日本共産党資料館

当面の事態に対する党の政策について
――一〇月一九日解放運動出獄同志歓迎大会における演説の要旨――

  天皇制こそ戦争責任者

 この民族の破滅の危機は誰がもたらしたか?
 一九二九年末のアメリカ大恐慌を起点とする世界大恐慌、わけても悲惨であった日本の恐慌を切抜けるために天皇制の凶悪な性格は、これを強盗侵略戦争に求めた。かくして満州侵略戦争は開始された。詐欺的戦略家石原莞爾一派の企図が比較的容易に成功してから、天皇とその政府は全く戦争狂になってしまったのである。そして遂に世界天皇になろうという妄想にとりつかれて、この無法極まる世界戦争を開始するに至ったのだ。
 だから戦争犯罪人は満州侵略戦争以来の者を全面的に追及すべきであって、ただアメリカとの戦争についてのみいうべきではない。東條の如き狂犬はただその僅かな一部であって、それが圧倒的な存在ではない。かくも長期にかつ計画的に、執拗に行われたのは、この戦争の根源が実に天皇制それ自体の内に存することにある。天皇制こそ全面的に戦争犯罪の責任を負うべきである。
 戦争中、戦争を楯に天皇の絶対的権威を振りかざして、天皇とその宮廷、軍事、行政、司法の諸官僚はあくなき暴虐を極め、更に巨大財閥、戦争成金、反動団体の活動分子と結託して双方共莫大な富を収奪したことは世人の明らかに知る所である。三井、三菱から中島、日産の如きはいわなくもよく知られている。あの国粋大衆党なるゴロツキ、ユスリの団体の笹川良一、児玉誉士夫の如き者でさえ、軍事スパイとなることによって荒稼ぎをし、笹川は一億円、児玉は五千万円という富を有するに至っている。彼らはただに外地や戦地で強盗、泥棒をしたのみではない。国内においても同様な大規模な強奪をしたのだ。そしてその性格の発露は内外において一致していることを注目しなければならぬ。そして、それはその半面において労働者、農民、勤務者、兵士、一般小市民の犠牲においてであることはいうまでもない。
 職を奪われ、家を失い、着るものもなくなって僅かに、莫大な高価な闇物資によって露命をつないでいるか、甚だしいのは死を待つばかりになっているのはその強奪に基因することはいうまでもない。

  敗戦後、天皇制は何をしたか

 ところで敗北後はどうしたか? 天皇とその諸官僚は勿論のこと、巨大独占資本家、戦争成金、ゴロツキ等はいずれも先を争って、ただ自分だけ戦争犯罪をまぬがれようと躍起になっているばかりで、人民が日一日と困窮と死に押詰められて行くことに全くの無関心である。いな! 却って一層悪辣な手段を弄して、なけなしの少ない物資を自己の倉庫に運び込むことに懸命になっている。終戦に際して、将校が貯蔵物資を運び出したこと、資本家が徴用工や労働者を追出して莫大な食糧および日常必需品を自己の懐にしまい込んだことを思出して見るがよい。天皇や高級官僚や巨大資本家はもっと悪辣なことをしているのだ。ただそれが世人の見聞に入らないような巧妙な手段を弄している所に相違があるに過ぎない。
 彼らは戦災復興をどうするとか、食糧増産をどうするとか、食糧輸入をどうするとか、計画だけは口前だけは旺盛である。ところが何一つ実践されはしない。莫大な車両が焼けたままステーションに曝されている。毀れたままの大建築が残骸のままだ。石炭の採掘は労働者の虐待に伴う反抗によって縮減する一方だし、採掘されたものの運搬さえ不可能の状態におかれている。それでは彼らに委している限り、死に押詰めらるる一方である。
 彼らは表面だけでは、「ポツダム宣言」の受諾といい、民主主義の徹底遂行といっているが、裏面では軍国主義の復活の準備に血道を挙げて、ありとあらゆる手段を弄している。軍隊を解散したことは事実だ。だが解散の際に出来得る限りの武器を隠匿しこれを将校、下士官が持っていることはわれわれのよく知る所である。在郷軍人会は解散されたとは名ばかりで、分会は依然として非合法に存在し、神社参拝に事よせて、相変わらず訓練をやっている。

  復讐準備に熱中する天皇制

 終戦のどさくさまぎれに、五百億という莫大な臨時軍事費が闇に消えて行ったことが明らかになった。ところで最近軍国主義者の活動は軍人復員援護に集中され、それが一方では、原野または山林の開墾によって、将校を中心とする屯田兵制度を確立することに熱中し、他方では軍部学生の大学、専門学校への優先入学によって、その手先を学生の間に植付けようとしている。その学生の学資の如きも闇の手で供給されている。青少年団、校友会の文部省への実質上の隷属、団体護持一点張りの軍国主義教育がその間を一貫している。
 要するに連合国軍を敵と見、いずれこれに対して復讐戦をやろうという心構えは一〇〇%である。そして、それはまた人民への暴圧、専制主義の復活を意味することは論を俟たない。それでは、民主主義的平和国家の建設など思いもよらない所である。だから連合軍および連合諸国の信頼を期待することは出来ない。連合軍最高司令部の許可を要する食糧その他必需資材の輸入は思いもよらない。
 連合国軍が軍国主義、専制主義からわれわれ人民を解放し、民主主義革命の端緒を開きつつあることはわれわれが今眼前に見る所である。われわれ自身が獄から解放されたのも、天皇とその政府によってではない。連合国と最高司令部からの命令によってである。
 われわれは天皇制を打倒し、人民共和政府を樹立するために、この連合国解放軍と協力することが出来る。そして事態は徹底的に天皇制を打倒し人民共和政府を樹立することなしには、この死に瀕する困窮から脱する道は発見することは出来ない。

  党の解決策

 しからばわれら共産党には、即時にこの問題を解決する方法ありや否やを聞きたいであろう。私のいわんとする所もここにある。

 一、戦争責任者の倉にある食糧品の人民管理

 天皇の倉にも、軍閥、官僚、反動団体の活動分子、大資本家、戦時成金、もとの軍需会社、大地主の倉にも、米やその他の食糧から、あらゆる日常必需品物資はうなっている。それはわれわれが現に見聞するところであるが、終戦の時に軍隊にはなお三ヶ年分の食糧から煙草、酒、ビール、衣類など累々として積まれていたことを思出すがよい。だから天皇の倉には、あの皇族から宮廷官僚全部に備えての六、七年間の準備がしてあると見ることは誤りであろうか? 軍需会社が終戦とともに、直ぐ徴用工を追帰し労働者を解雇したのは何を意味するか? 倉庫にはこれら幾百、千万人の少なくとも数ヶ月の食糧その他の必需品が貯蔵されていることを思出さねばならぬ。地主や村の有力者なるものが供出をゴマ化して、横流しをするばかりか、倉には莫大な米がうなっていて、今では何物とも交換しないように頑固にこれを守っていることは充分知らるる所である。
 食糧問題、日常必需品物資の問題の解決は、これら戦争の責任者、人権の蹂躙者の倉にある一切の食糧品日常必需品を没収して、これを人民の管理に移すにある。そうすれば、即時に食糧問題は解決の端緒を得る。配給すべきそのものを得るばかりでなく、農民の日常必需品を即時配給し得ることによって、供出も増産も促進することが可能である。われわれは今即時に、この要求を貫徹するために大衆を組織し、動員して、部分的に闘争を開始しなければはならぬ。

 二、労働者による産業管理

 資本家は一切合財、全部がサボタージュしている。何故ならば彼らは軍部や官僚と結合して戦時中にしこたま儲けたし、食糧も既に述べた如く充分に持っている。それにインフレーションによって物価はますます急速に騰貴するから、時を遅らせて生産する方が彼らには利益である。また失業者の堆積は賃金を底知れずに低下せしむるので生産を休止して遊んでいた方が賃金の方からも彼らには利益である。しかるにこのままにほうって置くとますます日常必需品は底を払い従ってインフレーションは刻々旺盛となり食糧の増産ならびに供出は勿論のこと運輸通信燃料等、最も緊急を要する部面では一層破壊的となることは避けられない。それでわれがこの破滅か免れるためには、即座にこの資本家のサボタージュを克服する方法を採らねばならぬ。それは労働者の産業管理を外にしてはあり得ない。われわれはあらゆるストライキの機会を捉えて、殊に解雇者(徴用工を含んでの)全員の即時工場復帰を要求する失業闘争と関連させて、直ちにこの方向に闘争を導くようにしなければならぬ。それは戦時利得者の利得を一掃的に没収することとも重大な関連を持つので是非急速にやらねばならぬ問題である。

 三、土地を農民へ

 一切の食糧を管理して見た所で食糧の絶対量が足りなければ仕方がないではないか? とブルジョアはよくいう。要するに彼らにとっては増産が不可能なのである。それでも彼らは計画だけはする。何百万町歩開墾とか、土地改良とか、というのがそれだ。がしかし現在の土地所有制度では、どんな計画も実行出来ないのだ。だから第一にその土地所有の現在の制度を打破しなければならぬ。
 その必要のために、寄生的土地ならびに山林、原野等一切の遊休土地を無償没収し、これを農民へ無償分配しなければならぬ。そうすれば全農民が自作農となるのみではない。現在土地を所有していない農業労働者にも土地を与え、僅かしか土地を所有していない貧農には、土地を増加してやることが出来る。だから当然増産されると共に地主のあくない食糧強奪を絶滅させることが出来る。人民が死ぬ代りに地主や貴族や大資本家が死ぬとよい。働かない者を生かして働く者が死なねばならぬという必要はないからだ。
 右の如く寄生的土地、遊休的土地を没収することは不当であり、不合理であろうか? われわれは天皇が如何にして莫大な土地の所有者となり、戦前においてさえ、年々二千万円という莫大な浪費を続け得たかという謎を解くことが必要だ。徳川時代には天皇は京都にいて、何らの権力もなく、何ら仕事もすることなく、徳川幕府のステブチで生活していた。
 働かずして他人から物を貰う者は乞食である。ところでかかる存在が下級武士団にかつがれて明治維新が成功するや、人民の多くの山林、(特に木曽山林)を強奪し、北海道では最もよい石狩川上流の大森林、十勝、浦河にわたる大山林原野を手に入れた。そして北海道では毎年二千万円の国費(人民の租税で)をもってその開拓をし、そして天皇の財産は巨大となったのである。そして農民は木曽でも、天城でも、北海道でも、盗伐をしなければ生活していくことが出来ないのだ。かかるものをわれわれが没収して、農民に与えることは当然ではないか? これを有償でやろうということがむしろ不合理であり、また出来もしないのだ。大地主、大資本家の土地もまた右と大体同様な性質のものであることは論を俟たない。
 この方法によれば、ただに食糧問題が解決されるばかりではない。山林から木材を伐り出して住宅問題、燃料問題を解決することが出来る。なお、山林、原野への入会権の即時実施をやるべきである。そうすれば、肥料難、家畜の飼料難をも解決することが出来る。供出は日常必需品と結合をせねば不可能である。農民から強奪する供出になど誰が応じるものか。これらの問題は、地主(耕さない、小作料で生活している地主だ)や富農(有力者として不正ばかり働いた戦争犯罪人)を除いた一切の農民が全部団結してやらねばならぬ。それが農民委員会の運動であり、従来の農民組合では到底解決し得られない重大問題を解決する唯一の方法である。

  労働者農民勤労者結集の急務

 右の方法はただに食糧問題、産業管理の問題、土地問題を解決するのみではない。併せて、当面緊急な失業問題を解決することが出来る。
 当面の問題を緊急に解決するにはこれだけのことは根本的にやらねばならない。われわれは即時にこれらの問題を解決するように一切の不平不満、要求を、その方向に向けねばならぬ。その闘争が端緒的にも開始されねば敵はますますサボタージュして、困難は増大するであろう。だからどんな端緒的なものでも闘わねばならぬ。そしてこの闘争が発展し、拡大強化することによってのみ、そしてそれが頂点に達する時において天皇制は打倒され、人民共和政府は樹立されるのである。そして真にこの政策を徹底するには天皇制を掃蕩し、人民共和政府を確立することを要する。そうすれば真に民主主義的な平和国家として、連合国の信頼を得ることが出来、各種の輸入も輸出も自由となるであろう。
 しかしながらこの仕事をするためにはわれはその推進力として労働者、農民、勤務者、その他抑圧されている人民大衆を結集しなければならぬ。そのために、工場へ経営へ農村へ漁村へ街頭へ行き精力的に闘争し、組織しなければならぬ。

  党の役割と犠牲的精神

 大衆闘争には前衛と指導者を必要とする。その前衛と指導者の役割をするものが共産党である。党は献身と勇気と努力なしにはその役割を果たすことが出来ない。同時に事態を的確に把握することが必要だ。さもなければ指導する能力を欠くからである。これだけの資格を備えることは容易の業ではない。だから率先してその役割を果たさんとする犠牲的精神を有するものを必要とすると共に、これを厳格な規律の下に組織することを必要とする。かくして党は最大の犠牲を捧げて最小の報酬を甘受して奮闘するであろう。今や最良の知恵と最大の勇気と献身とがわが党に要求せられている。われわれは喜んでこの任務を果たすであろう。

  人民戦線の目標は何か

 われわれはこの仕事を遂行するためにあらゆる労働者、農民、その他の勤労者の団体および勢力と協同することを欲する。即ち人民戦線を結成することを欲している。しかしながらそのためにはわれわれが協同する目標を決定することが必要である。その目標は現在においては当来する民主主義革命の目標、即ち天皇制を打倒し人民共和政府を樹立することである。これこそ長期に渉る、そして強固な人民戦線を結成する揺ぎなき目標である。
 「天皇制の打倒、人民共和政府の樹立」という目標は当来する民主主義革命における、敵か味方かのケジメを付ける動かすべからざる一線である。これを引くことなしに、ただ社会党その他の政党との協同を求めるならば、われわれが熱心であればある程相手に乗ぜられ、遂に最も右翼的な団体の主張に引きずられることになるであろう。そうなることは、自己の独自性を喪失し、協同する相手に没入し、自己を解体することとなる。われわれはかかる誤謬を断固拒否する。労働組合、農民委員会、救援会、青年団体等々われわれは右の趣旨を充分理解して人民戦線を結成することであろう。

  人民戦線に関し社会党へ提議する

 しかし最も問題になるのは社会党への人民戦線の結成である。私は社会党に向かって、右の趣旨の申入れをする。もし社会党の諸君が、天皇制打倒に賛成し得ないというならば、自ら民主主義革命に参加することを拒絶し、反動的勢力としての天皇の側につくことを意味するという批判を甘受しなければならぬ。
 かかる提案に社会党が同意しないからといって彼らとの共同戦線を断念するわけではない。次の題目の各々について共同戦線を張ることを提議する。
 一、食糧その他日常必需品の人民管理
 二、生活水準による最低賃金制の設定(賃金の増額)
 三、失業問題の解決
 四、寄生的土地ならびに山林原野その他の一切の遊休土地の無償没収とその農民への無償分配
 五、戦争犯罪人、人権蹂躙犯人の追及
 それでも出来ないならば、それは社会党が当面する諸問題に対して真に民主主義的労働者、農民、その他の農民を欺瞞して政権にありつこうと血眼になっていることを意味する。
 それでもわれわれは共同戦線をあきらめはしない。ストライキは勿論、日常闘争のあらゆる場面において共同戦線を提議するであろう。地方的には一層熱心にあらゆる問題について熱心に共同戦線を張るであろう。
 社会党の諸賢はその客観的な事態の発展する意義をよく理解しなければならない。そして利己心を棄てて人民大衆の要求を真に達成せしむる方向に進まれんことを望む。さてここで社会党の指導者の一、二の人に批判を加える必要がある。社会党にはいろいろの人が参加しているのは人人の知る所である。しかしその中心的人物が松岡駒吉、西尾末広、であることは周知の事実だ。彼ら両人はこれまで、何をして来たか?
 明らかに、労働者階級を売り、ストライキを売り、左翼的革命的労働者を官権に告発した私設検事であったことは、われわれの記憶から抹殺することの出来ない所である。そして戦時中これに協力して、労働者、農民を血の気を失うまで搾取させ、自分も巨万の富を築き上げた人物であること即ち戦争犯罪人であり、官権、大資本家の手先として人権を蹂躙した犯罪人であることを忘れてはならない。社会党の諸賢が真に人民大衆のためにやろうというならば、大いに自己批判すべきだと信ずる。

  自由党に対する態度

 次に自由党について一言したい。自由とは名ばかりで最も反動的であった政友会の一分派、ち鳩山派と軍部の手先で、明らかに軍国主義者で戦争犯罪人である十河信二、楢橋渡の一派、官僚の古手しかも人権蹂躙犯人として忘れることの出来ない大久保留次郎一派、更に神懸り的反動分子、これも戦争犯罪人である山本勝市一派の奇怪な集合体である。これらは「負け肥り」専門家が、政権にありつこうとして集団をなしているに過ぎない。殆ど問題にならない。しかしそれでも党をして彼らがわれの上に述べた提議に賛成するならば共同戦線を張るに躊躇するものではない。

(一九四五・一一・七、『赤旗』二号)