この賞に意義があるとすれば、党の規約・綱領を中心に自由な討論が行われ、それと関連した自主的で、創造的な研究成果を行った在野の研究者を含む人々に送られるべきであったと思います。
特に党員そのものは、本来研究者としても高い力量が必要とされ、そうした力量を引き出す上で目標になる賞であるべきでは、なかったと思います。
中央とちがったことをいうと、本来はそれは新たな理論創造の始まりになる可能性があるにもかかわらず、学習不足や観念論で片付けられたりしたことがないでしょうか。特にこの賞をもらった著書で呼んでみたいと思うものがあまりないのは残念です。特に若手研究者でもらった人っているのでしょうか?党の若手専従で理論面でも優秀な人材の中からもらう人がいてもおかしくなかったと思います。
田口富久治の民主集中制の研究や加藤哲郎の国家論の展開や東欧革命論など、私はそうした賞に値するものだと思います。残念ながら党がどんな立場をとったか。
学問の自由や自由な討論や出版が保障されないようでは、科学的社会主義の理論的発展はありえません。真理は不破さんや中央が決めるものではないでしょう。研究者が、党とその路線についてまじめに(もちろん批判的内容を含む)研究を行えないようになってしまった。そこでは知の沈黙や知の退廃がおこるしかなかったのではないでしょか。党を研究目的で本格的に論じろうとすれば、除名や反党分子扱いされることを覚悟するということになってしまっています。
研究者を自称するみなさん、どう思われますか。
この賞の意義または権威は、今日ないし、残念ながら廃止が必然化と思います。