倍にする得票をえた」というのは、すでに見てきた基礎票の流出(23%)を忘れた認識である。志位報告は無党派層の一定の支持を得ながら議席を減らした理由(基礎票の流出)については報告の中で一言も触れていない。
総括とは今後の前進のために、その成果と弱点を分析することにあるのだから、基礎票の流出という弱点を忘れ、その弱点(基礎票の36万票への減少)を前提にしてはじめて成立する「ほぼ倍にする得票」という数字だけを取り上げて「成果」と評価することは、羊頭狗肉の評価なのである。少なくとも、「ほぼ倍にする得票」という評価を与えたのなら、他方では、基礎票の流出という問題の指摘がなければ、分析としては一面的であり、客観性に欠ける「成果」のみの自画自賛の評価になることは必定なのである。
また、「わが党の政治的勢いを反映している」というが、その「政治的勢い」なるものが何を意味するか不明である点を不問にするとしても、基礎票の流出という事実を無視した主観的自画自賛の評価なわけで、「政治的な勢い」があるのなら、基礎票の1/4ほどもが流出し議席を減らすわけがないのである。
この党指導部はこうした主観的な自画自賛の評価を繰り返し、国政選挙で連敗を繰り返してきたのであるが、責任を問われない指導部というものは己の欠点を見ることができないことを志位報告は改めて示したのである。
(八)流入した無党派層らの票をどう評価するか
この流入票は1998年の参議院選での流入票と同様に一時的なものとみるほかない。これは共産支持に転換した票ではなく、「サラリーマン増税」などに反対する意思表示の票なのである。
「一時的だ」という理由は四つある。(1)凋落を開始した2000年の総選挙では、まだ基礎票の流出は起きてはいなかったのであるが、今回は基礎票が1/4も流出するというベース上での流入票であり、しかも、基礎票の流出を補完できるだけの広がりもなかったのである。つまり、共産党の下降線は継続しており、その継続途上での現象であること。また、流出票は新たな流入票の将来行動を予示していること。(2)民主党の上昇と共産党の下降という近年の政治現象(両者の相関関係(注3))が都議選でも継続していること。(3)無党派層が毛嫌いする様々な特徴を党中央が払拭できないでいること。その詳細は次項で述べる。(4)選挙戦直前に発表された政府税制調査会の大増税計画(論点整理)が共産党の「追い風」になったことである。
(4)の増税問題について述べておくと、開票直後の記者会見での志位発言は次のようなものであった。
「これは、選挙直前の政府税調でもちあがった問題でしたが、私たちは、告示第一声から・・・いっかんして大増税への都民の審判を訴えました。その手応えは大きく、終盤では争点の一つに浮上しました。」(「赤旗」7月5日)
また、7月7日の「赤旗」では、自民党幹事長・武部の記者会見発言を載せている。「(サラリーマン増税の影響は)非常に大きかった。とくに、共産党と競り合って敗れたところがいくつかある。・・・その意味では大きな影響があった」
<(注3)民主党の上昇線と共産党の下降線は一つの相関、現在の政治法則ともいえる関係にある。この相関関係は民主党が上昇を開始し、共産党が凋落を開始した2000年6月の総選挙を起点として形成されたもので、相関関係を作り上げているのは無党派層の政治意識とその投票行動である。旧社会党の崩壊以降、自民党政治批判の受け皿を求めて彷徨していた無党派層(その中核は旧社会党に1票を投じていた国民で、旧社会党の崩壊により無党派化したものであり、それ以前の政治に無関心な無党派とは異なる。それゆえ、政治への強い関心を抱いており、その出自からして既成政党への深い不信感を抱懐する。)は、一時は共産党の軒先に「雨宿り」していたが、民主党が形を整えてくるにつれ、徐々に民主党へのシフトを開始し、このシフト行動が民主党と共産党の上昇と下降の相関関係を作りだしているのである。
しかも、今回の都議選では、低投票率の下で、民主党は二つの会派に分裂して選挙戦を戦ったにもかかわらず、一人勝ちの結果となり、なお、上昇気流の強さを示したのである。そして、このシフト行動はついに共産党の基礎票の流出という現象を本格的に誘発しつつある。>
(九)無党派層が毛嫌いするもの
そこで、この無党派層の毛嫌いするものを列挙してみよう。「さざなみ」サイトでも多くの投稿によって指摘されていることである。
(1)、「民主集中性」という党中央の独裁的組織運営と党員の批判を封殺する除名、除籍。
(2)、国政選挙で大敗北しても指導部が責任をとらない無責任体制。この指導部不更迭という事実は、彼らにとっては党中央独裁の生きた例証として理解されており、この独裁を担保しているのが民主集中性という名の非民主主義的官僚的組織統制なのだと認識されている。
(3)選挙戦の敗北の原因を他者に転嫁する議論、および敗北を糊塗するこじつけの論理(今回の場合で言えば、都議選の得票率を直近の国政選挙の得票率と比較して得票率「回復」なる「成果」を強調するそれ(注4))。小さな「成果」を針小棒大に評価する自画自賛。これらの議論・論理・自画自賛は党中央の自己保身の詭弁と見られており、指導部の人間性に疑いがもたれている。
(4)過去の誤りを無反省に糊塗する政治論議(たとえば、ソ連は社会主義国でなかったという議論など)。このような共産党中央の政治論議・「科学的」社会主義、「科学の目」への不信感。
(5)これら(1、2、3、4)の認識から必然的に発生する共産党の独善性という印象。
(6)独裁と独善の党中央の議論に満場一致で賛成する党(員)の「カルト」的体質。
ここにあげた諸項目は何も論証するまでもないことで、ネット上の様々な議論をスクーリングしてみればわかることである。こうした彼らの認識の核心にあるのが、彼らの民主主義感覚(直接民主主義指向)であり、あえて言えば『自己決定』の思想なのであって、社会主義諸国の崩壊以来、強固に形成されてきた庶民思想なのである。
共産党中央は、上記のような認識を持つのは、無党派層の一部と思うかもしれないが、そうではない。先の韓国の大統領選挙でインターネットが威力を発揮したように、国民の政治的関心が高まれば、必然的にネット上で情報が行き交い、上記のような認識は短時間のうちに広範に広まるのである。ネット上で情報を収集し、意見交換を行い、自己の政治判断を決定しようとする国民の政治意識は高く、侮れない知識と情報の担い手として登場してくることを理解するべきである。
長年にわたって、無党派層の投票動向を研究してきた橋本晃和・政策研究大学院大学教授は次のように言う。
「冷戦の終結、バブル経済の崩壊等の経験によって戦後60年近い様々なイデオロギー的束縛を離れて、自分自身を見つめ直そうと目覚めていった日本人は、改めて自然体での自分の価値観、自分の情報感覚というものについて、考えるようになった。それは自分なりの主体性を取り戻そうと必死にもがいている姿として捉えたい。」(「無党派層の研究」62ページ、中央公論新社、2004年、)
<(注4)この問題は従来からも指摘されて来たところであるが、党中央は改める気配がないどころか、ますます、その非科学的な議論にすがりついている印象を受ける。
都議選における共産党の得票率は常に直近の国政選挙の得票率より高い。1998年に史上最高の得票で大躍進した参議院選挙の比例代表の得票率(東京)は18.88%であり、1997年の都議選の得票率は21.33%である。また、2000年の衆議院選の比例代表の得票率(東京)は14.3%で、2001年の都議選(26議席から15議席に凋落)の得票率は15.63%となっている。それゆえ、今回の都議選の得票率が直近の国政選挙の得票率と比べて高いからといって、ただちに得票率の「回復」と評価するのは論理の飛躍、我田引水の議論なのである。
この議論の珍妙さは、その理屈を他党派にあてはめてみれば、くっきりと浮き彫りになる。民主党の場合、今回の都議選での得票率は24.51%であり、2004年の参議院選・比例代表の得票率(東京)は38.9%であるから、志位報告の理屈に従えば、今回の都議選では民主党は得票率を大幅に減らしたことになる。共産党が得票率を「回復」して2議席減となるのも、民主党が得票率を大幅に減らして躍進したという珍妙な議論になるのも、性格の違う選挙を同一の性格の選挙と前提(虚構)することによる比較だからである。>